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その9


 風馬一人で精査しろと言われたDVDではあったが、結局、澪もそのまま部屋にいた。

「澪、向こうで休んでおいで。母さんの言うとおり、体にさわったらいけない」

「大丈夫よ。四辻に関わるものが私の体にさわるとは思えないわ」

 言い出したらきかない澪を、風馬は仕方ないなというふうに一瞥しつつ、DVDをレコーダーに入れた。


 そこに映っていたのは奏人の妻、絢子の姿だった。

 ムービーを撮っている人間に向かって親しげに話しかけているが、撮影者は声を出さないので、まるで絢子がハイテンションで独り言を続けているように見えた。

「ねえ、翼というのはどうかしら? あちらのルールにも適ってるわよね。んもう、何とかおっしゃってよ、あなた。

 あ…女の子だったらって思ってるのね。絶対に男の子よ。

 でもねえ、女の子だったら奏子がいいと思うわ。あなたから一文字いただくの。あと2週間ね、楽しみだわ」


「風馬さん、今、四辻先生の姿が浮かんだわ…」

 澪の言葉に、停止スイッチを押す風馬。

「撮っているのが先生ということだろう」

「そうね。絢子先生が“あなた”と親しげに呼びかける人は限られているもの」

「とりあえず先を見てみよう」

 風馬が再生スイッチを押したが、内容は相変わらず絢子一人のおしゃべりだった。ムービー自体は全体で5分少しで、カメラの位置は2度変わり、3回に分けて撮られたもののようだった。


「母さんが言っていた“欠けている部分”というのは、録画を止めている間のようだな」

「話の内容は何ということもないわね。翼くんの名前の件、お参り用の衣装の件、後援会の人たちを招いてパーティーをしようかどうか」

「このムービー、何のために撮ったんだろうな。誰かへのメッセージとも思えない」

「しかも5分なのに3回に分けて撮ってるわ。撮影に時間もかかってる。窓から射す陽の位置が終わりのほうは低くなってるもの」

 風馬はもう一度最初から再生した。


「このムービー…普通にたどれないな」

「うん。抵抗されてる感じね」

「澪、無理するな。この後は僕がやる」

「多分、奏人先生が“鍵”をかけたのね…。私のほうがパズルを上手に解けるかもしれないわ」

「体に負担だから、ここまでだ」

「私、一時は四辻奏人の弟子だったのよ? 大丈夫。この子も協力してくれるわ」

「とにかく少し休もう。この手のものは力技でたどれるわけじゃない。最近、この手の精査が多くて、僕たちにもだいぶ“たまって”いるかもしれないし、一回、禊をしてか…」

 言いかけて、風馬が頭を抑えてうつむき、しばらくそのまま動かずにいた。


「風馬さん?」

「…見えた」

「え?」

「どうやら“禊”がキーワードのようだ」

「どんな内容だったの? それって関係しているのが、例の“禊”…」

 澪も風馬と同じように頭を抱えてうつむいた。


「大丈夫か、澪?」

「見えたわ…でも、あれって…」

「意外な人物が絡んでるんだな」

「とりあえず、私たちの疑問のひとつは解けたわね」

「そうだな。そして今の事態はすでに十年前から予測されていたということになる」

「私たちがこうして読むことも?」

「だろうね。まったく四辻先生という人は…」

 風馬は笑おうとして、口から出たものが思わず溜息になってしまい、そんな自分に苦笑いした。


  *  *  *


 奏子が華織に解放されたので、秘密会議が再開されることになったが、議題がなにやら妙な方向へと進み始めていた。肝心の史緒が、大谷を調べなくていいと言い出したからだ。

「どうして? えんりょしなくていいんだよ」真里菜が史緒をのぞきこむ。

「きのうと、きょうと、おねえさまといっぱいなかよくしたら、あんまり気にならなくなってきました…」少し恥ずかしそうに言う史緒。

「なら、いいけどお。ねえ、紗由ちゃん?」

「うん。史緒ちゃんがいいなら、いいよ」


「じゃあ、きょうはどうするの?」恭介が尋ねる。

「和歌菜どのとあそんではいかが…」

 言いかけた充は、真里菜が鋭い目つきで自分を睨んでいるのを見ると、言葉を濁した。

「…イベントのそうだんはどうかなあ?」控えめに提案する奏子。

「あ、それいいね!」真里菜が身を乗り出した。「きかくしょ、パパによんでもらったんだけど、なーんかたりないんだよねえ。たんていじむしょからも、ていあんしたらいいんじゃないかなあ」


「玲香…企画書ダメダシされてる…」声のトーンが落ちる賢児。

「今回はお子さんたちが主体ですから、意見を聞いてみるのもいいかもしれないですね」

「そうそう、イベント、2ヵ月後だったね。けっこう急だよね。うちの嫁が驚いてた」有川が言う。

「申し訳ありません。うちの都合なんですの」和歌菜が頭を下げる。「うちの教育雑誌で、イベントに出た子どもたちのドキュメンタリー連載を企画しているものですから、お受験時期の前にと賢児さんにご無理をお願いしましたの」


「ほお。直哉さんは相変わらず抜け目がありませんね。さすがです」

「瑞樹の企画ですのよ」微笑む和歌菜。

「瑞樹くんはファッション雑誌だったのでは?」保が聞く。

「ファッション雑誌ではあるんですけれども、園児を持つママさんあたりも年齢的にターゲットになってる雑誌ですから、この手のものはそちらにも広告記事の形で入れると、けっこう反響があるらしいですわ」

