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その5


「何か、また急に忙しくなっちゃいましたねえ」

 イマジカ制作部では、水木が頭をぽりぽりと掻きながら、進を見上げる。

「あーら。ご不満? イベントはクリエーターにとって最大のチャンスなのよ。うちの会社はコピーライトだって、会社名と制作者名を併記して入れてくれるんだし」

「不満だなんて、とんでもない。僕は部長が定年退職したら、その後を継ぐつもりでいるんですから」

「あら、そう。じゃあ、せいぜい精進してね。あ、そうだわ。3時からミーティングよ。それまでに、ラフ上げておいてね。じゃあ、専務室行ってきまーす」ニッコリ笑う進。

「えーっ! そんな、部長―っ!!」

 水木が涙目で叫ぶが、進はお構いなしでスタスタと部屋を出て行く。


「今日はお昼ナシだね、ミズキン」

 くすくすと笑っているのは隣の席の坊城慶子だ。

「笑い事じゃないですよ。あー…今日の合コンランチも、お流れかあ…」

「合コンて、そんな大げさなものじゃないでしょ。私の友達と一緒にランチっていうだけなんだから。まあ、またの機会に紹介してあげるわよ。

 今日のお昼は私も手伝うわ。彼女には、そう連絡しておくから」

「うわあ。やっぱり慶子さんは天使だよなあ。ラフもお友達も、よろしくです!」

 頭を下げながら両手を合わせると、水木はすかさず作業に取り掛かった。

“何だかんだ言っても、ミズキンは真面目よねえ。センスもいいし、進子部長の後釜というのは、あながち間違いではないかも…。”


「ねえ、何、今の合コンて?」

 坊城の後ろの席の大谷が、紫のマーブル模様のメガネを少し上げながら耳打ちする。大谷と坊城は中途採用の同期だ。

「大谷くんも合コンに興味ありなの? モデルの彼女がいるんでしょ。言いつけちゃうよ?」

「勘弁してよ。それはそれ、これはこれ、大人のたしなみってことでさ」

「まずは仕事を期日内に仕上げるのが、大人のたしなみなんじゃない? ミコト姫の新キャラ、早く仕上げたら?」

「はーい。承知いたしましたあ」


「そうそう、それと、同僚の女子にステキなお友達を紹介してくれるのも、大人のたしなみなんじゃないかしら?」

「うーん。じゃあ、ミズキンもひっくるめて、本当に合コンする? うちの彼女のモデル友達、男女両方呼べば、かなり水準高いぞ」

「そんな高水準に囲まれた美女が、どうして大谷くんなのかしらねえ」

「それはね、ヒ・ミ・ツよ!」

「何、それ」ウインクする大谷に大笑いする坊城。

「世間には理解できない何かが、僕と彼女の間には存在しているんだよねえ」

「はいはい。ラブラブってことね。ごちそうさま」

「そうだ。これからフィットネスのほうにパンフレットの見本届けに行くから、帰りに慶子女子とミズキンの分も含めて、お昼買ってくるよ。何がいい?」

「お任せするわ。ありがとう」


 1年前、サイオン・イマジカに入社した坊城は、以前は、いわゆるキャラクターグッズのデザイン販売をする会社で働いていた。

 名前を言えば、若い女の子の大半が知っているようなキャラクターも手がけてきて、その会社での仕事にやりがいを持っていた坊城だったが、それでも転職を試みたのには、ある理由があった。

 妙な夢を見て以来、身の回りにも不思議なことが次々と起こったのだ。


 最初の夢は、美しい兄妹が出てくる夢だった。

 3日後、ゲームオタクの弟から誘われて行ったイベントで、彼女はその美しい兄妹と出会った。それが、サイオン・イマジカ社長の甥と姪だと知るまでに時間はかからなかった。


 そして、その翌日、京都の実家へ戻った彼女は、蔵の中の物を虫干しするようにと母に言われ、蔵の中で荷物を整理していたのだが、その時、一冊のノートが目に付いた。

 そこに記されていたのは、母による自分と弟の成長日記だった。“夢は見ていない。良かった。”そのフレーズがやたらと出てくることに、慶子は不審を抱いたが、なぜか母には聞いてはいけないような気がして、何も問わず、2日後には実家を後にした。


 次に彼女が見た夢は、自分が見知らぬ職場で働いている夢だった。

 その部屋に現れた一人の男性、それはイベント会場で挨拶をしていたサイオン・イマジカの社長、西園寺賢児だった。

 そして、その翌日、彼女は会社の女の子が、社員食堂でサイオン・イマジカの社員募集話をしているのを耳にした。元々、ゲームキャラクター作りに興味を持ち始めていた坊城は、引き寄せられるように、その試験を受けていた。


 そんな夢のことも、入社後の忙しさにまぎれて忘れていたが、最近また、気にかかる夢を見るようになった。大勢の子どもたちとイベントをしている夢だ。イマジカと久英社のロゴがポスターの中にあった。

