一曲目 始まりを告げる夜
ぼく「息抜きにアニソン大好き小説書きたいなぁ……。せや、書いたろ!」
ぼく「歌詞掲載禁止? しゃーない、著作権は守らなあかんな……。でも歌詞無しで小説成り立たんわ……。ん? 引用? これならギリOK?」
という事で、なんか色々勉強して、歌詞を引用しての小説書いてみました。でもこれでもアウトかもしれないので、もしなろうから警告来たら即座に該当箇所消します。ぼくはただ、この世にあるロックの素晴らしさを伝えたいだけなんや……。
朝のニュースによると、今日の神原市の気温は十八度。
春にしては暖かすぎるほどの陽気は、今日もふんわりと街路樹に、電車の窓に、そして僕の頬に差し込む。四月の風は、僕の知らない花の香りをわずかに抱き、鼻腔を掠めて彼方へ過ぎる。
まさに、そうまさに、今日もいいペン……じゃない。今日もいい天気、だ。
……などど、安い脳内ポエムを垂れ流すのはそろそろやめる。
家の最寄り駅の改札にSuicaを掠らせて通り、駅のホームに降りる。腕時計を見れば、あと五分で次の電車が来る時刻だった。
五分。良い時間だ。それは、だいたいアニソン一曲分聞き始めて終われるぐらいの時間だから。
電車を待ちながら、イヤホンを耳に差し込む。シャッフル再生される音楽プレーヤーは、まず最初の曲を鳴らし始めた。
それは、軽快なギター音から始まる曲だった。
それは、僕が大好きなアニソンだった。
それは、もう何度と聴いた歌声だった。
『君は聞こえる? 僕のこの声が 闇に虚しく 吸い込まれた』
――――それは、アニソンの中でも特に熱い、最上級炎属性な曲だった。
聴覚を刺激する音の情報が、朝の気だるい全身を叩き起こし、アドレナリンを分泌させる。
『もしも世界が 意味を持つのなら こんな気持ちも 無駄ではない?』
僕はアニメオタクだ。だから、どんな時だってアニソンを聞けば元気になれる。
朝の通学時間。三年前――中学生の頃まで、これほど気が重い時間は無いと思っていた。早起きは苦手だし、学校はつまんないし、クラスメイトは怖い。僕は学校が嫌いだった。
『憧れに押しつぶされて 諦めてたんだ』
だけど、高校三年生の今は違う。学校に行くのが楽しみとさえ思っている。
『果てしない空の色も 知らないで』
三年前。僕がまだ中学三年生だった時。僕がまだいじめられっ子だった時。その時の僕は知らなかったんだ。この青い空の景色を。
再び春風が駅のホームを吹き抜ける。それはどこか懐かしい香りがして、三年前の記憶を呼び起こす。……あぁ、あの日も、今日みたいなとても暖かい春だった。
あの、僕が僕である事が始まった、あの日も――。
◇
三年前の春。
「い、嫌だ!」
その日、僕史上最大の叫びをあげて抵抗した。掴まれていた胸元を手で払い、二歩下がる。でも、ここは人気の無い校舎裏で、下がった先には校舎の白い壁しか無い。
「…………あ? 何してくれてんだ?」
「あぐっ!」
僕は目の前の不良――清水君に胸元を引っ掴まれ、壁に叩きつけられた。少しの悲鳴と一緒に肺から空気が抜け落ちる。恐怖感も相まって、今にも吐いてしまいそうだ。
「パシリの分際で抵抗してんじゃねぇよ。いいから、寄越せってんだよ!」
「うっ!」
腹に強烈なパンチをもらい、一瞬呼吸が止まる。身体から力が抜ける。膝を崩して苦しむ僕を見て、清水君はくつくつと満足気な笑い声を漏らすと、僕の制服に手を忍ばせて財布をすり取った。
「おぅ、二万もあんじゃねぇか。ほらよ」
彼は中のお札を全部抜き取ってから。僕の財布を投げ捨てるように返してきた。
「臨時収入だべな」
「飯食ってからパチンコ行くべ」
「サンキュー、海藤。これはありがたく使わせてもらうぜ」
清水君の連れている仲間も嗤いながら僕を見下す。ダメだ……その二万は、僕がこつこつ貯めてきた大事なお小遣いだ。アニメグッズを買うためにとっておいた大事な貯金だ。くそ……。何で……。
――何で僕はこんなカツアゲなんかに遭っているんだ。
どうにも僕は争う事が苦手だ。勝負とか、競い合いとか、そういうものを目の前にすると身体が委縮してしまう。ドッジボール大会とか、運動会の騎馬戦とか、どうして学校はすぐに競い争わせたがるんだ。そんなに戦わなくてもいいじゃないか。一人でこつこつ頑張るとか、皆でわいわい楽しむ事の方が平和で楽しいじゃないか。
そういう性格だから、僕はよく弱虫って馬鹿にされた。だけど、いいじゃないか、弱虫でも。臆病の何がいけない。乱暴な性格で女の子を泣かしたり、自己中な性格で人に迷惑かける人よりよっぽど良いはずだ。だから、僕は弱虫って馬鹿にされても、臆病って蔑まれても、笑って誤魔化してきた。だって、それは悪い事じゃないって思ったから。
そんな僕に、清水君は目をつけた。僕のいるD中学校でも不良で有名な彼は、お昼になると子分みたいに連れている友達と一緒に僕を囲み、購買にパンを買いに行かせた。
合計三人もいる不良グループに目をつけられ、僕はすっかり足が竦んで、二つ返事でパシリを請け負ってしまった。そんな生活を続けて二年。もう中学三年生にもなったこの四月、それまではお金を預かって買いに行かされるだけの関係だったのに、何の脈絡も無くいきなり、清水君は僕の所持金そのものに目をつけた。
「……………………返せ」
……駄目だ。それは認められない。僕はどうなってもいい。だけど、そのお金は別だ。それは父さんと母さんが働いて僕にくれたお金だ。それを清水君にほいほい渡す道理なんて無い!
