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10:ぶち壊す

本日2話投稿しております。ご注意下さい。


「…それって、どういう意味ですか?」


声がつっかえる。さっきまで気にも止めなかった唇の乾きが、やけに気になった。

団長さんは重々しい口調のまま続けた。


「…ガーウェルは、2週間後に北にあるモントの砦に

行くのですよ。」

「…モントの、とりで。」


固まっていた頭を何とか動かして、地図を思い浮かべる。北にあるモントの砦といったら、すごく遠くだ。すごく、すごく。


「その様子ですと、知らされてはいなかったようですね。」

「……」


その通りなのに、肯定するのがなんだか悲しくて、口を噤んでしまった。


何も言えず、下を向いて、ただ床のレンガタイルを眺めていると、ふと視界に影がさした。

つっと視線を動かすと、目の前に足がある。誰の足かはすぐに分かった。先程まで見ていたのだから。


「団長、何故サーラがここに…」

「ああ、君の知り合いだと聞き及んでね。見学を勧めたんだよ。」

「団長、ここは鍛錬場、武器を扱う場所です。必ずしも安全とは言えません。サーラ、貴女も今すぐここを…」

「はい。出ます。」


ガーウェルさんの言葉を遮り、すくっと勢いよく立つ。顔は下を向いたままだ。目を合わせる勇気はなかった。今あの瞳を見たら、きっと泣いてしまう。


「サーラ?」

「団長さん、今日はありがとうございました。ガーウェルさんも、また。」


「また会おう」と言えるのはあと何回だろうか。そんなことを考えて、涙こみ上げてきてしまった。


団長さんとガーウェルさん間をすり抜けて、鍛錬場から出る。足は自然と早くなっていた。

今会うのは、ダメだ。感情が勝って、一方的に責めてしまうのが容易に想像できた。


抑えていた涙がはらりはらりと溢れてきてしまう。


「待てサーラ!」


…今一番話したくて、一番会いたくない人の声が後ろから聞こえる。聞こえないふりしちゃダメかな。うん、そうしよう。とりあえず今は家に帰って、一旦落ち着いて頭を整理してから…


「サーラ!!」


…いや、無理か。流石に聞こえなかったなんて言えない大きな声で呼ばれて、仕方なく立ち止まる。ただし、後ろは振り返らない。


「どうしました?ガーウェルさん。」

「…様子がおかしい。何があった。」

「ちょっと急用を思い出しまして。クレアにお店頼んだままですし、急がないと。」


自分でも驚くくらい、いつも通りの声が出た。こういう時はいつもどもっちゃうんだけどなぁ。これが女の意地ってやつだろうか。

きっと今の私は非常にめんどくさいことになっている。ガーウェルさんに、迷惑はかけたくないのだ。早々に切り上げるのが吉だ。


「こっちを向け、サーラ。」

「それがちょっと、今日大きなニキビが顔にできちゃって、恥ずかしいので見られたくないなー、なんて思ったり、」

「こっちを向けと言っている。」

「いやいやいや、聞いてました?そんな乙女の恥じらいを無に帰すようなひどいこと言わないで下さいよ。」

「サーラ。」

「っ!見ないで下さいってば!!」


回り込んで顔を覗き込もうとしてきたガーウェルさんを突き飛ばしてしまう。

自分で自分の行動が信じられなくて、思わず弾かれたように顔を上げてしまった。


鍛えているだけあってガーウェルさんはビクともしていなかったが、その青い瞳は大きく見開かれていた。


「あっ、ごめんなさ…」

「サーラ、」


やってしまった。

そう頭で理解した瞬間、身体は走り出していた。




「はあ…」


深いため息を一つ吐く。

何でこんなことになっちゃったんだろう。


あの後、ガーウェルさんから逃げた私は、当然の如く追いかけられた。

もちろんガーウェルさんの方が足が長いし、足も速いので無謀な逃亡であったが、そこへたまたま通りがかった敷地内に食料や日用品などの積荷を届ける馬車の列が上手い具合に私たちを分断してくれたのだ。もう奇跡としか言いようがない。


一瞬の隙をついてガーウェルさんを撒き、今私は宿舎と宿舎の間の路地のような、細い隙間に隠れている。

この時間帯は宿舎の周りに人通りはほとんどない。


…撒けたのはいいけど、今も私を探してるかもしれないし、逃げきれるとは限らないなぁ。というか、あんな顔を見られた今、絶対に逃げ切れない気がする。それくらい追いかけてきたガーウェルさんには迫力があった。


走っているうちに涙は止まったけど、胸は痛いままだ。団長さんの言葉が頭から離れない。

…せっかく想いが通じたのに、こんなに早く別れが来るなんて、こんなことってある?


「…恋って、苦しいんだなぁ。」


ポツリと頭に浮かんだ言葉をそのまま言ってみる。

私が今まで見ていたカップル達も、こんな苦しくて痛い想いしていたのだろうか。

見るだけだった今まで私には、恋はキラキラして、ドキドキして、幸せな気持ちになって、それこそ、生き甲斐と思うほどだった。

でも、いざ自分がその立場に立つと、恋はそんな良いものばかりでもなかった。不安にもなるし、やたら恥ずかしいし、…こんなに、苦しいし。


またポロリと一粒涙が頬を伝う。

背中を壁に預けて、ズルズルとしゃがみこみ、膝に顔を埋めて嗚咽を抑えた。


「ふっ、…ヒック…うっ、」


その時の私は嗚咽を止めるのに必死で、周りのことなんて気にしていなかった。…それがいけなかったのだろう。


ゆっくりと、確実な足取りで、近づく足音に気づけなかったのだ。


「……見つけた。」


だから突然聞こえた低い声に驚くわけで。


「っ!?」

「っ!待てサーラ!!」


慌てて腰をあげて逃げようとした私は焦りと混乱で足をもつれさせ、


「……」

「……」

「……」

「……」

「……」

「……大丈夫か?」

「……まっだぐ。」



顔面からすっ転んだ。


シリアスをぶち壊していく主人公が好きなんです…。

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