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その14


 イマジカの社長室には、制作部のイベント担当者たちが集められていた。

「この時期になっての変更で本当に申し訳ない」賢児が皆に頭を下げる。

「社長、頭を上げてくださいませ」進が言う。「確かに彼らにはかなり負担が行きますけど…」

「大丈夫です、社長。部長がついてますし!」元気に答える水木。

「前の会社では、もっと無理難題を押し付けられていました。寝る時間が取れるだけましです」坊城が言う。

「そういうことですので、社長、僕たちはこれで失礼します。新資料でミーティングをして、すぐに作業に取り掛かりますので」大谷が立ち上がって一礼した。


「そういうことらしいですわ、社長。お気遣い、どうもありがとうございました」

「いえ。よろしくお願いします」

 賢児が頭を下げると、進も丁寧にお辞儀をして部屋を出た。


「さーて、頑張るわよぉ」

「はーい」水木、坊城、大谷は元気に返事をすると、足早に制作部へと向かった。

「…部長、先日の件ですけど」弾が進の横に並ぶ。「ご希望の材料、入手できませんでした。先客がいたようですね」

「わかったわ。どうもありがとう」

 進は窓の向こうに見える4丁目交差点前の公園をじっと見つめた。


  *  *  *


「お教室が再開されてよかったですわ、未那先生」

「ありがとうございます、常盤井の奥様。祖父はもう齢ですので、私がメインになるかとは思います。至らぬ点もあるかとは思いますが、どうかよろしくお願い申し上げます」

「至らぬだなんて…。身近な食材や調理法のアレンジ、小さな子どもたちへの食べやすさの配慮、本当に勉強になりましたわ」

「恐れ入ります」


 イマジカでの保護者向けイベント説明会の後、白金の女性専用施設内のキッチンスタジオでは、重治と未那が「脳を育てる薬膳料理」という料理講習会を開催していた。

 元々、この教室は重治が京都で開いていたものだったが、1年ほど前に閉めていたのだ。今回は未那が、その時のメンバーであった常盤井定子と京都の奥様方に呼びかけ、開催を決めたのだった。


「東京の奥様方もいらっしゃればよろしかったのにねえ」

「急でしたので、小さいスタジオしか押さえられませんでしたの。ですから、まずは薬膳の心をご理解いただける方々にと思いまして…」

「まあ、そんな」おほほと笑う定子。

「常盤井さまのように普段から食事にご配慮されている方のお子様は、十分健康で心身ともにお健やかだと思いますから、私の講座など不要かとも思いますけれど」


「いいえ…。やっぱり心配ですのよ、子どもの健康は」定子が小さく溜息をつく。

「それはそうでございますね。私も幼い子どもの母親として、何かと心配になります」

 未那が目を伏せ、続ける。

「うちの子も脳波の検査でもしてもらおうかと思ったりしています。体調が悪いわけではないんですけれど、何しろ夢を見る回数が多くて…」


「まあ、そうですの。うちもね、脳波測定は以前から気にかけておりますの」

 定子が身を乗り出した。

「実はね…測定器も自前で用意いたしましたのよ」

「まあ、すごいですわ、奥様。それって大和くんの脳波を記録していらっしゃいますの?」

「ええ。暗算している時、どうなるのかなと思ったんですの。ただ…比べるものがないので、記録した数値の意味がわからなくて」

「その数値、かなり貴重なものだと思いますわ、奥様。英才教育や能力開発の研究者からしたら、喉から手が出るほどほしいはずです」

「まあ。うちの大和の記録が?」


「はい。並み優れた才能をお持ちのお子さんの脳波記録なんて、なかなか手に入りません。私、医師としても興味がございます。大和くんの成長過程を見たいという研究機関は多いのではないでしょうか」

「いえ、そんな」嬉しそうな定子。「まあ確かに、多治見総研ですとか、英才教育研究所といったかしら、そんなところからお教室へのお誘いはあるんですけれどね」

「ではもう、どちらかでデータを採取し直されたり?」

「いえいえ。その手のものは、私たち、お断りしておりましたの」

「そうなんですか」

 定子の言う“私たち”が九条をトップとする定子たちのグループだと未那は察したが、そこには触れずに話を進める。


「どちらでも詳細を検査されていらっしゃらないのなら、なおさらお願いしたいものですわ。イマジカのほうで脳波に限らず、お体も併せて検査をさせていただければ、奥様の気になる点もはっきりなさるかもしれませんし」

「あ…やはり、それはちょっと」うつむく定子。


「そういえば…常盤井さまが率いていらっしゃるグループは、健康診断をお断りになったと連絡がございました。担当が私ではご不満でございましたでしょうか?」

「そんな、とんでもないですわ。西川重治先生の直系の神命…いえ、優秀なお医者様に、そんな」思わず口にしかけた言葉を飲み込む定子。


「ふう」これみよがしに溜息を付く未那。「他の奥様から、それとなくうかがってはいるんです。九条さまのご指示には、いくら常盤井の奥様でも…仕方のないことでしょうね。私には少々ワンマンに見えてしまいますけど」