「まりりんの意見、けっこう売り上げにつながってるようですしね。ここはイベント成功のためにも、拝聴しようかなあ」

 賢児が笑うと、大人たちは一斉に秘密会議の様子に耳を傾けた。


「そうだね。そうしよう!」紗由は右手のこぶしを振り上げると、一同を見回した。

「あの…はい!」奏子が思い切って手を上げた。

「奏子ちゃん、どうぞ」

「イベントって、はっぴょうはひとりずつでしょう? 奏子、みんなといっしょがいいです」

「そうだよね。おきなわのシンクロみたく、いっしょがたのしいなあ」恭介も同意する。

「うんうん。恭介くん、奏子ちゃんにふんづけられるの、すきだもんねえ」紗由が頷く。

「すきじゃないよ!」

「んもう。きょーちょーせーがないなあ」

 腕組みする真里菜を見つめて涙目になる恭介。


「まあまあ」いつものように充が割ってはいる。「恭介どのは、あねごのキックより、マドモアゼルにふんづけられるほうが、すきなのはたしかでござるが、みんなでいっしょにやるほうが、もっとすきなのでござろう?」

 同意を求められた恭介が、どこまで同意していいのかわからぬまま、何となく頷く。

「奏子…龍くんとも、いっしょがいいなあ」

「せっしゃも、和歌菜どのといっしょが!」

「おばあちゃまは、子どもじゃないのでイベントにでませんけど」

「賢児どののかわりに、そーごーしかいはどうでござるか? おじさんより、きれいなおねえさんのほうが、とのがたはよろこぶでござる。せっしゃは、アシスタントということで…」

「でも、そういうの見に来るおとなって、パパよりママなんじゃないの?」恭介が珍しく充に反対意見を述べた。「だから、しかいはハンサムなおじさんでいいとおもうな。だいたい、おとこの人で来るのは、ひまなおじさんだけだよ」


 そのイベントに、仕事の都合を調整してでも絶対に見に行こうと思っていた有川は、可愛い孫のつれないセリフに、しょんぼりとうつむいた。


「じゃあ、せっしゃは和歌菜どのといっしょに、おきゃくになるでござる」プイとむくれる充。

「うちあげパーティーで、おばあちゃまとあそばせてあげるから、イベントには出てよ」

「ラジャー!!」

「じゃあ…そのけんは、それでよしとしましょう」紗由が一同を見回した。「でも、みんなでいっしょにやるというのは、どうやるのかなあ?」

 紗由の問いかけに、しばらく考え込んでいた一同だったが、恭介がポツリとつぶやいた。

「紗由ちゃんがおやつを大ぐいして、まりりんが犬とニオイあてきょうそうして、奏子ちゃんがかけっこしながら、おことをひいて、充くんがかいじょうのカワイイ子をナンパして、史緒ちゃんがおしゅうじして、ぼくがえいごとドイツごはなすのかなあ?」


「おい、賢児。このままだと前衛芸術の舞台みたいな構成になるぞ」

 半ば笑いながら言う保に、賢児がムッとした顔で言い返す。

「真琴ぉ。じいじも、幼稚園の制服で、舞台の真ん中で演説させてあげようねえ」

「あー」うれしそうに笑う真琴。

「…勘弁してくれ」

「大丈夫ですわ。先生は何でもお似合いになりますもの」

 微笑む和歌菜に一同は思った。

“幼稚園の制服を着せる気か?”


「恭介くん、それだと恭介くんと史緒ちゃんしか、あってないよ」紗由が恭介をにらむ。

「でも、むずかしいね。みんな、いっしょは。せいらんの子ばっかりじゃないから、れんしゅうもたいへんだし」真里菜が紗由を見る。

「ダンスとか、がっきとかは、ふつうでござるし、やっぱりれんしゅうが…」

「うーん…」一同が腕組みして考え込んだ。

「じゃあ…いっしょでなくていいです。イベントおわったら、みんなであそぶのでいいです」奏子が言う。

「じゃあ、そうしようか」良い考えが浮かばなかった紗由は、ちょっぴり悔しそうだ。

「マドモアゼルも、ひめも、あねごも、げんき出してくだされ。イベントがおわったら、せっしゃが“いざかややたい”で、ごちそうしますゆえ」

「ほんと?」紗由の目がきらりと輝く。


「居酒屋屋台?」首をかしげる保。

「充くんのおうちに、子どもサイズの屋台装置があるんです」玲香が説明する。「今はやりの調理玩具が備え付けられていて、それでお菓子やお料理を充くんが作って、皆にふるまうんですよ。おうちの居酒屋さんの子ども版です」

「面白そうだねえ」有川が興味を示した。

「IH器具も付いてるんですのよ。私はお好み焼きを作ってもらいましたわ」微笑む和歌菜。


「史緒ちゃん、いざかややたいはね、すっごくたのしいんだよお」紗由が満面の笑みで、その仕組みを説明する。

「うわぁ。たのしそうですね。おいしそうだし…」

「ねえ、紗由ちゃん。いざかややたいだったら、みんなでいっしょにできるんじゃない?」真里菜が言う。

「そうだね」恭介も賛同する。「充くんがつくって、紗由ちゃんがおいしそうにたべれば、おきゃくさんいっぱい来るよ、きっと」

「まりりん、ウエイトレスさんのコスプレする」

「じゃあ、奏子はかけっこして、チラシくばります」

「あ、あの…史緒はチラシとか、メニューとか、おしゅうじでかきます…」

「ぼ、ぼくは…がいこくのおきゃくさんをあんないする」

「よし! それでいきましょう」


「面白そうなことになってきましたね」

 翼の声に玲香と膝の上の真琴が振り向いた。

「翼くん!」

「皆さん、今日は僕、奏子の迎えに来たので、保護者席でいいですか?」

「もちろんだよ」

 保が頷くと、翼は玲香の隣に座り、真琴の頭を撫でた。

「姉さんの用事はもういいのかい?」

「はい。華織おばさまは西川先生と打ち合わせで、その後お出かけになるとおっしゃっていたので、こちらにはお見えにならないかもしれません」

「そうかい。ありがとう」


「ねえ、翼も居酒屋屋台がお気に入りなの?」

 賢児が訪ねると、翼は少々ためらいがちに答えた。

「一人ずつ芸を披露するだけだと、何だか見世物みたいだから、ちょっとイヤっていうか…。でも、居酒屋屋台だったら関西の子たちとも一緒に出来るし、お客さんとも仲良くできるし」

