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その7


 九条姉妹が西園寺邸を訪れていた頃、龍は涼一と一緒に匠が通う教室の体験入学に高輪までやって来ていた。教室は広い敷地の中にあり、まるで学校なのかと思うほどだ。

“何だか随分簡単に入れてくれるんだよなあ…”

「何だ、龍。不機嫌そうな顔して。来たかったんだろう?」

 案内図を見ながら、教室のある建物を確認する涼一。

「そうだけど…」

 涼一の後ろに回り、うつむき加減でお腹を押さえる龍。

「どうした? お腹痛いのか?」

「うん…ちょっとね」

 通り過ぎる人たちを横目で見ながら言葉を濁す龍。


「無理するな、龍。おまえ、最近忙しかったろう。疲れが出たのかもしれないな。村上先生に診てもらうか?」涼一は心配そうに龍の顔を覗き込んだ。

「村上先生は学会で海外出張中だよ。…でも、今日はキャンセルさせてもらおうかな。少しベンチで休んでから帰る。ごめんね、せっかくのお休みについてきてくれたのに」

「とうさまのことなんて気にするな。念のため、近所の病院に行こうか」

 涼一は急ぎスマホを取り出すと、教室の担当者に電話をして、キャンセルをお願いした。


「大丈夫だよ、龍。またの機会にしてもらった。歩けるか?」

「うん。もう少し休んだら行くよ」

「この辺の病院がやってるかを確認するから」

「とうさま…西川先生に連絡してくれる?」

「西川先生って、イマジカの先生か?」

「そう。昨日、説明会で僕たちのヘルスチェックしてくれたでしょう」

「ああ、そうだな。他の病院に行くか、村上先生に診てもらうにしても、そこでのデータをもらったほうがいいな。賢児に番号を聞くよ」


 涼一が再び電話する間、龍は軽く目を閉じ、周囲の気配に感覚を研ぎ澄ました。

“やっぱりそうだ…さっきいた人たち、青蘭にいた保育士だ。

 それに…2階のあの窓の周りだけ、奇妙なバリアがある…入らないほうがいい。

 ん?…これって…まさか?……おばあさまへの連絡は…ダメだ、“電源”を切ってる。力を別の部分に集中してる?

 …今は確か紗由が九条姉妹を呼んでいるはずだ…何か探ってるのかな…グランパもだし…”


「龍、連絡ついたぞ。カルテがイマジカの医務室にあるから、そちらのほうへということだ。ここからだと10分ぐらいで着くはずだ」

「ありがとう、とうさま。西川先生にも悪いことしちゃったなあ」

「大丈夫だ。とうさまから、よーくお礼を言っておいた。賢児から特別手当を出してもらうし」

「はは…」

 龍は小声で笑うと、涼一の腕にしがみつくようにして、駐車場へ向かった。


  *  *  *


 華織の元への訪問を終えた夕方、食事時の前には、清子たちは自宅に戻っていた。

 華織から食事に誘われたのだが、清子は丁重に誘いを断り、逆に次回、自分が食事に招待したいと申し出て、西園寺家を後にした。

 史緒はと言えば、紗由のペースで半日遊んで疲れ切ってしまったのか、帰りの車の中ですでに熟睡していた。


「史緒ったら、ご飯の前に夢の中だわ」帰ってきた娘を抱きながら、美鈴は微笑んだ。

「紗由ちゃんと、おやつをたくさんいただいたようだから、このままかもしれないわ」

「あらあら。よそ様であまりいただかない子なのに、珍しいわね」

「史緒さまは、紗由ちゃんととても仲良くなられたようです。明日は、紗由ちゃんの自宅のほうで、青蘭幼稚園のお友達たちとの集まりに参加されるようですし」大谷が言う。

「そうなのよ、美鈴さん。…それに、西園寺の“命”がこれを史緒にくださったのよ」清子が史緒の左腕のブレスレットに触れる。


「まあ…これは伽羅香木? こんな高価な物を…」

「史緒が書道をする時の精神統一にいいからって」

「史緒も、いっそう精が出るというものね」ブレスレットと史緒の手を包み込むようにしながら微笑む美鈴。「東京に来てよかったわ。楽しいことがたくさん。清子さんにも会えて、お友達もできて」


