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09:運命は基本的に上げて落としてくる

 

「ここが、“ナルアの館”ね。」


 目的地に着いた私は、そう小さく呟いた。

 “ナルアの館”とは、このナルアの町の騎士団が常駐している場所の通称だ。


 “館”といっても、館は団長や副団長がいる、主に事務処理をする一軒だけで、敷地の殆どは宿舎や鍛錬場などだったりする。

 何故こんなに詳しいかと言うと、まあ、ガーウェルさんから教わったからですけど…。


 門番の人に用件を伝え、担当者の所まで案内してもらう。どうやら例の団長や副団長がいる館に向かうようだ。

 綺麗に敷き詰められた石畳みのタイルに、重厚な造りの建物は、まるでヨーロッパのお城のようで素敵だ。時折通るガタイのいい人達はきっと騎士なのだろう。こちらをチラリと見ながらも何も言わずにすれ違って行く。


 案内の人は迷うことなくズンズン進み、古びた茶色い扉の前で止まる。扉の上に掲げられている金のプレートには「団長室」と彫られていた。

 えっ、もしかして私、これから団長と会うの?


「中で団長がお待ちです。では私はこれで。」

「あ、ありがとうございます…。」

「いえ、失礼致します。」


 案内の人は颯爽と去っていき、私は扉の前にポツンと残された。

 まさか一番偉い人と会うことになるなんて…、てっきり研究員さんとかが応対してくれるんだと思ってたんだけど。な、なんか緊張してきたな…。


 とりあえず失礼がないように、と身なりを整える。簡素なワンピースにシンプルな白いエプロンなので整えようもない気がするけど。

 よしっ、と意気込むと私は目の前の扉をノックした。


「失礼します、竜の憩い場の者です。頼まれていたイーサク酒を届けに来ました。」

「どうぞ。」


 快活な声に促され中に入る。中には黒髪の大きな男の人がソファに前に立っていた。


「あの…」

「いやあ、よく来てくれました。さあどうぞ掛けてください。」

「あ、はい。」


 団長さんに促されるままソファに座る。

 体は大きいけれど、顔は優しげで穏やかそうな人だ。歳は40くらいだろうか。


 団長さんも私の向かいに座ると、私の持つ大きなカバンに目を止めた。


「ご足労いただきありがとうございました。その大きな酒瓶を運ぶのはさぞや大変だったことでしょう。」

「いえ、酒瓶を扱うのは慣れていますから大丈夫ですよ。それに用法の説明もしておきたかったですし。」

「ああ、そうでした。では早速、用法の説明をしてもらえますか?」

「はい。大体のことは紙に書いて来たのですが、口頭でも説明しますね。」

「ありがとうございます。」

「いえいえ、ではまず量のことですが…」


 ………

 ……

 …



 ◇



「…なるほど、よく分かりました。丁寧なご説明ありがとうございました。」

「いえ、こちらこそお役に立てて光栄です。また何かありましたら、ご連絡下さい。」


 団長さんに礼をしてドアノブに手をかけると、後ろから声をかけられた。


「待ってください。よければ少し、見学していかれては?」

「見学、ですか?」

「はい。そうですね、今の時間ですと副団長が鍛錬場で他の騎士達の稽古をつけている頃でしょう。」

「はあ。」


 驚いて思わず気の抜けた返事をしてしまった。

 そ、そんなホイホイ外の人間に見せていいものなの?いやでも、少女漫画とか、異世界モノのだとよくヒロインが鍛錬場で相手役の騎士のかっこいいところを見て惚れ直すっていうイベントもあるしな…。


 戸惑った私の顔を見て、団長さんは何故か「おや?」という顔をした。


「もしや、ご存知ないのですか?」

「え?何をですか?」

「…いや、そういうことでしたら、実際に見てもらった方が早いかもしれません。どうします?見学していかれますか?」


 一体どういういうことだ。ひとり訳知り顔の団長さんはなんだか怪しいが、そんなもったいぶるような言い方されたら気にならない人はいないだろう。少々不本意ながらも私はおずおずと頷いた。


「ではこちらに。」


 団長さんに誘導され鍛錬場に向かう。

 館から近かったからか、レンガ造りのその場所はすぐに見えて来た。金属がぶつかり合う音や騎士たちの掛け声が聞こえてくる。


「すごい迫力ですね…。」


 鍛錬場に入った瞬間、むわっと熱気が顔を撫でていく。入ってきた私達には気づいていないのか、気にしていないのか、中央にいる騎士達はこちらを見向きもせず、ひたすら剣を打ち合っている。


 んん?よく見ると片方の騎士はガーウェルさんではないだろうか。……いや、絶対ガーウェルさんだ。

 相変わらずかっこいいなぁ…さっき団長さんが言っていた副団長さんに稽古をつけてもらっているのだろうか。

 思わぬところでガーウェルさんに会うことができて、自然と笑顔になる。


「今、中央で稽古をつけているのが副団長のガーウェルです。」

「……え?」


 最近やっと呼び慣れた名を耳にして勢いよく団長さんを見る。彼は先程と変わらず、ニコニコと人の良い笑みを浮かべているままだ。


「ふ、副団長のガーウェルって、ガーウェル=ランドグリフィンさんです、か?」

「はい、もちろんです。貴女がそのことをご存知なかったのは意外ですが、彼が貴女と知り合いであることは存じていますよ。」

「は、はあ…」


 やけに気の抜けた返事をしてしまったのは許してほしい。ガーウェルさんが副団長でびっくりしたとか、何で私のことを団長さんが知っているんだとか、色んなことが頭の中を巡っていたのだ。


「見てください、ほら。」


 団長さんにつられて再び中央に目を戻す。

 そこには相手の攻撃をかわしながら、自分は的確に急所をついて攻撃を繰り出すガーウェルさんの姿があった。もちろん練習なので実際に攻撃するわけではないが。ひと通り打ち合うとガーウェルさんは相手に何かを言っている。アドバイスか何かかだろうか。


 騎士服に身を包んで剣を持つガーウェルさんは凛々しさも精悍さもいつもより強い。

 しみじみとガーウェルさんの格好良さを堪能していると、横にいた団長さんが口を開いた。


「彼は本当に優秀な騎士なんですよ。上司である僕もたまに頭が上がらなくなります。この前なんて風邪を引くから執務室で寝るなと怒られましてね。いや、そんなヤワな身体でもないのですがね。」

「ふふっ、そんなことが?」


 ちょっとちょっとガーウェルさん!オカン属性もあるなんてそんな美味しい設定聞いてないよ!

 団長さんをどやしつけるオカンガーウェルさんを想像して笑ってしまう。


 団長さんもひとしきり笑った後、それから急に顔を曇らせた。


「…いやあ、だからこそ本当に惜しい。」

「…惜しい?」


 惜しいとは、一体どういうことだろうか。まだまだ実力を発揮できてないとかかな?


 わたしが首を傾げると、団長さんは重々しく口を開いた。


「ガーウェルがここからいなくなってしまうなんて。」

「……え?」


 時が止まったような気がした。


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