 イベントの中でも印象に残っているのは、幼稚園くらいの女の子だった。社長の姪とはタイプがまったく違うが、ちょっと気が強そうで、品のある綺麗な女の子だった。

 そして一昨日、部長の高橋から、イマジカと久英社が合同でイベントを開催するという通達があった。


“私、超能力者にでもなっちゃったのかしら。卓も、こういう夢を見るのかしら…。”卓というのは慶子の弟だ。

「坊城ちゃん、ぼんやりするなんて珍しいわね」

 制作部に戻ってきた進が後ろから声を掛けた。

「あ…すみません。パンフレットの表紙ラフデザイン、ちょっと煮詰まってしまって…」

「あら、それは大変。…これ、今、専務さんからいただいてきた資料なんだけど、イベントに参加する子どもの写真、宣材で使っていいものには星印が付いているから、気晴らしに眺めてみたら?」

「は、はい。ありがとうございます。拝見します」

 坊城は進から受け取った資料をパラパラとめくり出した。


「あ…!」

「ん? どうかして?」

「このお嬢ちゃん、見たことあるような気がして…」

 夢に出てきた少女だと咄嗟に思った坊城だったが、それは言わずにおいた。

「ああ…九条史緒ちゃんね。テレビに出たこともあるから、それでじゃないかしら。京都の九条家に伝わるお着物を着て、お姉さまと一緒に並んでたわ。

 番組では四辻家のお着物も紹介されてたわよ。写真だったけどね。ほら、こっちの翼くんと奏子ちゃんが着てたの」


「ああ…そう言えば。…皆、かわいいですねえ。このまま表紙に使ったら、芸能プロダクションのパンフレットみたいです」ふふと笑う坊城。

「そうねえ。使い方は、ちょっと工夫が必要ね。坊城ちゃんのセンスにお任せするわ」進はそれだけ言うと、自分の席に戻った。

“そうか…テレビで見たってことね。考えてみれば、夢に出てきた人たちも、皆有名人だし、きっとどこかで顔を覚えてたのね。

 イベントにしても、定期的に開催しているわけだし。久英社とは以前も提携してる。ありそうなことよね。超能力じゃなくて残念。”

 坊城はクスリと笑うと、再び資料に目を通し始めた。


  *  *  *


「元の3データに、こちらで作成した書類を加えて、暗号化した上で再度4分割しました。そのうち2つをお預けします」

 進はチップ2つを、久英社で働いていた日下部こと、四辻奏人の元第2秘書、星合に差し出した。

「お体、だいぶ絞られましたね」

 以前会った時より10数キロは痩せたと思われる星合を興味深そうに見つめる進。

「体のキレが悪いままだと困りそうなのでね。ところで、これをなぜ私に?」

「意外といないんですよ。信用できる人間は」

「だが、こんなところで渡したら、私がマークされるだけだ。向こうの区画でお参りをしている女性二人組、素人じゃない。それとも、それが狙いかな?」

「うっかり、奪われることもあるでしょうねえ」線香の火を手で払い消す進。


「なるほど…」星合がニヤリと笑う。「それにしても、君も大胆だな。変装するでもなく、四辻先生の墓参りを重ねるなんて」

「このガタイですのでね。女装でもしたら悪目立ちするだけですし」

「うーん。確かに道をあけたくなるな」笑う星合。

「私がここに来るのは、さほど不思議なことではありません。生前、先生のファンクラブに入ってたんですよ」進が胸ポケットから会員証を見せた。

「…噂には聞いていたが、私設ファンクラブ、本当にあったのかい?」まじまじと会員証を見つめる星合。

「ええ。私の会員番号が1000番台ですから、けっこう規模が大きいですね。ちなみに、保先生のはこちらです」

「男のファンクラブに入るのも仕事のうちとは大変だね」

「そっち側の人間という設定ですので」微笑みながら星合の手を握る進。


「…まさか恋人役に任命されるんじゃないだろうね」

「それはいいですね。会う口実になります」

「ところで、華織さんにお預けした誘拐犯二人はどうしてるんだい?」

「ああ…彼らですか。拉致して置いた部屋から、すぐに逃げ出したんですが、翌日戻ってきました」

「戻った?」怪訝な顔をする星合。

「失敗を許さない組織のようですね」

「なるほど。敵方にいたほうが、まだ安全というわけか。で、今もいるのかい?」

「今は、場所は申し上げられませんが、彼らのような“転び”を集めた施設におります。

 そうそう、顔を変えてやりました。それと、古い車を一台、彼らの指紋をつけて海に浮かべて。潮流の関係で遺体は上がりにくい場所なんですよ」


「ご親切なことだね。また逃げ出さないとも限らないだろう? スパイとして再潜入を命じられているのかもしれないわけだし」

「その可能性もなきにしもあらずですが、少なくとも、この先、華織さまにタテを付くことはないでしょう」微笑む進。

「ずいぶんと自信があるんだね」

「“弐の命”体験ほか、諸々のアトラクションを楽しませてやったところ、華織さまを敵に回さないほうがいいという判断をするぐらいの頭は持ち合わせていたようでした」

「体験講座にアトラクションか…」思わず苦笑いする星合。「悲鳴が上がりっぱなしだったんだろうねえ」


「ああ…華織さまを怖い人間みたいにおっしゃらないでください。ああ見えて、とても女性的な心遣いの持ち主でいらっしゃいます。二人には、施設に着く頃を見計らって、ひまわりの鉢植えもプレゼントされていました」

