二曲目 その名はロックンロール・バンド
今回はありませんが、作中に音楽が登場した時にYouTubeなりで一緒にその音楽を聴きながら読んでいただけると、より臨場感を感じられると思います。この小説は音楽の紹介も目的の一つとしているので、お手数でなければ是非。
先日、僕は息巻いてロックバンドを始めると柊君に宣言した。
そこから柊Pによる僕のトレーニングが始まった。朝、いつもより早く学校に向かい、学校の周囲を運動部みたいにランニングさせられた。
「はぁ、はぁ……。こ、これ、ほんとに意味あるの……?」
「バンドってのは見た目以上に体力を使う。夏のクソ暑い日も冬のド寒い日も、練習のためにボーカルは何時間も歌い続ける必要がある。それに楽器ってのは全身使って演奏するもんだ。一曲演奏している間、絶対に集中切らさずに演奏し続けなきゃならない。バンドはまずスタミナだ。タフな奴じゃなけりゃあ続けられんねぇ」
だ、だからランニングで体力作りなんだね! 体力は人並みにあるつもりだけど、人並みじゃ足りないんだよね、きっと。僕も頑張ろう。しまむらさんも頑張ってたし!
朝のランニングが終わると、普段通りの学校の授業が始まる。四限まで終わり、昼休みの時間となった。座ったままで固まった体をぐっと伸ばしていると、僕のいる教室の入り口で談笑してた女子がばっとすごい勢いで離れる様子が目に入った。何事かとよく目を凝らすと……。
「おい、飯行くぞ」
「柊君!?」
なんと、僕の教室に柊君がコンビニ袋を片手に入って来た!
「な、何で!?」
「は? お前飯食わねぇのか?」
何を言ってんだお前は、と目線で言われる。いやそうじゃない! 柊君、わざわざ僕をお昼ご飯に誘いに来てくれたのか! な、なんか感動だ……初めて他の人に誘われた……。
「ううん! 行く!」
柊君の登場に教室がざわついたのは気にせずに、僕も昼食を持って立ち上がった。僕に“どういう組み合わせだよ”と困惑の視線がクラス中から飛んで来る。分かる、僕も学校一のワルと一緒にご飯食べるなんて夢にも思わなかった。
そして柊君と一緒に屋上に向かった。階段を昇り、屋上扉を開くと、また先客がいた。
「遅い」
「おはよ、海藤君」
待っていたのは、昨日の二人だった。金髪ツインテの子と小柄なボクっ子。三人、やっぱ仲良いんだな……。ちょっと羨ましい。
「おはよう……って、もうお昼だけど。えっと……」
「あぁ! そう言えば自己紹介してなかったか! ごめんね」
小柄な子がぱちん、と掌を叩いて得たりとばかりの表情をする。うん、そう言えば、流れで何となくタイミング逃しちゃってた。
「僕は水城秋人。A組だよ」
「よろしく。知ってるだろうけど、海藤真一です」
とりあえずお互いに軽く握手した。……ん? あきと?
「男、子……?」
「うん。やっぱり、ボク男らしくないかな……」
「いや、えっと、ごめん」
「気にしないで。分かってるから」
僕は彼――水城君を女の子と思っていた。それほどに中性的で愛らしい顔立ちだったから。しかも小柄だし……身長、百六十五センチも無さそう。だけど、それは彼にとってあまり良く無い事みたいだ。
「ほら、奏ちゃんも」
「私はいい。まだそいつがロック続けられる奴か分かんないし」
水城君に催促されたツインテの子は、ひらひらと掌を振って僕から視線を外した。やっぱり、見た目同様少しとっつきにくい人みたいだ……。
「もう、そんなんだから奏ちゃん友達少ないんだよ」
「ほっといて。バンド出来ない相手と関わっても面倒だし」
「全くもう。ごめんね海藤君。僕と同じA組の、神室奏ちゃんね」
「よ、よろしくお願いします!」
水城君に紹介してもらい、僕も緊張して畏った挨拶してしまう。そのツインテの子――神室さんは「ふん」と鼻を鳴らすだけで、全く僕の事を認めていないようだ。ちょっと寂しい。あと怖い。
「自己紹介なんざ後でいい。飯だ」
そんな柊君の声で、僕達は屋上に置かれたベンチに横並びに腰掛けて、とりあえず昼食を取る事にした。
「海藤君は買い弁派なんだ?」
僕の持っている紙袋を見ながら水城君が問う。僕は「ううん」と言いつつ首を横に振り、袋の中に入っていた砂糖を塗した揚げパンの包みを開いた。
「僕の家、パン屋さんなんだ。これは両親が作ってくれたやつ」
