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アニソニック!  作者: 第Ⅳ工房
第二期 高校一年生編
13/28

五曲目 シンと冬華のおもいでGW

クッソ長くなってしまったので、このお話はお時間のある時にどうぞ……。申し訳ない……。

 こうして、アニソニックの選曲は決まった。

 だけど、曲を練習するにはまだ早い。僕はともかく、冬華ちゃんはこれがロック初対面。まだ自分のギターも無く、部のベースギターを借りて、とりあえず音を出せるように練習をし始めた。冬華ちゃんの希望で、彼女にはボーカルを務めてもらう。だけど同時にベースギターも弾いてもらう。何せ三人しかいないからね。


 負担を減らす方法として、音を機械に打ち込んで流す、という方法もある。最近のバンドは、足りないパートは機械に打ち込んで電子音として鳴らす、という方法を取る人も少なくない。例えば、びっくりしたのが、ドラムとキーボードだけでバンドを組んでる人がいた事だ。……まぁ、それは完全に変態型だけど。


「いや、私にやらせてくれ。すぐに身につけてみせる」


 ……でも、冬華ちゃんはそう言ってベースギターを手に取った。なら、僕は彼女は信じてベースボーカルを任せるだけだ。一から弾き語りをマスターするには、常人ならまず数か月は要する。その数か月でやっとまともに出来るというところだ。部長の言う完璧には、おそらく届かない。


「なるほどな、感覚がつかめて来たぞ、シン!」


 だが、しかし、僕の幼馴染は常人離れしている人間だ。

 幼稚園の頃に九九を覚え始め、小中の運動会で常人の三倍のスペックで暴れまわり、中学校では生徒会長の椅子を欲しいままにした超人。その上優しくてスタイルも良い。正直、次元が違う。

 そんな彼女はベースギターを持って一週間で、なんか大抵のテクニックはこなすようになっていた。今も楽しげな表情でべんべんと音を鳴らしている。


「……あり得ない。出来るようになるまで早すぎる……」

「一度教えた事を、一度目で成功させるからね。二度目で熟練させる」


 元々感情表現が大きくないひなちゃんだけど。それでも明らかに驚いていると分かる声だった。これぞ冬華ちゃんのスキル【天才肌】だ。大抵の事を、常人の三倍速でマスターしてしまう。一を聞いて十を知り、百の銀から千の金を生み出すのが冬華ちゃんクオリティ。その神技っぷりを見ると、人は惚れるかドン引きしながら関心するかの二つに分かれる。前者はおそらく火野君。後者はひなちゃんだ。


「冬華ちゃんならすぐに出来るようになると思ったよ。これなら、GWゴールデンウイーク明けにはもう曲の練習が出来そうだね」

「二人の足を引っ張る事だけはしたくなかったからな……久しぶりに本気で勉強してみたんだ。どうだ、私はシンの力になれるだろうか」

「期待以上だよ。よく出来ました」

「……そうか。よかった……!」


 僕が褒めると、えへへ、と表情をゆるゆるにして嬉しそうに笑う。ふふ、普段の凛とした表情が嘘みたいな蕩けようだ。ひなちゃんも思わず少し笑ってしまっている。


「……冬華、可愛い。そういう顔するの、海藤君の前だけ」

「そうか……? ……むぅ、そういう恥ずかしい事言われると、ちょっと困るぞ、雛実」


 冬華ちゃんは照れくさそうに視線を空に逸らして言う。おや、冬華ちゃんが押されるなんて珍しい事もあるものだ。まぁ、そんなからかいが出来る程には、二人の仲も深まって来たという事か。善哉善哉。


「でも、部室ここ以外であまりしない方がいい。海藤君が嫉妬で殺される」

「そうだね……」


 想像するだけで恐ろしくなり、肩を竦めてしまう。まだ四月も終わってないのに、冬華ちゃんの魅力は学年全体に知れ渡るところとなり、高校生から彼女を作ろうと逸る男子たちの憧れの的になっているとか、そういう噂を耳にした。秋人君経由で。

 また、奏ちゃんも冬華ちゃんと同じ程にモテ始めているらしい。うん……その人たちの気持ちは僕も痛い程分かる。でも、そう簡単じゃないですよ、彼女たちの攻略は。ソースは僕。



 さて、そんな冬華ちゃんが絶好調な練習も終えて、今日も帰宅する。


“アニソンを弾く日が待ち遠しいよ。シンもこんな気持ちだったんだな、ギターを弾き始めた時は”


 風呂から上がり、自室に戻ると、勉強机に置いたスマホに冬華ちゃんからのラインが来ていた。彼女が言っていた通り、ほぼ毎日、僕のスマホには彼女からラインが届く。毎晩、他愛ない話をして終わるだけだが、それが毎日続いているから、僕と彼女のチャットログは膨大なものになっている。全く、まめな子だ。


“そうだよ。それにしても、冬華ちゃん絶好調だね。本当に僕の予想以上の成長速度だよ。これは、早いうちに買うのもいいかもしれないね”


 と、打って返信。すると、まだスマホを開いていたのか、一分ぐらいでメッセージが来た。


“買う? 何を?”


 それは勿論、決まっている。


“マイギターさ”


 奏ちゃんも言ってたけど、自分のギターを持っていると、手に馴染んでくるって言うか、すごく弾きやすく感じる。愛着も湧いて来るしね。それに、そろそろGWゴールデンウイークに突入する。買いに行くにはいい機会だ。

 …………ふと、奏ちゃんと一緒に行った時の事を思い出す。あれは去年の夏だったか。……あれはデート……では無いか。普通に遊んだだけだね。


 ふとその時、母さんが「冬華ちゃんとも遊んであげな?」って言ってた事を思い出した。…………これは、そういう事だろうか。でも、冬華ちゃん嫌な思いしないかな……僕となんて……。


「…………いいや! 男は度胸!」


 何でも試してみるのさ! 僕と冬華ちゃんの仲を信じるんだ。幼馴染の絆は伊達じゃない! …………はず。たぶん、きっと……。


“決して安くないけど、やっぱり持ってた方がいいよ。よければ、一緒に選びに行かない?”


 送信。……やっちまった感がすごい。やばい、今になってイキりすぎた感が襲って来た。そうだ、ひなちゃんも言ってたじゃないか、「オタクはイキりから死んでいく」って……。

 そして、数分してから、運命のメッセージ着信音が鳴る。おそるおそる見て見ると……。


“行くぞい絶対行くいつかGW中にだか約束だ何があっても必ず頼むのだ”


 ……怪文書だった。何、ハム太郎なの? おじぎするのだ。それは闇の魔法使いだ。

 何か、メッセージ打つのが面倒になってきたので、電話をかける事にした。さて、コールと。すぐにブツッと音が鳴って、通話状態になった。


「……………………すまん」

「何で!?」


 初手謝罪とは恐れ入った。何故謝られねばならんのです?