「……んだよ、何見てんだよ」
「返せ……絶対、それは渡さない……!」
清水君は先生にだって暴力を振るう男だ。ここで逆らったらどうなるか決まっている。でも、それでも僕は彼の足にしがみついた。土に塗れようと、砂利を喰らおうと、絶対に彼の足を離さない……!
「……そうか。死にてぇんだな」
僕はもう一度胸倉を持ち上げられ、彼の拳の前に顔を晒してしまう。……あぁ、僕これからひどい目に遭うんだ。言葉に言い表せないぐらいの恐ろしさと、それ以上の悔しさが胸にこみ上げてきて目頭が熱くなる。でも、それでもここは譲れない――!
「――――気に入らねぇな」
――絶望に目の前が真っ暗になりかけたその時、一つ聞き慣れない男の声が耳に届いた。
声の聞こえた方に首を向けて見ると、そこにはイラついた表情をした男子学生がこちらを見つめていた。昼時なのに鞄を片手に持っている。まるで、今登校してきたかのような出で立ちだった。
「なっ……! お前は柊! 何でこんな所に!」
その男子を見た清水君は表情を一変させる。とても焦っているような、居心地が悪そうに眉にしわを寄せている。柊……? ま、まさか彼は、柊隼人……!
「フン、いつか見た顔だな。相変わらず弱い者いじめか。小さい奴だ」
「う、うるせぇな! お前には関係無いだろうが!」
――柊隼人。不良がそこそこいるこのD中学校でも、特にヤバイと噂されている学校一のワル。不登校、恐喝、暴力事件は当たり前。夜には地下施設に入り込んで、大人と一緒にえげつない事をしてるとか何とかいう、僕が一番出くわしたく無い人種だ。それが、何でこんな場所に……。
「そうだな。お前がカツアゲをしようが何をしようが自由だ」
その柊君はつまらなそうにそう言いながら、鞄を地面に落とす。そして、拳をコキコキと鳴らしながらゆっくりと僕らに歩み寄って来た。
「だが、それなら俺がお前らからカツアゲするのも自由だろ。今巻き上げたその金、俺に寄越しな。また痛い目見たくなきゃな」
僕ですら“彼には誰にも勝てない”と思ってしまうほどの迫力を出して彼は言った。清水君たちは三人もいるのに、何て頼もしい声音だろう。
「ふざけんな! 二度もお前にやられっかよ! おい!」
「あぁ! この前の恨み、晴らさせてもらうぜ!」
「くそが、死ね!」
そして清水とその友達二人が、一斉に柊君へ拳を振り上げ突撃して行った! 危ない!
「テメェらが果てな」
だけど、柊君はまるで危なげなく、相手二人の顔面に、瞬く間に拳と蹴りを放ち、一撃で吹き飛ばしてしまった! まるで格闘ゲームを見ているかのような鮮やかさだった。つ、強い!
「馬鹿は死ななきゃ治らねぇか。どうやら、その金はお前たちの治療費に変わりそうだな」
「ま、待て! これでいいんだろ! くそが!」
さらに追撃をしようとする柊君に怯え、清水君は僕のお金を地面に置いて、悔しそうに友達と一緒にこの場を去って行った。
……あまりの出来事に、僕はその場でヘタりこんで動けずにいた。あの暴力の化身みたいな清水君が尻尾を巻いて逃げた事とか、伝説級の不良が目の前にいる事とか、どこから理解すればいいのか分からずに呆けてしまっていた。
「ふん、雑魚がイキりやがって」
柊君は鞄と僕のお札を拾うと、そのまま僕の前に寄って来た。目の前で僕を見下ろす柊君は、清水君なんかよりずっと大きく見える。て、て言うか何で僕の前に来るんだろう……?
