07:「何か」の正体
クレアに店の外に出ることを告げると、私は速攻でランドグリフィンさんを外に連れ出した。
クレアは快く頷いてくれた。去り際に「どういうことか後で聞きますからね!」と念を押されたのはやむを得ない。
ハンナちゃん達にもクレアから上手く言っておいてくれるという。女神か何かなの?
「…?どうして店の裏に?」
ランドグリフィンさんは大人しく私についてきてくれたがなぜ店の裏に連れてこられたのか理解していないようだ。
そりゃあ貴方が居たら私が仕事にならないからだよ!!!!!!
…と言いたいのは我慢して、努めて平静を装う。
「その…店の中ではちょ、ちょっと言いにくいお話をしようと思いまして。」
よーし!よしよし!どもったけど問題なし!努めて平静に!!
「…昨日のことか?」
「よ、よくお分かりで。」
「ふっ…」
「?」
急に笑い出すランドグリフィンさん。な、なんか私した?
「…そんなに顔を赤くして、言いにくい話といえば、誰でもわかる。」
「っ!?」
バッ!!!と頰に手を当てると、熱い。とんでもなく熱い。平静をまったく装えていなかった。
まだ笑っているランドグリフィンさんから視線を外して、私は取り繕うようにゴホンと咳払いをした。
「…返事はもう、決めたのか?」
「え?」
「俺はまだ待てるぞ。急がなくてもいい。」
「そ、そうなんですか?」
「ああ、1年くらいなら余裕だ。」
「ま、待ちすぎじゃないですか!?」
それもう相手に忘れられてる域じゃない!?
驚いて見張られた私の瞳と細められたランドグリフィンさんの碧眼の視線が合った。
彼の瞳は、いつも青くて深い海を思い出させる。
「…それくらいの覚悟で言ったからな。」
「っ……」
言葉が、出なくて。ただ心臓の音がやけにうるさかった。
「な、なんでそこまで私のこと…」
「………それで、返事は?決めたのか?」
私の疑問には答えない。
でも、その理由が私には分かった。きっと、その話は私が彼の望む言葉を言った未来で聞く話なのだ。
“彼の恋人”にならない可能性を持つ今の私には聞かせたくない。そう言われてる気がして。
…ストンと「何か」に落とされた。
一番大切なことなのに、「何か」の正体がどうして分からなかったのか。
…もう、決めた。私は今やっと、胸を張って彼の手を取れる。
「………ランドグリフィンさん。」
「……」
「…私を貴方の、恋人にしてください。私も、貴方のことをもっと、…もっと知りたい。」
「……ああ、俺もだ。」
目の前の広い胸に抱き寄せられる。
初めてなのにどこか懐かしくて、すごく安心できる。そんな抱きしめられ心地。
彼の胸に顔をうずめながらくぐもった声で話す。
「…あのですね、ランドグリフィンさん。」
「ガーウェル。」
「え?」
「ガーウェル。」
「え、あの…」
「ガーウェル。」
「が、ガーウェルさん…?」
「なんだ、サーラ。」
優しい声が頭の上から降ってくる。や、やたらいい声だから名前を呼ばれるとなんだか落ち着かない。
赤くなった頰は顔をうずめて隠しているが、きっと赤くなった耳は隠しきれていないだろう。
「その、私こういうことにあんまり、というか、全然慣れてなくてですね。その、こういったハグ以上のことはですね、」
「…ハグ以上とは何だ?具体的に。」
「えっ!?だ、だからその、き、キスとかです…」
「ほう、それで?」
「えっと、そ、そういうキスとかは、心の準備が必要なので…ま、まだそういうのは…」
「心の準備とは?俺は何をすればいい?」
「えっ!?そ、そうですね。最初のうちは事前に言ってもらうとか…?あれ?」
なんか変な方向に話が向かって行ってるような…?
「…事前にか。善処する。」
「お、お願いします…?」
キスとかはもうちょっとして心の準備が出来てからにしてほしいって言いたかったんだけど、何か違う…うーん?どこで間違った?
うーんうーんと考え込んでいると、上から再び声がかかった。
「…貴女の話し方は、今のが本来のものなのか?」
「え?」
「酒場の客や同僚と話している時とは少し、違うと思ってな。」
「た、確かに今の話し方は素に近いですね…意識してなかったです…。」
ほんとだ。言われるまで気がつかなかった。
この話し方で話すのは母親代わりのオーナーぐらいだ。作ってるってわけじゃないんだけど、クレアやハンナちゃん達、酒場のみんなと話すときとはなんとなく落ち着いた感じの、あんな口調になっちゃうんだよね。
私がそう肯定すると、私を抱くガーウェルさんの腕に一層力がこもった。
「些細なことだが…貴女が俺に心を開いてくれていると思えて嬉しいな。」
「…はい。」
ど、どうしよう!む、胸が苦しい!キュン死!?これがキュン死ってやつかい!?
よ、世の中のカップルはみんなこんなむず痒い思いしてたの!?
こみ上げる気持ちを伝えるように、私も強く抱きしめ返した。
「…次の休み、食事とか、行きましょうね。」
「…ああ。もちろんだ。」
だいぶ落ち着いたのでうずめていた顔を上げる。
ひえー!ガーウェルさんって下から見てもすっごいかっこいいんだもんなぁ!
私は顔を下から覗き込まれるなんてこんなに整っている自信なんてないので、背が低くて得したな。
どうでもいいことを考えながらガーウェルさんと次のお出かけの話をして、ハッと思い当たる。
「あっ、できれば、あんまり通らない道にあるお店がいいです。」
「…何故だ?」
「だって、いつも通る道にあるお店にしたら、そこの前を通る度にガーウェルさんのこと思い出して考えちゃうじゃないですか。」
昨日告白されたカフェもお店の買い出しの時よく通る道にあって、今日も通るとき何回もガーウェルさんのこと思い出しちゃって大変だったんだよね。精神衛生上よくないよ、うん。
「心臓がバクバクしすぎて耐えられないです。」
「……」
「だから、たまに通るぐらいのお店にしといた方がいい気がするんですよね。
「……」
「ガーウェルさん?」
「……キス、するぞ。」
「え?んーっ!?」
上を見上げるとそこには満天のガーウェルさんが。
いや事前に言ってくださいってお願いしたけど、直前すぎませんかね!?
もしかして:恋