「GWに一緒にギター買いに行かない? 冬華ちゃんに似合うギター、僕も選べると思うんだけど、どうかな?」

「はわ―――――――ひぅ……」


 ……何か、謎の鳴き声を返して来た。あの、黙らないでくれると、嬉しいんだけど……。


「冬華ちゃん?」

「はっ!? あ、あぁ! 頼む! 絶対、約束だぞ!」

「うん。楽しみにしてる」

「……! 私もだ!」

「わざわざ夜遅くにかけてごめん。お休み」

「全然構わない! むしろ良い! ではな!」

 

 そこで冬華ちゃんとの通話を切る。……ハイテンションだったな。喜んでもらえたようで何よりだ。ふふ、GWが楽しみだ。僕もめいっぱいカッコつけて行かなくちゃね。





「やっとシンもその気になったのね。よかった」

「何言ってんだよ母さん……そんなんじゃないって」


 そしてGWに突入し、約束の日。僕は冬華ちゃんを迎えに上がるべく、着飾って準備していると、母さんが何故か万感の思いが詰まったような声音で話しかけて来た。……あれ?


「ていうか、何で今日の事知ってんの!?」

「夜霧君が嬉し泣きしながら教えてくれたの。やっと冬華が報われるって」

「おじさん……」


 どうやら、冬華ちゃんのお父さんが犯人のようだ。ていうか、泣いてたのかおじさん。だから、何でこう大人ってすぐ子供をそういう目で見るんだ。


「行ってきます」

「お赤飯とか用意した方がいい?」

「悪ふざけが過ぎるよ、母さん」


 ニヤニヤしながら僕を見送る母さんに呆れながら家を出る。お赤飯は酷すぎでしょ……たった一日でどこまで進んでるんだよ……。


 さて、徒歩二分といったところに彼女の家はある。【美容室 ナイトミスト】……彼女の実家の美容室だ。厨二感溢れる店名で大好き。その店の扉を開く。


「どうも、おじさん」

「真一君……! う……うぅぅ……!」


 何とおじさんは僕を見るなりちょっと涙目になってしまっていた。え、えぇ……。いや、そこまで反応されると僕も困るっていうか……。


「よく決断してくれたね、真一君。去年はどうなることかと心配だったけど……。あぁ、嬉しいような寂しような、複雑な心境だよ。でも、君になら冬華を任せ――」

「おじさん、それ以上はいけない」

 

 何が凄まじい事を口走りそうだったので、慌てて彼の口を塞ぐ。何言ってんだこの美形中年ナイスミドルは! もしかして頭の中で結婚式でもしてるのか!? 放っておくと本当に外堀が埋まって行く気がしてきたぞ……!


「シンの声……!? もう来たのか!?」


 そこで、店の奥から冬華ちゃんの声が聞こえた。何をそんな焦っているんだろう。ちゃんと約束の時間に来たのに。


「すまん! ちょっと待ってくれ! あと五分待って欲しい!」

「え? あ、うん。ちゃんと待ってるから、ゆっくりでいいよ?」

「それはダメだ! 今日と言う日は二度と来ない!」


 おぉ、なんかカッコイイ事言うね。……なんか僕の見えない場所からどんがらがっしゃーんって聞こえるけど。大丈夫?


「我が娘ながら、冬華は立派に育ったと思うよ。もう一人前さ」


 目元を拭いながら、おじさんはそう言って僕に視線を向ける。


「でも、君の前にいる時だけは、ちょっとだけ昔の冬華に戻る。僕はそれが嬉しい。時間は人を変えてしまうからね」

「…………それは、おじさんの経験談?」

「そうだね。この年にもなると失ったものもたくさんある。だから、変わらない君と冬華が、とても大切なものに思えるのさ。どうか、これからも冬華を側に置いてやって欲しい」


 万感の思いがこもっているような、じんわりと染みる声だった。……時間は人を変える、か。うん、僕もそう思う。一年前、隼人君が、僕の時間を動かしてくれたあの夜の事、きっと一生覚えていると思う。それほどに、大切な思い出だ。


「……勿論です。彼女が望む限り、僕は側にいますよ。幼馴染として」

「幼馴染として、か……。うーん、そう簡単に引っかかってはくれないねぇ」


 おじさんは目論見が失敗したように苦い顔でそう言った。そんな事だろうと思ったよ。ていうか、そう言うの良く無いと思うよ。冬華ちゃんだって、相手を選ぶ権利はあるし。


「待たせてすまない!」


 おっと、来たね。その声のする方へ首を向けると――。


「ど、どう、だろうか…………」

「――――――――――――。」


 絶句……してしまった。人って、大きな感情を持つと言語機能を失うんだね……。

 今日の冬華ちゃんは、春風香るような、爽やかな女の子らしいコーディネートを決めていた。冬華ちゃんの私服姿はそれこそ一年中見ているけれど、今日ほど女の子らしい服装(・・・・・・・・)の彼女は初めて見る。普段はレディースパンツとかでカジュアルに決めてるからね……。特に今のロングスカート姿なんてレアもレア、星5だし、URウルトラレアだ。


「私らしくない、よな……。自分でも違和感を感じるよ……」

「……そうだね。僕の知ってる冬華ちゃんの姿じゃない」


 僕が正直にそう言うと、「そうだよな……」とあからさまにがっかりしてしまう。きっと、今日のために一念起こしてイキってみたんだろうね。なんていじらしいんだ。男だけどきゅんとくる。


「……着替え直してくる。すまないが、もう少し待っていてくれ」

「いや、その必要は無いよ」


 小さくなってすごすごと店の奥に下がって行こうとする彼女を呼び止め、一歩近づいてもっとよく見た。


「…………うん。やっぱり綺麗だね。驚いた、まだ僕の知らない一面があるなんて。とっても似合ってるよ。可愛いと思う」

「――――――――! そうか……!」


 瞬間、冬華ちゃんの表情がぱあぁぁ、と一気に明るくなり、頬をゆるゆるにして、でれっ、と微笑んだ。しなびた草花が、首をもたげて太陽に向かって咲き誇るかのような変貌だった。何てちょろい子なんだ。もう、これで泣き虫な点が無ければ完璧なのに。


「さぁ、行こう。今日という日は二度と来ないんだから」


 右手を彼女に差し出し、外へ誘う。お手をどうぞ、お嬢様(フロイライン)。王子様とは程遠い、まだ何も無い男だけど、精一杯エスコートしてみせようか。


「――――――ひぅぅ……ぐすっ」

 

 ……が、冬華ちゃんが泣いてしまった。何で!? 今のどこに泣く要素があったの!? あ、カッコつけすぎて気色悪いとか!?


