三曲目 結成! ウィーアー! アニソニック(後編)
バイオリズムは、生命体の感情、知性などは周期的パターンに沿って変化するという仮説、およびそれを図示したグラフ。
つまり、身体と心の調子と言う事でしょう。調子の良い人がいれば、その人に便乗してついて行けば楽できそうですね。そう簡単にいかないのが世の常ですが……。
急遽、多目的教室にドラムセットとスピーカーが準備される。先行は僕たち。しかしこれはついている。先行ワンキルはCLEARWAVEの得意分野だからね!
「おい、今からでも止めてやってもいいぞ勝負。正直にギターなんて本当は弾けないって言えよ」
火野君が自分のギターを肩にかけて、冷やかすように挑発してくる。でも、言葉のわりに彼の表情に余裕は無い。まだまだだね、僕でも分かるぞ。君は大して強くないって。
「うだうだとさっきからうるせぇヤツだ。シン、どの曲にする?」
「もちろん、アニソンで。少し前に皆でやったアレにしたいな」
「あれね、了解。今回あたしはボーカルに専念するわ。これはあんたの戦いだから」
「ま、僕達と勝負になればいいけどね」
僕に力を貸してくれる隼人君たちへ顔を向ける。演奏する曲はもう決めている。特に異論も無くすっと決まり、僕らは各々の楽器をケースから取り出し手に持つ。
「……ありがとう、みんな」
「別に、目の前に気に入らねぇ三下がいるから潰すだけだ。礼を言われる筋合いは無ェよ」
「そうよ。あたしも、あいつを泣かせたいから協力するだけ」
「まーた二人はそうツンツンして。でも、僕もお礼なんかいらないよ。友達なんだから!」
……とか言いながら、全力で闘志を高めている三人に胸が熱くなる。本当に、僕は彼らから色々な物を貰いっぱなしだ。いつになったら返せるのやら。
この勝負の相手は火野君じゃない。本当の相手、それは夜霧さんと西園寺さんの心。火野君の心無い言葉で凍えてしまった二人に、僕が熱いロック魂を届けられるかの勝負!
「じゃあ、全力でブチかますよ!」
ならば僕は負けない! 熱さこそアニソンの真骨頂であるが故に!
そして準備が出来たセットに、僕達が各々の位置につく。
「うん。隼人君、いつでもいいよ」
「あぁ、じゃあやるぞ」
そしていつもの、ハイハットを四度叩く音が始まる。
四度目が終わった瞬間が演奏の始まりの合図。今回の勝負曲は、誰もが知っているアニソン。ロックアレンジが入り、まずはドラムが静かに叩く音から始まり、その後すぐにギターが入り、明るく軽快なイントロが始まる。
「この曲は……!」
夜霧さんの静かな呟きが聞こえた気がした。僕も彼女と、その隣で聞いている西園寺さんに視線をちら、と一瞬向ける。――任せて。必ず君たちの心に届けてみせる。
その場にいる誰もが、イントロだけで曲が分かっただろう。それほどにこの曲の知名度は高い。そもそも使われたアニメがレジェンド級だからね。さぁ、始めようか奏ちゃん。この曲は最初からフルスロットルでね!
『ありったけの夢を かき集め 探し物 探しに行くのさ』
奏ちゃんがキレのあるパワーボイスで歌詞を紡ぐ。それに合わせて、僕もギターをかき鳴らす。あぁ、来た。気持ちいい感覚が来た! ぞわぞわっと、アニソンの持つ熱量が僕の背筋に注入されて、全身を昂らせる! さぁ叫ぼう!
『ONE PIECE』
世界累計発刊部数四億越え。もはや存在自体が新世界。漫画【ONE PIECE】の始まりを告げるオープニング曲【ウィーアー!】。これこそ今歌うに相応しい!
『羅針盤なんて 渋滞のもと 熱にうかされ 舵を取るのさ』
アニメが好きだ。アニソンが好きだ。それを馬鹿にはさせない。否定もさせない。それの何が悪い。火野君、君だって経験があるはずだ。アニメや漫画を見てワクワクした事。熱くなった事。感動した事、これが好きだと、誰かと語りたくなった事!