「そうか…意見ありがとう、翼」

 賢児が真面目な顔で言うと、膝の上の聖人がキュッと唇を結ぶ。


「ねえ、翼くん」玲香が言葉をかけた。「翼くんは、他の子の意見なんかも聞いてる?」

「うん。ご覧の通り、青蘭幼稚部の5人組は皆、乗り気。お祭りができれば何でもOKなんだろうね」

 笑う翼。

「でも、小学生組はいろいろ。龍くんは、政治オタクの役はイヤだって言ってた。政治を趣味でやってくわけじゃないし、クイズ感覚で知識を蓄えているわけじゃないからって。

 大地くんは、まりりんがこれ以上騒がれるようになると、社内で仕事しづらくなるんじゃないかって心配してたし、翔太くんは、清流の宣伝になる部分は助かるけど、スーパーキッズ扱いは少し面倒だって感じかな」

「皆、立ち位置が違うわけだからね。意見も様々だろうね」保が言う。


「そうですね。あ…でも皆、イベント自体に否定的なわけじゃありません」

「わかってるわ、翼くん」玲香が微笑むと真琴も笑う。「ただ、どうせなら、楽しいほうがいいということよね」

「うん。あ、そうだ。関西の子達の意見は、翔太くんが皆に聞いてたから」

「どうもありがとう。助かるわ」

 玲香がニッコリ笑うと、膝の上の真琴が「あー」と声を上げる。

「どういたしまして…まこちゃん」翼も笑う。


「じゃあ、きかくしょ、つくらないとね」

 真里菜が言うと、充がリュックからICレコーダーを取り出した。

「それは、なんですの?」

「みんなのいけんを、ろくおんするきかいなの」真里菜が説明する。「あとで充くんが、それをきいて、かみにかいて、きかくしょにするの」

「絵があったほうがいいところはね、翔太くんがかいてくれるの」うれしそうに笑う紗由。

「ぶんしょうは、龍くんがチェックしてくれます」奏子もうれしそうだ。

「きょうは、きかいがなくてもいいんだけどね。翼くんが、ぜんぶおぼえてくれるから」自慢げな真里菜。

「まあ…みなさん、すごいですわ。あの…大地くんは、なにをなさるんですの? くねくねおどりをしてくださいますの?」史緒が身を乗り出し、真里菜を見つめる。

「…史緒ちゃん、くねくねおどりが好きなの?」真里菜の目がきらりと光る。

「はい…」恥ずかしそうにうつむく史緒。


 その様子を目ざとくチェックしていた和歌菜が、すぐさま席を立ち、窓際で夕紀菜に電話を入れる。

「大地の撮影、終わったかしら。…じゃあ、先生の家まですぐ来て。10分もあれば着くでしょう?…いいから、いらっしゃい。そうだわ、撮影の時、何を着たの?…そう、じゃあ、その衣装のままがいいわ。じゃあ、また後で」

「おばあちゃま…」駆け寄ってきた真里菜が和歌菜を見上げる。

「大丈夫。抜かりはないわ」


「あの…まりりんは、どうかしましたの?」

「ううん。なんでもないよ」

 紗由が言うと、すぐに戻ってくる真里菜。

「あのね、おにいちゃまが来るんだって」

 真里菜の言葉に、史緒の顔がパーッと明るくなる。

「まあ」

「よかったでござるな、史緒どの。だいすきな、くねくねおどりが見られますぞ」

「はい!」

 大人も含め、一同は笑顔で史緒を見守るものの、心の中では、上品な史緒がどうしてあの“くねくね踊り”がそんなに好きなのか、今ひとつ理解できずにいた。


  *  *  *


 さっきまで翼と奏子がいた部屋では、華織と重治が翼の様子について話をしていた。

「私、最初は先生が“なさった”のかと思っていましたの」

「今はそうではないということですな」

「ええ」

「そうおっしゃるということは、もちろん華織姫でも一条の若でもない。ましてや、四辻の奥方は、“命”が亡くなられた後、神命医の更新願いを出していない。あと、能力値的に可能なのは、大徳寺、九条の“命”、一条の先代と、三条の先代。…そうそう、黒亀のご亭主を忘れておりましたな」笑う重治。