「…………ほらよ」
何をされるかと恐々としていたのだけど、彼はただ、カツアゲされたお札を僕の胸に投げ返してきた。取られた二万三千円、きっちり僕の手元に戻ってきた。
「へ……?」
今の僕は惚けて、アホみたいな面をしている事だろう。それほど僕は驚き、理解が及ばなくて変な声を出してしまった。
そして柊君は、何事も無かったかのようにつかつかと校舎裏から去って行った。僕はやっぱりまた混乱してしまい、その背中を、ただ茫然と見つめている事しか出来なかった。
◇
その日の授業が終了し、下校時間になった。午後の授業は全く身が入らなかった。当然だ。頭にさっきの昼休みの光景が永遠と再生され続けているのだから。
柊君は学校一のワル。ここの生徒なら誰だって知っている噂。だけど、目の前に現れた彼は、僕を助けてくれたヒーローに見えた。おかげで、放課後にアキバに行ってアニメグッズが買える。
……でも、いつもなら楽しみでしょうがないのに、今日は違う。アキバに行くより、柊君に会わないといけない気がする。彼は僕を助けてくれた。だったらお礼を言わないと。……それに。
「怖く……無かったな」
清水君みたいに上から睨まれても、柊君を怖いとは思わなかった。もしかしたら、柊君は良い人なのかもしれない。とにかく、彼を探してみよう。
そんな使命感に似た思いに従い、僕は鞄を持って教室を出た。彼は軽音楽部に入っていたけど、そこで暴力事件を働いて退部になった……と聞いた事がある。だから部活はしていないはず。授業が終わればすぐに下校してしまうだろう。
「いた!」
ふと校舎から窓から外を覗くと、もう校門を去る柊君の姿が見えた。僕は急いで階段を降り、靴を履き、飛ぶように走って追いかける。息も切れそうになるところで、ようやく彼の後ろに追いついた。
「ひ、柊君!」
名前を呼んだところで息が切れ、足を止めてくれた彼の前で、ぜぇぜぇとみっともなく息継ぎをしてしまう。よかった……追いついた……!
「お前……さっきの……」
「そう……はぁっ、はぁっ、かっ、海藤真一……僕の、名前」
一呼吸整えたところで顔を上げて柊君の顔を見る。やっぱり、つまらなそうな表情をしている。今も「何の用だ、さっさと済ませろ」と目が言っているようだった。
「ふぅ……。あの、さっきは、ありがとう。助けてくれて」
「…………それで?」
本題を早く言え、とばかりの言い方だった。それでって……。
「えっと……その……」
「……お前、まさかたったそれだけ言いに来たのか?」
首をこくんと振って肯定すると、彼は少し驚いたような、呆れたような表情で小さくため息をついた。え、えっと……駄目、でしょうか。
「勘違いすんな、お前を助けた訳じゃねぇ。俺は目の前に気に入らねぇイキりがいたからブッ飛ばしただけだ」
「そ、それでも結果的に僕は助けられたから……」
「……そうかよ。よかったな。ならもう俺につきまとうなよ」
そう言って、やっぱり柊君は冷たい態度で僕をあしらってまた歩き出した。……ちょっとだけ寂しい。僕も彼の後ろに続いて歩き出す。
僕は下校時、いつもアニソンをイヤホンで聞きながら帰る。だけど今日はそんな事せず、そのまま、柊君と会話も無いまま一メートル弱の距離を保ちながら下校を続けていた。三分程度も歩いた時、彼がまた足を止めて振り返った。
「何で付いて来んだ」
「ぼ、僕もこっちが帰り道なんだよ……」
恐ろしい表情で軽く怒鳴られてしまった。や、やっぱり怖い! 清水君よりもずっと!
「ちっ……」
面倒そうな態度で柊君は舌打ちし、また僕を無視して先を歩き始めた。また三分程度歩くと、学校の最寄り駅に到着した。改札を通り、一番線ホーム三番乗り降り口のブロックで待つ。
「……テメェ、おちょくってんのか」
「ほ、本当なんだってば! T橋駅で降りるから!」
「俺と同じじゃねぇか……くそ」
柊君はまだ僕の前にいた。しかも降りる駅も同じだそうだ。もしかしたら、僕の家と柊君の家は近くにあるのかもしれない。
電車が到着し、それに乗って数駅揺られる。開くドアとは反対のドアに、お互いに寄りかかりながらしばらく気まずい空間を耐える。な、何か話した方がいい……かな……。
ちら、と向かいにいる柊君に目を向ける。ドアから差し込む夕日が彼の顔を照らしている。ほんの少し紫かかった黒髪と瞳、はっきりとした輪郭、鋭い眼光が印象的。しかも長身で喧嘩も強い。イヤリングとか指輪とかしてるのは怖いけど、どこに出しても恥ずかしく無いほどの美形だ。きっと女の子にもモテるだろうな……。
「……何見てんだ」
「ご、ごめん」