「真一君……! 本当にカッコよくなって……!」


 おじさんも鼻をかむほどまた泣いている。もう何なんだよこの親子は! 泣き虫の遺伝子はおじさんから受け継がれたものだったのか!?


「……ありがどう、じん……!」

「うん、まず泣き止もうか」

 

 僕はそんな黒の組織にいそうな名前じゃない。おずおずと僕の手を握って来た彼女を寄せて、もう片方の手で懐からハンカチを取り出し、彼女の目元を拭ってあげる。ほら、せっかくのお化粧が崩れちゃうよ?


「あと、痛い、冬華ちゃん、握りすぎ……流石に痛い……」

「あぁっ、すまない!」


 お化粧の前に僕の手が崩れそうだ。もう、何で長々とコントみたいな事やってるんだ。僕だって、今日は楽しみにしてたのに!


「さぁ、行くよ!」

「シン! 待て、引っ張らないでくれ!」


 彼女の手を引いて、美容室から外へ出る。さぁ、幼馴染との初めての二人きりデートの始まりだ!





 変わり映えしなくて申し訳無いけれど、今日も今日とて来たのは、件の商業施設。まぁ今日の目的が、冬華ちゃんのギターを買う事だからね。


「ギターは最後に買うとしようか。重いからね」

「あぁ」


 奏ちゃんとのデートを踏まえての意見だ。奏ちゃんが、さっさとやるべき事は済ませたい性質だから最初にギター買ったけど、アレ背負って色々見て回るのは大変だった。何、ギターは逃げないしね。


「冬華ちゃん、どこか遊びに行きたいところの希望はある?」

「そうだな……。では、ゲーセンコーナーに行こう。UFOキャッチャーに欲しい景品プライズがあるんだ」

「そっか。じゃあ決まりだ」


 冬華ちゃんの意見で、まずはゲーセンのあるフロアに足を運ぶ事にした。ゲーセンは馬鹿に出来ない。ファン垂涎のアニメグッズが景品としてよくあるからね。フィギュアやぬいぐるみ、キーホルダーは勿論、たまにゲームソフトやコスチュームみたいな高額商品も置いてある。


 耳がきんきんするほどの騒がしいBGMでごった返すゲーセンフロアに入り、目的のものを探す。……と、すぐに冬華ちゃんが立ち止まって僕の腕を叩いた。


「あったぞ! ゆっくりエルくんクッション(特大)だ!」

「ほんとに大きいね!?」


 冬華ちゃんが興奮して指さすUFOキャッチャーの中には、デフォルメされたアニメキャラクターの生首……じゃない。丸いフェイスクッションがレンガのように積まれていた。バスケットボール二個分ぐらいはある大きさでとっても大きい。うーん……元ネタのキャラが可愛いから、クッションになっても可愛いなぁ。なんか腹立つ表情してるけど。


「待ってろエルくん……私はアディになる、私はアディになる……」


 冬華ちゃんが気合の籠った呟きと共にコインを投入してレバーを握る。…………アディになったら、むしろ逃げちゃうんじゃないかな……。いや、まぁ、彼女は正ヒロインだし最後には捕まえるけど……。


「はっ!」

「お?」


 全身全霊をかけた冬華ちゃんのレバー操作により、UFOキャッチャーの爪がクッションの製品表示タグの輪っかにひっかかる。うん、巨大プライズは掴むのではなく、引っ掛けて引きずり落とすのが正攻法だ。だけど……。


「あっ! 惜しい!」


 UFOキャッチャーの爪はとにかく脆く柔い。見事タグに引っ掛けても、重さに耐えきれずよく途中で落としてしまう。完璧超人の冬華ちゃんでも一度で成功出来ないほどの難易度だ。そう簡単に商品エルくんは落とせない。原作再現だね。


「まだだ、まだ終わらんよ!」

「それは作品が違うね」


 熱くなっている冬華ちゃんを見守る事、三度目のトライ。いよいよそのプライズはボトっ、と取り出し口に落ちた。


「よし!」

「御見事、冬華ちゃん」


 冬華ちゃんは早速、ゲットしたクッションを潰すほどの勢いで抱きしめて表情を綻ばせていた。アディになれてよかったね。係員さんからビニール袋をもらってそれに入れておこう。嬉しそうな冬華ちゃんを見ていると、僕も嬉しくなるよ。



 さて、上機嫌な冬華ちゃんを伴ってショッピングモールをまたぶらつく。

 ふと、書店の前を通った。書店か……もしかしたらラノベか漫画の新刊あるかもな……まぁ、今行かなくてもいいか。

 と、好奇心を振り払う。ふと冬華ちゃんをちらっと見てると、冬華ちゃんも同じく書店に目を向けている。……もしかして。


「……今、同じ事考えてた?」

「おそらく。ふふ、少し恥ずかしいな」


 思わず笑いながら、僕達は書店に足を運んだ。


 それからも、ふとした事でも興味を惹かれて、他愛なく冬華ちゃんと会話を弾ませた。彼女がころころ笑う表情が嬉しくて、饒舌になってしまう程だった。でも、それにいちいち反応してくれて、ポニーテールやスカートを揺らして楽しそうに話す姿を見ると、僕も嬉しくなった。


 遊び回っているうちに正午を過ぎた。休憩も兼ねて、おしゃれなカフェで昼食を取る。こういう場所はお腹を満たすために行くものじゃなく、オシャレな場所でランチデートをするステータスのために行くのだ。去年のとある日、奏ちゃんから教えてもらった。デートとはそういうものらしい。目から鱗な情報だった。勿論、奏ちゃんからは「あんた何も知らないのね。キモ」と言われてしまった。


「……こんなにたくさん話をしたの、初めてかもしれないね。幼馴染なのに」

「あぁ、そうだな」


 食後にコーヒーを味わいながら、ゆったりと流れる時間を楽しむ。コーヒーの香りは心を落ち着かせるね。心が落ち着くと、身体の疲れをじんわりと実感する。けど、悪くない倦怠感だ。