「でもね、西園寺の“命”から、史緒に関して一点だけ注意を受けたの」

「注意?」

「ええ。今後、いろんな意味で、紗由ちゃんとの接触が増えると思うわ。彼女の周囲にいる子どもたちは、かなり能力値の高い子ばかりのようなの。

 その影響で力が開いてきたように思える子もいるという話で、それは史緒も例外ではないだろうと」

「力が出てきたら…この子、どうなるのかしら。何かに巻き込まれてしまうのかしら。私、どうしたら…」

「大丈夫よ、美鈴さん。西園寺の“命”は約束してくださったわ。史緒の力が外から見えることがまずい状況なのであれば、暫定的に封じてくれると」


「そんなことが、お出来になるの?」驚く美鈴。

「西園寺は“写の一門”。オールマイティなのよ。力が出ている人なら、全員可能なレベルのようよ」

「紗由ちゃんにも出来るらしいです」大谷が言う。

「史緒と同い年でしょう? それでそのレベル…九条や一条ですら、そんな例は聞いたことがないわ」

「西園寺が味方になってくれる限り、史緒さまに害が及ぶことはありません。ご安心ください」

「…味方でなくなったら?」

「私たちが正しい道を歩む限り、西園寺の“命”は私たちの側にいてくれるでしょう。私は今日、それを確信しました。命宮をご紹介くださったというのは、余程のことです」


「清子さん、“私たち”の中には、清隆さまも入るのかしら?」声が少し小さくなる美鈴。

「…美鈴さんは、お父さまを疑っていらっしゃるの?」

「ご、ごめんなさい。史緒をベッドに寝かせてくるわね」

 美鈴は史緒を抱きかかえなおすと、目を伏せ、足早にその場を立ち去った。


  *  *  *


 清子たちが帰った後に、マンションを訪れた龍、涼一とともに華織たちと夕食を終えた紗由は、帰り際、思い出したように華織に告げた。

「おばあさま。あれ、わたしておきましたから」

「そう。ありがとう、紗由。助かるわ」

「あれって?」龍が尋ねた。

「史緒ちゃんをまもってくれる、おまもりです」

「伽羅香木のブレスレットよ。武道をたしなむ人が身につけることが多いわ。史緒ちゃんは書道をやっているから、丁度いいかと思ったの。

 それに、水晶だと通信アイテムだと気づかれる場合があるでしょう?」

「そのブレスレット、実は通信アイテムの?」

「ええ、そうよ。石ばかりではなくて、色々なものと仲良くしておこうと思うの」

「敵が使うアイテムを研究するってこと?」

 華織は、龍の質問には答えず、龍の頭をなでた。


  *  *  *


 進は、帰宅途中立ち寄った大型画材店の地下駐車場で、声を掛けられた。

「高橋部長」

「…ああ、どうも」

 声の主は、日下部こと星合だった。

「すまないね。この前の預かり物、路上荒らしに持っていかれてしまったんだよ」星合は、進に向かって頭を下げた。

「そうですか…。他にも何か被害に遭われたんでしょうか。私がお預け物をしたばかりに申し訳ないことです」

「いや、他には特に…あ、いや、封筒がひとつ持っていかれたようだが」

「何が入っていたのですか?」

「四辻先生からのメッセージだよ。これはそのコピーだ。君も見るかい?」進にDVDケースを差し出す星合。


「持ち帰り、“命”と拝見いたします。それでこれは、どの範囲の人間にまで見せて構わないものでしょう」

「判断は任せるよ」

「盗まれたDVDは、いったいどなたがご覧になるのでしょうね」進がうっすらと微笑む。

「大切な先生かな…」

「私たちの周囲には、先生と呼ばれる人種が多すぎます」

「そうだったね」

 星合はそれ以上、進の問いには答えず、その場を立ち去った。


  *  *  *


 進は、星合から受け取ったDVDを車内のパソコンにコピーすると、華織のマンションにDVDを届け、自宅へと戻った。

「進ちゃーん…」

 進がドアを開けるやいなや、スマホを手にした未那が玄関まで走り出てきた。

「どうした?」

「えーと、いろいろあるんだけど、まずは龍さまの件」

 進の手を取りリビングへ引っ張っていく未那。


「龍さまがどうした?」

「涼一さまがイマジカの医務室に連れてきたの。お腹が痛いということでね。今日は英才教育教室の体験入学だったらしいんだけど、それを受ける前に帰って来たということだったわ」