また怒られてしまった。今のは僕が悪い。じろじろ観察されたら誰だって不快だ。
「柊君がかっこよくて、見惚れちゃったんだ」
「……馬鹿にしてんのか」
してませんしてません! 首をぶんぶん横に振って否定しまくる。今のは言い方が悪かった、なんか特殊な性癖持ってるって勘違いされちゃう。
「柊君、すごくイケメンだし、喧嘩強いし、何か堂々としてて、すごく男らしいなって……。同級生なのに、僕とは大違いで……」
「……そうだな。お前ほどのヘタレ、見た事無ぇ。カメムシにも殺されそうだ」
慣れているとはいえ、直球すぎる言葉はぐさっと心に来る。言い返す言葉もありません。ははは……。
「――それだ。それが気に入らねぇ。お前、何で馬鹿にされて笑ってんだ」
突然、柊君が怒気を膨らませて、唸るようにそう言った。……いや、それは……。
「本当の事だし……返す言葉も無いって言うか……」
「ちっ、気に入らねぇな。お前、馬鹿にされて悔しく無ェのか」
それは僕にとって、とても懐かしい響きように聞こえた。……あぁ、そうか。それが普通の反応なんだね。僕もかつてはそう憤っていた覚えがある。だから懐かしいんだ。
でも今となってはそんな言葉、笑ってしまうほど興味無い。
「……悔しさなんて、とっくに忘れたよ」
あぁ、そうだ。もう悔しさなんて僕には無い。生まれついての負け組。人の上に立つ能力も、人を笑わせるコミュ力も、不良と戦う度胸も持っていない。それが僕だ。
小さい頃は持ってたさ、悔しさも。だけど、やっぱり世の中、声の大きな人が勝つように出来ている。僕はそんな人たちと張り合う勇気を持っていなかった。教室の片隅にいさせてもらっているだけの男、それが僕なんだ。
柊君はそんな僕の返答に黙りこんでしまった。呆れられてしまっただろうか。まぁ、仕方ない。僕は柊君にはなれないし、彼もまた僕の気持ちは分からないだろうから。
そしてそのまま、T橋駅に到着し、電車から降りる。改札を通り、駅からまた歩く。ここまでもまた同じ進路だった。駅の近くには商店街があって、その中の一つにパン屋さんがある。それが僕の家だ。
「…………二度と俺につきまとうな。お前みたいな腰抜け野郎、見てて吐き気がする」
柊君はふと道で立ち止まり、僕にそう言った。手厳しい。だけど……仕方ない。彼に僕の気持ちなんか分かりっこないのだから。
「俺もとんだ事をしでかしたぜ。こんな奴、放っておけばよかった。お前みたいな野郎を生んだ親に同情するぜ」
――――何だって?
「いや、こんな野郎を育てた親もヘタレに違いねぇか。つまんねぇな」
僕は、そこで身体を固めてしまった。駄目だ。それは認められない。
「違う。僕の両親は立派な人だ。撤回しろ」
気持ち悪い怒りが胸の中で渦巻く。僕は確かにヘタレだ。だけど、僕の両親は立派な町のパン屋さんだ。柊君に馬鹿にされる筋合いは無い。
柊君はここでやっと僕の方へ顔を向けて、思いっきり馬鹿にしたような表情で見やってきた。
「……フン。何だ。むかついたのか。悔しさなんて忘れたんじゃなかったのか?」
「僕をどうにか言うのはいい。だけど、僕を使って他の人を貶めるのは許せない」
「へぇ。くくく……許さなかったらどうするんだ」
人の親を笑うなッ! くそ、なんて性格の悪い人間なんだ! 怒りのあまり、全身に力が入って、無意識に歯ぎしりまでしていた。こんなに腹がたったのは久しぶりだ! 許せるものか!
「君を泣かしてでも謝らせてやる!」
「ぬかしたな、ヘタレ。いいぜ、付いて来い」
引き返せなくなった僕たちは、近くにあった公園に移動する。遊具の無い、空き地みたいな公園だ。僕達以外誰もいない。周辺を通る人すらいない。だけど、喧嘩するならちょうどいい。
「どっからでもかかって来い。俺を殴れたら謝ってやるよ」
地面に鞄を落とし、余裕のある表情で柊君は言う。くっ……相手は清水君ですら一撃で倒した男だ。僕が勝てる筈が無い。今更になって、あまりの怖さに身体が震えてきた。
「どうした、手が震えてるぜ。止めるか? ヘタレ親から生まれた腰抜け野郎」
――煽られて、また怒りが湧き上がって来た。ふざけるな。言っていい事と悪い事ぐらいあるだろう! あぁ怖いさ、だけど、だからって!
「止める訳ないだろ! この不良!」
不良の 柊君が あらわれた!
僕ににげるの選択肢はない! アイテムも持って無い! 特技も呪文も覚えてない! なら、突撃しかない!
拳を振り上げて突進する。僕は生まれてから喧嘩なんてした事無い。これからきっとひどい目に遭う。だけど、それでも彼を謝らせるまで退けない。ここで退いたら、僕はヘタレどころか男ですら無くなってしまう!