「いえ、そんな。九条さまは私たちをいつもお助け下さいますわ」

「あ…申し訳ございません。噂に釣られて出すぎたことを申しました。皆様、常盤井さまのご苦労に同情されていらっしゃるようでしたので…。

 奥様はいつも皆様のことをお考えになっていらっしゃるのに、この頃、それが報われないのではないかと…あ、すみません…つい」目を伏せる未那。


「いえ…まあ…多少のことはございますけどね…」

「奥様。こう言っては何ですが、ご心労が元で慢性的な疾患につながることもございます。少しのんびりなさるという意味で、私の勤務先のクリニックで人間ドックなどお試しになってみませんか?」

 未那が微笑む。

「大和くんがつきそいでご一緒なさる…ということもありますよね」

「一緒に?」首を傾げる定子。

「待ち時間でお疲れになったお子さんの具合を拝見するということ、珍しくはございません」


「ああ…そう。そうですわね」未那の意図を察した定子の顔が明るくなる。「では、近いうちにおうかがいしようかしら」

「はい。よろしければ、他の奥様方も見学にいらしてはいかがでしょう」

「ええ、ぜひ。まずは皆様にお話してみますわ。今日はちょうど九条様がいらっしゃいませんし…」

 定子は足早に“お仲間”のところへ歩いていった。


  *  *  *


 皆が寝静まった後、央司と誠はリビングでブランデーを傾けていた。

「父さん、聞いてもいいかな」

「何だ?」

「何で帰国したの?」

「家に帰るのに理由が必要なのか? 澪のお腹の赤ん坊にも挨拶したいじゃないか」

 誠は央司の答えに小さく溜息をつくとグラスを置き、姿勢を正した。


「…では、先の宮さまがご帰国の理由をお教えください」

「もっと気楽に飲みたいものだねえ、今の宮」

「申し訳ございません」

「出動要請があったんだよ。4年前に」

「4年前? つまり4年後を見越した呼び出しということですか?」

「ああ」

 誠の頭の中には、ある人物の顔が浮かんだ。


「先の宮がその要請に忠実に従わねばならぬ人物は限られますね」

「そうだな。今の宮の要請では戻ったかどうか、なあ?」

「私の婚約は帰国の理由にはなりませんか」

「今回、彼女は出動要請の一連の流れの中にいる」央司はグラスを握った。

「賛成してくれましたよね、彼女とのことは」

「賛成だからこそ、よけいなものは取り除いておきたいんだよ。本当に喜ぶのは、それが済んでからだ」


「では、なぜそれを私にきちんと説明なさらないのですか。協力を求められないのですか」

「これは私の案件だ。おまえはおまえで勝手にたどりつけ」

「澪のために日本を離れたお二人が一度に戻ってきた。それだけ難しい案件ということなんですよね。いくら先の宮でも、助けになる者がいたほうがいいのでは」

「今のおまえにそんな余裕があるとは思えん。まずは四辻のお子たちをしっかりみていろ」

「…わかりました」


「母さんは、ずいぶん麻那さんが気に入ったようだな、誠。おまえの留守中、桐箪笥から山のように着物を取り出して、これをあげるわ、あれをあげるわって大騒ぎだったよ」

「仲良くしてくれれば嬉しいです」

「来年は孫二人か。楽しみだな」

 穏やかに微笑む父を見て、誠も一瞬、今ぐらい平和でもいいかなと思った。明日からまた、八方に気をやらねばならない。

「気が早いなあ。僕のほうはまだだよ」

「気が早かったか。…あ、澪のところは双子かな。西園寺は双子率高いからな」

「僕にも双子が出来たら、親戚中で双子だらけって、どこかのテレビ番組出られそうだね」

「母さんと二人ずつ抱かないといけないな。よし。明日から筋トレだ」

 二人は笑い合うと、グラスに氷を足した。


  *  *  *


「つまり、重治先生と未那ちゃんが診たところでは、京都のお子さまたちは健康的に何の問題もないということね」華織が紅茶をすする。

「はい。ただ、以前大地くんが言っていたように、史緒ちゃんは“命”候補としての力が出てきているようです」

「わかりました。それで進ちゃんの意見は?」

「九条の“命”は、こちらが九条から目を離さぬように誘導しているのでしょう。ついでを言うなら、自分たちは手を汚さずにこちらに動かせようという算段」

「華織より面倒くさがりな“命”がいるとはなあ」傍らで笑う躍太郎。

「年寄りと子どもを使おうとするだなんて、ひどい話だわ」


「まあ、へたに動かれても足手まといになるだけですから、効率的と言えば効率的です」

「でも、何だかちょっと意地悪したくなってきちゃうわ…」

 華織が天井を見上げると、リビングのドアが開いた。

「じゃあ、その役目は僕が。子どもも働いたほうがいいんだよね、九条さんの考えだと」

「龍さま」

「いい子ね、龍。おばあさま、働き者が大好きよ」