「それで具合は?」

「仮病だったの」

「教室が危険だから逃げてきたということか」

「うん。涼一さまに悠斗の相手をお願いしてたから、龍さまからはいろいろ話を聞けたというか…報告しに来たみたい。教室の敷地内に青蘭を辞めた保育士たちがいたようなの」

「この1ヶ月、幼稚部がかなり異動が激しいという話は聞いていたが…」


「しかもね、建物の外から探ったときに、“感”の気配を感じたっていうの」

「“感”?」

「妙な気配がしている地域で“感”といったら、まさしく九条でしょう? 三条もそうだけど」

「京都の“命”たちは、今、伊勢だ。清隆氏も執事の大谷も一緒だな」

「お嬢様たちと執事の息子は、進ちゃんと一緒にいたのよね」

「龍さまが勘違いするとも思えないしな」

「ん、もう。おやじギャグ言ってる場合じゃないの!」

「…言ってません」おやじという単語にムッとする進。


「たぶん、先生がその手の人なのよね。英才教室の内容、まりりんちゃんの嗅ぎ分けみたいなのもあるんでしょう?」

「まりりんちゃんの力は臭覚に特化されてる。“命”のシステム内での“感”とは少々違うがな」

「“命”の力を聞きかじって、勝手に作ったシステムじゃないの」

「かなり大掛かりにやってるようだ。聞きかじったことだけじゃないだろう。別のシステムにそういう力が存在すると考えるほうが理に適ってる」

「血筋を無視して、いろんなシステムを融合した能力者を作ろうとしているってこと?」

「そんなところだろうな。で、龍さまは他には何か?」


「悠斗が途中で寝ちゃって…夢の内容を聞いてた。それが、いつもの悠斗らしくないの。

 象徴的な言い方っていうか…涼一さまに向かって“娘は可愛いですね、大事ですね、守らないといけないですね、大きくなってもそうですね”なんて言うのよ。

 涼一さまは、まだ小さいのに言葉が早いですねえって関心してたけど…まあ、問題はそこじゃわよね」

「“姫”とか“紗由ちゃま”と言わなかったということは、その夢の中の娘は紗由さまではないということだな。そして、それが誰のセリフだったのか…」

「先生が先生に言ってたんですって」

「次のキーワードは“先生”か」苦笑する進。

「涼一さまも先生だから、保先生から自分への言葉みたいに何か納得されちゃって」


「で、次の件は?」

「麻那ちゃんの件、帰宅してから二転三転で、連絡待ちなの…」眉間にしわを寄せる未那。

「朝の話だと、重治先生は麻那ちゃんを一人で一条家担当にと、伊勢に返答したんだったよな」

「ええ、そう。伊勢の最初の依頼をOKした形ね。ところが、やっぱり重爺にサブで付いてほしいと言って来たのよ、伊勢が」

「何で?」

「麻那ちゃん就任の件を聞いた他の医者の誰かが、どうやら伊勢に進言したらしいのよ。麻那ちゃんは上級神命医じゃないのに、一条家を担当するのはおかしいって」

「麻那ちゃんの読み通りというわけか」


「そうしたら、重爺、麻那ちゃんの就任を断るって」

「おやおや…」

「もう、何考えてるんだか…」

「で、重治先生はどうするつもりなんだ。伊勢の依頼どおり、すぐに養成側にまわるのか?」

「そこなのよ。それも断っちゃったの。今、サブとして付いている5家の担当も全部」

「それは予想外の展開だな」


「当然、伊勢は考え直せと言ってきたわ。そうしたら、重爺は養成側にまわる前に2年間猶予をくれと言ったの」

「麻那ちゃんの指導に当たるのか?」

「ううん。全国の“命”と神命医の様子を、大徳寺先生と一緒に点検して周りたいって」

「大徳寺先生とか?」

「養成担当に就くにしても、現在の状況を把握してからでないと、効率的・効果的に養成できないからって。自分とは違う流れの神命医の大徳寺先生と意見交換しながら、養成システムを再構築したいって」

「まあ、至極もっともな意見だな。断る理由がない」


「養成システムに関してはね。ただ、それだと麻那ちゃんの就任を反対する人への説明にはならないわ」

「そうだな。あくまで別問題だ。反対意見が消えるわけじゃないだろう」

「で、重爺は、麻那ちゃんに一条家を診るだけの力があるかどうか、テストしてほしいと言い出したの」

「試験官は誰がやるんだい?」

「試験管は大人数になりそうなの。重爺と大徳寺先生を初め、主な神命医の人々で裁定するということで調整にかかりたいって。伊勢が検討中」

「公開調整するわけか」

「でも実現したなら、麻那ちゃんの勝ちよ。あの二人、本当に相性がいいわ。恋愛関係どうこうを別にしても。…私たちと同じ」

 ドヤ顔になる未那を見て、進が唇の端を緩める。


「それにしても、重治先生がサブとして付いている5家を本当に全部降りたら、他の家も含めて大幅な担当替えになりそうだな」

「そう。それも問題。村上先生が重爺のポジションに行かれたら、私、フリーなんて暢気なこと、もう許されないわ、きっと」

「西園寺家のメインに就任か。おめでとう」くすりと笑う進。

「ちょっと、進ちゃん。私一人じゃあ無理に決まってるでしょう? 西園寺家に何人能力者がいると思ってるの。涼一さま夫妻と賢児さま夫妻以外全員なのよ?