「3人の命宮もかしら」

「あるいは…」難しい顔で重治が口ごもった。

「不思議ですわね、先生。私もなぜか、そんな気がしますのよ」

 華織は静かに微笑むと、紅茶をすすった。


  *  *  *


 重治と出かける前に、いったん自宅マンションのほうに戻った華織は、先ほど渡したテープの件を、風馬たちに確認していた。

「そう。二人とも、どうもありがとう。…私もね、リストには疑問があったのよ。載せる基準が妙というか…」

「正確には“載せない基準”だね」

「ええ…そうね」

「金銭か仕事か、何らかの提供をしたかわりに、ということでしょうか」

「2年ぐらい前までは、それで効果が出ているように見えていたのね」

「でも、交流のある人間が狙われれば、結局一緒に狙われることになる」難しい顔でつぶやく風馬。

「それで急遽方針転換をして、守りから攻めに転じようとしたんですね」


「らしいと言えば、らしいわね。昔から変わらないわ」笑う華織。

「相手も能力者集団の割には読みが甘いんだな」

「そういう能力に長けた人間はいないんじゃなくて?」

「バランス悪いんですね」澪が思わずクスリと笑う。

「バランスが良ければ天下を取ろうと目論む必要なんてないもの。最初から取れているわけだから」

「母さんにしては論理的だなあ」

「覚えておいて、西園寺の“弐の位”。“命”西園寺華織は、いつだって論理的なのよ」

 華織は風馬に言うと、振り返らずに部屋を後にした。


  *  *  *


「ただいま」

 直哉が家に戻ると、リビングでは女4人が顔を付き合わせ、あーでもない、こーでもないと懇談中だった。

「おじいちゃま、おかえりなさい。こっちこっち!」

「どうしたんだい?…瑞樹と大地は?」

「お風呂よ」夕紀菜が答える。

「だから今のうちに。ね、あなた」

「な、何がだ?」

 面食らう直哉にぶらさがるようにしてソファーに座らせた真里菜は、直哉をじっと見つめた。


「おじいちゃま、うちが九条家のしんせきになるっていうのは、どうおもう?」

「はあ?」

「どうやら九条家の末娘が大地に気があるらしいのよ」梨緒菜が説明する。

「びっくりしたわよ。あんな綺麗な上品な顔で、くねくね踊りを踊るのよ」夕紀菜の目も真剣だ。

「はあ…」

「もう、あなたったら! 何なの、その反応。少しは大地のこと、真剣に考えてください!」

「考えてるよ。だが、子どもが踊りを踊ったからって、それで結婚まで持ってくつもりか? 無理がありすぎるだろ」

 笑う直哉の膝に真里菜が座り、両肩をむんずとつかんだ。


「むりじゃないの。史緒ちゃんにね、おにいちゃまのおよめさんになりたーい?って聞いたら、またうれしそうに、くねくねおどりをしたの」

「お姉さまの清子さんも、驚いていらっしゃったわ。史緒ちゃん、人見知りが激しいし、男の子は苦手みたいだったのにって。そうそう、お姉さまもね、清楚でお上品でステキな方なのよ」

「…おばあちゃま、言いにくいんだけどさ、あれ、Minnieちゃんだよ」

「Minnieちゃん?」

「ちょ、ちょっと待って、真里菜。Minnieちゃんて…?」

 夕紀菜が真里菜の両肩を後ろからつかむ。

「だから、モデルのMinnieちゃん」

「えーっ!!」


「な、何なの、夕紀菜。そんな大声出して」

「ママ…大変よ」夕紀菜が雑誌ラックにあった最新号の雑誌を取り出した。「これよ、これ!」

「…これって? ああ、最近人気のコスプレモデルさんね。この子がどうかしたの?」

「だからぁ、史緒ちゃんのおねえさまは、このモデルさんなの」真里菜が説明する。

「え…?」

「あ、でもね、モデルはわるい人からかくれるための“へんそう”だからね。ほかの人には、ひみつだよ」

「え、ええ…」

 真里菜の言葉も半ば上の空で、雑誌の写真と自分の記憶を比較する和歌菜。

「どこかで見たと思ったのよ、あの髪質」夕紀菜が腕組みして悔しそうにつぶやく。

「九条家のお嬢様がうちでモデルをやっていたことが判明したことまではわかった。で、大地の件は?」呆れたように直哉が話に割って入る。


「そうそう。おじいちゃま、そっちがだいじなの」

「でも、おばあちゃまがショックを受けてるなあ。この手のモデルが姉というのは、どうなのかって思ってるんじゃないのか?」

「いいえ!」和歌菜が憤慨した様子で立ち上がった。「きっと深いわけがあるんだわ。ねえ、そうよね、真里菜。悪い人から身を守るための変装って…清子さん、大丈夫なのかしら?」

「うん。おつきの人がまもってるみたいだし、ねんのためじゃないかな。それに、おしごとしないと、せいかつにこまるんだよ、きっと」

「九条のお嬢様なのに?」梨緒菜が笑う。


「あー、でも噂に聞いたことがあるぞ。九条の長女は父親と仲たがいして家出中だって。元々東京の大学に来ていたらしいが、家に帰らなくなったって。

 本来なら父娘ダブルで個展をするはずが、父親だけになったのはそのせいだろうってな」

「うーん。パパとけんかしたら、史緒ちゃんがかなしむよ。史緒ちゃんは、おとうさまが大すきだって言ってたもの。

 それにMinnieおねえさまと史緒ちゃんは、すんごくなかよしさんなんだよ」

「ケンカしてるのを妹に知らせるとは限らないしな。まあ、その辺は他人にはわからない事情ってやつだろ」

「そうですわ。あなたのおっしゃる通り。それをここで論じても仕方ありませんわ」和歌菜が一同を見回した。


「大切なのは、大地も史緒ちゃんを気に入っているという事実です。ええ、そうです。あんなに楽しそうに、手まで取って二人でずーっと踊ってたんですのよ。私の見る限り、真里菜と踊るときより長かったですわ」

「うん、確かにそう。大地ノリノリだったわ」夕紀菜も同意する。

「ノリノリなのは、いつもじゃないの?」梨緒菜が突っ込む。

「わかってないなあ、梨緒ちゃんはあ」真里菜が腕組みをして立つ。「いままで、まりりんいがいの人は、そんなことしなかったんだよ? おにいちゃまはね、みとめられたんだよ。しかも、あんなかわいい子に」

「ふーん」

「梨緒ちゃんは、そーゆーの、わかんないんだよ。びじんさんで、いっつもほめられてたから」

「真里菜だって、超かわいいじゃないの。お互い様でしょう?」


 もはや何が論点かわからなくなっている二人に、直哉が言う。

「で、大地も史緒ちゃんをお嫁さんにしたいと言っているのか?」

「それを聞くのが、あなたのお役目です」

「え?」

「大地がお風呂から出たら、しっかり確認してね、パパ」

「そんなの、お前たちが確認しておけばよかったろうに」

「そこは男同士で」今度は梨緒菜が腕組みする。

「じゃあ瑞樹でいいじゃないか。夕紀菜、おまえ、梨緒菜の時も、そう言って私に確認させたな。真里菜、おまえ、いつも一緒に遊んでるんだから、ちょちょっと聞けばいいじゃないか」