「九条さんにも、いつかそうやって褒めてもらえるかなあ」

 龍は笑うと、テーブルの上の金平糖に手を出した。


  *  *  *


 火曜日、霧屋亭では、3人の男性が料理に舌鼓を打っていた。

「前田くん、遅いね。薙ぎ主さま内裏方の二条先生をお待たせするなんて…」

「けっこうですよ、大徳寺先生。交通事情では仕方のないこと」二条智親は、前髪の一筋だけ白い髪の辺りをかき上げた。

「いえ、早めに出てお待ち申し上げればよかったのです。申し訳ございません」一番下座の男が頭を下げた。


「それはそうと、イマジカからイベントの案内は来たんですか、藤原専務」

「それがまだでして…もう、そろそろかとは思うのですが」

「暢気な仕事ぶりですなあ」大徳寺が笑う。「父親は辣腕政治家でも、息子はボンボンですか」

「いえ。あそこの社長は若いのにデキると評判ですよ」藤原専務が訂正する。「なにせ、あの西園寺グループ総帥の西園寺躍太郎が直々に仕込んだ甥ですからね。作ったばかりのイマジカを将来譲るつもりで、中学の時から仕込み始めたようですよ」


「ほお、それはかなりのやり手かも…ですか?」

「一部同業者からすると、軽く見るのは禁物ですねえ」藤原が頷く。「ですが、案内がまだというのは気になってはいました」

「まさか、多治見に声をかけないつもりじゃあ…」大徳寺がうろたえる。

「それはびっくりの展開です」二条が苦笑した。


「ご安心なさいませ。来週中にはご案内が届くはずですわ」

「何だ、君は!」

 忍び寄るように現れた女性に驚いて、藤原が声を上げた。

「あなたは九条の…!」大徳寺が反射的に立ち上がり一礼する。


「清隆さま、なぜ清子さまがここに…」

 気配を消し、庭の側から部屋の中の様子を清隆と共にうかがっていた大谷命宮だったが、動揺して飛び出しそうになる。それを手で制止する清隆。

「自分でたどりつけたんだろう」

「ということは、まさか…。いかがいたしますか。場合によっては清子さまの身が…」


 大谷が話しかけた時、清隆の頭の中には、ある声が響いてきた。

“ここは私にお任せを”

「あ…」辺りを見回す清隆。

「どうなさいました?」

「ここはいったん引き上げる。行くぞ」

「ですが清子さまが…」

「大丈夫だ。ここはお任せしよう」

「お任せ?」

「命令だ」

「は、はい…」

 理由がわからず戸惑いながらも、大谷は清隆の背中を追う。

「なあ、大谷。私たちは…」

「何でしょうか」

「いや、何でもない」

 足早にその場を去りながら、清隆は必死に祈りを捧げた。


「何か御用ですか、お嬢さん」

「子どもたちの周囲で物騒な噂が聞こえて参りましたので、確認にうかがいました」

「ここが物騒な場所だとはお考えにならなかったのですか?」微笑む二条。

「それはもう、危険極まりない場所かと」清子は表情一つ変えずに答える。

「九条の姫君。何か勘違いをなさっているようですな」大徳寺が上ずった声で笑う。「私の友人たちが、上京した私を食事に招いてくれただけです」


「あなたの勇気は評価しましょう。ですが、私の仕事は邪魔する人間を薙ぐことですから」

「話し合いもせずに私を薙ぐと?」清子が尋ねる。

「あなたと話すと面倒なことになりそうです」二条はそう言うと、パチンと指を鳴らして廊下の男たちを呼び寄せた。「申し訳ないですね」

 呼ばれた男たち二人は、二条と共に清子をぐるりと取り囲む。

「まったく…野蛮で頭の悪い方々ね」

「お褒めの言葉と受け取っておきましょう」


 部下の一人が清子の肩に手をかけようとした時、部屋の電気が突然消えた。明かりは庭の灯篭だけで部屋の様子はまるでわからない。

「で、電気をつけろ!」藤原が慌ててガサゴソと動き回ったその時、電気がつき、部屋の住人はもう一人増えていた。

「清子さん、彼らを褒めすぎだわ」

「あ…!」

 清子が華織の姿に驚く間もなく、華織は清子を取り囲む3人に手をかざした。

 二条の部下二人はすぐに膝から崩れ落ち、二条は一瞬踏ん張っていたものの、数秒後にはその場に倒れた。


「さ、西園寺の“命”さま…あの、これは、その…」

「まあ、大徳寺先生。先日はお世話さまでございました」

「い、いいえ、どういたしまして…」

 後ずさりしながら頭を下げる大徳寺を見ながら、藤原が部屋から逃げ出そうと畳をはいつくばっていた。

「あら。害虫はお外に出てはいけないわ」

 華織は藤原の顔を覗き込んで微笑むと、手をかざし、藤原もその場に倒れこむ。


「次は先生ですわよ」

「ひいぃ」

 歩み寄る華織を恐怖の眼差しで見つめる大徳寺。

「怖いこと、全部忘れさせて差し上げますわ。でも安心なさって。薙いだら消え去ってしまうけど、私は封じるだけ。機会があれば、また記憶を解放してさしあげましてよ。いずれ先生の証言が必要な事態も訪れるはず」

