01:生きる喜び噛みしめて
チリンチリン。
扉についた鈴の音がお客が来たことを告げる。
「いらっしゃい!」
「こんにちは!お姉さん。」
「こんにちは。」
目をを向けた先には1組の男女がいた。私が勤めるこの酒場の常連だ。
この酒場ーー竜の憩い場ーーはそこそこ栄えているこのナルアの町の中央に位置する人気の酒場だ。騎士、冒険者など客層は幅広く、酒や料理を楽しみにくる者もいれば、情報を求めてやって来る者もいる。
「聞いて聞いて!新しい薬草が手に入ったの!あっ、飲み物はいつものでお願い。」
「はいはい、オレンジジュースね。」
2人の男女のうち、このお喋りで元気いっぱいな少女はハンナ=フォレステイ。17歳のまだあどけない少女だがこれでも店の隣の隣で薬屋を営んでいる立派な薬師だ。頼む飲み物がオレンジジュースという子供っぽい所もまた可愛らしい。
「で、アナタは水ね。」
「はい、ありがとうございます。」
もう1人はレヴォリ=シモンズ、19歳。物腰柔らかで礼儀正しい青年だ。これでも彼は元傭兵であり、今は薬草を採りに度々森に入るハンナの用心棒をしている。
いつでもハンナを守れるように努めているらしく、2人とはもう随分と長い付き合いになるが未だに彼がこの酒場で酒を飲んでいるのを見たことがない。
「それで、どんな薬草を手に入れたの?」
「ふふ、お姉さんに頼まれてた二日酔いに効く薬草だよ。しかもすっごい強力な!」
「それは助かるわ!この前も靴屋のベンおじさんが二日酔いがひどかったらしくてね、見てられなかったのよ。」
「お姉さん、ほんとお客さん思いだね〜」
「まあ、うちみたいな接客業はお客さんありきだからね。」
そして、私の名前はサーラ=アルジナ、23歳。
前世は日本に住むただのOL、今世はめちゃめちゃファンタジーな異世界に住む酒場の店員である。
「またその薬草採りに森に入ったんでしょ?怪我とかなかった?」
「うん!シモンズくんがモンスターからちゃんと守ってくれたから!ね、シモンズくん。」
「いや…俺は、自分の仕事をしたまでなので。」
「2人とも、大変だったのね。」
そして、三度の飯より男女の恋愛を観察するのが好きだ。
いや、冷静に振舞ってるけど耳真っ赤なシモンズくんめちゃめちゃ可愛いな!それに気づいてないハンナちゃんも最高だ!素晴らしい!どうしよう、空気になりたい!空気になって2人が結婚するまでその様子をひたすら眺めてたい!
…と、まあ。私はこんな感じの心の叫びを必死に押し留めて2人の仲が進展するのを優しく見守っている良いお姉さんに擬態しているのだ。仲を取り持つのではなく、見守る!あくまで見守るだけ!ここが重要である。
「この前も足を怪我した時にね、シモンズくんがおぶってくれたの。本当、頼りになるんだ。」
「っ、いえ、それも仕事のうちなので。」
そっか〜〜〜〜〜〜!!うんうん、仕事のうちなんだね、そうだよね!お姉さん、仕事熱心なシモンズくん応援してる!ハンナちゃんももっと褒めてあげて!それに比例するように彼の耳が赤くなっていくから!
このように定期的に素晴らしい供給が来るので、この仕事はこういう趣味を持つ私にとって天職だと言える。きっと前世で交通事故で早くに亡くなってしまった私に神様が気を使ったに違いない。
そうそう、やっぱりこういうこっちまで痒くなるような初々しい男女がいいのである。
酒場という場所もあってか、色恋沙汰は腐るほど耳に入って来るのだが、いかんせん下世話なものが多い。
私は純愛推しの過激派なのである。特に【逆ハー、ハーレム、NTR、不倫、三角関係】などの泥沼を呼び寄せる要素を含む話を私は「地雷五奉行」と呼んでいる。
「サーラさーん!ちょっといいですかー?」
萌えに萌えさせてくれる2人の話に心を躍らせながら相槌を打っていると、カウンターの奥に呼ばれてしまう。
「ごめんね、また楽しいお話聞かせてね。」
「うん、お姉さんもお仕事頑張ってね!」
「ご馳走様です。」
ゔゔ…もっと話を聞いていたいけどこればっかりはしょうがない。2人に別れを告げて、私はカウンターの奥へと向かった。
「どうしたの?クレア。」
「すみませんサーラさん。お客様に頼まれたお酒がどうしても見つからなくて…。」
眉を下げ、申し訳なさそうにこちらを見る黒髪美少女は最近入った後輩のクレアだ。注文された種類の酒をすぐに見つけ出せないのも無理もない。
うちの店は他の店と比べて酒を数多く取り揃えているのも人気の理由の1つで、私も入った頃は酒の名前や保管してある場所を覚えるのに苦労したものだ。
「注文されたお酒の名前は?」
「ダスキーボーデンです。」
「最近入ったやつね。それなら4つ目の戸棚の2段目よ。」
「ありがとうございます!」
そう言うとクレアはせかせかと用意し始める。
急ぎつつも丁寧にグラスに注がれたダスキーボーデンは、盆にのってお客の元へ運ばれていった。
それにしても、あまり有名でないダスキーボーデンを頼むなんて、中々通なお客さんだ。
北の方にある町で作られたという黄金色のその酒は、初め口に入れた時は少々クセのある味だが、飲んだ後は爽やかな酸味が残るスッキリとした後味で私は好きだ。
皿やグラスを洗いながら、なんとなしにその通なお客さんを見ようとして、ツーっとクレアの行く先を見た私の身体に衝撃が走った。
ーーなんっっっってお似合いの2人なの…!!
ダスキーボーデンを頼んだそのお客さんは、1人の騎士だった。それもおそらく高位の。
そして少しクセのある金髪と深い海のようなその青い瞳に目鼻立ちの整った端正なその顔は、まさに王子様だ。艶やかで美しい黒髪にルビーのような赤い瞳を持つ正統派美少女のクレアと並ぶだけで、1つの作品のように見える。
騎士の年齢は恐らく私の少し上くらいだろう。ハンナちゃんと同じくらいの年齢のクレアとはいい年齢差だ。それに高貴な騎士×町娘っていうのもベタだけどいい…!定番だが着実に萌えを与えてくる。
騎士は甘いルックスだが体格はがっしりとしていてちゃんと鍛えているのが見てわかる。華奢で守ってあげたくなるような細身のクレアとは素晴らしい体格差だ。
【歳の差、身分差、体格差】私の中の「萌える差三銃士」どれをとっても完璧である。あああっ!!今すぐスタンディングオベーションして2人の存在を讃えたい!尊びたい!
私の心のパラメータが限界突破しそうなのを知ってか知らずか、ダスキーボーデンを無事渡せたのかクレアがトコトコとカウンターに戻ってくる。
「サーラさん、どうかしました?」
「何でもないの。ただ、生きてる喜びを噛み締めてただけ…。」
「?はあ…」
この日から私の観察リストに謎の騎士×クレアが追加された。