 奥様方は正確には0.5人換算。子どもとつながってる時はそれなりに力が出るし…」

「麻那ちゃんと二人でやればいいさ」

「進ちゃん…」


「いや。冗談抜きで、そうなる可能性を考えておいたほうがいい。重治先生が養成準備にまわられて、麻那ちゃんが一条家を診ないなら、おまえが西園寺家のメインで麻那ちゃんがサブというのが現実的な配置だ」

「…まあねえ、花園の若先生レベルで名門九条家を診てるわけだから、私が西園寺家を診ても、それ自体は不思議とは思わないけど」

「何だかんだ言って自信だな」

「大徳寺一派の妙な利権就任は、それ以外の神命医たちには、かなりの自信をもたらしたと思うわよ。あまりいい意味ではないけど、権力ある人間の下にいれば、誰でも名家を担当できる道筋を拓いたわけだから」


「やっぱり花園先生は、そこまで言われるほど腕が悪いのか? 九条のお嬢様もかなりご不満のようだったが」

「そりゃあ、そうよ。あの温和な麻那ちゃんが眉間にしわ寄せて、直接本人に怒ったことがあるくらいなんだもの。“調整はあなたのためのものではありません。“命”さま方のためのものですよ!って”」

「余程のことだな、それって」呆れる進。

「偶然、調整の場を目にしたことがあったらしいの。でも、同席されていた大徳寺先生はご指導なさる様子がなかったって」

「大事な家を任せているのにか? 妙な話だな」


「花園の老先生が第一線から退かれたら、大徳寺先生が若先生の後ろ盾になるはずなのにね。付かず離れずというか、若先生のほうも一派の勉強会に出てないって聞いたわ」

「一匹狼か」

「どうもね、大徳寺先生と花園の老先生との間に何かあったらしいんだけど…」

「何かって?」

「重爺によれば、花園は危ない橋を渡ったようだとか何とか。詳しいことまでは言ってなかったけど」

「…興味深いな。重治先生がご立腹で、つい“うっかり”してくださるうちに、京都まで行ってくるか」

 部屋の時計を見て、自分の部屋に行こうとする進。


「今から行くの?」

「ああ。おまえと悠斗もだ。支度しろ」

「え? でも、明日は悠斗が探偵事務所の会合よ」

「明日の午後一には、重治先生を連れて東京へ戻る」

「重爺も?」驚く未那。

「麻那ちゃんの試験や、養成システム再構築前に2年という件は、伊勢も即答できまい。それこそ、大徳寺一派とご相談の上だろう。しばらく重治先生が東京にいても問題はないだろう」

「あ。でもそれだと、麻那ちゃんを一条家から呼び戻しておかないと」

「そうだな。きちんと二人の気持ちが固まるまでは、重治先生をあまり刺激しないほうがいい」

「わかった。とにかく支度するわ」

 未那は自分が飲んでいたコーヒーのカップを急いで洗い終えると、悠斗の部屋へ向かった。


  *  *  *


 京都に向かう旨、進から電話で連絡を受けた華織は、顔をしかめた。

「伊勢もグチャグチャだわね、まったく…」

「まあ、今に始まったことではないさ。それにしても、重治先生は相当ご立腹なんだな。たとえ孫であっても、西園寺家命宮の妻としての未那ちゃんには、一定の距離を保って話をしているのに、九条との悶着を話すなんて」

