02:自己紹介は出会ってすぐにやるもの
謎の騎士×クレアという新たな観察対象を見つけた次の日。私はいつものように開店準備を終え、店を開く。
まだおやつの時間を少し過ぎたくらいで、この時間に来る人は少ない。ハンナちゃん達が来るのはいつも夕方あたりだし、クレアもそれくらいの時間から出勤するはずだ。そういうわけで、この時間帯はいつも私1人だ。お客さんがまったく来ないわけではないが、昼間から酒場に来る人もそうそういない。
今日も来たのは配達の人くらいで、今のホールは夜の喧騒が嘘のように静かだ。
じゃあ開店時間をもう少し遅くすればいいのではないか、という話になるだろうが、先程言ったように来る人が少ないだけで、来る人は来るのだ。いやほんとに。
ーーチリンチリン
ほーら来た!…て、ええっ!?
私は妙な得意げな気持ちで、扉を見たあとすぐに固まった。
な、何で謎の騎士さんがここに!?
騎士が昼間から酒場なんかにいていいんですか!?お酒飲んでいいんですか!?
来る人は来たが、それが昨日ぶりの謎の騎士さんだと誰が予想できただろうか。
私が予想してたのは余生を謳歌してるお爺さんとか昼間から呑んだくれてるいい歳したおっさんとかだったんだけどな!
「いらっしゃいませ。」
よ、よし、声は震えなかった。とりあえず平静を装って挨拶は言えた。
一旦落ち着こう。よく見ると、否、よく見なくとも彼はシャツにズボンと至ってシンプルな装いだ。恐らく休日だろう。勤務中に酒を飲みにくるなんて馬鹿なことはしてない。
まあ休日の昼に1人で酒場に来るというのも気になるところではあるが。
私が思考を巡らしている間に、彼はカタンと小さな音を立てて、カウンター席に座った。丁度私の斜め前あたりだ。
「ご注文は?」
「…オススメは?」
「そうですね、リュビレイラはいかがです?爽やかな口当たりで、程よい酸味が効いてますよ。」
「…ではそれを頼む。」
「かしこまりました。」
リュビレイラは南の方で取れる果物の果汁が入っている、度数の低いお酒だ。流石に昼間からベロンベロンになられても困るしね。
酸味の具合が似てるダスキーボーデンを彼は昨日頼んでいたし、好みもきっと合うはずだ。
戸棚からリュビレイラの入った瓶を取り出し、グラスに注いでいると、斜め前の彼から声をかけられた。
「…この店は貴女がオーナーなのか?」
「いえ、オーナーは居ますよ。私はただの従業員です。」
コトン、と私がグラスをカウンターに置く音が店に響く。
「といっても、オーナーはたまにしか来ないですし、私がほぼこの店の管理を任されているので、お客さんの中でも私がオーナーだと勘違いしているお客さんも多いんですよ。ーーお待たせしました、リュビレイラです。」
「そうか。」
どうやら王子様然としたルックスの謎の騎士は意外にもクール属性のようだ。いや、これはこれでアリだ。
もしかして貴族のお嬢様の間で「氷の貴公子」とかって呼ばれてるのかな…いや、想像するのはやめよう。それがほんとだったらあまりにも少女漫画展開すぎて笑いが堪えられなくなる。
「…この時間帯はいつも貴女1人なのか?」
「そうですね、この時間帯はお客さんもあまりいらっしゃらないので。夕方までは私1人ですよ。」
「そうか。…他にオススメの酒はあるか?」
「リュビレイラのような味が好みならレモネなどもいいかもしれません。特に味に指定はないなら今の時期はサリカドーラもオススメですよ。」
「そうか。」
…何だろうこの、会話というよりQ&Aみたいな。
質問はしてくれるんだけど、全部「そうか。」で終わってしまう。私は答えるだけなので楽でいいが、会話のキャッチボールが上手い人ではないとダメだというご婦人もいるだろう。
特に恋愛において口下手は圧倒的に不利だ。行動で示そうにもそれができるのはある程度仲が深まった後のことだ、ある一定の仲まで深めるには口を使うことは避けられない。
そんなんじゃクレアにアピールできないですよ!騎士さん!
心の中で勝手に騎士さんを叱咤激励している間に、彼はゴクリゴクリと喉仏を上下させ、自分のグラスを空けた。おお、いい飲みっぷり。
「馳走になった、勘定を頼む。」
「かしこまりました。」
彼が代金を渡し、お釣りを私が渡す。
3枚の銅貨を渡す時に、少し触れた手は筋張っていて随分と大きく感じられた。
こういう男の人っぽい手にクレアみたいな華奢な女の子の手が重なるのも萌えるんだよな〜
ちなみに私の手は小さくて指が短い子供のような手なので完全に父と小学生の娘の手にしか見えない。
「ご来店ありがとうございました。また来てくださいね。」
今度はぜひともクレアがいる時に来てね!!絶対だからね!!私は届くはずもないテレパシーを必死に送る。
すると、ふいに扉へ向かおうとした彼が、少し逡巡したあと動きを止める。え、何?もしかして私のテレパシー通じた?
「あの…?」
「…名は?」
「え?」
「名は何という。」
「え、あ、サーラ=アルジナです。」
「そうか。…俺はガーウェルだ。ガーウェル=ランドグリフィン。」
「ら、ランドグリフィンさんですね。」
「ああ。」
「・・・。」
「・・・。」
な、何!?何で急に自己紹介始まったの?最近は別れ際に自己紹介すんの流行ってんの?
理解が追いついてない私に、彼はフッと柔らかく微笑んで、
「また来る。」
そう言って去っていった。
残された私の頭の中にはチリンチリンというベルの音と、爽やかかつめちゃめちゃイケメンなランドグリフィンさんの笑顔だけが残っていた。
そして数秒後、やっと理解が追いついた私はこう思った。
今のはクレアにやってよおおおおお!!!