「家が近所とはいえ、小学校が別になり、話す機会はうんと減った。一度絶交だってした」

「そうだね。あの時は幼かった。すぐに仲直り出来て、本当に良かったと思ってるよ」

「私もだ。だが、話す機会が減ったのはもっと別の理由がある気がするぞ。中学生に上がった頃ぐらいだろうか。シンが私を避けるようになった気がするのは……」

「う……そんなつもりは……」

「あっただろう?」

「…………少し」


 痛いところを突かれ、気まずさを誤魔化すようにコーヒーを口につけた。……だって、ほら、中学生って、第二次性徴真っ最中な状態な訳で。色々、気恥ずかしさを感じていたと言うか……。


「やはりな……。いや、分かるさ、分かるとも。中学生のその頃と言ったら、異性を気にし始める頃合いだったしな。私の中学校でも、彼氏彼女の話題はいつもあった」

「僕らもその頃と数年しか変わらないけどね……」


 何か悟った事を言う冬華ちゃんに苦笑を返す。教育評論家か何かみたいだ。これが生徒会長を務めた者の言葉か。

 冬華ちゃんも僕に、ふっ、と笑い返して、手に持っていたコーヒーカップを置く。


「されど数年さ。実際、シンは去年一年間で変わった。見違えた、と言ってもいい。その変わり様は正直、不安だったよ。私が知らないシンが、私の知らない場所で出来上がっていく。このまま、私の知らないところへ行ってしまうのではないかと」


 視線を伏したまま、冬華ちゃんは本当に悲しそうにそう言った。……ていうか、ちょっと目が潤んでいる。今にも泣きそうだ。あの、やめてね? ここ、お店の中だから。はらはらしてきた。


「……だが、その心配は杞憂だった。シンはちゃんと私を見ていてくれた。私はそれが嬉しい」

「見ていた、って言うか、冬華ちゃんが僕の視界に入り込んで来た感じじゃない?」


 毎週毎週パン買いにきたり、わざわざ同じ高校へ志願したり……。思ってみれば、なんか構って欲しい子犬みたいな行動だ。


「それはそうだ。相手に見て欲しいのなら、まず自分から目に付くところにいなければならない。それぐらいの努力はして当然だろう? そうしても、シンは私など見てくれないのではないかと心配だったんだ」

「やっぱ冬華ちゃんは肉食動物だね」


 軽音部どころか近所がサバンナだったよ。僕より男前な答えで結構だね。これが天才の貫禄か。


「ふっ、気が付くのが遅すぎるぞ。私がシンを捕らえて離さない事など、昔からだろう?」

「……あれ、分かってやってたんだね、やっぱり」


 思わず鋭い目で糾弾するように睨む。しかし彼女は、その視線すら心地良いような表情で、大きな胸を張って、ドヤ顔で受け止めていた。くぅ、この雌ライオンは本当に……!

 幼少の頃の記憶が蘇る。やられっぱなしなのは腹が立つので、何とか冬華ちゃんを言い負かしたい。何か責められる事は無いだろうか。少し、過去の記憶を探ってみるとしようか。何か、あったかな、冬華ちゃんの弱点……。

  




 僕と冬華ちゃんが初めて出会ったのは……町の幼稚園にいた時の事だ――――。



「びええええええええええええええええええええええええええええ!!!!!!」

「夜霧ちゃん、泣かないでよぉ」


 夜霧冬華は、とにかく素晴らしい才能を持つ子だった。

 同世代と比べて、彼女はとにかく圧倒的に勝っていた。漢字を書き、二桁の足し引き算をやり始め、足が速く、身体が丈夫。その上に容姿愛らしく、幼稚園の先生にも将来が期待されていた女の子だった。


「やめてよぉー……! 離してよぉ……!」


 だが無情にも、神様は完璧を作らなかった。

 夜霧冬華は確かに秀才だったが、ただ一点、性格に問題があった。それは、クソがつくほどわがまま(・・・・)であった事。身勝手、利己主義、自分第一。それらをコンクリートミキサーにかけてぶちまけたような精神をしていた。惑星メルキアに匹敵するカオスっぷりだった。

 ……たぶん、娘を溺愛していたおじさんのせいだ。蝶よ花よと愛でられ、天才と褒め称えられて育った彼女だが、同年代の他人と付き合えるだけのコミュニケーション能力は備わっていなかった。彼女は、気が乘らなければお歌の練習もさぼったし、お遊戯会の小道具もぶち壊した。出木杉君並の知能が備わったジャイアンだった。


 そして、遊びの時間も、彼女が許可しない事は一切認めなかった。

 冬華ちゃんが外で遊ぶと言えばそうしなければならなかったし、積み木で遊ぶと言えば僕は積み木を献上しなければならなかった。だって、そうしないとキレすぎて泣くからだ。彼女と付き合うという事は即ち、我儘という地獄に付き合うという事だった。

 

「おえかきするのぉぉぉ! 外だめぇぇぇぇぇぇ!!」

「痛い、痛いよぉ、やめてぇ……」


 そして、あの時も。

 せっかく晴れていたから、僕は外のすべり台で遊びたかったのに、冬華ちゃんは泣き叫びながら僕を外に行かせまいと馬乗りになり、僕の耳を捻り上げて叫び倒していた。酷い話だ。思い出してもむかむかしてきた。あれは清水君や火野君と何も変わらない人間だった。


「ねぇ真一君、お絵描きしてあげよ? 冬華ちゃんが可哀想でしょ?」

「えぇー……」


 幼稚園の先生は冬華ちゃんの味方だった。ていうか、面倒事を起こしてほしく無いから彼女の味方をしていた。先生は既に冬華ちゃんの言いなりだった。

 だから、僕はいつも犠牲になった。こうして僕は早々にして、社会的我慢と忍耐を習得した。もちろん、他の園児もいっぱいいし、冬華ちゃんは可愛いしかっこいいから、他の園児たちからモテた。だけど、彼女の我儘について行けなくなって、すぐに離れて行ってしまった。すごいとは思うけれど、友達にはなりたくない系の人間。それが夜霧冬華だった。


「……わかった、おえかきする」

「うん、よかったねー冬華ちゃん、真一君がお絵かきしてくれるって!」

「ひぐっ……ぐすっ………………おえかき……」

「……いいよ、あっちでやろ」

「…………うん……!」


 僕も他の園児を犠牲にして逃げようと画策した事があった。そして、それは実際に成功した。

 ……そうしたら、彼女は一人になった。たった一人だ。当然だ。彼女が好かれる道理は無い。子供は子供ながらに愛想をつかして、彼女との関わりを避けるのだ。そうなった彼女はガキ大将では無い。のけ者だ。我儘にフレンズは出来ない。自分勝手な獣に本当の愛は無い。当たり前の、道理の話。