「重治先生、力のある子どもたちに関する情報を、手に入れたのではないかしら」

「じゃあ、わざと未那ちゃんに漏らしたと?」


「だって、そんなこと未那ちゃんに話したら、進ちゃんが押しかけてくることぐらいわかるはずよ。むしろ聞いて欲しいことがあるんじゃないかしら」

「ということは、悠ちゃんに火の粉が降りかかる可能性がありそうなことなんだな」

「重治先生、悠ちゃんのことになると普通じゃいられないから」

「進もその辺をよく心得てるな。悠ちゃんを連れて行くわけだから」笑う躍太郎。

「うちの“長男”は出来が良くて安心ね」華織も笑う。


「…それにしても、大谷さんが聞いたという神命医たちの密談、許しがたいわ」

「うすら寒い話だ。人の命を預かる人間たちが、人の死を喜び、画策をするなんて。一条の担当替えも、そういう思惑の一部なのだろうね」

「誠さんなら、誰を担当医にしても力は維持できるでしょうけど、やっぱりいただけないわ」

「まあ、“命”たちの力が誠くんレベルであるなら、影響は食い止められる。アンバランスな担当医は好ましいことではないが…」

「担当替えを決めた人たちは、わかってないんじゃないかしら。おそらく、強い“命”の力を弱め、弱い“命”の力を強めようとしているんでしょうけど、1+1が2にならない世界だということもわからないなんて…情けない限りよ」

「争いが起きないように、力の均衡を図るつもりなんだろう。本当は力が拮抗しているからこそ、争いが起きるんだと思うがね」


「ただ、神命医の側からすると、少々事情が違ってくるのよね。“命”の力が強くなった場合、その担当医の権力も増すのよ。名医としてね」

「偏差値50の子を55にするのは容易でも、75の子を80にするのは容易ではない。出来がさほどよくない神命医が、多少力をアップしたからと見合わぬ就任をさせるようなことが続けば、神命医内部にも不満が起きてきそうだ」

「そこを突けと…おっしゃってるの?」微笑む華織。

「いや、私はそこまで人は悪くないよ。石をどけたら、勝手に散って行ってくれるほうがいい」

「まあ。ダンゴ虫扱いなの?」華織が声を上げて笑う。

「おまえだって、彼らをゴキブリ扱いしてたろう」


「…よくよく考えたら、そんな可愛いものじゃないわね。とにかく、今少し様子見ね。九条の二人がどう動くのかも」

「どのペアのことを言ってるんだい?」

「さあ…忘れちゃったわ」

 華織は、進が先ほど説明に使い、帰り際に清子たちから回収したコピーを、左手でゆっくりと撫でると、進から受け取ったDVDをレコーダーに入れた。


  *  *  *


「しげじー! きたよー!!」

「おお、悠斗!」

 重治は駆け寄る悠斗を思い切り抱き上げた。目の中に入れても痛くないほどかわいがっているのは、顔を摺り寄せるそのしぐさからも一目瞭然だ。


「こんな時間に突然申し訳ありません、重治先生」進が頭を下げる。

「何時だって、いいよなあ、悠斗」重治は嬉しそうに腕の中の悠斗を見つめた。

「うん。いいよ!」

 悠斗は元気に答えると、重治の腕から降り、重治を引っ張りながら奥へ行こうとする。

「しげじー、はやくかばんに、にもつつめて! てつだってあげるから」

「ん?」

「あした、とうきょうにいくからね。悠斗は2じから、ひめたちとひみつかいぎなんだ」


「秘密会議??」訳がわからず、未那を見つめる重治。

「西園寺保探偵事務所の会議よ」

「九条史緒ちゃんていう子からの、いらいなんだ」

「九条の妹姫が…?」一瞬、動揺する重治。

「今、お母様と一緒に東京に出ていらしてるんです」進が説明する。「うちの会社のイベントに出ていただく予定でして、関西のお子様方と一緒に昨日の説明会に参加していました。それで紗由さまたちと仲良くなられまして」


「一昨日、伊勢で会ったが、何も言ってなかったなあ、九条の坊は」

 九条清隆を小さい頃から診て来た重治は、彼のことを“坊”と呼ぶ。

「東京には1ヶ月くらいいらっしゃるようです。その間は、“祇園育舎”の姉妹園である“祇園育舎・東京館”のほうに通われるとか。ちょうど交換合宿が1週間あるそうでして、その期間を延長されるらしいです」