 華織が手をかざすと、大徳寺も倒れこんだ。


「華織さま…」

「清子さん、ごめんなさいね。あなたにも、ちょっとだけ忘れていていただきたいの」

 華織が清子の額に触れると、清子も膝から崩れ落ち、華織は清子の体を支えながら一緒に座り込んだ。

「進ちゃーん。運ぶの手伝ってちょうだい」

 華織が声をかけると、進と未那がどこからともなく現れた。

「華織さま。後は私たちでいたします。向こうの部屋をご用意してありますので、躍太郎さまとお食事をご堪能ください」

 未那が言うと、華織はありがとうと微笑み、部屋の外に出て行った。


  *  *  *


 二条、大徳寺、藤原の3人は、さっきの席の座椅子に座っていた。

 隣の個室からのパンという手を叩く音と共に、3人の意識が戻る。

「前田くん、遅いね。薙ぎ主さま内裏方の二条先生をお待たせするなんて…」

「けっこうですよ、大徳寺先生。交通事情では仕方のないこと」

「いえ、早めに出てお待ち申し上げればよかったのです。申し訳ございません」藤原が頭を下げた。

「お連れ様がお見えでございます」


「遅くなりました。申し訳ありません」

「ああ、前田くん、こっちこっち」

「二条先生、大徳寺先生、大変失礼いたしました」

「事故渋滞に巻き込まれたんだって?」

「ええ、そうなんですよ。おまけにすぐ近くで電線工事もやってましてね、電車を使おうかと思ったんですけど、最寄り駅まで15分ということなので、抜けられるのを待っておりました」