 ………………だけど。当時の僕は、そんな彼女を認められなかった。


「しん、モンシロチョウ書ける?」

「もん……? 何それ」

「知らないの? じゃあ教えてあげる!」


 ……何を血迷ったか、一人ぽっちで半泣きしている彼女の元に、僕は戻った。わざわざ逃げられたのに、僕は戻ってしまった。だって、可哀想だと思ってしまったから。冬華ちゃんはどっちかと言えば嫌いだったけど、一人でいる彼女があまりにも寂しそうで、僕は、そんな彼女を見るぐらいなら、まだ我儘の面倒を見る方がマシに思えたんだ。


「じゃあ僕はチューリップかくね」

「だめ。シンはあたしが描くとこ見てて」

「えぇ……」


 そうした結果がこれだった。僕の幼稚園時代は、冬華ちゃんの奴隷として過ごす事になった。僕は自我が目覚める前からいじめられっ子だった。



 そんな冬華ちゃんのおかげで、僕は素晴らしい負け犬根性を身につけて小学生に上がった。

 小学校は冬華ちゃんと別の場所になった。その事実を知ったのは、既に入学準備を済ませた頃だった。冬華ちゃんも知らななかったみたいで、わざわざ僕の家まで乗り込んで「何で一緒じゃないの!」って殴りかかって来た。ひどい話だ。何で僕を殴るのか、これが分からない。


 小学校に上がって、冬華ちゃんと話す機会はだいぶ減った。当然だ、今まで日中ずっと話していた相手が側にいないんだから。

 彼女と出会うのは、それこそ、彼女がパンを買いに来る時だけ。そして、その時に嫌と言う程話す。まぁ、冬華ちゃんが一方的に自慢話をしてくるだけなんだけど。小学校でいかに自分が優れているか、どんなに先生に褒められているかを延々と話し、気が済んだら帰って行った。


「ねぇ、君、友達いるの?」


 でも、そんな事は僕にとってどうでもよかった。彼女がいかに優れているのかなんて、とっくに知っていたから。それより、彼女に友達がいるのかどうかが気がかりだった。僕は彼女の小学校に入れないから、また一人ぼっちじゃないかって心配だった。


「い、いる! しんよりいっぱいいるに決まってるじゃない!」

「ふーん。じゃあ、僕じゃなくて友達と話せばいいじゃん」


 もうその頃になるといい加減、僕もうんざりしていた。はっきり言える。あの時の僕は冬華ちゃんが嫌いだった。だって、こんな子を好きなる理由が無いから。友達がいるのなら、僕はもうその謎の友達Xさんに任せて逃げたかった。


「はぁ!? 何ソレ! しんのくせに!」

「痛っ!」


 生意気な事を言うと顔をぶん殴られるのも、もう我慢の限界だった。だから、小学二年生の夏、僕は爆発した。人生で初めてブチ切れた瞬間だった。


「――――――――死ね」

「えっ――?」

「シン、やめなさい」


 もう一歩で、パン屋のレジ前で彼女の顔面を殴りそうになったところで、母さんが現れて、僕のTシャツを掴んで静止させた。母さんはそのまま、僕に二階の住居エリアへ続く階段へ行くよう背中を押した。


「冬華ちゃん、もう帰りなさい。あと、お父さんに二度と来るなって言っておいて」


 その時はよく分からなかったけど、母さんはきっと怒っていたんだと思う。

 後日、冬華ちゃんの両親が来て深く頭を下げていた。父さんと母さんは彼らに対し、リビングで静かにブチギレていた。盗み見たから知っている。


 結局、おじさんたちの陳謝によって出禁は解かれたけど、僕は冬華ちゃんに会う事は無くなった。彼女がパンを買いに来ると、僕は無視を決め込んで、対応を母さんに任せて奥に引っ込んだ。


「しん、待ちなさいよ、ねぇ、こっち見てよ」


 知らない、知った事では無い。数年にかけて蓄積された怒りは早々収まらない。憎しみと言ってもいい程の黒い感情を彼女に持っていた。僕は彼女の泣きそうな表情を無視し、背中を向けた。


「もう来ないでよ。うざいから」

「――――!」


 小学二年生の秋、僕と冬華ちゃんは一度絶交した。

 あぁ、そうだった。僕は彼女が嫌いだったんだ。今となっては信じられないけれど。



 そんな冬華ちゃんが今の優しい彼女に変わり始めたのは、小学三年生の終わり頃か。


「えっ? 交通事故?」

「そう。入院してるんだって」


 冬華ちゃんが交通事故に遭った、と母さん経由で聞いた。信号無視のバイクが突っ込んできて、足を骨折した、と。

 あれだけ彼女を憎んでいた僕も、それを聞くと、何だか彼女がまた可哀想に思えてきてしまった。自分でも虫がいいと感じるけれど、一度ぐらいはお見舞いに行きたいと思ってしまった。


「……うん。流石、お父さんの子供ね。行ってらっしゃい。きっと喜ぶよ」


 お見舞いに行きたい、と母さんに言うと、何故か誇らしげな表情で頭を撫でられた。


 そして、見舞いの花の一つも手に、僕は彼女の病室を訪れた。


「しん――――!?」


 僕の姿を見た彼女は、目を大きくして驚いていた。……うん、僕も、どうして自分が君のお見舞いなんぞしているのかって思ってたよ。まだ矛盾なんて言葉を知らない年だった。


 彼女の病室は特に変わったところも無いところだった。一部屋にベッドが六つある共同部屋。そのうちのベッド一つを彼女が使っている。他に、足腰の悪そうなおばあさんが一つ使っているのみだった。よく言えば静謐な空間、悪く言えば殺風景。冬華ちゃんが最も好まない雰囲気だった。


「……何しに来たの?」

「見れば分かるでしょ。お見舞い。足、大丈夫なの?」


 お見舞いの花を、彼女のベッドの側に置く。青いバラのような形の造花プリザーブドフラワーだ。そのまま飾れて、においも無く腐らない。


「これが大丈夫に見える訳? 最悪。ていうか、何、今更会いに来るとか……。そんなに私の弱った姿が見たかったの?」


 彼女は、自身の包帯に包まれた左足を指さして、忌々しそうにそう言った。消毒液のにおいよりも鼻につく回答だった。僕はただ心配で来てあげたのに、彼女はそれを皮肉と受け取ったんだから。