「まるで“坊”の留守を狙ったようなタイミングで東京に行くとは」


「イベントの件は、久英社からの提案ですので…」否定しつつも、口元が思わず緩む進。

「東京でイベントをやるのか?」

「いいえ、京都です」

「悠斗も出るのか?」

「悠斗は、みはりをするんだよ! カメンライダーだからね!」重治の着物の帯を引っ張る悠斗。

「そうか…」

「何で安心した顔になるの?」未那が言う。

「い、いや」口ごもる重治。「そんなイベントで注目されたら、悠斗が忙しくなって、なかなか会えなくなるじゃないか。なあ」


「だいじょうぶ。あえるよ! しげじーは、あしたから、とうきょうだからね!」

「唐突で申し訳ないんですが、できれば明日、悠斗と一緒に来ていただけませんでしょうか。こちらでの御用の際には、すぐにお送りしますので」

「まあ…当分用事もさほどは無いはずだがな。伊勢の返事待ちだし、麻那のことが気に掛かるのも事実じゃ」

「じゃあ、いっしょだね!」

「そうだなあ…」

「麻那ちゃんなら、だいじょーぶだよ。もうすぐ、およめさんだし!」

「え?」


「ちょ、ちょっと、こら、悠斗」未那が慌てて悠斗を自分の後ろに回す。

「悠斗。麻那は誰のお嫁さんになるんだ?」

「…マドモアゼルが、おはなをまくかかりをしてた」

「進くん。説明してくれ」

「あ…マドモアゼルというのは、四辻奏子ちゃんのことです。花巻充くんがそう呼んでいるので、悠斗もそう呼んでいます」

「ああ。紗由嬢はそれで“姫”なんだな」

「はい」


「もう一人、可愛いお嬢がいたな。久我家の。あの子は何て呼ぶんだ?」

「何気に好みのタイプの子をチェックしてるし…」苦々しげに呟く未那。

「真里菜ちゃんですね。“あねご”です。充くんが彼女の子分設定のようなので」

「ほお。極妻みたいだのお」

「あねごはね、ああみえて、やさしいんだよ。きがきくしね」

「女は心根の可愛いのが一番じゃ。で、四辻の姫君がお花を巻く係というのは?」


「奏子ちゃんは、結婚式のフラワーガールをやりたがってまして…悠斗がそんな夢を見たんです」

「あのね、およめさんが麻那ちゃんだったんだ」

「お婿さんは誰なんだ?」

「みえなかった。でもねえ…悠斗のカンだと、マジシャンだよ」

「そ、そうよねえ。あの麻那ちゃんを射止めるには、何かマジックでも使わないとねえ。ねえ、進ちゃん?」

「あ…うん」


「未那。旦那を困らせるな。要するに、一条の“命”が相手なのだろう?」

「えーと…」

「わしを見くびるな。東京にも情報網はある」未那をギロリと睨む重治。

「じゃあ、何で麻那ちゃんを東京に行かせたままだったの?」

「麻那が一条に嫁いだところで、我々は誰も困らん」

「先生。我々というのは、具体的にどなたを指していらっしゃるんですか? 困る人間もいるという認識でよろしいんでしょうか?」

「パパはせっかちだのお、悠斗」

「パパはいそがしいからね。なんでもはやくかたづけたいんだよ」

「そうか、そうか。悠斗は偉いなあ。パパの仕事をちゃーんと理解していて」


「ひめにいわれたんだ。パパとママのおしごとには、きょうりょくして、いつもありがとうってしなくちゃだめだって」

「悠斗は、いい上司の下で働けてよかったなあ」

「きっと、しげじーのおかげだよ。悠斗がいいようにって、いっつもおねがいしてくれてるからだよ」

 満面の笑みで答える悠斗に、重治は少し涙目になる。

「いや、悠斗の実力だぞ。…進、荷物を詰め終わったら、少し話そう」

「はい」

「じゃあ、行くぞ、悠斗。爺の荷物詰めてくれ」

「うん!」

 悠斗は重治の手を引いて廊下を大また気味に歩いていった。


  *  *  *


 重治の部屋へ通された進は、スーツのポケットから封筒を2通取り出しだ。

「先生。私はせっかちなので、さっそく本題に入らせていただきます。このコピーをご覧下さい。まずはこちらから」

「おまえは京都で暮らすには不向きかもしれないのお。単刀直入過ぎる。

 まあ…そういう無駄のなさを気に入ってるんだがな」進に手渡された封筒を開ける重治。


「久我家の娘婿、瑞樹さん…彼の従姉妹・貴和子さんの婿が、多治見総研に勤務しています」

「ああ。玲香嬢の代わりに入った彼か」

「よくご存知でいらっしゃいますね」

「可愛い孫娘が西園寺の“命”の周辺にいるんだ。勉強は不可欠だろう?