「ああああ!」
僕の初撃パンチは、あっさりと回避されて空振りした。避け様に、柊君は僕の背中に蹴りを入れる。その衝撃に僕は思わず地面に倒れてしまった。
「弱ぇな」
「うるさい! 厨二病のくせに!」
「はぁ?」
すぐに立ち上がってもう一度殴りかかる。けれど、逆に僕が顔面を殴られて撃退された。今度は仰向けに倒れてしまう。僕の学ランはすぐに土だらけになってしまった。
「何が学校一のワルだ……。いちいちクールに気取ってるだけの不良じゃないか……!」
「んだと……?」
柊君が少しイラついた表情になる。僕も何か、怒りとかアドレナリンとかで色々おかしくなってる。普通じゃ言わない事が、今は止めどなく頭に浮かんで止まらない。
「昼から登校しても意味無いだろ! 君こそ親不孝者だ! 学校に行かせてもらってる身分で勝手に不良気取るとか、僕の事馬鹿に出来ないだろ! イヤリングダサいし!」
「――――――はっ。よく言ったヘタレ。潰してやる」
「やってみろ!」
柊君にもスイッチが入ったのか、拳をコキコキ鳴らし、本格的に僕を攻撃し始めた。
「おら、おら! おらァ!」
顔、胸、腹、足…………僕の身体は徹底的に痛めつけられる。一撃もらう度に視界が霞む。当然だ。僕は争い事は苦手なんだ。柊君相手に万に一つの勝ち目も無い。
「ちくしょおッ!」
「ぐっ!」
だけど、やられるだけじゃ無い。取っ組み合ってる最中、不意に頭突きを放つと、見事に炸裂し柊君を少し怯ませる。
「てめぇ!」
「謝れ不良!」
僕は突進する度に柊君に殴られ、痛めつけられる。だけど、それを我慢して僕は突進を続ける。すると、五回に一度ぐらいは柊君を押し倒す事が出来た。その時に頭突きでも首絞めでも噛み付きでも何でもして攻撃した。
「ここまでやるかよくそ!」
「うげっ!」
そうすると柊君も怒り、散々に蹴り飛ばして僕を引きはがす。
そういう取っ組み合いを、夕日が完全に落ちる寸前までやっていた。辺りが暗くなって、お互いの顔すら分からなくなりそうな時刻まで、馬鹿みたいに土に塗れて取っ組み合っていた。
「いい加減に、しやがれ!」
「――!」
その取っ組み合いも、柊君が繰り出した会心の一撃よって終わりを告げる。それは僕の鳩尾に入り、痛恨の一撃となって、胃の中身を吐き出すほどの衝撃が身を襲う。意識が飛びそうだ……! だけど……だけどぉッ……!
怒りも闘志もまだ尽きていない。だけど、僕の身体はこの思いについて来れず、地面に倒れ、動けなくなってしまった。
――――あぁ、くそ。やっぱり勝てなかった。僕は負け組だ。ヘタレだ。何の取柄もない、カスいオタクなんだ。今一度そう実感して、その情けなさに涙が流れた。
「クソ疲れさせやがって……。信じらんねぇ。ガチで俺とやり合う気だったのか……」
柊君が倒れる僕の横に腰を下ろして言う。……うるさい。勝てない事なんか分かってる。だけど、それでも僕は許せなかったんだ。
「……もっかい聞くけどよ。お前、悔しく無ェのか」
…………何だよそれは。そんなの、見て分かるだろうさ。
「……………………悔じいに、決まっでるだろ――!」
涙が止まらない。死力を尽くして戦っても及ばないなんて、そんなの悔しくて悔しくてどうにかなりそうだ。今までだってそうだ。何の権利があるのか知らないけど、クラスメイトが僕をヘタレと蔑んだ時だって。清水君たちが僕をパシリした時だって、それを学校の先生に見て見ぬふりをされた時だって!
あぁそうさ! 僕はいつだって悔しかった! だけど、いちいち怒っていたら、心がもたなくて……! 悔しさに文句を言っても、弱者の言う事なんか誰も聞いてくれなくて……! だから……僕は……いつしか悔しさも怒りも忘れて……!
「ヘタレの何がいけないんだよ……! 臆病じゃ……いけないのかよ……!」
これは僕が悪いのか? だって、そうしないと、そうするしか、僕が耐えられる方法は無いのに……! 人に迷惑かけている訳でも無いのに……! どうして……!
「……悪いだろ、そりゃあ」
柊君がぽつりとそう呟くように答えた。
「ナメられてるだの、カツアゲされてるだの、んなのは些細な事だ。相手にビビッて、何もしねぇお前が一番カスなんだよ。テメェそれでも男か」
「…………戦ったさ。戦ったんだよ僕だって!」
初めからこうだった訳じゃない。僕だって最初はおかしいと思った。どうして自分がこんな目に遭わなくちゃいけないんだって怒ったさ!
「だけど……勝てないんだよ……僕じゃぁ……!」
怒ったって、何も解決しなかった。その僕の怒りですらも“笑えよ、ベジータ”とばかりに嘲笑された。あっちは大勢いて、僕は一人だった。助けなんか無い。むしろ、反抗したせいでもっとひどい事になる時の方が多かった。
だったら、いっそ負け犬の看板を背負って盾にした方がまだ楽だ。だって、それを理由に出来るから。怒りなんて湧いてこない、悟りの境地だ。それが、本当に楽だった……。
「それがテメェの限界だ。だからお前は今の今までヘタレなんだよ」
「知った風な事を言うなよ! 僕がどんな仕打ちを受けてきたか知らないくせに!」
「知った事かよ、んなもん。結局テメェは自分から降参したんだろうが」
「それは……」
……それは、ぐうの音も出ないほどの正論だった。僕がヘタレだったせいで、親のお金が取られるところだった。それは、僕を育ててくれた両親に申し訳が立たない。愛情を裏切るような気さえする。
なら確かに、僕が折れたから、ヘタレたから、悪いのか……!?
「喧嘩の強い弱いじゃねぇ。根性出して相手ブッ飛ばす度胸、お前にはそれが無ェ。だからテメェはいつまでも負けているんだ」
彼は、まるで僕の過去を見て来たかのように言った。でも、その通りだ。僕は争い事に向いていないから、と言い訳して立ち向かう事から避けてきた。だって怖いものは怖い。痛い事も苦手だ。競い合う事も。
だけど、こんな思いはもう、嫌だ……。やられっぱなしじゃ、あまりにも――――悔しすぎる……!