「お疲れ様、まあ一杯」二条がビール瓶を差し出すと、前田はぺこぺこと頭を下げながら、自分の前に置かれたグラスを差し出した。


  *  *  *


 隣の部屋では華織が躍太郎と食事を楽しんでいた。

「耳を“開き”ながら食事なんて初めてね」うふふと笑う華織。

「しかも、それをあっちへ“中継”もしつつだ。お義母さま…いや、先の宮さまがご覧になったら、お行儀が悪いとお叱りを受けるだろうなあ」

「大丈夫よ。保ちゃんが、お姉ちゃんを叱らないでって、飛び出してきてくれるもの」

「そうだね」躍太郎も笑いながら料理を口へ運ぶ。

「それにしても、おいしいわね、この蕪蒸し。進ちゃんたちにも食べさせてあげたかったわ」


「そうだな。せっかく重治先生も東京にいらっしゃるんだ。未那ちゃん、悠ちゃんと4人で近いうちに来てもらったらどうだい」

「そうね。でも、麻那ちゃんはどうするの? えーと、誠さんもかしら。央司さんや園子さんも? でも、それだと澪ちゃんや風馬もかしらね…」

「結局、私たちもまた来ることになりそうだな」

「4、5、6…12人じゃあ、大宴会ねえ」

 華織がけらけらと笑うと、躍太郎は嬉しそうに華織を見つめた。


  *  *  *


 清子が目を覚ました時、最初に見えたのは未那の顔だった。

「……?」

「お気付きですか、清子さま」

「あなたは…」ぼんやりと記憶をたどる清子。

「貧血を起こされていたようですわ」

「未那先生…? でも、どうして…?」清子が起き上がる。

「ああ、どうぞ横になったままで」清子の体をやさしく支える未那。「うずくまっていらっしゃったところに祖父が通りかかりまして」

「重治先生が?」

「ええ。華織さまのマンションの近くだったので、そこにお運びしました」


「ここは、華織さまの?」

「はい。華織さまご夫妻は、今お出かけでいらっしゃるんですけど」

「そうでしたか…ありがとうございました。重治先生は?」

「すみません。用事がございまして、先ほど失礼しました」

「いえ、そんな。こちらこそ、お忙しいのにお手間を取らせました。あの、もう大丈夫ですので、私、失礼いたします」

「もうすぐ、お迎えがいらっしゃると思いますので、それまでどうか、ごゆっくりなさってください」

「迎え?」

「うちの会社の大谷くん。お親しくていらっしゃるんでしょう?」

「あ…はい。でも、どうして未那先生がそれを?」


 その時、玄関のチャイムが鳴った。

「噂をすれば」足早に玄関に向かう未那。

「清子さま!」

「大谷…」

「大丈夫ですか?…まさか、例の…」

「例の?」不思議そうに大谷を見つめる清子。

「あ、いえ。何でもございません。…西川先生、どうもありがとうございました。西園寺さんにもよろしくお伝えください」

 大谷は深々と頭を下げ、清子の介添えをし、肩を抱きかかえるようにして玄関へ向かった。


「お世話になりました」清子が頭を下げる。

「本当にありがとうございます。お礼はまた改めて」大谷がより深く頭を下げた。

「どうぞお大事に」言いながら未那が大谷に耳打ちをする。「キャラはブレないようにお気をつけ下さいませ」

「え?」

 大谷は未那を凝視するが、未那のコホンという咳払いに促されるように、清子を抱きかかえながら玄関を出て行った。


  *  *  *


 サウスガーデンへの帰りの車の中で、清子は何度も頭を左右に振るような仕草をしていた。

「大丈夫ですか、清子さま。頭痛でも?」

「…違うの。思い出せないの。今日の午後以降のこと、何も覚えていないの」

「覚えていない…? 西園寺の“命”のご自宅近くで貧血を起こして倒れられているのを、重治先生が偶然通りかかられて、西園寺邸に運ばれたとのことでしたが」

「ええ。でも、それも記憶にないの。あの近所に行ったことも。…私、西園寺の“命”のお家にうかがうところだったの?」


「西園寺御夫妻はお留守でいらっしゃいました」

「そうよね…」

「貧血で記憶喪失じみたことになるんでしょうか」車を停め、心配そうに清子を覗き込む大谷。「ご気分はいかがですか?」

「普通よ」

 清子の様子をうかがいながら、恐る恐る大谷が尋ねた。

「確かに清子さまは、例の件を西園寺の“命”さまにご相談したいとはおっしゃっていました。でも…アポなしでご訪問はされないですよね?」


「例の件?」

“覚えていないのか…? いや、そのほうが都合がいいかもしれない”

「…清隆さまと話し合いをするという件です」低い声で答える大谷。

「私、そんなことを?」

「清子さま。本当に大丈夫でいらっしゃいますか?」

「あ…ごめんなさい。大丈夫じゃないのかも」

「しばらく、ゆっくりとお休みになってください。早く帰りましょう」

 大谷は車を発進させ、その横で清子は窓の外を見つめていた。


  *  *  *


 帰宅し、清子を寝かせつけた大谷は、未那に言われた“キャラはブレないようにお気をつけ下さいませ”というセリフが気に掛かっていた。自分に敬語を使ったからだ。

 そもそも、なぜ彼女は自分のところに連絡してきたのだろう。

 清子さまのことは、合コンの話で知られていたのかもしれないが、西川先生は自分の携帯番号は知らないはずだ。

 …いや、発見したのが重治先生なのだったら、40年前まで西園寺の主治医をしていた彼が、西園寺の“命”経由で情報を得たのかもしれないが…。


「あ、そうか…」

 大谷は、未那の前で“清子さま”と呼んでしまったことに気付いた。合コン話が噂で伝わっていたのなら、“Minnie”あるいは“清子”でなければ不自然な呼び方だ。

“未那先生は、清子さまと私との間で、二通りの呼び方があることを知っている…?”

 幹也は、清子の寝顔を眺めながら深呼吸をすると、発進履歴を探し、ダイヤルをした。


  *  *  *


「もっと詳細な資料はないのかね」

「それで全部でございます、薙ぎ主さま」

 多治見総研の藤原専務が頭を下げる。

「ですが、イマジカと久英社主宰の子どもイベントから招待が来るでしょうから、そこであちらの子どもたちはまとめて観察することが可能です。

 おそらく科学的データなども請求すればある程度は出してくるでしょう。こちらのお子さま方と比較検討するのは容易なはずです」


「…私が依頼したのは、うちの子どもたちの能力を少しでよりよく開かせるための、うちに特化した教育プログラムを作ってくれということですよ。

 よその子どもたちが起爆剤になるのなら使ってほしいとは言いましたが、比較検討をお願いしたわけではありません」

「お子さま方の現在の状況を平易にご理解いただくには、比較もその一手段。ちょうどよろしいイベントかと考えまして…」焦る藤原。

「私たちも、これまでそれなりの予算を提供しているのですよ。相応の成果は期待してよろしいのでしょうね」

「は、はい。それはもう…」


「イベントはイベントとして見学に行きましょう。詳細が分かり次第連絡してください」

「承知いたしました」

 藤原が深く頭を下げると、薙ぎ主は部屋を出て行った。

「二条先生…薙ぎ主さまは、いたってご機嫌斜めでいらっしゃいますねえ。やはり、最近お生まれのお子さまにも、お力が見られなかったことが原因ですか」

「…それをどこで?」二条の目が冷ややかに光る。

「3人のお子様方、皆さん、うちのグループの小児病院で検診をお受けですから。まあ、それなりのデータは」


「それは誰が判断を? 大体、御子様のデータにそういった分析をかけろとお願いした覚えはありませんが」

「あ…機械的にと申しますか、脳波や血液の様々な数値などから、そうかもしれないという…個人的な感想です。申し訳ございませんでした」さらに焦って頭を下げる藤原。

「…わかりました。とにかく、薙ぎ主さまもおっしゃっているように、我々はかなりの額をそちらにお渡ししています。きちんと仕事をしていただきたい。それから、例の“持ち物”はいつになったらこちらに?」


「もう入手はしたのですが…少々不具合が…」

「不具合?」

「大徳寺先生によれば、居場所を移していい日というのは限られていると。日を間違うと移動を察知されるようです」

「…で、いつになると?」

「今、詳しい日時を調べてもらっているところです。もうしばらくお待ちを」

 二条は立ち上がり、二つ折りになってお辞儀する藤原を振り返りもせず、ドアを大きくバタンと閉めて出て行った。


“…総研はパートナーとして失敗だったのか…?