「すんごくだいじなことなんだよ。おじいちゃまがやらなくて、どーするの?」

「わかったよ…」

 この“縁談”がうまく進まなかったら、責任は全部自分のところに来るのだろうなと思いながら、直哉は心の中で溜息を付いた。


  *  *  *


 一方、西園寺家の食卓でも、史緒のくねくね踊りは話題になっていた。

「なーんか、こう、違和感満載の光景だったんだよなあ」

「確かに賢児の言う通りだ。お雛様が壊れた操り人形になったみたいというかだな…」神妙な顔で保が同意する。

「お義父様がそこまでおっしゃる光景って…見たかったですわ…」悔しそうな周子。

「あのね、史緒ちゃんは大地くんのおよめさんになりたいみたいだよ」

「今頃、久我家は皆で作戦会議してるんじゃないの」龍が笑う。

「仕事が速いからなあ、和歌菜さんは」

「久我家の跡取りだもんな、大地くんは」涼一も同意する。


「そうだよ、兄貴。俺たちの時の比じゃないぞ」

「まあ、良かったんじゃないのか。和歌菜おばさまにしてみたら、九条家のお嬢様なんて、理想の相手だろ」賢児に向かって頷く涼一。

「おひなさまみたいにきれいだし、じょーひんだし、しっかりものだしね」紗由も頷く。「おしゅうじまで、じょうずなんだよ」

「おまけに家柄もいい。本妻にするにはうってつけだろうな」

 賢児が笑うと、玲香がにっこりしながら賢児を見つめる。

「まあ、賢児さまったら、“本妻にするには”だなんて。まるで愛人を作るのを前提にしているみたいです」

「い、いや、そんなことはないよ。物のたとえだよ。久我家にしてみたらってことだよ」

 ハハハと大声で笑う賢児を横目に、紗由が龍の耳元でささやく。


「玲香ちゃん、すごくおこってる。賢ちゃんは、なきそうだよ」

「何それ?」

「まーくんと、まこちゃんを見るんだよ、こういうときは」

 紗由が普通のボリュームで喋るので、皆が一斉に紗由を見る。

「まこちゃん、おこったかあさまみたいに、ここがシワシワでしょう?」紗由が自分の眉間を触る。「お口もキュってなってるし。まーくんは、こわがって、なきそうになってるもの」

 保、涼一、周子、龍の4人が、聖人と真琴の顔を交互に見比べる。


「すごいなあ、紗由。観察力が鋭いのは科学者に向いてるぞ」涼一が紗由の頭をなでる。

「あ。まこちゃんが、はずかしそうになってる」

 再び皆が真琴を見ると、真琴はうつむきながら、顔を手で隠すような仕草をしており、抱いている玲香が、小さくコホンと咳払いをする。

「涼一さん。何でも褒めればいいってものじゃないと思いますけど。気遣いも教えなくては」今度は周子が怒った顔になる。「紗由も、旅館のおかみになりたいのなら、皆の気持ちを考えて物を言うようにしましょうね」

「…はい」しゅんとする涼一と紗由。


「あ…すみません、周子さん」慌てる玲香。「涼一さんも、紗由ちゃんも、気を遣わせてしまってごめんなさい」

「いや、玲香。俺がいけないんだ。でも、俺は絶対に愛人なんて作らないから。玲香だけだから」

「賢児さま…」

 保たちが、そーっと聖人と真琴の顔を見ると、聖人はキリッとした顔に、真琴はニコニコ顔になっていて、本当にすごい仕組みだと一同は感心したが、誰もそれ以上はその話題に触れようとはしなかった。


  *  *  *


 華織からの電話を切ると、澪は風馬を見た。

「お義母さま、今日はお義父さまと重治先生と、“ウエスト・ガーデン”のほうにお泊りらしいわ」

「そう。きっと夜通し怪しい作戦会議だな」

「悠斗くん、預かればよかったかしら」

「いや。ここへは、あまり出入りさせないほうがいい。涼一や周ちゃんや玲香さんとバッティングしたりしたら、気づかれるかもしれない」

「賢児さんはいいの?」笑う澪。

「駐車場側の入り口で未那先生と悠ちゃんペアに出くわしたのに気づかなかったからなあ」


「でも、賢児さんはそのままがいいわ。うちの兄さんみたいに気を遣いまくっていると疲れそうだもの」

「そう言えば、誠さん、担当医の問題で大変みたいだね」風馬が澪に言う。

「ええ。私としては、早く麻那先生に代わってほしいわ。疲れた時に、ちゃんと疲れを取ってくれるお医者様がいい」

「大徳寺先生、相性が良くなかったのかい?」

「うん。あの方、接し方は温和なんだけど、母と私はダメだったの。特に私は具合が悪くなることが多くて…。まあ、兄さんと父さんは潜在値が高いから、ある意味、誰が担当でも同じと言えば同じかもしれないんだけど」


「いつから担当なんだっけ?」

「17年前。私が引き取られた直後からよ」

「17年前か…。僕が21歳。天馬と相談して初めて家を離れた年。母さんが進兄さんを命宮にしたいと言い出した年だ」

「九条の命宮が就任したのも確かその年だったわね」

「そうだね。どうやら一気に何かが動き出した時期のようだ」

「それらが全部集約する年になるのかしら?」

「今年、全部膿を出し切って、我らがベイビーは来年生まれてくるというわけだ」

 風馬は微笑み、澪のお腹を愛しそうに撫でた。


  *  *  *


 翌月曜日は、朝から進が賢児に呼び出されていた。部屋には瑞樹も同席している。

「すみません、高橋さん。そういうわけなので、会場設営と宣材に変更が生じるんです」

「わかりました。そうなると…こちらは少々人員を追加してもよろしいですか?」

「ええ、もちろんです。時間的な制約もありますから」

「では、水木くん、坊城さんには、当面イベント関係に専念してもらいます。あと、追加で大谷くんを。

 それから、広報部との調整も必要になりますので、中山くんをお借りしようかしら。広報部には私のほうから連絡します」

「お願いします」


「それと今週末、ポスターに使うお子さんたちの写真を撮影の予定ですが、できれば個々の仮ブースでの撮影も一緒にしたほうがいいですわね」

「うちのスタジオにブースを仮設営しますので、撮影はそちらでお願いします」瑞樹が頭を下げる。

「本当にすみません。無理言って」賢児も頭を下げた。

「いいえ。いいものを作るためには、多少の無理は必要ですわ」微笑む進。「私も面白いと思いますわ。居酒屋屋台も、個々がブースを持つ縁日形式なのも、舞台は円形劇場のように、会場の真ん中に置くというのも」