 多治見はよくない噂もある。子どもを超能力実験するために集めているとか、“命”の家の子たちもターゲットにされているとか。

 …どこでそれを聞いたんだという顔だな。九条の執事…命宮だよ」

「大谷氏が?」


「ああ。一昨日、九条の坊の付き添いで来ていた。史緒嬢の力が出てきてもおかしくない年齢だし、心配だとこぼしていた。こういう時こそ、わしに診てほしいとも言っていた。

 まあ…今後は特定の家を診るとしても、一条を2年が限度だと言ったが、アルバイトで個人的に診てくれと言うんだよ」

「伊勢にいる時にですか? ずいぶんとまた大胆な…」思わずクスリと笑う進。

「わしも笑ってしまったよ。だがな、先生の曾孫君も面白い力をお持ちのようだから、気をつけたほうがいいと言われたんだ。

 半分脅しているつもりなのか、具体的に何か子どもたちにまつわる動きをつかんでいるのか、その真意を汲みかねたので、サーチしようとしたら、あっさり弾かれたんだよ」

「先生のサーチをですか?」驚く進。


「ああ。以前、私が九条を担当していた時より、表面上、格段に大谷の力は上がっていた」

「“弐の位”だったのは聞きましたが、清子さんが清隆氏の“弐の位”に就いた時に降りたんですよね。表面上というのは…別の可能性も?」

「別の可能性か…そうだなあ。だが“弐の位”に関しては、よく考えてみれば“壱の命”側の話だ。“弐の命”の“弐の位”になっているのかもしれん」

「“弐の位”と“命宮”は兼任できるのですか?」

「人材不足と言えば、大抵の我侭が許されるのが九条だ。道隆くんには子供はいないし、期間限定“弐の位”ならあり得るな」

「弟の道隆さんの“弐の位”にですか。清隆さんに秘密にするのは無理なのでは」


「当然、知ってるだろう。なぜ秘密にするんじゃ」

「あの兄弟はかなり仲が悪く、“宿”詣も別々にしているようですが。自分の命宮を仲たがいしている弟の下に渡すなんてことは…」

「二人の仲が悪いと誰に聞いた?」

「それは…」進が口ごもる。

「神命医としてではなく、悠斗の曾爺として聞いているんだ」

「…清子さんと大谷氏の息子からです」


「その二人が他に言っていたことは?」

「清隆氏と清子さんの力が落ちていると。彼女自身は、誰かに封じられているのかもしれないと思っているようです」

「少なくとも、坊の力は3年前から落ちておらん。姉の君にはそれ以降会ってないからわからんがな」

「落ちてない…」進が唇をかむ。


「ところで、姉の君が力が落ちていると言ったことに対しての、西園寺の“命”のご意見は?」

「九条を抑えられる“命”は限られております。

 可能性の一つとして“封”の力を得た“写”+“石”のチームで来ているかもしれないと。ですが…」

「同意しかねるようだな」

「チーム戦はリスクも多いですし、九条の力を封じるメリットがわかりません。

 一条が本拠地を東京に移して以降、西の“命”たちは九条を中心にまとまっているというか…九条の力に頼っている状態です。

 第二のボスになれそうな三条は代替わりしたばかり。“命”は中学1年だそうで、西をまとめるのは無理があります。西の結束に影響するようなことを、わざわざ西の“命”たちがするとは思えません」


「東の“命”たちが仕掛けたとでも?」

「東はチームにはなっていません。たまたま現在、力のある西園寺と一条が親しい間柄にあるだけです。そのお二人も勢力争いに興味はございません」

「つまり、チーム戦はなかった」

「いえ。チーム戦はあったんでしょう。ただ…メンバーは“写”でも“石”でもない。重治先生のお言葉で理解しました」

「…そういうことだろうな。何が目的かは知らんが」

 重治と進は微笑みあった。


「話を戻そう。このコピーは、玲香嬢の代わりに入社した彼が見つけたのかい?」

「ええ。入社してまもない頃、偶然目にしてしまったようです」

「イニシャルの羅列か…」

 重治はそのコピーをジッと見つめ、顔をしかめた。

「そしてこちらは、うちの手の者が最近ハッキングしたファイルのコピーです。まあ、ハッキングと言っても、相手方の親切なお誘いだと思いますが」


「最初のコピーにある“TY”は悠斗だと思うのか?」

「京都の常盤井大和くんの可能性もあります。史緒ちゃんと一緒に昨日の会議に参加していました。充くんが会議後に報告に来てくれましたよ。常盤井くんは“騙されやすい命さま”だそうです」