「……強くなりたいよ」
ようやく呼吸が整って来たところで、涙を制服の裾で拭って起き上がる。柊君も立ち上がり、僕を見つめていた。
「君みたいに、堂々としてて、強くて、カッコいい男になりたい……! お願いだ、柊君! 教えてくれ、どうやったらカッコいい男になれる!」
「……悪く無ェ目だ。少しはマシな面構えになったな」
柊君はふっ、と柔らかく笑うと、鞄を持ちなおした。
「カッコいい男だと? はっ、んなの、決まってんだろ」
知らないなんて、なんて馬鹿な奴だ、とでも思ってそうな、当然のような声音で彼は言う。そうだ、僕は知らない。カッコいい男って、何だ――?
柊君は僕の顔を見て、ククと笑い、獰猛に脣を歪めた。
「ついて来い。お前にロックを見せてやる」
◇
彼に連れて来られたのは、柊バンドスタジオと入り口にある建物だった、中に入ると、大きなギターを背負った、ちょっと怖い目つきの人ばかりがいた。に、苦手だ……柊君みたいな人がいっぱいいる…………。
「ひ、柊君、ここ、何……?」
「見りゃ分かんだろ。バンドやってる奴が練習する場所だ」
分からないから聞いてるんだよぉ! バンドって、あのうるさいアレ……?
「帰ったか、隼人……ん?」
恐々としながら柊君の後ろに付いて行くと、受付のような場所にいた中年の男性が柊君に声をかけてきた。その人はそのまま、後ろにいた僕にも視線を向けてくる。がっしりした体格で、柊君と同じ紫かかった黒髪と瞳を持っている人だ。どことなく雰囲気も似ている気が……。
「……喧嘩した数は数え切れねぇほどあるが、喧嘩相手を連れて来たのはこれが初めてだな、おい。どういう風の吹き回しだ、ん?」
「うるせぇよ親父……。ただ、こいつにロック教えてやるだけだ」
肩を組まれてニマニマ微笑むその人に、柊君は苦い表情で答えた。……親父? え?
「……おいおい、マジかよ。こいつぁ明日の天気は嵐だな」
心底意外そうな表情で彼は柊君を離し、今度はつかつかと僕の目の前に歩いて来た。大きな人だ。体形ががっしりしている上に、身長も百八十センチを超えていそうだ。でも、どこか雰囲気に温かみがある。怖いとは思わない。
「……お前か、隼人をあんなんしたの」
「ひ、ひゃい!」
前言撤回! やっぱり怖い!
僕も相当ボロボロだけど、柊君もそこそこ泥まみれになっている。頬には僕のひっかき傷もあるし、頭突きの後が真っ赤になっている。そ、そりゃ息子さんボコボコにされたら怒りますよね! ごめんなさい!
「なかなか骨あんじゃねぇかお前! ここまでボコられた隼人は初めて見た!」
そんな僕の不安はあっさり裏切られた。彼は僕の頭をわしわしと撫でまわし、けらけらと愉快そうに笑い飛ばした。え、えぇ……。てっきりまたボコボコにされるのかと思ったよ……。
「隼人の父親の栄光だ。お前さんは?」
「かっ、海藤、真一です……」
「そうか。ようこそ、俺のバンドスタジオへ!」
彼――栄光さんは僕の手を取って力強い握手をくれた。見た目はちょっと怖いけど、人懐っこい笑顔が素敵だった。俺のスタジオ……?
「ここ、栄光さんのものなんですか?」
「あぁ。俺ァこのスタジオと隣のライブハウスを経営してる者だ。お前は隼人の同級生か?」
「おい、後でいいだろ」
ここで柊君が急かすように言ってきた。栄光さんは、それもそうだな、と言って僕から手を離した。
「真一君、バンド経験は?」
「は、え? 無い、です」
「そうか、頑張んな」
栄光さんの朗らかスマイルを背に、柊君の後ろについて、また建物の奥へ進んで行く。
ここはカラオケみたいに複数の部屋がある施設のようだ。扉の外から、僅かに楽器を弾き鳴らす音が聞こえる。見慣れない土地にきょろきょろ首を回しつつ、彼に案内された一部屋に入る。
「遅い。十分遅刻」
「隼人君、やっと来たね」
目の前に入って来たのは、八畳程度のワンルームに所狭しと並べられた音楽器具。それからギターを構えている二人の学生。しかも僕と同じD中の制服を着ている。彼らは……?
「悪い。ちょっとな」
「悪い、じゃないんだけど。……それで、誰、そいつ」
ぎょろ、とその内の一人に睨まれる。金髪のツインテールが特徴の綺麗な子だ。でも、すごく気が強そうな目をしている。また苦手なタイプだ……ていうかここには僕の苦手なものしか無い……。
「ボク知ってるよ、海藤真一君でしょ」
もう一人の子が僕に話しかけてきた。小柄な愛らしい顔立ちをした少女だ。でも僕は君を知らない。彼女に頷くと、可愛い笑顔を返してくれた。可愛い子だな……。…………でも、何で男子制服の学ラン来てるの?