見た目は完全に商品にしか見えないけど、これは正真正銘の親の手作りお昼ご飯だ。揚げパンに噛みつくと、さっくりと軽い触感と共に小麦と砂糖の甘い味が口に広がる。おいC。
「そうなの? なんかすごいね!」
「ありがとう。でも、水城君も僕からしたらすごい人だよ。僕、エレキギターなんか持った事すら無いんだから」
「ド素人か……まぁ、変に独学で自信つけてるにわかロッカーよりはマシね」
神室さんは呟くように言いつつ、小さな二段弁当箱を膝に置いて箸を動かしていた。お弁当の中身は野菜の多い、彩定食って感じのメニューだった。しかも物凄く手作り感に溢れている。神室さんのお母さん、料理上手と見た。
「これ、やる」
柊君がここで僕に一冊の薄い本を差し出して来た。受け取って見やると、表紙には「超入門 バンド組む? ギター編」というタイトルが大きくある。何これ。
「バンドの教本だ。俺はもういらねぇから」
「ありがとう。でも、僕本当に何も知らないんだけど分かるかな」
「それはそういう奴のための本だ。教科書と同じだと思っておけばいい」
「そっか……。ねぇ柊君、そもそもバンドって何なの?」
申し訳ないとは思うけど、僕はまずそこからなんだ。隠していても仕方ないし、恥ずかしいけど言ってしまう。
「そこからなのね……」
案の定、神室さんには呆れられてしまった。申し訳ない。だけど、僕はてっきり「そんな事も知らないのか、だっさ、死ね」ぐらいは言われると思っていたから、ダメージは軽い。意外にも三人共、僕を笑ったりはしなかった。
「バンドってのは、ただ単純に、音楽を演奏する集団だと思っていればいい。だが、バンドにも種類がある。オーケストラとか聞いたことあんだろ。あれもバンドの一つだ」
「後はジャズとかね。うちも吹奏楽部ってあるでしょ? それもバンドだよ。ブラスバンドとか、マーチングバンドとか聞いた事無い?」
あるある、と首を縦に振りまくる。柊君と水城君、分かりやすい説明ありがとう。でも、三人がやってるのはそういうのじゃないんだよね。
「ロックはその数あるバンドジャンルの中の一つって事だね。でも、吹奏楽とロックって、使ってる楽器とか全然違うよね?」
「全く別物。“ロック・アンド・ロール”はギターやドラムみたいな硬くて重い音でリズムとビートを刻みながら歌を入れるものなんだから。吹奏楽は歌わないでしょ?」
ここで神室さんも軽い説明を僕にくれた。言われてみればそうだ。当たり前すぎて気が付かなかったけど、歌詞の無いロックなんて聞いた事ないし、歌い手のいるオーケストラなんてまずいない。コーラスはあるけれども。
「まぁでも、オーケストラとかと同じように、ロックも色々役割が分かれているんだよ」
水城君が紙パックのいちご牛乳を吸いながら言った。なんか、飲み物のセレクトすら可愛いね……。
「歌手のボーカル、リズムとメロディラインを作るベースとドラム、そしてメロディに強烈なビートサウンドを刻んで曲にするのがギター。これがロックの基本構成。大衆音楽生まれだからシンプルなんだ」
「俺がドラム、秋人がベース、んで奏がギターボーカルだ」
水城君と柊君の説明に「はぇー」と理解のため息をつきながら頷く。ギターボーカル、そういうのもあるんだね。役割を二つ持ってるなんて、大変そうだ。
「神室さんすごいね、歌いながら演奏もしないといけないなんて」
「別に。もう慣れたから」
何ともないように言ってのける神室さん、最高にクールだ。じゃあ、バンドするには最低三人は必要なのか……。きっと一緒にバンドする人を集めるだけでも大変に違いない。僕は友達すら一人もいないからね……。
「あとはキーボードとか、DJとかの役割もあるが……まぁ今色々説明しても大変だろ。まずはボーカル、ギター、ベース、ドラムの四つあるってだけ覚えておけばいい。その教本を丸暗記するほど読め。話はそっからだ」
「……うん!」
柊君に力強く頷く。今の僕は話を聞くだけで精一杯だ。初めて国語で古文に触れた時みたいな感覚。知らなきゃ何も出来ない領域を僕は覗いている。そこを歩くには、僕自身が知らなければいけない。身につけなくてはいけない。やる事は山積みだ。
◇
そして連日、柊君は僕を指導してくれた。
朝にランニングで体力作り、お昼には水城君や神室さんも加わってバンド座学。放課後には柊君のお父さん――栄光さんのバンドスタジオに行って、柊君と二人で向き合って実際に楽器に触れてみる練習だ。