「花巻か…。本来は“弐”が多かった血筋。悪人探しなら、あそこが一番役に立ちそうだ。

 まあ力が強すぎて、繊細な先代は“壱”ですら身がもたなかったがなあ」

「はい。ですが先代も最近では理解して下さっていて、華織さまにご協力いただいております」


「ありがたいことだ。で、要するに充くんの意見だと、常盤井の若は要注意というか、狙われそうなわけだな」

「はい」

「ああ…それから、“KS”が二つあるが…」

「九条清子以外に該当しそうな人間がおりませんでして」

「片方は妹姫のほうだろう」

「史緒ちゃん…ですか?」

「そうだ。彼女は生まれる前、“ふみお”ではなく“しお”という読みになる予定だった」

「九条史緒…“KS”…」

「名前に“苦”と“死”があるのはいけないと、大奥様が読みを変えさせたのだ」

「そのことを知っている方はどれぐらいいるんでしょう?」


「九条の大奥様…清隆、美鈴、清子、道隆。大谷親子と大徳寺ぐらいだな」

「では、その中の誰かが、このファイル作成に関わっていたと?」

「そこまでは言い切れないが…」

「同じイニシャルの別人という可能性もあります。悠斗と常盤井くんのように」

「いや。二つ目の封筒のほうは、いろんな血筋が混じっているが、最初のコピーにあるのは、そのほとんどが、“SS”“YK”“HM”を含め、“命”の血筋の者だ。

 若干、“禊”の血筋の者もいるようだな…」


「“禊”ですか?」驚く進。

「おそらく、この“DK”と“MK”は、醍醐要と薬袋京太郎だろう」

「お知り合いですか?」

「醍醐の爺さんは釣り仲間の一人じゃ。小学校に上がったばかりの孫が魚好きで釣りを始めたという、筋金入りのジジ馬鹿だよ」

「サーチされたんですか?…その…“禊”だということを」

「いや。向こうから言って来た。孫を診て欲しいと。

 どうやら、あちらには神命医のようなサポートシステムはないらしい。彼は孫の不安定な力が心配でたまらないようだ」


「醍醐さんは大丈夫なんですか。垣根を越えて接触してきたりして」

「心臓を患っててな、もう長くないと自分でふんでいるらしい。背に腹は変えられないといったところだろうな。気持ちはわかる。わしでもそうした」

「そうでしたか…。それでお孫さんを診て差し上げたんですか?」

「さすがに、おおっぴらには出来んよ。釣りについてきた時に、ちょいちょいと触ったぐらいじゃ。両親に力がなかったぶん、強く出てはいて、制御もまだ上手にはできないようだが、そのうち慣れるだろう。まあ、心配はいらん」


「それはよかったです。で、もう一人の“みない”くんですか、どういう字を書くんですか?」

「“薬”に“袋”と書いて“みない”と読む。変わった苗字じゃろ」

「そうですね。初めて聞きました」

「彼はうちの合気道教室の生徒だ。今、4年生だから、龍さまと同じじゃな。男の子だというのに、のんびりおっとりしててな。母親がもっとたくましく育てたいと言って、4年前から通わせてる」

 合気道師範の資格を持つ重治は、医院と併設した道場で子どもたちに合気道を教えている。未那や麻那もその生徒だった。


「教室へ来る途中、車内で具合が悪くなったことがあってな。医院のほうへ担ぎ込まれて診察したんだよ」

「それで、おわかりに」

「いや。母親がよほど焦っていたんだろう。目の前で症状を“薙いだ”んじゃよ。わしが気づくとも思わなかったようだしな。まあ、気づかぬふりで共同作業だよ。かなり腕のいいヒーリングだったな」

「大地くんみたいなものかな…」

「ん?」


「あ、いえ、何でもありません。その彼自身も母親譲りなんですか?」

「前々から、ちょっと気になってはいたんだよ。道場で打ち身や捻挫をする子もたまにいる。そういう子たちに手かざししたり、励ましたり。それが割と効いてるみたいでな」

「そうしたら母親もだったと」

「ああ。気になったんで、薬袋家のことを調べてもらった。案の定、“禊”の幹部クラスだった」

「あちらは、力によってピラミッド構造が出来ていると聞いたことがあります」

「あちらさんなりの存続の知恵なんじゃろうな。まあ、どちらにしても、このリストに入るべきは悠斗ではない。後のコピーのほうは目くらましだろう」


「同感です。私は、最初のファイルと、これ以外に存在するファイルこそが、大切な事実を伝えるものなのではないかと思っています。

 そして、それを明らかにするには、知識としてではなく、経験として“西”の状況を熟知している方の協力が必要です」

「それは東京見学の誘いか?」

「のんびり悠斗の相手でもしていただければと」

「のんびりねえ」

「まずは明日、悠斗を紗由さまの所へ送り届けていただけますか」

「…これは休む暇がなさそうだ」

「はい?」微笑む進。

「何でもないよ」

 重治は小さく溜息をつき、ある男の顔を思い浮かべた。


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