「相変わらず、うざいのは変わんないね。交通事故に遭ったって聞いたから、心配になっただけさ」

「えっ?」


 何か、信じられないようなものを見た表情で彼女は僕を見ていた。ふん、人が心配して来てみればこれだ。来なければよかった、と後悔した。


「思ったより平気そうだね。心配して損した」


 まだ来て五分も経っていない。でも、特に用も無いし、彼女は思ったよりもうざいし、これ以上いる意味も無くて、僕はさっそく帰ろうとした。


「待って、お願い」

「――!」


 だけど、彼女の声に足を止めた。……あの彼女が、お願い(・・・)と言ったのだ。僕は大いに驚いた。何せ、今まで命令してきた人間がお願いをしたのだから。それが、彼女が如何に弱っているかを表しているようで、僕は悲しくなった。


「……また、来てくれる?」


 ……でも、それでも、彼女にどんな態度でいればいいか分からなかった。弱弱しい姿でお願いする冬華ちゃんは、僕が知っている彼女じゃなくて、本当にしおらしくて、女の子っぽくて、守ってあげたいって思いが出てきて……。そんな、色んな感情の整理がつかなくて、僕は、彼女も目も見れなかった。


「…………暇なら、来る」


 せいぜい、そんな一言を言うのが精一杯だった。だけど、冬華ちゃんはそれだけで、本当に嬉しそうに笑った。


「……よかった」


 心から嬉しそうな声音でそう言ったんだ。あまりに女の子な彼女に僕は言葉にできない恥ずかしさを覚えて、その日はそのまま去った。



 数日後、また僕は彼女のお見舞いに行った。今度はクッキーを焼いて持って来た。


「…………おいしい」

「ならよかった」


 実家がパン屋だから、クッキーの材料には事欠かない。ていうか、我がパン屋の商品の一つにクッキーがちゃんとある。一袋百円で、手間はかかるけどめちゃくちゃ売れる。たまに僕が作っている。


「…………しん」


 冬華ちゃんはそこで、意を決したようにぐっと全身に力を込めて言った。


「私の事、嫌いじゃないの? 怒ってるんじゃないの?」


 さて、その時の僕は、なかなか微妙な心境にいた。

 心の底では恨みの炎がまだ残っていた。けれど、心のどこかで「もう許せ」とも叫んでいた。どちらにも踏ん切りがつかなくて、以前は逃げた。

 ……けれど。


「……嫌いだよ。当たり前だろ」

「う…………」

「だけど、怒ってない。絶対忘れないけど、もう、話すくらいは、許す」

「―――――――!」


 結局、彼女を許す事にした。僕はどこまでもお人よしなんだ。あんなにひどい目に遭わされたのに、彼女を恨み続けるより、許したくなってしまったのだから。


「…………しん」

「何?」

「……ごめんなさい」

「―――――――――!」


 そして何と、冬華ちゃんは僕の答えを聞いて、謝ったのだ。信じられなかった。彼女が他人に謝るなんて一生無いと思っていた、だから、僕は思わず体を固まらせてしまった。


「うえええ……しん、ごめんね……!」

「泣かないでよ……」

「ふえええ………………しん、優しいよぉ……!」


 この後、滅茶苦茶ギャン泣きした。僕は戸惑いながら、側にいる事しか出来なかった。あの孤独な入院生活が彼女に何をもたらしたのか分からない。けれど、その時間は、冬華ちゃんを間違いなく成長させたのだと思う。そうでなければ、彼女が泣くはずが無かったからだ。


 泣き止むと、僕はふと彼女の病室を見渡した。やけに静かだと思ったら、同じ病室にいたおばあさんが退院していた。この病室は、冬華ちゃん一人でいるのだった。


「ねぇ、他の友達はお見舞い来ないの?」

「……友達なんかいない。私の友達は、しん、だけ」

 

 えっ、と呆気に取られた。いや、だって、前に「友達なんかたくさんいる」って言っていたから、と。


「それ、嘘。私は学校でも嫌われ者。知ってる、そのぐらい」

「…………じゃあ、そうならないようにした方がいいね」

「だけど……友達の作り方なんて、分からないし……」


 その時の冬華ちゃんは大まじめにそう言った。でも、僕だって友達の作り方なんか知らない。そんなもの知っていたら、陰キャになっていないからね。

 僕に言えるのは一つだけだった。それは、僕が唯一持っていたものだ。


「……優しくしてみれば?」

「えっ?」

「だから、すぐに我儘言わないで、泣いたりしないで、色々考えて、優しくするんだ。あと、すぐ文句も言わない」


 冬華ちゃんに足りなかったもの、それは人格。当時の僕はそれを明確には分かっていなかった。けど、結果として、彼女を良い方向へ導く言葉を与えられたのだと思う。そうじゃなかったら、今も僕は冬華ちゃんを許さないままでいただろうから。



 そして冬華ちゃんは今のような姿になった。我儘言わず、ヒステリックに泣かず、他人の行動や能力を色々考えて、それに文句を持たず理解を示し、優しく導く賢王になった。暴君から華麗なるクラスチェンジだ。威圧的だった言葉遣いも改め、フレンドリーながらもカリスマ溢れる王子様風なものになり、身の振り方も思い遣りのあるものへ変わった。



 だが、僕はそれがどんな結果をもたらすか分かっていなかった。

 よくよく考えてみれば、既に冬華ちゃんは人格以外は最強の実力を持っていた。そして、その唯一の弱点もアップデートされて無くなった。それはもう、究極生命体アルティミット・シイングトーカの誕生だった。唯一の弱点を克服した、手の付けられない化け物を僕は誕生させてしまったのだ。


「シン、パンを来たぞ」

「あっ、う、いらっしゃい、夜霧さん」

「ふふ、相変わらず、シンの家はいい匂いで満たされているな。そうだ、あの時のクッキーを作ってくれないだろうか? あれほど美味しいクッキーは初めてだった……」

「そう? それは嬉しいよ……」


 中学生に上がると、ほとんど今の冬華ちゃんが出来上がっていた。彼女は成長においても人の一歩先を行っていた。身長も伸びたけど、早熟というか、年齢の割に身体が女性らしすぎるというか、色気すらも放っている女の子になっていたんだ。


「どうした? 何故私を見てくれない?」

「いや、その、クッキー、すぐ焼いてくるからちょっと待ってて!」


 その時の僕は、オタクとパシリになり始めていて、人生で一番拗らせていた頃だった。隼人君と出会う前の僕が出来上がり始めていた時だ。そんな僕が、町一番の美人である冬華ちゃんと話すなんて、あまりに畏れ多くて、彼女を直視出来ずにいたっけ。まぁ、それは今も、か。本当、何で僕の近所に冬華ちゃんがいたんだろうな……。





「変わったと言えば、冬華ちゃんだってそうだったね。昔は本当に酷かった」

「あっ、いや、それは…………!」


 過去を思い出して見つけた。冬華ちゃんの弱点。それは、過去の彼女自身! まさに黒歴史!