「ひまわり…。“いつもあなたを見ています”だね。彼らに花言葉がわかるとも思えないが」

「ご心配には及びません。管理人が無類の花好きでして、おそらく懇切丁寧に解説したかと」

「西園寺家の仕事は楽しそうだねえ」声を上げて笑う星合。


「ところで、そちらの保坂兄妹はどんな様子なんですか?」

「少しずつ落ち着いて来ている。先日は、ご子息の講演会に行ったよ」

「疾人さんの?」

「ああ。テーマが「コンプレックス」でね、自分と父親との関係性について、率直に正直に述べられていた。“死んだおじいちゃまのことばかりじゃ駄目なんだ”と息子に叱られたことまでね。兄弟は、自分たちも同じだと感じたのかもしれないね」

「そうですか。四辻先生に惹かれた人間が、道を誤るのは見るに耐えません。早く自分たちの生き方を見つけて欲しいものです」


「君は優しいね。私は正直、四辻の継承者たちの邪魔になる人間が一人でも減って欲しいと、それしかないよ」

 穏やかな笑顔で言う星合に、進は、ふと目を伏せた。

「…四辻先生があなたを命宮にした理由、今はっきりとわかった気がします」微笑む進。「自分の甘さもです」

「まあ、これからもよろしく頼むよ」

 星合は、向こう側でお参りをしている女性たちに見せ付けるかのように、進の手を取ると、軽くハグをしてその場を立ち去った。


  *  *  *


「ふーん。合コンねえ…。大谷ってば、そういうのに興味があるのね」

「あ、いえ。そのような意味では…」慌てて首を振る大谷。

「でも、イマジカの人たちとお近づきになるのは悪くないわ。西園寺華織に近づく第一歩になるかもしれない。そうだわ、西園寺賢児は呼べないの? 彼と知り合いになれれば、西園寺華織にも近づきやすいと思わない?」

「社長を合コンに呼ぶのは無理です。それに妻帯者ですし」

「妻帯者かどうかは関係ないわ。…いいえ、あるわね」九条清子は腕組みして考え込んだ。「それだと九条家を救ってくれそうにないもの」


「“九条家を救うのに必要な男女が一人ずつ、清子さまの前に現れる”という詔。その男性が彼だとお考えなのですか?」

「違うわよ。私の結婚相手とは思えないもの」

 清子が笑う。

「さっきの“九条家を救うのに必要”という言葉、立場的には命宮か夢宮、あるいは次代当主の私の結婚相手と考えるのが自然だわ。

 でも、命宮であるあなたのお父さまは、もうとっくに在任しているわけだから、今さら詔に載るとは思えない。

 そして九条家の夢宮は…今は欠員中だけど代々女性。

 そうすると、男性のほうは私の結婚相手になりそうよね。…いったい私は誰と結婚するのかしら?」

 清子が大谷の顔を覗き込むと、大谷は顔を背けた。

「私にはわかりかねます」


「ふーん。…まあ、いいわ。でも、西園寺賢児が気になる理由は他にもあるの」

「サイオン・イマジカのイベントに史緒さまがご指名いただいたからでしょうか」

「彼が提案したイベントだって言っていたわよね」

「はい。正確には、社内で提案したのは社長ということです。久英社との共同企画ですから、提案自体は向こうからかもしれません。関係書類からは、その辺りは不明ですし、生憎と社内では、そういう部分を気にする人間はおりません」

「まあ、そうよね。大谷の部署なんかは、自分たちが作るものにしか興味なさそうだし。でも、イベントが企画された経緯と、彼の人となりを直接確認したいわ」

「他の部署にも探りは入れてみますが…」


「経緯については、久英社サイドから私が自分で調べるわ。むしろ気になるのは、やっぱり京都・奈良の妙な気の動きと、今回のイベントとの関係ね」

「…父に探りを入れては見ましたが、具体的に近辺の“命”たちが動き出した気配はないようです」

「気づかないふりなのかもしれないわ。あなたのお父様のことだから」

「申し訳ございません…」

 悔しそうに唇を噛む大谷の姿に、清子がうつむく。

「…悪かったわ。つい、イライラしてしまって」

「いえ。当然のお気持ちです。父が企みに関わっているのは間違いありませんし」

「まだ確定ではないわ」


「清子さまの“種を見つける力”は現“命”の清隆さまを超えておられます。“他者からの精査を免れるお力”も。清隆さまがそれを認めてくださらないのは残念ですが…」

「私が他者の精査を免れ、“種を見つける力”を保っていられるうちに…いえ、正確には、お父様の力がなくならないうちに、何とか事実を確認しなくては。

 命宮と大徳寺一派の誰かが“命”の勢力図を塗り替えようとして、どう画策しているのか。父と私の力を制限するための手立てを、どうやって講じているのか…」

「はい。事と次第によっては、史緒さまにまで危険が及びかねませんし」

「それだけは避けなくては。…3年前からお父様も私も、相手を精査する力が徐々に鈍っている。お父様はそれが年齢から来るものだと思っているようだけど、まだ22の私には無理がある論理よね」