「やっぱまずはギターからだ。こいつを貸してやる」
柊君の持ってるエレキギターを一つ貸してもらい、僕も手に取る。赤と白の、かっこいいデザインのものだ。
「教本は見てきたな? まずは一通り音を鳴らせるようになってもらう。この程度で躓くなよ」
ギターは片手で弦を抑えながら、もう一方の手で弦を弾く事で音が鳴る。音楽の授業でアコースティックギターを持った事があるけど、エレキギターも演奏方法はほぼ同じだった。だけど、エレキギターはアンプというスピーカーにギターを繋いで、そこから音を出す。だから音量が桁違いに大きく、身体に響くような振動が発生する。でも、この振動、けっこう好きだ。
そんなこんなで一か月程度、その生活を続けていた。スタジオを使うのはその度に安くない料金を取られたけど、レッスン料と思えば安いものだ。栄光さんも学割してくれたし。
「痛……」
レッスンを終え、スタジオから出る。レッスンの後は全身が倦怠感に包まれる。長時間の演奏って物凄く体力使うって本当だった。それに、弦を抑えたり弾いたりするせいで僕の指は両手とも真っ赤に腫れたようになってしまう。レッスンの後はしばらくものを掴みたくない程度には痛くてつったような感覚になってしまった。
それにしても、柊君は上手い。僕は二時間でへとへとなのに、柊君は全然余裕そうだった。同じ音を出しているはずなのに、彼は僕に比べて透き通っていて響き渡るような音を何度でも出せる。……本当、カッコいい以外の言葉が見当たらない。
簡単に追いつけるとは思っていない。だけど、上手くできない自分に腹が立つ。もっと練習したいのに、付いて行かない自分の肉体や集中力をぶっ飛ばしたくなる。今すぐにでも弾きたい音楽がある。だけど今の僕は音を鳴らすのが精一杯だ。
「早く、上手くなりたい――!」
自身の不甲斐なさほど腹立たしいものは無いと思う。痺れている指を握りしめて震えを無理矢理止め、僕は帰路についた。
◇
「ただいま」
午後六時過ぎ。僕が帰る頃には、もううちのパン屋は営業終了している。父さんと母さんの二人のみで運営してるから、長時間も営業するほど気力も商品も無い。だけど、駅前商店街で十年以上も生き残って、僕を何不自由無く養える程には上手な運営をしてる。町のパン屋と言ってもいいほどの知名度はあると思う。
「お帰り、シン。最近帰り遅いね。友達でも出来たの?」
ダイニングでは母さんが夕食をほぼ完成させているところだった。今夜はカレーか……。
「うーん……まだ友達、じゃないと思う。でも、友達になる為に頑張ってるところ」
「…………へぇ」
僕の返事を聞いた母さんは目を丸くして見やって来た。……何さ、狐につままれたような顔して。
「シンからそんな能動的な事を聞くとは思わなかったから。この前ボロボロになって帰ってきた時も『心配しないで、解決したから』って男らしい事言ってたし……」
「でも、良い感じだ」
ここで、ダイニングにいた父さんも僕らの方へ来た。ただいま、父さん。
「お帰り。……見つけたんだな、シン。生きがいを」
――生きがい。あぁ、その言葉は不思議なほどしっくりくる。僕はまだバンドに詳しくないし、柊君ほど情熱を持ってるとは言い難い。……だけど、今までで一番、身体が滾ってる。「柊君に認めてもらいたい」「早くアニソンを退かせろ」って身体が叫んでいる。
「……うん!」
力強く返事をすると、父さんはニヤリと笑い、「やってみな」と一言言った。ありがとう、僕、ちょっと本気でやってみるよ。僕は戦う。相手は今までの僕自身。心配はいらない、今の僕には頼れる先生がいるんだから。今こそ、ヘタレな僕への決別の歌を奏でてみせる。
簡単登場人物紹介コーナー
・海藤真一
主人公。気弱なアニオタ。心優しいのが唯一の取柄。実はかなり整った容姿をしているが、今は地味陰キャ男子っぽい見た目をしている。
・柊隼人
真一のヒーロー。三代目系イケメン。態度が悪く見た目も怖い。しかし本当は面倒見のいい兄貴肌。三人組バンドCLEARWAVEのバンドリーダーにしてドラムス。
・水城秋人
学園ラブコメの世界の住人のような愛らしい容姿をした男の娘。真一が一番まともに話せる同級生。CLEARWAVEのベーシスト。
・神室奏
金髪ツインテ美少女。真一を警戒している。CLEARWAVEのギタリスト兼ボーカリスト。