「そう言っていただけるとありがたいです」瑞樹がホッとしたように笑う。

「そのほうが、お子さん方も飽きないでしょうし、お子さんたちを見に来る方々のことも、よーくわかるんじゃありません?

 今後、お子さんたちが何かのビジネスに関わる可能性を持ったイベントですものね。親御さんたちもいろいろご心配でしょうから、その辺りを払拭するにも合理的なやり方だと思いますわ」


「恥ずかしながら、子どもたちの発案なんですよ」瑞樹が笑う。

「居酒屋屋台は充くんのおうちにありますわよね。私も美味しいたこ焼きをごちそうになったことがありますの。あの屋台の暖簾は、実は私の作なんですのよ。ふふ」

「そうだったんですか」驚く瑞樹。

「でも、今回は翔太くんの絵に変えたいところですわよね…史緒ちゃんの字を添えて」

「ああ、それ、いいですね。得意な分野を他の友達のために作業しましたという方向で」

「そうそう。まりりんちゃんには、皆のコスチュームデザインしてもらったらどうかしら。時間的に難しければプロデュース」

「うんうん」賢児が前かがみになって話に聞き入る。

「充くんの文才を活かしたペラのパンフに、翼くんの驚異的な記憶力を駆使したコンシェルジェ、大地くんのオモシロ保健室コーナー、まりりんちゃんのお似合いアロマ調合コーナーとか」


「ああ、なるほど。まだ、そこまで詰めてなかったんです。参考になります」瑞樹がメモを取り出す。

「龍くんと匠くんには、個々人のために即興で演奏してもらって、あなたのためのコンサートをやってもらったらいかが? 女性はもう…メロメロですわ。ええ、絶対に」進が両手を前に組み、何度も頷く。

「充くんはホスト的接待で、やはり女性の心をゲットですかね」瑞樹が笑う。

「そうだな。今回、外国人客も何名か来るから、恭介くんに案内をしてもらって…奏子ちゃんと紗由はどうしようか」

「奏子ちゃんはやはり外国の要人対策かな。日本舞踊とお琴で歓迎してもらおう」


「確か、奏子ちゃんは涼一さんのところで、宝石類と同調する脳波が認められたとか」

 進が賢児を見る。

「奏子ちゃんと仲良しの一条さんでしたっけ、宝石販売なさってるんですわよね。以前、奏子ちゃんから、きれいな石を見せてもらったことがありますわ。

 いっそ一条さんにスポンサーになっていただいて、測定器を傍に置きながらジュエリー販売なさったらいかがです? 何割かはこちらに納めていただいて」

「うわあ…うちの義父が喜びそうな企画だなあ」苦笑いする瑞樹。

「うん。でも、かなりの強力タッグだぞ、それ。誠さんの女性あしらいと、奏子ちゃんの不思議実験からくる説得力」

「奏子ちゃんが宝石に対して不思議な力をお持ちなら…奥様方が身につけていらっしゃる宝石類をピカピカにしてさしあげるなんてことも出来るのかしら?…宝石の輝度を上げるとか」

「兄に実験依頼しておきます」


「紗由ちゃんは、龍くん同様、オールマイティだから、こういう場合、どれにするか迷うよなあ」瑞樹が賢児を見る。

「手品、バレエ、ピアノでの作詞作曲、記憶力もすばらしいし、どんなことでも、短期間でかなりのところまで上達して…ただ、一番の能力は類稀なる統率力なんだよな。生憎とイベントで見せづらいけど」

「でしたら、手品以外に、会場全体を統率させたらいかがですの?」進が瑞樹を見つめる。「翼くんは入り口でのコンシェルジェ、紗由ちゃんは会場を回るコンシェルジェ。子どもたちを表に出しながらのイベントは、いろいろとトラブルも起きるでしょうから、子どもレベルでのトラブルは、紗由ちゃんに解決していただけばよろしいのでは?」