「清隆さまは、清子さまのお力が落ちているのを御存知ありませんから…」

「そう。次代の“命”として自分が教育すべき相手の状況も、すでに読めなくなっているんだわ」

「清隆さまや清子さまの力を“封じる”ことができるのは、伊勢か、清隆さま以上の“命”だけです。その前段階として、お二人を診ている神命医と命宮になら、部分的な“操作”は可能かと思われますが、それにしては、かなり…」

「伊勢はともかく、該当する者たちが束になってかかってきたら、今の九条家には太刀打ちできないわ。史緒にはまだ力の兆候は出ていないし、叔父様はお父様と敵対している…」心細そうな清子。


「清子さま。お気を確かにお持ちください。私たちが東京で身を隠しているのは、京都とは別に勢力を保っている“命”たちと接触し、事実究明の足がかりを作るためです。

 それが出来ていないうちに諦める必要はございません。まだ、清子さまのお力はおありです。清隆さまは大学に通われる清子さまを追っていらっしゃるはず。それを免れているのですから」

「そうね…少なくとも、それはできている。系列大学に名を変えて編入した後、父は私を追えていない。もちろん、あなたの送り迎えのフォローもあるけど」


 清子は3年前に自分と父の力の低下を自覚して以来、慎重に周囲の“命”たちに接触をして様子を探ってきた。

 本来、西園寺華織が伊勢や“機関”と話し合って、自分のグループ以外の“命”同士の接触を条件付で緩めるまでは、その手の接触はタブーとなっていた事柄だったのだが、京都や奈良の“命”たちは、公家の出でほとんどが親戚、姻戚関係にあったことから、そのような決まりは事実上無視され、交流を図っていた。伊勢も、そのことには目を瞑るような形になっていたのである。

 清子が親戚、遠戚の様々な“命”の現状を確認したところ、九条家同様に、“命”や“弐の位”たちの力が低下している家が幾つか見られた。

 そして、その家々の共通点は、大徳寺の部下一派が神命医となっていること、九条家の命宮である大谷と共に命宮認証のお試しを受けた人間が仕えていることだった。その中で実際に命宮になったのは大谷だけだったが、“力”だけで言うなら遜色がない面々だった。


「ごめんなさいね、大谷。父親を疑って騙しているあなたが一番辛いのに…」

「それはおっしゃらない約束です。私たちが今すべきことは、東の“命”、西園寺華織と遠縁の一条誠の二人に、西の状況の精査を依頼し、場合によっては正していただくことです。その中で清隆さまと清子さまのお力が元に戻るように策を練ることです」

「ええ、その通りよ」

「私が清子さまと行動を共にしていることを、父に悟られる前に何とかせねばなりません。もう1年になりますし、美鈴さまも真実を隠し続けるのはお辛いでしょう」

「そうね。史緒に力が出たら、不穏な動きに巻き込まれるのは間違いないわ。それは美鈴さんにもわかっているから、私たちに協力してくれているけど…」

「うちの父に少しでも疑われたら、その時点でアウトです」


「でも、サイオン・イマジカのイベントがあるから、美鈴さんと史緒が東京へ来るわ」

「はい。来週末辺りに、子どもたちを集めて最初の顔合わせがあると聞いています」

「お父様を始め、向こうの“命”たちや命宮、夢宮は、その時期しばらくは京都の祭祀がらみで伊勢とのやり取りがあるから、向こうを離れられないわ。その間、彼女たちが東京に来ている間に決着をつけましょう。もし思うような結果が出ないなら、私は彼女たちと一緒に九条を捨てます」

「清子さまが九条を捨てるなど、天の理に適いません。そのようなことにならぬよう、私が命に代えて精一杯努めます」

「大谷…」清子はうっすらと目に涙を浮かべる。


「イベント参加者には、西園寺家の子どもたちもいます。場合によっては、史緒さまにお友達になっていただいて、そちらから西園寺華織に近づくという手段も考えておかねばなりません」