「ほらやっぱり! パシリで有名だもん。奏ちゃん知らないの?」
「知る訳無いでしょ。パシリって……キモ」
ツインテの子が思いっきり馬鹿にしまくった声音で僕のメンタルを抉る。まだまだ、僕の心はその程度じゃ折れないぞ。大ダメージには違いないけど!
「しばらくこいつをロッカーに教育する。俺が勝手にやる事だ。お前らは気にすんな」
「はぁ?」
「おぉ?」
柊君の説明にツインテの子は困惑を、小柄な子は興味を示したような声をあげる。一番困ってるのは僕だよ。柊君、もうちょっと説明をくれないかな……。
「お前言ったな。カッコいい男になりたいって」
柊君はそう言いながら、鞄から何か細長いケースを取り出した。彼がそれを開くと、中には二本の木の棒があった。見た事ある。よくドラムを叩く時に使うアレだ。
「何が一番なんて決まってる。ロックバンドだ。ロックな奴が世界で一番イカしてるに決まってる」
――ロック、バンド……。誰もが知ってる職業だ。テレビには毎日どこかしらのバンドが映っているし、その楽曲は番組のテーマソングに使われたり、時には世界大会の応援歌にもなる。
「秋人、奏、さっそく合わせるぞ」
「かしこまりー!」
「はっ、ちょ、本気!? ……あぁもう! アンタ、そこから動かないでよね。気が散るから!」
「は、はいっ!」
ツインテの子に怒鳴られ、僕は大人しく壁際によってお地蔵様のように固まる。
その間に、柊君たち三人は楽器をいじったりして準備を整えていた。柊君が奥のドラムセットに座り、小柄な子がギターを取り、最後にツインテの子がその隣でギターを持ちながらマイクの前に立った。準備が終わったみたいだ。
「んじゃあ、ブチかますぜ!」
ジャンジャンジャンジャン、と柊君がシンバルを叩いて鳴らす。四度目が終わった瞬間、ぎゅいぃん、と体に響くようなギターの音が響き始める。ツインテの子が鳴らしているようだ。そのままイントロが始まる。その曲は僕は知っている。僕はロックもJ-POPも詳しくないけど、この有名な曲は僕でも分かった。
続いてすぐに柊君もドラムを叩きリズムを刻み始める。するとツインテの子がマイクに脣を近づけ、息を軽く吸った。
『ガラス玉ひとつ落とされた 追いかけてもうひとつ落っこちた ひとつ分の陽だまりに ひとつだけ残ってる』
彼女が初めの歌詞を紡ぐ。掠れるような、でもしっかりと綴るような歌声だった。
僕は友達がいなくて、カラオケも一人でしか行ったこと無いから、同学年の歌唱力をよく知らない。だけど、彼女を上手いと思った。誰も彼も彼女ほどの歌声だとは到底思えない。それほどに彼女の歌声に魅了された。
『心臓が始まった時 嫌でも人は場所を取る 奪われない様に 守り続けてる』
僕がこの曲を知ったのは、これがアニメで使われていたからだ。軽快、でも鋭くカッコいいこの旋律は僕の頭にしっかり記憶が残っている。
『汚さずに保ってきた 手でも汚れて見えた 記憶を疑う前に 記憶に疑われてる』
そうやって、ぽけっと聞き惚れているうちに、いつの間にかサビに入る。この曲の名は……!
『必ず僕らは出会うだろう 同じ鼓動の音を目印にして』
ロックバンド【BUMP OF CHICKEN】の【カルマ】! それを彼らは奏でている。ツインテの子の美声と、楽器の演奏の音が超融合して、強烈な音波となって僕の身体を貫く。さながら気持ちいいつむじ風に吹かれたような心地がした。歌っているツインテの彼女は「動くな」と言ったけれど、とんでもない。動きたくても感動して動けない。
『くたびれた理由が 重なって揺れる時 生まれた意味を知る』
あっという間に約四分程度の演奏が終わった。
僕は自然に拍手をしていた。気持ちが高揚しているのが分かる。喧嘩で受けた痛みなんか忘れる程に三人の演奏に聞き入ってしまっていた。
「すごい! すごいよ! カッコいい!」
本心からの感想だった。頬が緩んでしょうがない。きっと僕はバカみたいな顔をしているに違いない。これがロック……!