 それでなくても、今の薙ぎ主さまが薙ぐことの深さと怖さをおわかりでない。力が足りぬゆえ、実感が足りないのであろうが…おまけにこのままでは周囲も人材不足になる。

“禊”に未来はない。やはりあの時、あの“命”の申し出を…”

 二条が考えながら玄関まで向かっていると、廊下の横から部下が携帯電話を差し出した。

「先代さまから、お電話が入っております」

「何と…」二条は慌てて電話に出た。「智親でございます」

 その電話で二条が聞かされたのは、思いも寄らぬ内容だった。


  *  *  *


「二条に悟られそうになったから、当分姿を見せるなということか」

「いや…そのようなわけでは」

 藤原が電話に向かって何度もぺこぺこと頭を下げる。

「あなたさまのご協力なくして、様々なプロジェクトは実験はなし得なかったわけですから。そんな失礼なことは…ただですね、薙ぎ主はご機嫌斜めですし、内裏方の怒りに触れるようなことになれば、少々事が面倒に…」

「まあ、それはそうだ。今の彼らに私の存在を悟れるとは思えないが、用心に越したことはない」

「今後とも、よろしくお願いいたします」

 藤原は電話を切ると短く溜息をつき、イニシャルが並んだリストを見つめた。


  *  *  *


 シンクロのために集まったプールサイドでは、探偵事務所の面々が、先日の華織の行動を話題にしていた。

「ねえ、紗由ちゃん。じゃあさあ、“命”さまが、わるいやつやっつけちゃったの?」

「うーん。そうでもないかも。清子おねえさまのことをたすけたけど、わるいやつ、まだいるし…」

「じゃあ、ぼくたちで、やっつけに行こうよ。イベントじゃまされたら、いやだし」

「だよねえ。まりりん、まってるの、あきてきちゃった」

「奏子もです。パパとママも、奏子やおにいちゃまのまわり、いっしょうけんめいみはってて、つかれてるみたいだし…」


「そうだねえ…。でも、紗由たちもがんばりすぎると、おねつ出ちゃうかもしれないし…」まだ決断が付かない様子の紗由。

「おきなわのときみたく、わるいやつが来てケガするより、先にやっつけたほうがいいよ」恭介が言う。

「それなら未那せんせいに、やっつけてもらいましょうぞ。ドレスは赤で…」沖縄のホテルで、赤いドレス姿の未那の腕に抱かれてベランダを渡った記憶をたどる充。「あ。和歌菜どのにむらさきのドレスでも…」


「そんなにドレスが好きなら、うちのおじいちゃまに、きいろいドレスをきせるから、たくさんだっこしてもらうといいわ…」

 ぼそっと呟く真里菜に、一同が後ずさりする。

「紗由ちゃん、はやくなんとかしないと、たいへんなことになるよ!」真里菜をうかがいながら焦る恭介。

「じゃあ、ちょっとまってて。紗由、じぜんちょーさ、してくるから」

 紗由は先生がドアの向こうから現れたのにもかかわらず、“お疲れ様でしたー!”と先生に挨拶して、家の中へと消えて行った。


  *  *  *


 華織のマンションでは、九条清隆と命宮の大谷慎也が幾分緊張した面持ちでソファに座っていた。

「九条さま、大谷さま。どうかお寛ぎくださいませね。これ、とっておきのお紅茶ですの」

「いい香りですね。頂戴します」清隆が一口すする。

「あの…西園寺さま。我々をお招きいただいた理由とは…」

「もちろん私が九条邸に出向いてもよかったのですが、あちらの奥様方のお出入りが激しゅうございますでしょう? 皆様のお口に上るのも困りますので」

 ゆったりと微笑む華織。

「私、身分が他の関係者に知られぬよう、今までけっこう注意を払って参りましたの。弟のパーティーや応援も、“命”の関係者と思しき方に見つかりそうな場合は、一切出向いておりませんわ」

「平素からのお心がけ、ご立派なことでございます」清隆が恭しく礼をする。


「ですので、秘密のお話がある時には、大変失礼かとは存じますが、拙宅にご足労いただいておりますの」

「なるほど。この紹介状もアリバイ作りというわけですね」

 清隆の手元には、Ms.Tricky名義のアクセサリー作成紹介状があった。

「若い方々にも大変な人気だそうで。さすが、西園寺の“命”さま、多才でいらっしゃいます」

 大谷が紹介状に添えられていたパンフレットを眺める。

「アクセサリーは本当にプレゼントさせていただければと。清子さんにでよろしいかしら? 奥様には、京都の奥様方皆様を含めて、いずれお作りすることになるかと思いますので」