「西園寺家からは二人出るのよね。四辻家からも二人。でも、何で西園寺賢児の双子たちは出ないのかしら」

「まだ、小さすぎるのでは。生後半年でスーパーキッズと言われましても…」

「あら。この前テレビで、腹筋運動をする生後5ヶ月の赤ちゃんを見たわよ」

「はあ」困った顔になる大谷。

「…何よ、その返事。まりりんちゃんと同じ。バカにしてるんでしょう」むくれる清子。

「まりりんちゃんに軽くあしらわれたのを、よほど気にしていらっしゃるんですね」少し目を伏せ、くすりと笑う大谷。

「別に」


「バカなモデルと思われていたほうが、今後都合がよろしいはずですが」

「精神的にはけっこう重労働なのよ。頭にネズミの耳つけて、品のない服を着て、中身のない会話して」

「お察しいたします」

「大谷は、そういう女がタイプだから、そんな設定にしたのかしら」

「頭の悪い女はタイプではありません」

「…ふん。とにかく、お父さまの力は、そんなに長くはもたなそう。その前に、私がパワーアップを図れる方法も模索しなくては。

 …女性の“命”は出産で力が強くなるという話よね。ねえ、大谷、私と結婚して子ども作るというのはどう?」

「それはご命令ですか?」

 清子はクルリと後ろを向くと、それには答えず、次の指示を出した。

「合コンメンバーには、社長夫人と親しい人たちも入れてちょうだい。やっぱり社長にも近づく足がかりが欲しいわ」


  *  *  *


 龍の部屋で、窓際に立った紗由が、両手を頭の上にかざしてパンパンと叩いた。

「それでは、これから、龍のかいをはじめまーす!」

「…何で紗由が仕切ってるの?」龍が無表情に尋ねた。

「ほんじつの、しかいしんこうやくですが、なにか?」

「へんしん!」紗由の横では悠斗が変身ポーズをとる。

「…何で悠斗くんも一緒なの?」

「ゆうとは、りゅうのかいをまもるカメンライダーだ!」

「そういうことです、にいさま。おきになさらず、どうぞ」

「うん、まあ…悠斗くんは邪魔にならないから、いいんだけどさ…」


「ゆうとクンて言うんだね。可愛いなあ」匠が悠斗の頭を撫でる。「どこのおうちの子?」

「せいぎのみかたの、おうち!」悠斗はそう叫ぶと匠に抱きつく。

「ママは、賢ちゃんのかいしゃではたらいています」紗由が遮るようにして答えた。「びじんのおいしゃさまです」

「へえ、そうなんだ。だから紗由ちゃんと仲良しなんだね」悠斗の頭を撫でながら笑う匠。

「はい。西園寺保たんていじむしょの、さいねんしょースパイです。匠くんも、なにかしらべてほしいことがあったら、悠斗くんに言ってくださいね。いま、おじょうさまうけつけじょうの奏子ちゃんがいないので」


「探偵事務所全員呼べばよかったのに」奏子に会いたい龍は、少し不機嫌そうだ。

「あとから来ます。いま奏子ちゃんが来たら、にいさま、りゅうの会どころじゃないでしょう?」

「何だよ、それ」ムッとする龍。

「きょうは、ほかの子たち、ならいごとがいそがしいから、おやつのじかんにならないと来られないの」

「良家の子女いうやつは大変やなあ。ぎょーさん、習い事してて」翔太が言う。「匠くんもやなあ。バイオリン以外にも何か習うてるん?」

「英会話と書道。あと…総合子ども教室とかいうの。体操したり、絵を描いたり、音楽したり、トランプしたり、お料理したり、IQ検査もするんだ」

「へえ…」龍と翔太が興味深そうに耳を傾ける。


「あ。ナイショね。よその子に話しちゃいけないんだ。ライバル塾に内容がばれると困るからって」慌てる匠。

「普通は内容を宣伝して、客増やすんちゃうのん?」

「何かね、会社のほうでメンバー選んで誘ってるみたい」

「金持ち狙いかあ?」

「よくわかんない。お金持ちだったら、龍くんのところにも来るよね」

「うちは、おばあさまとグランパはお金持ちだけど、じいじや父さまは、そんなでもないから。でも…この前、うちに来てたのって、それかな。かあさまが総合何とかって言ってたような…」

「ふうん。龍くんのところにも来たんだ。一緒に通えるといいね」嬉しそうに匠が笑う。

「何や楽しそうやないか、龍。通ったらええのに」

「でも、詳しい内容がわからないと決められないなあ」


「まあ、それもそうやな。だったら、匠くんに教えてもろたら、ええやん。なあ、匠くん。お誘い来てる相手にやったら、ええよな」

「うん」

「あのさ、トランプって、ババ抜きとかするの? 僕、弱いんだよねえ」龍が聞く。

「神経衰弱だけしてる」

「だけ?」

「うん。ババ抜きもセブンブリッジもUNOもポーカーもしたことないよ」

「能力開発系の塾だったら、ポーカーなんかのほうが良さそうだよね」

「せやなあ。あとは、囲碁とか将棋とか。あと、体操教室は、ちょっと行ってみたいなあ、俺も」

「翔太はサッカー行ってるじゃん」


「バック転とか、かっこええやん」

「そんなのは、やらないんだ。目隠しして平均台を歩いたり団体縄跳びしたりする」

「はあ? それ、体操なん?」

「勘が良くなるんだって。先生、そう言ってた」

「そういうの教える体操教室って珍しいね」

「そうですね。紗由なら、かけっこと、ドッジボールをしますけど」

「ゆうとは、ジャンプとキック!」

「だよね。勘どうこうより、まずは基礎体力と反射神経って気がする」頷く龍。


「でも、おりょうりはいいですね。紗由もときどきクッキーやきますけど」

「紗由ちゃん…もしかして、今日も焼いてくれたん?」

「いいえ。きょうは、きょうすけくんが、レザンのチーズケーキをもってきますから」

 紗由の返事に内心ホッとする翔太。“うんこクッキー”は何度食べても食べなれないのだ。

「お料理はやっぱり、頭が良うなりそうなもん、食うんか?」

「いつもカレー」

「それだけ?」

「うん。香辛料を何十種類も使うんだよ。微妙な香りをかぎ分けながら、名前のわからない香辛料の量を自分で決めるから、味が…毎回メチャクチャ。料理は優しい女の先生だから怒られずに済むけどね」笑う匠。


