05:直球ストレートな男
次の日。
久々の休日に、思いっきり羽を伸ばすべく私は町の商店街に来ていた。
酒場から少し離れた場所にあるこの商店街は、美味しいレストランや少し変わった雑貨屋さんなど、色んなお店がある。
本日の私の予定は本屋さんで好きな作家の新刊を買って、ちょっとお高いレストランで優雅にランチを食べて、家に帰って新しく買った本をじっくり読む。うむ、完璧な計画だ。
本はもちろん恋愛小説だ。強面のパン屋と酒場で働く美少女の恋物語なのだが、激しく既視感があるのは気のせいだ、うん。
本屋に入ってまず店内を見回す。うーん、この独特の本の匂い!わくわくする。
私はお目当てのコーナーへと足を進めた。
欲しかった本を取ろうとして、手を伸ばすと、ふいに誰かの手と触れ合う。横を見るとそこには同じように驚いた顔でこちらを見る男性が。
……というベタな出会い方をしているカップルを尻目に、私は普通に目当ての本を手に取った。
本当にこういう出会い方って実在したんだ!?
どうしよう、もっと観察していたい!!
思わぬ観察対象との遭遇に、私は心躍らせ、何気なく本を選ぶフリをして2人の会話に聞き耳を立てた。
「す、すみません!」
「いえ…、この本、お好きなんですか?」
「ええ…この作者さんが描く世界観が好きで。」
「そうなんですか、実は友人に勧められてこの本を買おうと思ったんですが、貴女のような可愛らしい方が読む本なら、きっと面白いんだろうな。」
ええええ!?出会って数秒でもう口説く!?もう口説く!?
こりゃ男性の方は相当の手練れだ。そうじゃなかったら天然タラシ。一方で女の子の方は純粋そうな子だ。
あーあー、耳まで真っ赤になっちゃってるよ。
もはや“何気なく”ではなく、食い入るように私は2人を見つめていた。だから、私に近づく人影に気づかなかったのだ。
「……アルジナ嬢か?」
「はい?…っ!ら、ランドグリフィンさん…」
ま じ で す か
うっそ〜〜こんな偶然ってある!?何でここにランドグリフィンさんが!?
てか「アルジナ嬢」って何気に名前初めて呼ばれたわ、苗字だけど。この調子でクレアにも……あ、そうだった、もうクレアとは…。
ローレンツ×クレア事件で顔を曇らせた私を見て、何やら勘違いしたのかランドグリフィンさんの表情は物憂げだ。
「…先日のことは、すまなかった。」
「え?…あっ、ああ、ベアーリン事件のことですね。」
あっぶね、突然のことにテンパってベアーリン事件のこと一瞬忘れてたわ。
そうだそうだ、私、この人に対して怒ってたんだよ。
…まあ一瞬忘れるくらいにはもう怒りは薄れてるんだけどね。でも、消化不良なところはある。この際、きっちり男らしく落とし前つけてもらおうか!
私は厳格に見えるように努めて低い声を出した。
「あの後、大変だっ、ゲッホゴッホ!!」
「……大丈夫か?」
普通にむせたわ。
慣れない声の出し方したらダメだ。
私は厳格に見えるようにするのは諦めて、地声で話し始め…ようとする前にランドグリフィンさんに先を越された。
「ここでは何だし、場所を移そう。良いだろうか?」
「え、ええ、グッ、ゴホッ!」
「…本当に大丈夫か?」
今度は急に地声に戻したことでむせた。
とことん締まらないな、私!!!!