「…はい。ありがとうございます」


「それで、今日お招きした理由なんですけど、一つは…」

「おばあさま! ぴったり3じです!」

 ドアを開いて紗由が現れると同時に、壁のオルゴール時計が音を奏で始めた。

「紗由。確かにぴったりだけど、お客様とお会いする時は、5分前には来るようになさいね」

「はーい!」

 リュックを下ろし、ソファに置くと、紗由は清隆の向かい側に立った。

「こちらのお嬢さまは…総理の?」

「史緒ちゃんのお父さまですね。はじめまして。西園寺保たんていじむしょ、しょちょうの西園寺紗由です」恭しく名刺を差し出す紗由。


「すみません、九条さま、大谷さま。子どもの遊びですので、大目に見てくださいませ」

「いえ、元気で可愛らしいお嬢様で。…九条清隆です、紗由ちゃん。初めまして」

「こちらのおじさまも、どうぞ」大谷にも名刺を差し出す。

「大谷慎也です。初めまして」

「きょうは、紗由がようじがあったので、きてもらいました」

「申し訳ございません。言い出すときかなくて」


「…で、ご用件とは」華織のほうを見て尋ねる清隆。

「おじさまたちは、いつ、わるものをやっつけに行くんですか?」

「え?」清隆が紗由を振り返る。

「さゆたちが行ってもいいですよ」

「あ、あの…」清隆と紗由を交互に見る大谷。

「どこにいるか、しってるんですか?」

「それはまだ…」大谷がポツリと呟く。


「何のお話でしょう、紗由ちゃん」

 清隆が大谷を遮ると、紗由はしょんぼりうつむきながら、テーブルのクッキーに手を伸ばした。

「しらんぷりなんですね…紗由、かなしいなあ」

「今のがファイナルアンサーということでよろしいのですね、九条の“命”さま」

「答えも何も、ご質問の意味がよく…」微笑む清隆。

「いいの、おばあさま。紗由、じぶんで見つけるから。…大谷さん、これ、なまクリームとイチゴのジャムが入ってます。おいしいですよ!」

 紗由が大谷にクッキーをすすめると、清隆は「いただきなさい」と大谷に言う。


「ありがとう、紗由ちゃん。いただきます」

 大谷にクッキーを渡す時、彼の手に触れ、にっこり笑う紗由。その瞬間、清隆の顔色が変わった。

「大谷。早くいただいてしまいなさい。西園寺さまのお話の続きをうかがいたいからね」

 清隆は、紗由の手から遠ざけるように、大谷の手を動かした。

「そうでしたわ、九条さま。まだ正式にご紹介しておりませんでしたわね」


 華織が呼び鈴を鳴らすと、進が部屋に入ってきた。

「失礼いたします、九条の“命”さま、命宮さま。西園寺の命宮、高橋進でございます。どうぞお見知りおきくださいませ」

「九条清隆です。こちらこそよろしく」

「九条家命宮、大谷慎也でございます。よろしくお願いいたします」慌ててクッキーを飲み込む大谷。

「あ。進子おねえさんだ!」紗由が進に駆け寄る。

「お姉さん?」大谷が首をかしげた。


「おや、紗由さま。今日の黄色いおリボンもよくお似合いですね」紗由に耳打ちする進。「デートでいらっしゃいますか?」

「うふふ」両手で口を押さえて照れる紗由。「もうすぐね、翔太くんがくるの」

「それはよろしゅうございました。お楽しみくださいませ」

「進ちゃん。紗由を送ってあげて」

「…もう、よろしいのでしょうか」

「はい。もう、ごようじはおわりました。紗由はおしごとしないといけませんから、おうちにかえります」リュックを背負う紗由。

「承知いたしました。…九条の“命”さま、命宮さま、これにて失礼いたします。それではまたの機会に」

 進はゆっくりと頭を下げると、紗由の手をとり部屋を出て行った。


「申し訳ないことをいたしましたわ、九条さま。私の見立て違いだったようです」

「いえ、そのような」清隆が曖昧な笑みを浮かべる。

「それに、先日の会合では花園先生をこちらになどと、重ねて失礼いたしました」

「いえ。九条としましては、今回の西川先生の一条ご就任は、九条と一条との確執を解く良いきっかけになりました」

「そのことなんですけど…結局、前回の決定は、伊勢のご判断でない以上、決定未満ですわよね」

「まあ、それはそうですが、あそこに立ち会った“命”たちの総意として伊勢に申し出れば、さすがに反対はして来ないと思います」


「では、皆さんで協力し合えばよろしいわけですわね。よかったわ…私ひとりではどうにもならないかと思いましたの」少し目を伏せる華織。「でも、あれが決定になったら、大徳寺先生は少々お立場がございませんわね。一条を麻那先生にお預けするだけで事足りていらっしゃったのでしょうから」