「高橋さん…やっぱりあなたは天才です」賢児が溜息をつく。「伯父が若い頃から後押ししていたのも納得です」

「クリエーターというのは、あらゆる側面においてクリエーターなんですね」

「まあ、いやですわ、そんな」進が肩をくねらせる。


「関西の子たちに関してはいかがですか?」

「史緒ちゃんは、先ほども言いました通り、屋台の暖簾の字を書いてもらって……あとは広幡佳乃ちゃん、賀陽博明くん、薬師寺静流ちゃん、常盤井大和くんですね…」

 リストを見ながら考え込む進。

「佳乃ちゃんはお料理コンテストで数々入賞、博明くんは折り紙で海外個展開催、静流ちゃんはジュニア体操の優勝者、大和くんは暗算日本3位でしたわね」

「お料理は、充くんのサポートか、別屋台で作ってもらえばいいですかね」賢児が言う。


「なあ賢児、売らないにしても、食品衛生責任者を置かないとまずいかもな。テレビが入る予定だし、念のため」

 瑞樹が言うと、進が微笑む。

「それなら私が持ってますから」

「へえ、すごいですねえ」賢児が驚く。

「いえいえ、1日2日の講習でゲットできますのよ。食中毒の知識が半分くらいですから、お子さんをお持ちの方は、テキストに目を通してごらんになるのもよろしいかと」

「講習受けてみようかなあ」


「あ…申し訳ありません。私、そろそろ出かけませんと。打ち合わせ、専務に同行の予定ですの」

「わかりました。お疲れ様です」

「またお知恵を拝借するかもしれませんが、よろしくお願いいたします」

 瑞樹が立ち上がって挨拶すると、進も丁寧に会釈し、社長室を出た。


  *  *  *


「お疲れ様です」

 車に乗り込んできた進に、哲也が奥の席から声を掛けた。

「失礼します」」

 進が通常の勤務モード、女声で応じると、哲也は辺りを注意深く見回しながら、運転手の高岡に出して下さいと指示した。

「専務さん、会社前の広場のくずかご、誰か生ゴミ捨てたらしくて、小バエが沸いちゃって大変ですのよ。今朝、この先の交差点でもそうでしたわ。困りますわね、こんな暑い日続きの時期に」

「そうですね。社内も気をつけませんと」

 哲也はそう答えながら、進の言う交差点付近を注意深く見回した。

“今朝もいた車だ…見張りか?”

「高岡さん、すみません。少し急いでいただけます?」

 進が言うと、高岡は承知しましたと言ってアクセルを踏み込む。


「…大丈夫だ。抜けた」進が男声に戻った。「当分、会社から300メートル圏内は注意したほうがいい。4丁目の交差点は、社長室から見ていた限り、盗聴器を搭載した車2台が交代で停まってる」

「先ほどこの車の下に付けられた盗聴器は、はずさなくてよろしいですか?」

「明日、洗車して器械を壊して下さい、高岡さん」

「承知いたしました。ところで進さま、そう言えば以前、焼肉屋から玲香さまをご自宅までお送りした時に、玲香さまが知り合いに似ているという人間を、あの交差点で見かけていました。その人は足元がおぼつかない様子で、公園に入っていったんですが…」


「玲香さまの知り合いだったんですか?」驚く哲也。

「はい。以前、内定をもらった会社の人事課長に似ているとおっしゃってました」

「多治見総研ですね」哲也が進を見る。

「そうだな。ありがとうございます、高岡さん。賢児さまの送り迎え時は当分周囲に注意してください」

「はい。この1週間、社長は久英社にお寄りになってから帰宅されてますので、4丁目交差点は通りませんが、避けておくほうがいいでしょうか」

「いや、帰宅ルートは通常通りで構いません。警戒しすぎた感があると、逆にハエが増えそうです。それにまた器械を付けられたとしても、賢児さまの話から重要情報が漏れるとは思えません」

「そうですね。今回のイベントに関しても、賢児さまは普段から盗聴に気をつけていると思います。車内でやたらなことはお話しにならないでしょう」


「まあ、ただ久英社側にも何らかのハエが飛んでるでしょうから、あちらの周辺で気づいたことがあったら、また教えてください」

「承知いたしました」

「さっきから別の車が後ろについてます。このままフィットネスに向かいますか?」哲也が進に尋ねた。

「予定通りだ。さっきメールが入った。龍さまがいらっしゃる」

「何かあったんですか?」

「青蘭の人事について調べて欲しいとのことだ。そのための説明をしたいと。学校には体調が悪いと言って早退したようだ。龍さまもマークされてる可能性が高いので、念のため未那を迎えにやらせた」


「青蘭の人事ですか。ここ数ヶ月、幼稚部と小学部でかなり異動があったようですね。昨日、梨緒菜とランチを一緒にしたんですが、近くのテーブルに彼女の知り合いの弁護士がいまして、その同席者が青蘭の元事務方だったんです」

「その事務所の専門分野は?」

「労務関係です」

「無理な人事で揉め事を抱えたというところか」

「梨緒菜が少し事情を調べてみると言ってましたので、ご報告は後ほど」

「ほどほどにな。彼女は我々のように訓練された人間じゃない。危険を察知したらすぐに退かせろ。嫁を危険にさらすような真似はダメだぞ」

「梨緒菜は、専門的な訓練こそ受けてはいませんが、かなり勘がいい人間ですし、今回は大地くんや真里菜ちゃんも絡んでますから、私の言うことを聞くかどうか」苦笑する哲也。

「確かに、職業柄、彼女にしかできない部分もあるとは思うが、無理はさせるな。藪をつつき過ぎる可能性もある」

「はい」


「ところで式の相談は進んでるのか? イベント絡みで手一杯な雰囲気だが」

「久我家はその辺ぬかりがありません。一家揃って段取り上手の仕切りたがりですから」笑う哲也。

「そうだったな。まりりんちゃんも、すでに久我夫人の手腕の片鱗が見える。さすがのおまえも格下か?」同じく笑う進。

「まあ、そんなところでして」

「せいぜい頑張れ」

 進は前を向き、楽しそうに笑った。


  *  *  *


「進子おねーさーん!」

 進がフィットネスのVIPルームへ入ると、奥から紗由が駆け寄ってきた。

「紗由さま…?」

「僕が未那先生と一緒なのを見かけて、ついてきちゃったんだ」龍も後ろからやってきた。

「だって、にいさま、ぐあいがわるいんでしょ? おうちの人がついてないと。紗由はおひるでおわりだから、どうせかえるとこだったんだもん」もっともらしい顔で答える紗由。