『埃被っていた 宝の地図も 確かめたのなら 伝説じゃない!』
それをいつの間にか、僕らはキモい事だと思い込んでしまっていた。夜霧さんはその好きを誰にも言えず寂しい思いをしていた。西園寺さんはそれを知られたくないと怯えていた。いいや、いいや! それは悲しすぎる! 僕がいる! 僕が君たちと語り合おう!
『個人的な嵐は誰かの バイオリズムに乗っかって 思い過ごせばいい!』
そして、一緒にアニソンやろう! ワクワクを思い出すんだ!
いよいよのサビに、僕ら以外の一年生も高揚した表情で口を開けていた。彼らの心、完全に僕らがブッ貫いている! 【カルマ】を聞いていた僕と同じ顔だ! どうだ!
『ありったけの夢を かき集め 探し物 探しに行くのさ』
火野君、これでも僕とアニソンをキモいと言えるか。信じられないような目をして固まってるけどさぁ!
『ポケットのコイン それとyou wanna be my friend?』
――それから、夜霧さん。西園寺さん。これが僕の思いだよ。オタク否定の嵐なんか、僕らの音楽で吹き飛ばせばいい! だから、僕と一緒にやろう!
『We are,we are on the cruse!』
センターで熱唱する奏ちゃんに、ちらっと視線をやると、偶然目が合い、お互いに笑う。いいね、いいね! 楽しんでるね! 熱く叫び倒す! それがアニソンの醍醐味さ! 部屋はまさに! 大アニメ時代!
『ウィーアー!』
気持ちいいいいい! 最高だ!
とりあえずはここまで! これで僕の腕前は十分に先輩に見てもらえただろう。
「ふぅ…………」
約90秒間の演奏だったけど、そこに僕の情熱を叩きつけた。呼吸を整え、正面を見る。そこには、目を大きくしてこちらを見つめている先輩たちがいた。
……えっと、何で誰も何も言わないんです?
「……あの、もしかして、フルじゃないと駄目、とかですか?」
もしや、途中で止めてしまったからか、と思い至り慌てて付け加えて言う。……すると、まず帆波先輩が肩をぷるぷる震えさせて、ぷっ、と勢いよく噴き出した。
「ぷくく、にゃはははははははは! いい! いいよ真一君! CLEARWAVE! めっちゃウケる! マジでアニソンやってるよこの子たち! しかも上手いし!」
「………………あぁ。予想以上だ。まさかここまで出来る一年生が来るとは思わなかった」
帆波先輩、大笑い。続けて部長も純粋に感嘆したように呟き、さらに拍手までくれた。それにつられるようにして、他の一年生も拍手をくれた。表情を凍らせている火野君以外。どうも、どうも。僕らだけ楽しんじゃってごめんね!
「あぁ、とてもいいね。素晴らしかったよ、海藤君、CLEARWAVE。……さて、火野君」
そして、笑顔の部長が、演奏前より青ざめている火野君の前に立つ。僕はこれでターンエンド。さぁ、次は君だ。
「悪く無かったよね、海藤君の演奏。これならさ、別にアニソンでもやっていいと思うんだけど……どうかな」
しかし、事は思いもよらぬ方向に転がり始めた。部長はそんな事を火野君に言い、また彼もこくんと首を縦に振り、
「は、はい。まぁ、いいんじゃない、っすかね」
と、素直に答えてしまった。……あれ? という事は? この戦いは中断? ご破算?
「……あの部長、やるわね。あいつに認めさせる事で、ライブ勝負をやる事自体を止めた。これなら、シンも満足するし、あいつの面目も保たれる」
奏ちゃんがどこか不満そうな表情で僕に言う。なるほど、部長はそこまで考えて……。まぁ、皆ハッピーでいいんじゃないかな?
そう奏ちゃんに返事すると、呆れた顔をされてしまった。
「このお人好し。まぁ、こんな事されてあいつも居心地悪くなるでしょ」
「えぇ? それはちょっと悪い事したかなぁ……」
「馬鹿、いいのよあんなのは消えて。自業自得よ」
……そういうものなのかなぁ。
◇
部活初日はそんな、自己紹介だけで終わった。
その日の帰り道は、重い沈黙に包まれていた。僕は学校から最寄り駅までの歩き道を、夜霧さん、西園寺さん両名と一緒に歩いてる……のだけど、なんだか二人共、ライブを終えてからぴたっと静かになってしまった。
「えっと……」
僕が一緒に帰ろうと誘って、二人もそれを断らず、事実今も後ろについて来てくれているのだから、嫌われている訳じゃないと思うけど……。やっぱり一緒にいるのに沈黙は気まずい。
「……よければ、感想とかもらえると嬉しい、かな、なんて」
歩く足を止めて、後ろを振り返ると、二人も連動したように足を止めた。あの、どうして顔を僕から背けるのでしょう?