「あんなに暴君だったのに、いつの間にかすっかり優等生になっててさ、僕はついて行けなかったよ」

「やめろシン、その頃の話は私に効く……! あれは、その、本当にすまなかったと思っている……」


 指を絡めた両手をテーブルに置いて、彼女は目の前の僕に懺悔するように頭を垂らした。ずーん、と本気で後悔している様子なので、慌ててフォローを入れる。


「いいって、それは。冬華ちゃんの事はとっくの昔に許してるよ」

「……やめてくれ、シン。私にとっては、その優しさですらも辛い」

「辛く思わないでいいよ。昔は昔、今は今さ。さっきも言ってたけど、僕だって冬華ちゃんを避けちゃってた時があったし。あの時はごめん。知らず知らずのうちに、嫌な思いもさせちゃってたかもしれない」


 そう言うと、冬華ちゃんは一転、むすっ、と不満たっぷりな表情になって僕をジトっと睨む。そういう表情は子供の時から変わらないな……。


「…………あのな、あの時、私がどれだけ寂しかったか分かっているのか? いくら多感な時だったとはいえ、私とシンの間にはそんなもの関係無いと思っていたのに……。本当に不安だった……また絶交されてしまうのでは無いかと、あの頃は毎晩泣いていた」

「毎晩!?」


 それは盛りすぎでしょ! いや、待て。冬華ちゃんならあり得るか……?


「だけどあの時は僕、すごく根暗だったし……。それに比べて冬華ちゃんはすごく美人になってくしで、気恥ずかしくて直視出来なかったんだ。今だってそうさ。冬華ちゃんはもっと、自分がどれだけ魅力的か知って欲しいよ」

「十分、分かってるつもりだが? 私はシンにそう思って欲しくてこうなったのだから」

「否定しないんだ……」


 謙遜は美徳だけど、実力が伴っているのなら、謙遜は逆に嫌味となる。冬華ちゃんの場合はそうなんだろう。『自分は他の人間より魅力的です』なんて言える人がどれほどいるか。ロックだなぁ。


「それだけは変わらない……。昔も今も、私はそれだけが欲しくて、嬉しくて、ここまでやったんだ。それだけは、誰にも渡さない……!」

「……冬華ちゃん?」


 尋常じゃない熱量で、独り言なのか僕に話しているのか曖昧な態度でそう言っていた。……何の話をしているのか、僕でも分からない。多分だけど、彼女の内面に関する事だろうか。

 僕が声をかけると、彼女はふっ、と態度を和らげて笑った。


「……今は、まだ、ここを守るのが精一杯、か。いや、気にするなシン。思ったよりも長居してしまったようだ。そろそろ行かないか?」


 そういいながら、冬華ちゃんが腕時計を見せつける。時刻は十四時になろうかというところだった。おっと、そろそろ行った方がいいか。


「そうだね、じゃあ、行こうか。冬華ちゃんの武器を買いに」

「いよいよか。楽しみだ」


 では、行くとしよう。運命の楽器用品店に。お会計票を持って、と。

 ここで冬華ちゃんが鋭く目を光らせた。――まずい、何か来る!?


 瞬間、冬華ちゃんの手が素早く僕の持つ会計票を奪おうと伸びて来た!? でも、甘い。僕は一歩身を引いて、彼女の射程外に逃げた。危なかった、幼馴染としての第六感がなければ対応出来なかっただろう。

 僕の対応が気に食わなかったのか、冬華ちゃんはキッ、と鋭い視線で僕を見やってきた。な、何だ、その凄みは……!


会計票それを渡せ、シン。ここの会計は私が払う」

「いいよ、冬華ちゃんは今から大きな買い物するんだし、食事代ぐらいは僕に任せて」

「それは不要な気遣いだ。今日は私がシンをつき合わせているのだから、私が受け持つ」

「今日は僕が言い出した事さ。こういうのは男に任せてくれればいいんだよ」

「やめてくれ。私たちの間にそんな凡俗すぎる考えを持ち込むな。我慢も譲歩も気遣いも、私とシンには不要。あるのは互いの尊重と親愛だけ、そうだろう? 渡せ、シン。私を幼馴染と思ってくれるのならば」

「思っているからこそだよ。ここで君に払わせてしまえば、僕は幼馴染である資格が無くなってしまう。僕は自分だけ無傷で笑うような、厚かましい真似はしたくない」

「……シン。これ以上は……」

「そうだね、決闘になる」


 ……何の話をしているんだ、僕達は。ロボアニメみたいなやりとりになっているぞ。


「あの、お会計でよろしいですか?」


 と、そこで、店員さんが僕達に対応しようと側に来てくれた。……何で僕達はこんなところで対峙しているんだ。恥ずかしい……。


「……冬華ちゃん」

「……シンには敵わないな」


 うん、お店に迷惑をかけるのが一番良く無い。ならば、結論は一つ。


「冬華ちゃん、二千円お願い」

「待て、端の数字まで教えてくれ。割り勘なのだろう?」

「いいよ、時間かかって店員さんに迷惑だから!」

「むぅ……」


 仲良く半分こ、割り勘で払う事にしよう。何やってるんだ僕達は。これだからオタクはキモイって言われるんだね……。



 互いが互いを思いすぎるあまりに、よくコントになる。まぁ、そういうのもいいのかもしれない。

 だけど、ロックではそうはいかない。波長を合わせ、メンバー全員が音を同調シンクロさせなければ、いいロックは特殊召喚出来ない。


 そのためには楽器だ。戦うための楽器がいる。冬華ちゃんが買うのはベースギターだ。より低音域を出すためのギターで、僕の持っているエレキギターよりシャープな形状で値段が高い。ベースギターはいぶし銀な活躍をする楽器だ。その低音サウンドで、曲に基底メロディと安定感を与える。ギターやドラムほどの派手さは無いけど、ベースがいるといないのでは曲のソリッド感に天と地ほどの差がある。エモみが違うんだな。


「すいません、試し弾きさせてもらってもいいですか?」


 店員さんに試し弾きの準備を始めてもらううちに、僕は冬華ちゃんをベースギターコーナーに案内する。


「値段と音、それから自分の直感に従って選んでみて」

「分かった」


 冬華ちゃんはたくさんあるベースギターをずらりと見渡しながら、ゆっくりと吟味する。僕がレッドソニックを見つけられたんだ。冬華ちゃんもきっと、自分の相棒を見つけられるはずだ。


「………………シン、これはどうだろうか」


 そうして、冬華ちゃんは一本のベースを手にした。陰陽のような黒と白があしらわれたものだ。


「弾いてみればいいさ」


 機材を繋げて、彼女はそれを鳴らす。…………うん、流石だ。僕から見ても、その子は冬華ちゃんに似合っている。一発で見つけるとは、流石だ。


「似合ってるよ、それ。今日は僕いらなかったかもしれないね」

「そんな事は無い。シンが似合っていると言ってくれたのが、私には何より嬉しい」


 冬華ちゃんはそう、屈託のない微笑みを僕にくれた。……決まりだね。さぁ、自分の武器を手に入れた冬華ちゃんが、これからどんなアーティストになるのか楽しみだ。

 さて、そのお値段を見ると――。


「…………こんなに高いんだな、楽器というのは」


 ……割と、学生の身分では痛すぎる値段だった。冬華ちゃんも思わず表情が凍る。ま、まぁ一生ものだし、多少はいいものを買っておかないとね?