「紗由さまも何かお話しになりたいことがあるんですか?」

「にいさまが先です」

「そうですね。まずは龍さまのお話からうかがいましょう」


 進は龍と紗由をソファーの上座へと促し、自分の両脇に哲也と未那を座らせた。

「給食センターのおばさんが言ってたんだけど、僕の学年主任だった美浜先生、多治見総研に入ったって」

「多治見に?」

「おばさんの話だと、多治見からは他の先生にも誘いがあったみたい。学校を無理やり辞めさせられた先生もいたようだし」

「給食のおばさんは、どこからその話を聞いたんでしょう?」

「土曜日の職員会議に食事を出しに行った時に、先生方が話してたって。でも、生徒の前ではその話題は一切出てないんだ。

 何で先生がたくさん入れ替わるのかってホームルームで聞いた子がいたんだけど、たまたま重なっただけだって先生は答えてた」


「あのね、きゅうしょくのおばさんは、じいじの大ファンで、にいさまのことも好きなの」紗由が補足する。

「そうですか…」

「おばさんには口止めしておきました。やたらなこと話して回るとクビになっちゃうからって」

「そうですね。それが安全です」


「あと、新しい先生の一人が翼を見張ってる。翼は気づいてて、挑発しているし」

「挑発…ですか」

「尾行されてる時に、逃げ出して、後ろに回って声をかけてみたりするんだ。“もう少し練習したほうがいいですよ、先生”って。笑いながら話してた」

「翼くんらしくない感じですね」ぼそっと呟く哲也。

「おばあさまからの指示かなって思う。妙な人間がいたら、一通り自分でやりとりしろって言われたんじゃないかな。僕もそうだった」

「龍さまも、そうやって挑発なさったんですか?」

「ううん。わざと嘘の情報を大声で喋るくらい。…あとは、尾行を巻かずに、ここへ来たことくらいかな」

「なるほど」進が笑う。


「にいさまは、人がわるいの。そーゆーとこ、じいじに、にてるの」

 したり顔の紗由に、大人一同が噴出した。

「しょうがないだろ、紗由。人がいいだけじゃ、政治家なんてできないんだ」

「だいじょうぶ。紗由は、じいじがだいすきだから!」

「そうですよね、紗由さま。紗由さまは、保さまも龍さまも大好きですよね」

「にいさまはね、あまやかさないほうがいいの。奏子ちゃんがあまやかしてるから」

 さらに思わず噴出す大人たち。


「ふーん。進子おねえさんも、そう思ってるんだ」龍がむくれる。

「あ…いえ、保さまに似ていらっしゃることを心強く感じているだけです。人気も実力も兼ね備えた総理に似ていると、手厳しい紗由さまがお認めなのですから」

「…やっぱり上手だよね、進子おねえさんは。西園寺華織の一番弟子だけのことはあるよね」少し機嫌が直った感の龍。

「恐れ入ります」


「じゃあ、そろそろ紗由のはなしに行っていいですか?」手を上げて発言する紗由。

「よろしいでしょうか、龍さま」

「どうぞ、紗由」

「奏子ちゃんも、マークされてます」

「え?」紗由を見つめる進と龍。

「奏子ちゃんは、どんな人にマークされたんですか?」

「進子おねえさんみたいな人かなあ…」


「奏子ちゃんや紗由さま、探偵事務所のメンバーは、その人とお話されましたか?」

「ううん。その人、そんなにちかくにはこないから」

「奏子ちゃん自身はいかがです?」

「知ってる人みたいな気がするって言ってた」

「でも、奏子ちゃんに排除されずにマークするって、進子おねえさんレベルじゃないと無理だよね。多治見側や“禊”側に、そんな人がいるとは思えないけどなあ…」首を傾げる龍。

「そっちサイドではないのかもしれませんね」


「おばあさまか、グランパが手配した人かな…あ、おばあさまからメールだ」龍がメールを読む。

「お呼び出しでしょうか?」

「…うん。マンションに来いって」

「龍さま。一応、診断書を出しますので、お戻りの前に医務室のほうへ」未那が促す。

「はい。お手数おかけします」


「ねえねえ、進子おねえさん」

「何ですか、紗由さま」

「紗由はね、奏子ちゃんのあまやかしかた、すっごくいいとおもうの」

「どんなふうにいいんですか?」

「あのね、さっき、にいさまがかえろうとしてるのを充くんがみつけて、みんなでにいさまのところへ行ったの。

 そのときね、にいさまのクラスのいじわるな子が、にいさまに言ってたの。“もらわれっ子だから、からだよわいんだろう。おまえんちのおや、にせものなんだよな”って」

「…ずいぶんとまた心無いことを」進の顔が曇った。


「そしたら、奏子ちゃんは、その子に言ったの。“龍くんはとくべつな人だから、神さまがパパとママをふたりずつくれたんです”って」

「ほお」

「その子、だまっちゃった。奏子ちゃん、おかおはニコニコなんだけど、ほんとうはすごくおこってたの。それで、まりりんが“たいへんだ! すごくおこってるよ!…どうしよう”って、あわてて、恭介くんが“あのおにいさん、たいへんなことになるよ”って充くんに言って、充くんが“もう…ダメでござろうな。さあ、みなのもの、まいりましょう”って、かえっちゃったの」

「それはまた…」クスリと笑う進。


「その子、きょろきょろして、にいさまに“なんなんだよ!”って、おこったんだけど、にいさまは、ほら、じいじににてるでしょう? “ごめんね。こういうふうになっちゃうと、ぼくには、どうしようもないや”って、かなしそうなおかおで言って、その子をおいてけぼりにしたの」

「目に浮かぶようですね」隣の席の哲也も笑いがこらえきれないようだ。


「うしろのほうで声がしてたなあ。にいさまのファンのおんなの子が見てたみたい。その子をかごめかごめにしてた。きっと、ぼっこぼこだよ」

「ぼっこぼこでしょうねえ、それは」

「ねえねえ、進子おねえさん。奏子ちゃんがおよめさんなら、にいさまはいつもニコニコだよね」

「ええ。そうですね」

「よかった、よかった」

 紗由は目の前のクッキーを頬張ると、さらに嬉しそうに笑った。


  *  *  *


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