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06:恋愛偏差値5の女


惚れた女の前で感情を上手く隠せる奴なんて…

惚れた女の前で…

惚れた女…

惚れた…

惚れた…

……


「サ…ん!サーラさん!!溢れてます!!」

「えっ!?ああっ!!」


焦ったクレアの声にハッとして手元を見ると、水をこれでもかと注がれたグラスはその周りに池を作っている。

あちゃー…やっちゃったよ…。


「サーラさん、一体どうしちゃったんですか?」


布巾を片手にクレアがこちらにやってきた。その顔は心配そうに歪められている。


「ごめんなさい…、今日はこんなミスばっかりでクレアに迷惑かけっぱなしよね。」


水をこぼすのはこれでいったい何度目だろう。

布巾を受け取ると、私は少し頭を垂れた。

クレアはブンブンと大きく首を横に降る。


「ミスとかそういうことはいいんです!サーラさん、絶対何かありましたよね?様子がおかしいです。」


そう言うとズイッと一歩踏み出し、こちらを覗き込んだ。

思わず私は誤魔化すように目をキョロキョロと動かしてしまった。これでは何かあったと告げているも同然だ。

それでも私は苦し紛れに言う。


「ええっと…実は、寝不足なの。昨日の休みに買った本が面白くて、続きが気になって夜更かしちゃったのよ。」

「……」

「心配かけてごめんなさいね。あ、ほら、お客さんの注文とってくれる?」

「サーラさんがそう言うならいいんですど…とにかく、何か困ったこととかあったら相談とかしてくださいね!いつでも受け付けてますから!」


今は言う気がないということを察したのだろうか、念を押すようにそう言うとクレアはすごすごとお客さんの注文を取りに行った。

ごめんねクレア…。まだ私自身も混乱してるし、今は話さない方がいい気がするの。落ち着いたら絶対話すから。


心のモヤモヤを吐きだようにため息をつく。

私は努めて平静を装い、溢れてしまった水を拭いて、グラスに新しいものを注いだ。

…ふと、昨日のことを思い出す。


昨日のこととは、もちろん先程から頭にへばりついて離れないランドグリフィンさんのあの問題発言の件だ。






『惚れた女の前で感情を上手く隠せる奴なんて、いない。』

『え?』


え?………ええええええ!!!!????

い、いやいやいや、ちょっと待て私!!

一旦落ち着こう。聞き間違いかもしれないし、そうだったらだいぶ恥ずかしいぞ、うん。慎重に行くんだ、私。


『…その、い、今のは、一体どういう…』

『…そのままの意味だが。』


ランドグリフィンさんは依然として真剣な表情を賜っている。これは、ガチか。ガチなやつなのか。

そう意識した瞬間、体温がグンと上がるのが自分でもわかった。


『えっと、さっきの()()()()というのは…』

『もちろん貴女のことだ。』

『そっ、そうですよね!…いや、そうですよねって言うのもおかしいんですけど…』


誰か、誰かこの状況をどうにかして!!こういう場合ってどうするのが正解なの!?

私、恋愛を“見る”ことに関しては偏差値70はゆうに越えてると自負してるけど、恋愛を“する”ことに関しては偏差値5の自信がしかないよ!!


他人の恋愛を見てわーきゃー言ってる私だが、実は前世も含めて恋人は1人もいたことはない。

だって!!だって!!見てる方が楽しかったんだもん!!そもそも恋愛する相手がいなかったし!!悪いか!!


私の脳内は大パニックを起こしていた。

考え込んでしまった私を見て、ランドグリフィンさんは呆れることも、急かすこともなく、フッと少し困ったような、くすぐったそうな、そんな笑みを小さく浮かべた。


『そんなに焦らなくてもいい。』

『す、すみません…。』

『いや、突然のことで今は驚きの方が大きいだろう。返事はまた、後日聞くとしよう。』


何その余裕は。私も欲しいんだけど。

さっきまで謝罪が遅れた理由を言わされて不服そうな顔をしていたランドグリフィンさんはどこへやら、今の彼は余裕たっぷりに見える。


そのまま今日は解散ということになり、私達は別れた。


もちろん、それからは何もかもが手につかず、せっかく買った本のことも昨日の夕飯のことも何も覚えていない。夜通しランドグリフィンさんのことを考えて、寝不足気味だ。



あああ…本当にどうしよう。

私は水を注ぐ手を止めた。今度はちょうど良い量だ。


一旦考えないようにしよう。またこぼすかもしれない。ええと次はオレンジジュース、オレンジジュース………………後日って、どれくらいなんだろう。

2日後、いや、3日後?…ってああ…!また考えてるってば…!


トクトクと注がれるオレンジジュースを眺めながら、私は1つため息をついた。


…正直、ランドグリフィンさんのことは好きだ。

かっこいいし、誠実だし、話してみると意外と表情豊かだし、クールに見えるけど笑った顔は優しい。

私にはもったいないくらいの良い人だ。

自分でも何を悩む必要があるんだと不思議に思いもするが、あと一歩、「何か」が。…ストンと落ちる「何か」が今の私には足りない気がする。

だから、その「何か」の正体が分かっていない私なんかが、ランドグリフィンさんの手を取っていいのか、……迷ってしまうのだ。


オレンジジュースと水を入れ終えた私はある2人の男女の元へと向かった。

その2人の男女とはもちろん、


「やっほー!お姉さん!久しぶり!」

「お久しぶりです。」

「…ええ、久しぶりね。」


私の最推しカップル、ハンナちゃんとレヴォリ君である。

今日も2人仲良くやってきて、珍しい薬草の話や薬草探しに森に入った時の失敗談などを語ってくれている。尊い。

普段なら2人のやりとりに心の中で悶えつつ、話しに花を咲かせるのんだけど…。


「いや〜今回はなかなか薬草見つけるのに手こずっちゃってさ。ホレタオンって名前なんだけどね。」

「ほ、惚れた女!?」

「ホレタオンです、ホレタオン。」

「え、あ、ごめんなさいね。」

「でねでね、レヴォリ君が湖の向こう()まで…」

「き、騎士!?」

「岸です、岸。」

「そ、そうだったのね。」


あ〜〜〜〜!!!集中!!!!できない!!!!

推しカプが目の前にいるなんて普段なら天にも昇る心地なのに!!ランドグリフィンさんのせいで!!!!


「なんか、お姉さんいつもと違う気がする…?」

「え゛っ!?そ、そんなことないわよ?」

「…確かに。なんだかいつもより聞き間違いも多い気がします。」

「や、やだ、そんなことないわよ。偶然よ。」


いやちょっと、ハンナちゃんのことになると挙動不審になるレヴォリ君にまでおかしいって思われちゃったんですけど。


「風邪とか?体調が良くないの?」

「ええっと、実は寝不足で…」

「よく見るとクマがありますね。」

「もしかして、何か悩み事?」

「その…」


――チリンチリン


その時、お客さんの来店の合図が響く。

どうやってこの2人をかわそうかと考えていた私は何気なく扉をチラリとみた。


「いらっ………………」

「…お姉さん?」


私がいらっしゃいませを言い切らなかったのが不思議だったのかハンナちゃんが首を傾げて私を見る。

が、私はそれどころではなかった。


…ね、ね、ね、寝不足の原因がいらっしゃったんですけど!!??

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