「ふーん。何だかよくわかんない教室だね」

「でもね、中には匂いをたくさんかぎ分けて、すごく美味しいカレーを作る子もいるんだよ」

「で、それは何のレッスンなんや? 料理の基礎やったら、野菜をいろんなふうに切るとか、調味料の入れる順番教えるとかするよなあ」清流旅館の板場で手伝いもする翔太としては納得が行かない。

「えーとね。五感を研ぎ澄ます、だったかな。手で調味料混ぜてこねるから、泥団子遊びみたいで面白いよ。漢方薬の調合っていうのもやったんだ」

「へえ」

 予想の斜め上を行く内容で、もはや、何と反応していいのか、よくわからなくなっている龍と翔太。


「紗由もやりたいです!」

「ごめんね。年齢に制限があるのかもしれない。詳しいことはわからないけど」微笑む匠。

「紗由はもう、おとななのに…」紗由がぷーっとふくれる。

「その手のレッスンて、むしろ小さい頃からやらせたほうがよさそうだけどね」

「でも、5歳過ぎてる子ばかりだなあ、僕のクラスは」

「紗由は5さいですよ!」

「ひめ。こまらせたらダメだよ」


「せやなあ、悠斗くん」翔太が悠斗に微笑む。「紗由ちゃんにも、そのうちお誘い来るやろ。龍のとこ来てるんやから。それまでのお楽しみや」

「うん…」

「でも、これ以上、紗由ちゃんの習い事増えたら、デートの時間減ってまうなあ…」

「それはダメです!」

 見上げる紗由の頭を撫でながら、翔太は“年齢に制限”という匠の言葉に引っかかりを覚えていた。

“以前、“命”候補の力が出始めるとされていた年齢は、今の紗由ちゃんの年齢、5歳とされてたよなあ…。”


  *  *  *


 大谷は、ラウンジで缶コーヒーを飲みながら、小さくため息をついた。清子に言われた合コンメンバーの選定に手間取っていたからだ。

 社長夫人の玲香と親しい人たちと言われても、旧姓・遠山加奈子は塩谷春樹と結婚していて、合コンに呼ぶのも変だ。

 となると、同期の水木、中山あたりだろうが、女性がいない。同期以外だと、遠山関連で総務部の女子だろうか。いや、あまり遠い人間を呼んでも、社長夫人に近づく足がかりにはならない…。


「オーちゃん! なあに難しい顔してるの?」

「部長…いやあ、実は合コンのメンバー、女子が足りなくて…」

「じゃあ、私が行くわよ!」両手を胸の前で組む進。

「え?…あ…はい」

「男子はどんな面子なの?」

「ぶ、部長、近い、近いですよ、顔。…えーと、僕とミズキンと僕の彼女、その友達の男性二人は確定です。ミズキンが中山さんも誘うと言ってました」

「“僕の彼女”はモデルさんなんでしょ? もしかして、モデル仲間なのかしら」

「ええ。その予定です。久英社の雑誌のモデル」

「うわぁ。いいわ、いいわあ」両手をひらひら動かす進。

「…じゃあ、部長もどうぞ。明後日、金曜日なんですけど」


 大谷は思った。部長は女子と言えば女子だし、話が面白いので盛り上げるにはちょうどいいかもしれない。今回の集まりが不発に終わっては、目標の西園寺賢児、そして最終目標の西園寺華織までたどりつけなくなる。

 しかも、自ら名乗りを上げて“最終目標”に直接近づくことは、現在“弐の位”である清子にも、命宮の直系親族である自分にもできないのだ。あくまで“偶然”知り合いになって、“偶然”そのような話へと進めなければいけなかった。