「も、もしかしてそんなに酷かった!?」
「「そんな事無い!」」
いきなり二人して大声で返答してきたので、思わず肩を震わせるほど驚いてしまう。
「そ、そう。なら良かったよ……」
「……あぁ、良かった。良かったんだよ、シン。私の想像を遙かに超えて良かった……。その、感動して、言葉が出なかったんだ……」
夜霧さんが頬を紅潮させ、ほっこりしているような表情でそう言った。いつも凛としている彼女にしては珍しい態度だ。可愛い。
「シン、私はシンとアニソンがしたいと思って志願した。だけど、今日のシンを見て、その思いがもっと強くなった。シン、私は歌いたい。君の音で。……それほど、君の音に感動したんだ。どうか、私と一緒にバンドを組んでくれないか!」
「……改めて言われるまでもないよ。じゃあ、正式にメンバーになったって事で!」
僕は手を差し伸べる。夜霧さん改め、冬華ちゃんに!
「よろしくね、冬華ちゃん」
「とゥ――――!」
僕の手を握り返そうと彼女も手を伸ばす途中でぴたっと固まってしまった。……やっぱり、いきなり名前呼びは抵抗あるかな? バンドメンバーになるんだから、もっと親しい呼び方にしたいって思ったんだけど……。
「……会長、の方がいい?」
「駄目っ! さっきのがいい! これからずっと! 絶対!」
ぐわし、と両手で僕の手を握り締め、感無量とばかりの表情で返して来た。う、うん、なら、冬華ちゃんで。
「冬華ちゃんにはベースをやってもらおうと思ってたんだ。だけど、歌うならボーカルも務める事になる。弾き語りはそう簡単に出来ないけど、大丈夫?」
「任せて欲しい。必ず君の期待に応えてみせる」
「そっか。なら、よろしくね」
夜霧さん――改め冬華ちゃんは、僕にとてもいい笑顔で答えてくれた。……彼女は『やる』と言ったら、『やりすぎ』までやる人だ。それだけの熱意も才能もあると信じている。
そして、もう一人。僕が彼女の前に寄ると、彼女もまた、僕の目を見てくれた。
「……何となく分かった。君がやりたい事」
そう言う西園寺さんの瞳は、以前までのくすんだ光は薄れ、代わりに淡い輝きを灯していた。もうこの前までの拒絶の意思も諦観の色も見られない。今あるのは……迷い……だろうか。
「そんな難しいものじゃないよ。僕のロックは。アニソンを、アニソンが好きな仲間と、一緒に馬鹿みたいに楽しみたいだけさ。超気持ちいいよ?」
少しおどけてそう言ってみると、彼女も柔らかく笑った。……初めて笑顔を見たな。とても素敵だ。
……はた、と今分かった。何故、僕がこんなにも彼女に惹かれているのか。それは、彼女が優秀なドラマーだからだけじゃない。僕自身が、西園寺雛実という女の子の、何気ない笑顔が見たいと思ったからだ。
……だったら、僕が次にする事は決まっている。僕のバンドには、やっぱり君が必要だ。だから、もう一度、この言葉を君に贈ろう。
「西園寺さん、僕と友達になってくれませんか」
僕は右手を差し出した。もう一度、絶望に沈む君へ向けて。
「…………やっぱり、無理……。私は、強くないから……」
「僕だって強くない。強くなろうと努力してるだけさ」
西園寺さんはまだ僕の手を取らない。ふるふると首を振って、僕の言葉を必死に跳ねのける。背中に垂らしている細いおさげが空にゆらりと踊る。
「それでも、私から見れば眩しすぎる……。バンドなんかした事無いし、絶対、足を引っ張る……」
「冬華ちゃんだってバンドした事無いよ。僕だって、一年前から始めたばかりの初心者さ。大丈夫、君の実力は本物だ。自分で自分が信じられないのなら、僕が君の力を信じる」
俺が信じる、お前を信じろ。
とあるアニメを代表する名言だ。まさにそれなんだ。怖がらないでいい。僕は、君の味方だ。
「嘘……! こんな愛想無くて、コミュ障の私のどこを信じるの……!? 夜霧さんみたいに美人でも無いのに……!」