 楽しい時間ほど早くすぎるのは何故だろう。

 日も暮れて、帰宅ラッシュが始まる時間帯に、僕達もバスに乗って帰る。とてつもない、でも気持ちのいい倦怠感が全身を駆け巡っている。はしゃぎすぎた……冬華ちゃんと一緒にいると、本当、遠慮する事がほとんどないから居心地いいんだよなー……。おかげで遅くまで遊んでしまった。

 

「今日は付き合わせてしまってすまなかった。私とした事が、少し遊びすぎてしまったようだ」


 隣の座席でバスに揺られている冬華ちゃんが申し訳なさそうに言う。ふっ、一緒の事考えてたか。流石、幼馴染だね。


「謝る必要なんて無いよ。僕こそ、冬華ちゃんを連れ回しちゃって、あまりエスコート出来なかった。出来の悪い幼馴染でごめん」

「何を言う。私は楽しかったぞ。今までで一番楽しい一日だった。本当に……」


 嚙み締めるように冬華ちゃんはそう言い、穏やかに笑った。なら、よかった。

 疲れからか、会話はそこで終わってしまった。だけど、嫌な沈黙は無かった。バスに揺られて、今日という時間が、ゆっくりと終わって行く感覚を感じる。あぁ、寂しい。だけど、これで終わりじゃない。むしろ始まり何だと思う。冬華ちゃんと一緒にこれからも色んなことが出来るはずだ。何たって、僕らは幼馴染なんだから。


「…………シン」


 冬華ちゃんが声をかけてきた。視線を向けてみると、どこか遠慮しているような、ちょっと憂いを帯びた表情をしていた。……これは、真面目な話かな。


「…………昔の事を言われて思い出したよ。あの頃の私は酷かったな。今思うと、頭が痛くなるほど酷い女だった。シンに嫌われて当然だ」


 冬華ちゃんは言いながら、頭をこてんと隣の僕の右肩に預けた。……えっと、その、ちょっと気恥ずかしい。彼女の重さが、何ともむずむずする。


「あの時は子供だっただけさ。冬華ちゃんも、僕も。今みたいに、よく考えて行動するって事が出来なかった。未熟だった。それだけだよ」

「そうかもしれない。だけど、それだけで済む話でも無い。教えてくれ、シン。どうしてあの時、私を許してくれたんだ?」


 ……何故、か。正直、分からない。どうしてあれ程恨んでいた彼女を許してしまったのか。本当はそこまで恨んでいなかったのかもしれない。彼女が事故に遭ったから、憐れみを感じたのかもしれない。そう考えれば、要素は無限に出て来る。


「そうだね……」


 だけど、一つ、確実に言える事はある。あの時の僕が持っていたのは、優しくする事だけだった。だから、きっとそれが答えだ。


「やっぱり、優しくしてあげたかったから……かな」

「えっ――――――!」


 本気で怒った。本気で恨んだ。だけど、それは冬華ちゃんを愛していたからだ。大切な友達だと思ってたから、酷い仕打ちをされて激昂したんだ。


「我儘だし、すぐ泣くし、僕は散々ボロボロにされたけど、君は僕の友達でいてくれた。だから、友達を恨み続けるより、優しくしたかったんだ。うん、きっとそうさ」


 僕自身に言い聞かせるようにそう答えた。子供の時なんだ。感情のままに行動していたし、あの時何で、なんて聞かれても分からない。

 でも、納得出来る答えを見つける事は出来た。だから、きっとそれが真実だ。


「それは残酷だ、シン……! 私は……そんな資格なんて……!」


 僕の答えが、彼女を納得させるに至るものだったのかは分からない。冬華ちゃんはただ、僕の答えに、肩を震わせて、静かにすすり泣き始めてしまった。……ハンカチさん、二度目の出番だ。


「その泣き虫なところも直そうね」

「うん……」


 冬華ちゃんは僕からハンカチを受け取り、ぐすぐすとすすりながら涙を拭う。今が良ければそれで良しさ。これは、まだ未熟だっただけの話なんだから。


「………………ありがとう、シン。その優しさは、私を救ってくれた」


 膝に置いた僕の右手の甲に、彼女の左手が重ねられる。僕が右手の甲をひっくり返すと、それに手を重ねていた冬華ちゃんが指を絡めてきた。細くて長い指が、僕の掌を這い、なぞり、愛おしむように絡みつく。彼女の熱がゆっくりと伝わってくるようだ。


「シン」

「ん?」

「私は、こうしていていいんだよな?」


 こうって……肩枕の事かな? それは……。


「僕なんかでいいのならね」

「私はシンがいい」


 とても暖かくて、じんわりと胸に滲む、絆の温度を感じる声だった。……うん。なら、バスを出るまでは、こうしていよう。

 今日は、僕と冬華ちゃんにとって絶対に必要な時間だった。傷んでいた幼馴染の絆の紐が、今、ゆっくりと直ってゆく気がする。その紐は、傷む前よりも少しだけ、太く強く紡がれて綱となり、僕と彼女をしっかり繋ぐ。絆っていうのは、きっと、暖かくて優しいもので出来ているんだろう。

 これは恋じゃない。友情でも無い。でも、僕達はそれよりもっと強いもので繋がっている。それの何と心地いい事か。誰もがひれ伏す天下無敵の才女、しかして本当は泣き虫で甘えんぼな乙女。それが夜霧冬華という女の子の正体だ。


「冬華ちゃん、またデートしてくれる?」

「……! あぁ、何度でも!」


 嬉しそうにふにゃ、と笑って彼女はそう言ってくれた。あぁ、それは楽しみだ。今日がこんなに楽しかったんだ。次に遊ぶ時はもっと楽しくなるに決まってる。ね、ハム太郎。ヘケッ。


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