「わかったわ!」

「ちなみに女子は、坊城さんと、その友達が来ます」

「うーん。それだと男5で女4だわね。もう一人くらい女子が欲しいわねぇ…」

“進子ちゃん”は、ちゃっかり自分を女性にカウントしている。

「お友達とか、いませんか」

「年長さんは、まだ早いかしら」

「あの…幼稚園児ですか? それはちょっと…」苦笑いする大谷。

「ものすごい美少女なのよ」

「まさか、社長の姪ですか?」

「そうそう。紗由ちゃん。とっても仲良しなの。ああ…でも、紗由ちゃんには彼氏がいるし、合コンだと誘っても来ないわねえ」


「はあ…。噂の美少女ですから、僕も会ってみたいのは山々ですが、それは別途機会を設けていただくとして、できれば今回は、それなりの年齢の女子でお願いします」

「人妻なら、セクシーなのもキュートなのも揃えられるんだけどねえ…。加奈ちゃんとか、玲ちゃんとか、超仲良しだし」

「あのぉ…できれば独身にしてください」

 そう言いながら、大谷は思った。部長が社長夫人のバイト時代に直属の上司だったのは聞いていたが、そこまで親しかったのか…。これは好都合かもしれない。

「わかったわ。22、3の子、何人か当たってみるわ」

「お願いします」

 ホッとしたような顔になる大谷を見ながら、進は楽しそうにニッコリと笑った。


  *  *  *


「なあ、龍。匠くんが言ってたこと、どないに思う?」

 匠に迎えが来た後、龍と翔太は二人で龍の部屋に戻っていた。

「変な教室だよね。でも、あれ以上、匠くんから聞くのもなあ…」

「せやな。何かあった時、匠くんを巻き込んでまうやろ。かまかけた感じになったのは、すまんかったけど、しゃあないな」

「恭介くんのところに来た“教育関係の人”と出所は同じなんだろうか。本当に誘いが来ないかなあ。体験入学する方法でもあればいいんだけど」


「匠くんのほうの教室は、向こうから来るのを待つしかないやろけど、恭介くんのほうは、保先生から、有川先生にお願いしてもろたら、ええんやないか? 恭介くんの話を聞いて、龍が興味を持った言うて」

「そうだね。まずは、それで行ってみるか。…そうだ、さっきさ、静岡のほうが騒がしいって言ってたのは何?」

「お富士さまの気配が荒々しいんや。近所のお地蔵さんとか狛犬とか、皆ぴりぴりしよる」

「おばあさまも同じようなこと言ってたなあ。面倒だから東京に来たって。争いの前触れかな」

「“命”さま、面倒な争いはお嫌いやもんな」笑う翔太。

「僕も嫌いだけど、逃げるのはもっと嫌いだ」

 龍は閉めていたカーテンを開けると、中庭で遊んでいた紗由と悠斗に手を振った。


  *  *  *


 女性が座って読書をしている隣のベンチに一人の男が座った。

「西園寺は何やら子どもイベントを開催するようですね。あなたの関係者もご参加のようですが」右手の中指にはめられた大きな石を撫でながら言う男。

「そのようですね」男のほうを見ずに答える女性。

「あなたはどうなさるんですか?」

「…私がどうしようと、あなたたちのする事は変わらないはず」

「ああ…お気に触ったのなら申し訳ありません」男が小さく頭を下げる。

「西園寺の周囲に妙な人間がうろついていますね。あれはあなたの…?」

「いえ…おそらく、彼らのしたことかと。心配性のようですので」


「彼らも一枚岩ではないようですね。でも…裏切り者はあなたが…」

「それは誤解です。私どもは大人同士の諍いに興味はございません」

「家の周りに危なげな人間がうろついてました」

「わかりました。こちらでも調査いたします」

「しばらく様子を見させていただきます。それによって、渡すか渡さないかも変わり得ます。そちらが優位だと思わないでください」

「わかりました」男は溜息混じりに静かにベンチを立った。


  *  *  *


「かなり警戒し始めたようですね…」前髪に白髪を携えた男が溜息を付く。

「無理もない。本来なら我々の話を聞く相手ではないのだから。接触できただけでも感謝せねばならぬレベルだ」

「ですが本来、あの子のためにも、悪い話ではないはずですし」

「我々が正義の味方ならな」大笑いする男。

「それは…」

「正直、私にも使った結果は読めない」

「だからこその申し出でございます」

「とにかく、あの方を納得させねば先へ進めまい」

 男は疲れたように言うと、右手中指の指輪の石を撫でた。


  *  *  *


 開始時間の5分前に合コン会場の“さけみつる”に到着した水木と弾だったが、予約したテーブルの奥の席に進が座っているのを見ると、水木はびびった様子で大谷に言い寄った。

「ねえ、何で部長がいるの?」

「女の子を調達してもらったんだよ。僕の彼女の友達、男子しか都合がつかなかったから」

「…まさか熟女とかじゃないですよね?」

「22だって。今、化粧室だけど」

「ああ…よかった」

「可愛い子だよ。サイオン・グループのジュエリーショップにいる子だってさ」

 大谷の説明に水木がホッとしたところで、何人かが階段を上ってきた。


「ミッキー、おまたせぇ!」

 水木が振り向くと、そこにいたのは“Minnie”と、そのモデル仲間らしい男性二人だった。

「こっち、こっち! あ、どうも」

 大谷が男性たちに頭を下げ、席へと案内したところで、進が連れてきた女性も化粧室から戻り、坊城とその友人も登場して、メンバーはすべて揃った形になった。

 男性陣は大谷、水木、弾、モデルの“アキラ”と“トオル”の5人。女性陣は“進子ちゃん”と彼女が連れてきた鍋島理子、坊城とその友人の林あかね、“Minnie”の5人だ。

「あたし、ミッキーの隣!」

 “Minnie”は大谷の隣に座り、腕を取るともたれかかった。

「あら。ラブラブねえ」

「そーなんでーす!」進にウインクする“Minnie”。


「じゃあ、まあ、自己紹介から行きましょうか。僕が幹事の大谷幹也です。よろしく。…じゃあ、ほら」隣の“Minnie”に促す。

「皆さん、よろしくでーす! これ、名刺」全員に名刺を配る“Minnie”