「愛想が良くて、コミュ力あって、冬華ちゃんより美人がいても、僕は君と友達になりたい」
当然だ、とばかりにそう返した。何だそのリア充お化けは。そういう人はちゃんと自分で勝手に幸せになるさ。そんな人より、僕は君と一緒にいたいんだ。
僕の態度に、もう返す言葉が無くなったのか、彼女は窮したように視線を下に向けた。
「…………本当に、私も、戦える……?」
「勿論。僕と冬華ちゃんが一緒に戦う」
一人ぼっちは、寂しいもんな……。
彼女は僕の言葉を聞いて、何かを飲み込むように、一つ大きく深呼吸をした。
「………………はぁ、もう、何なの……。必死になってるこっちが悪いみたい。あぁ、馬鹿馬鹿しい」
そう、疲れたような、諦めたような、でもどこかすっきりしたような表情で彼女は呟き、僕の顔を見る。以前まで見せていた、薄暗い瞳はもう無い。そこには、穏やかな夕日を反射して輝く黒紫色の瞳が僕を見つめているだけだ。
「……分かった。ドラムスは私がやる。私だって、火野みたいな人に馬鹿にされるのはもう嫌。だから、私も戦う。…………その代わり、私が死ぬ時は、一緒に死んで」
物騒な言葉とは裏腹に、大真面目に言っているような表情と視線を僕に向けて来た。まるで僕を試しているような様子だ。……死ぬって、何がだろう? 社会的って事? そんなの……。
「そんなの、当たり前だよ。僕達は運命共同体だ。よろしくね、ひなちゃん」
「――――! ……よろしく、海藤君」
そして笑顔と共に、僕の手はようやく彼女に握り返された。これからもよろしくね。
さて、これで西園寺さん改めひなちゃんも正式加入となった。これで完成だ。
「そう言えば、ユニット名は決まってるんですか?」
「いや、まだだよ。そういうのって皆で考えるものだと思ったから」
「私は変なのでなければ何でも」
「私もだ。君が考えたものなら何でもいいさ」
やる気が無いのか、それとも本当に名前ににはこだわらないのか、二人にそう言われてしまった。そうだなぁ……。アニソン要素は絶対入れたいよね……。
うーんと考えていたその時、ふと僕のギター――レッドソニックが目に入った。赤色のボディと、音が体を突き抜ける感じをソニックという言葉で表現したんだけど……。
――お、閃いた。
「じゃあ、アニソン・ソニックってのはどう?」
「……何か、くどくないか?」
「それなら、アニソニックは……?」
ひなちゃんの意見に、僕もぽん、と手を打つ。いい、呼びやすい。決まりだ。
「僕達のユニット名は――――アニソニック!」
うん、胸にしっくりくる響きだ。僕らの名前は【アニソニック】。アニソンを高らかに歌い上げる変態集団。そして、S高で最もロックとなるバンドの名前と知るがいい。ギター・僕。ベースボーカル・冬華ちゃん。ドラム・ひなちゃん。完璧なパーティ編成だ。負ける気がしないね。さぁ、始めようか! 僕らのエクストリームオタ活を!
【ONE PIECE】は思い出補正が強すぎてほとんど神曲になっちゃう気がします。【ウィーアー!】【Believe】【ヒカリヘ】【BON VOYAGE!】【ココロのちず】【BRAND NEW WORLD】の聖域感ほんとすき
引用
曲名:ウィーアー!
作詞:藤林聖子
該当箇所
『ありったけの夢を かき集め 探し物 探しに行くのさ』
『ONE PIECE』
『羅針盤なんて 渋滞のもと 熱にうかされ 舵を取るのさ』
『埃被っていた 宝の地図も 確かめたのなら 伝説じゃない!』
『個人的な嵐は誰かの バイオリズムに乗っかって 思い過ごせばいい!』
『ありったけの夢を かき集め 探し物 探しに行くのさ』
『ポケットのコイン それとyou wanna be my friend?』
『We are,we are on the cruse!』
『ウィーアー!』