「大徳寺先生のために神命医があるわけではございませんから、そこまでお優しくお考えになることもないかと」

「あら。三条の“命”さまと、その辺りのニュアンスは同じでいらっしゃるのかしら」

「村上先生が蘭子ちゃんに付いてくだされば私も安心です」

「そうですわね。彼女が言ったように、適材適所が大事です。今後も“命”のシステムが安泰するといいですわね。お互い、“弐の位”を大切に育て上げねば」

「同感でございます。西園寺の“命”さま」

 心なしか清隆の声が震える横で、大谷はゆっくりと頷いていた。


  *  *  *


 西園寺本宅へ続く裏通路へたどり着くまでの十分弱、紗由はしきりに進に話しかけていた。

「史緒ちゃんちと、うちは、ぜんぜんちがうんだねえ」

「どんなふうに違っていましたか?」

「うちは、みんなでいけんを言って決めるでしょう? にいさまも紗由も言うし。でも、史緒ちゃんちは、決めるのはおとうさまだけだよ」

「そうですねえ」

「それに、史緒ちゃんのおとうさまは、ちょっとずるいよね。おばあさまに、めんどうなのを、ぜんぶやらせたいみたい」


「紗由さまも、時々そうではございませんか?」笑う進。

「すこしそうだけど…でも、紗由はおばあさまのために、ケーキやさんにならんだりするよ」進を見上げる紗由。

「そうでしたねえ。ちゃんとバランスが取れています」

「あのね、紗由、おばあさまのおてつだいをしようとおもうの。たいへんそうだもの」

「お手伝いですか」

「うん。たんていじむしょのみんなもね、イベントじゃまされたら、いやだなって言ってるし」

「そうですか。では私もお手伝いいたしますので、いつ何をするか決まりましたら、ご連絡ください」

「はーい。よろしくおねがいしまーす」

 紗由は嬉しそうに答えると、進の手を引っ張るようにして通路の入り口へ続くドアへ走った。


  *  *  *


 華織の家からの岐路、清隆がしばらく近所を歩きたいと言ったので、迎えの車は最寄り駅近辺で待っていることになった。

 駅までの途中、西園寺本宅の前を通りかかり、SPが重々しく周囲をうかがっている様子を目の前にしながら、清隆は溜息をついた。

「レベルが高いとは、こういうことを言うのだな」

「総理のご自宅でございますから」

「おまえ、さっき紗由ちゃんに“読まれてた”ぞ」

「え?」思わず立ち止まる大谷。

「私たちが狙っているところをだよ」

「も、申し訳ございません」


「いや。私も油断した。西園寺の力は想像以上だ。1年間、逃げられていた時点で気付くべきだったな。私自身も命宮にはじかれた」

「清隆さまがですか?」

「いかほどのものか確認しようとしたんだがな…ある意味確認できたというわけだ。

 まあ、無理もない。“弐の位”ですらない紗由ちゃんが、おまえを読めるんだ。西園寺華織の実の孫は…私が伊勢にいた時は、一度はじきかえしたらすぐに引っ込んだが、本気を出せばきっとそれ以上なんだろう。

 いや、二度目は私がどう出るかを読んだ上で引っ込めたんだろう。清子よりも明らかに上だ」

「清隆さま…」

「本来なら、“命”二人に動いてもらいたかったんだが…このままだと、少しややこしいことになりそうだな…」

 清隆は通り過ぎた西園寺邸を振り返り、しばしその2階の窓を見つめた。


  *  *  *


 多治見総研の藤原専務に呼ばれた男は、ニヤリと笑った。

「イベントを中止させるんですか? 簡単ですよ。子どもをちょっと脅かせばいいんです。イベントに出たくないと思わせて、参加者がいなくなればイベントはつぶれます」

「後々、責任問題が発生しないように注意してくれよ」

「その辺は心得てますよ。まあ…プロですからね。外務大臣の孫あたりがいいでしょうかねえ」

「その辺が妥当だな。薙ぎ主さまも機嫌が悪いしね。先週の最終チェックの結果を見る限り、我らが手を加えた“禊”の子どもたちには力の芽が見られないようだ。

 その事実と、我々のバックにいる人間を悟られるとまずいことになる。

 とりあえず、事件を起こして彼らの目をそちらに向けておこう。その間に“命”側の子どもたちのデータを細工する」


「ですが、それを覗かれたらどうするんですか」

「実験中の子どもと一緒の時には、“禊”の力を使わないのが実験上のルールだと言ってある。影響を受けると正確なデータが取れないからということでな。だから、私が子どもたちと一緒の場では彼は覗かない」

「なるほど。危険が及んだら、禊側の子どもたちの傍に行けばいいんですね。

 ところで、前田さんには先ほどいただいた指示はされてないんですか? 動きがかぶると味方同士の事故につながりかねません」

「気が小さい穏健派がなかなか動かないから、おまえを呼んだんだよ」少しいらつく藤原。


「ですが“禊”も勝手ですよねえ。“命”より力のある子どもの排出率が減っているからと、こちらの教育プログラムに乗ってきたのに、効果を急いで八つ当たり。文句あるなら、どんどん子どもを作って排出率を高めればいいだけなのに」

「まあ、それを言ったら、こっちの商売が成り立たないだろ。それに我々もそれなりの協力費を今までもらっている。それが小宮山のような政治家に流れて、さらに金を生む」

「世の中は上手に回ってるんですねえ」


「そういうことだ。…そうそう、これを持っていけ」

「何ですか、この玉」

 差し出された水晶玉を不思議そうに見つめる男。

「不思議なお守りだ。これを持って、おまえが事を成功させたら、約束の3倍報酬を出そう。ただし、それは再び持ち帰れ」

「わかりました。ちゃっちゃとやっておきますよ」

 男が笑いながら部屋を出て行くと、藤原もニヤリと笑った。

“あの水晶に二条の内裏方が言うような力があるのなら、渡す前にもっといろんなことに使ってみようじゃないか…”


  *  *  *


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