「“ミン…ニエ”ちゃん?」

「ん、もう、ミズキン。“ミニー”ちゃんよ」進が言う。

「“ミッキーマウス”の彼女の?」

「そうよ。幹也くんの彼女なんだから」

「うわ、すげえ!」

「ごめんなさいね、うちの子、バカ丸出しで」


 参加者の笑いに包まれながら、一通り自己紹介を終えると、しばらくは男女交互に座って談笑していたが、それから更にしばらくすると、なぜか女性は全員、進子ちゃんの周りに集まり、人生相談会場となってしまっていた。

「ちょーっと、ミッキー! これ、合コンじゃないじゃん。何で進子ちゃんに女子取られちゃうわけえ?」

 ビールを一気飲みした水木が大谷に絡む。

「話面白いオカマって女子ウケいいんだよねえ」“トオル”が苦笑いする。「初回はこれで良しとしてさ、次は進子ちゃんに頼んで目当ての子に橋渡ししてもらいなよ」


「なるほど。流石はモデル。場慣れというか手順慣れしてるね」弾が感心する。

「もしかして、モデル食いまくり?」水木が“トオル”をじろりと見る。

「ないない。モデル仲間同士は、やたらくっつかない。別れた時に仕事に影響することがあるから」

「そうそう。だから、ミズキンみたいな奴にこっちの仕事仲間を紹介して、僕らは一般人を紹介してもらうってのが理想的」“アキラ”が補足する。

「ああ、それ、うちの彼女も言ってたよ。利口な子は仕事仲間には手を出さないって」

「勉強になるなあ」頷く弾。


「そう言えばさ、うちとおたくの会社でイベントやるんだって?」

“アキラ”と“トオル”は久英社の専属モデルなので“うち”という言い方をする。

「うん、そう。そのうち広告出るはずだよ。君たちがモデルするような若い男性向けの雑誌に載るかは知らないけど」大谷が答える。

「子どもたちメインのイベントで、エコリンピックに出てた5人組も出るって噂だけど、そうなの?」

「客寄せにするにはスーパーな人材だからね。おたくの社長はかなりのやり手だって話だし、まりりんちゃんは当然使うでしょ」弾が言う。

「まりりんちゃん、人気モデルだもんな」

「とーぜん、紗由ちゃんもだよねえ」ミズキンがろれつの回らない口で言う。「かーわいいもんなあ。おーい、紗由ちゃーん!」


「はあい」部屋の障子が開き、紗由が現れた。

「え!?」

「ミズキン、よんだ?」

「は、はい」掘りごたつから脚を出し、正座する水木。

「紗由ちゃん、こんばんは。どうしたの!?」

 弾が尋ねると、紗由の後ろから華織が現れた。

「奥様!」水木が叫ぶ。「せ、先日はどうも。あの、おいしい焼肉をいただきました」

 傍らで弾も頭を下げる。

「それは良かったですこと。…すみません、皆さん。おじゃましてしまって。ほら、紗由、行くわよ」


「あらあ! 奥様じゃございませんこと?」向こうのテーブルから進が声をかける。

「まあ、高橋さんもいらっしゃったのね。ごきげんよう」

「先日はありがとうございました。…今日は充くんのところですか?」

「ええ、そうなの。ごめんなさいね。紗由がお騒がせしてしまって」

「ミズキンがよんだんだよぉ」紗由がぷーっとふくれる。

「呼ばれたからと言って、余計なことは、したらいけないのよ」

「はあい」

「ご、ごめんね、紗由ちゃん。呼んだりして」

「いいえ!」

 首をかしげて笑う紗由の可愛さに、一同からため息が漏れる。


「それでは皆様、ごきげんよう」

 華織は一同を見渡しながら軽く会釈すると、紗由を廊下へと出し、静かに障子を閉めた。

「うへーっ。酔い醒めた…」水木がおしぼりで顔の汗を拭う。

「お綺麗な方でしたねえ…見とれちゃいました…ところで、どなたなんですか?」坊城が進に尋ねる。

「前の社長の奥様よ。総理のお姉さん」

「へえーっ」女子たちから声が上がる。

「言われて見れば総理に似てたわ。美しい姉弟ねえ…」理子が軽くため息をつく。


「ねえ、あの子、紗由ちゃんて、総理の孫でしょ? エコリンピックだっけ、テレビで見たことあるわ」あかねが身を乗り出した。

「総理の孫であの美貌。妬むのも虚しい感じ…」再び溜息モードの理子。

「まあ、一般人とは別の世界に住む人だもの」あかねも頷く。

「興味あるなあ、そういう世界の人。ねえねえ、進子ちゃん。総理とお友達になったら、彼女たち紹介してもらえるかな?」“Minnie”が進の腕をつかむ。

「そうねえ…」

「“Minnie”ちゃん、逆、逆。総理とは簡単にお友達にはなれないから」笑う坊城。

「じゃあ、別の方法考えよーっと」

 “Minnie”はペロッと舌を出すと、目の前の唐揚げを口に放り込んだ。


  *  *  *


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