◇
私達は本屋のすぐ近くにあるカフェに場所を移した。
テラス席もあるここは、若い女の子やおばさまたちは勿論、男性も入りやすい人気のお洒落なカフェだ。
いや、ランドグリフィンさんはどこでもいいって言ってくれたんだけどね、ランドグリフィンさんとあまりにもミスマッチな可愛いカフェは私の表情筋が耐えられなくなりそうだから。
今から真面目な話するからね、にやけちゃダメだからね。
そんなことを思いつつ、私は運ばれてきたコーヒーに砂糖とミルクを入れた。ランドグリフィンさんはブラック派のようである。ちなみにここで甘党とかで砂糖をドバドバ入れるとギャップが発生したりする。糖尿病まっしぐらだけど。
どうでもいい思考を隅に追いやり、私は目の前の整った顔に目を向ける。
ランドグリフィンさんは姿勢を正すと、頭をゆっくりと下げた。
「…改めて、先日の件だが。本当にすまなかった。緊急事態とはいえ貴女の意思を聞かずに危険な場所に連れ出してしまったこと、こうして直接謝罪するのも遅くなってしまったこと…貴女に申し訳が立たない。」
「…顔をあげてください。」
「いや、このまま、」
「目立つので。」
「……」
ランドグリフィンさんは不承不承といった様子で顔をあげた。そうそう、素直でよろしい。
「あの後、大変だったんですからね、筋肉痛で丸2日動けなかったんですから。」
「…すまない。」
「ランドグリフィンさんの運転荒すぎて移動中の記憶無いですし。」
「…それも、すまない。」
「また頭下がって来てますよ。」
「……」
徐々に下がって行く頭をまた上げさせる。
貴方は鹿威か何かか。
「謝罪が遅れた理由を聞いても?」
「…すまないが、どうあがいても言い訳にしか聞こえないんだ。言い訳はしたくない。」
「言ってくれたらすべて水に流します。」
「…………………………事件の報告や事後処理に追われていた。」
数十秒の苦悶の末、ひっっじょーに不服そうな顔でランドグリフィンさんは答えた。
どうしよう、ちょっと楽しいかもしれない。
今なら普段クールなヒロインをいじめるドSヒーローの気持ちが分かる気がする。
それに、もしかしてこんなに感情を露わにしてるランドグリフィンさんレアなんじゃない?いや普段の彼がどんな様子か知らんけど。
私はうずうずニヤニヤしそうになる表情筋たちを抑えた。
「貴方の誠意は十二分に伝わりました。こんなに真摯に謝ってくれましたし、もういいですよ。」
これで許さないとかいったら彼は切腹でもしそうな勢いである。彼は武士じゃなくて騎士だけど。
不思議なことに昨日は確かにあった胸の中のモヤモヤが消えていた。私って結構単純だ。
彼の事をじっと観察すると目の下にほんのりクマがある。絶対向こうもモヤモヤしてたんだろうなぁ…、ランドグリフィンさん何か責任感強そうだから私より何倍も重く受け止めてそうだよね。
「…貴女の寛大な処置に感謝する。」
「いえいえ。」
どうしよう、夜な夜な彼がモヤモヤ悩んでいたんだと思うとなんだかかわいく思えてしまう。
思わず抑えていた表情筋を解放してしまい、頰が緩んでしまった。
それをもちろん真正面にいたランドグリフィンさんは
目撃していて、不思議そうな顔をした。
「…何か、おかしな事でも?」
「いえ、そうじゃないんです。すみません、突然ニヤニヤしだしたら気になりますよね。」
「いや、そうではないが…」
今度は困惑の表情を浮かべる彼。美形は困っていら姿もまるで1つの絵画のようにサマになる。
「何だか貴重なランドグリフィンさんにお会いしてる気がして。」
「貴重な、俺?」
「私の中で、ランドグリフィンさんはあまり顔に感情を出さないイメージがあって。よく言われたりしません?」
「…まあ、よく、言われるな。」
どうやら心当たりがあるようだ。もしかしたら冷たそうとか厳しそうとかも言われてるのかもしれない。
「だから、ここまで感情が表情に出てる珍しいランドグリフィンさんを見れたのがお得だなって思って、それでちょっと笑っちゃったんです。すみません。」
まだ漏れそうな笑みをコーヒーと一緒に飲み込む。
お得だなんて、スーパーのセール品みたいな表現だけど、まあいいか。また彼がお店に来た時に観察するのが楽しそうだ。
そう思いながら彼の方を見ると、やけに真剣な色を宿した深い青がこちらを見つめていた。
な、なんか気に障ったかな?
「…感情を上手く隠せる奴なんていない。」
「え?」
「惚れた女の前で感情を上手く隠せる奴なんて、いない。」
え?………えええええええ!!!!????