「ふん、当然ね。もっと上手い言葉で褒め称えなさい」
「でも、感想もらえるのは嬉しいね」
ツインテの子と小柄な子が少し嬉しそうにはにかむ。
「俺達も今はまだ、色んな曲して練習する事しか出来ねぇ」
柊君がドラムのポジションから立ち上がり、再び僕の目の前まで歩いて来た。
「だが、俺達はいつかロックで成り上がる。俺達が――【CLEARWAVE】が、世界で一番ロックなアーティストだと見せつけてやる。それが俺達の夢だ」
「CLEARWAVE……?」
「ボク達のバンドの名前。まぁ、まだデビューすらしてないけどさ」
小柄なボクっ子が僕の問いに答えてくれた。何てカッコいい夢なんだろう。
「来年――高校生になればオーディションとか、ライブハウスとかに出ようと思ってる……。その時のために、今は練習してるの」
金髪ツインテの子が付け加えるように僕に言った。将来を見据えて活動してるなんて、しっかりしてるな……。それに比べて僕は……僕には、何も無い……。
顔を伏せってしまうほど自己嫌悪に陥っていると、肩に手が置かれた。柊君の大きな手だ。
「お前も奏でろ、ロックを。ロックな奴こそ、この世で一番カッコいい生き物だ」
「――――――――――!」
天啓、と言っても良い程の衝撃を受けた。……なれるだろうか、僕に。柊君のようなカッコいい男に。
……いや、なるんだ。もう臆病な自分は嫌だ。ここが僕の人生の分かれ道に違いない。この機会を逃したら、僕は二度と変われない気がする。自分を良い方向へと変えようとする勇気、それが僕が足りなかったもの。今更だけど、それを身につけていこうと思う。
それに。さっき聞いていて一つ、ふと野心が芽生えてしまった。
「アニソン……」
誰にも言った事無いけど、僕はアニメオタクだ。だって、人に言うような趣味じゃないし。クラスメイトのアニオタっぽい人がその友達とアニメ談義してて、いつも羨ましいなって思っていた。だけど、そんなのもう嫌だ。臆病は止める。それから、我慢も止める! 勇気を出して言え! 僕の野心、それは!
「アニソンでも、ロックになれるかなっ!?」
「は?」
アニソンを演奏する事!
僕はアニメが好きだ。萌えアニメが好きだ。燃えアニメが好きだ。日常系が好きだ。異世界ファンタジーが好きだ。歴史大河劇が好きだ。現代異能力バトルが好きだ。SFが好きだ。ロボットが好きだ。ラブコメが好きだ。ギャグアニメが好きだ。頭のネジがぶっ飛んでるとしか言えないクソアニメが好きだ。
そして、その愛すべきアニメたちの冒頭と終わりを彩るアニメソングが大好きだ。それを他でもない僕の手で、ロックでカッコいい感じに演奏出来たら、と思うだけで胸が高鳴る!
「…………あー」
でも、案の定と言うか、柊君はどう反応すればいいのか分からないような様子でいた。ツインテの子なんか「もう死ね」とでも言いそうな表情をしている。
「あははははははははは! いい! ボク、そういうの好き!」
唯一、小柄な子だけが爆笑してくれていたのが救いだった。感謝を心の中でしておこう。
「とてもいいよ! この人、意外とヤルかもよ?」
「はぁ? どう見てもただの馬鹿じゃない!」
「いやいや奏ちゃん、それは違うよ。そりゃ、一見ただのオタクっぽく見えるけどさ、こんな場所で、しかも隼人君に向かってそんな事言えるなんて、よっぽどアニメが好きなんだろうさ! それなら、僕達と何も変わらないよ! 僕達だって、ロックオタクなんだから!」
「待って! あんなのと一緒にしないでよ!」
ツインテの子と小柄な子がぎゃいぎゃいとじゃれ合うような言い争いを始めてしまった。あ、あの……。
「……お前が何を好こうと勝手だ。だが、やるからには本気でやれ。お前が付いて来れなければ躊躇なく俺は見捨てる」
「……望むところさ!」
柊君の差し出してきた手を僕も握り返す。お互いに顔を見合わせ、にやりと笑う。やっぱり、柊君はワルなんかじゃない。こんな何も無い僕に手を差し伸べてくれた優しい人だ。
こうして、僕はロックバンドの世界に足を踏み入れる事になった。僕はロックになる。カッコよくアニソンを弾き鳴らすために。そして何より、臆病な自分を変えるために。何もかも怖がってきた僕だけど、もう後ろへ下がらない。男の意地を見せてやる。
その日の帰り道では、春の夜風が吹き抜け、新しい何かを僕の心に届けたような気がした。その瞬間を、僕は一生忘れない。
それが、僕の始まりの夜だった。
一話を読んでいただきありがとうございます。叶うなら続けたいが、さて。
一話なので、超有名アニソンからまずはスタート。真一君が動いてくれるにつれて、どんどんアニソンも出てきます。まぁ、コアすぎるアニソンは出ないけど……【ダイミダラー】とか……。
引用①
曲名:空色デイズ
歌手:中川翔子
作詞:meg rock
該当箇所
『君は聞こえる? 僕のこの声が 闇に虚しく 吸い込まれた』
『もしも世界が 意味を持つのなら こんな気持ちも 無駄ではない?』
『憧れに押しつぶされて 諦めてたんだ』
『果てしない空の色も 知らないで』
引用②
曲名:カルマ
歌手:BUMP OF CHICKEN
作詞・作曲:藤原基央
該当箇所
『ガラス玉ひとつ落とされた 追いかけてもうひとつ落っこちた ひとつ分の陽だまりに ひとつだけ残ってる』
『心臓が始まった時 嫌でも人は場所を取る 奪われない様に 守り続けてる』
『汚さずに保ってきた 手でも汚れて見えた 記憶を疑う前に 記憶に疑われてる』
『必ず僕らは出会うだろう 同じ鼓動の音を目印にして』
『くたびれた理由が 重なって揺れる時 生まれた意味を知る』