声優さんと作家さんと担当さん
声優さんと作家さん。お互いにファンというのは、あると思います。
私の名前は、本井 由美。
私は今、あることが気になって仕事がうまくいってない。
全然身が入らず、OKを貰えないでいる。
「すみません。もう一度おねがいします」
「どした、調子でも悪いのか?」
「いいえ、そんなことはありません」
「そっか、一度休憩するか」
あ~ぁ、もうだめだ~。
おわった。
もう仕事もらえないかも。
「どした、由美ちゃんがこういうの珍しいな」
「ぜんぱい~、もうわだじ、おじまいでず~」
おなじ事務所の先輩を見て、私は思わず泣いてしまった。
じつは、田舎から私のおじさんが上京してくるのです。
わたしは、小さいころからおじさんが大好きで、とても懐いていました。
おじさんは、東京が初めてと言う事で、私が迎えに行くことになっていたのです。
でも、機械の調子が悪く、機械待ちと言う事になってしまいました。
あっ、わたしは声優の仕事をしています。
直ぐに治ると思われた機械は、なかなかなおらず、時間がかかってしまいました。
スタッフの方は、用があれば帰っていいと言ってくれたのですが、大先輩方が「いいよ。治るまで待つよ」といって私も待つことにしました。
大先輩を差し置いて、おじさんを迎えに行くなんてできません。
「そっか。俺が迎えにいってやるよ。写真かなんかあるか。由美は、集中してやるように」
「そんな、わるいです」
「気になって、上手くできないんだろ。そのほうが、みんなに迷惑をかけることになるぞ」
「わかりました。おねがいします。終わり次第私も向かいます。えっと、これがおじさんの写真です。
名前は、本井 大吉です」
「大吉さんか。あっそうだ。大吉さんの携帯番号を教えてくれ」
「すみません先輩。おじさん携帯持ってないんです」
「うそ、今どき珍しい人だな。仕方がない、それじゃ、いってくる」
「おねがいします。先輩」
「まかせろ」
おじさんのことを、先輩に任せて安心したのか、今度はすぐにOKをもらうことができました。
は~ぁ。情けないです。
私のメンタルが、ここまで豆腐だったなんて。
「ご迷惑をおかけしました~」
「いいよ。こんなこともあるよ」
いい人たちです。
でも、次も仕事があるかは、わかりませんが・・・
とにかく、わたしも駅に向かおう。
「えっと、大吉さんはどこかな~」
俺が、駅で大吉さんを探していると、変なおっさんが目に飛び込んできた。
そのおっさんは、駅のベンチで腹ばいになり、何かをしているようだった。
目を合わせないほうがいいな。
そう思った俺は、そのおっさんと目が合わないように気を付けながら、大吉さんを探した。
しかし、大吉さんは見つからない。
そうこうしているうちに、人もまばらになってきた。
「せんぱ~い」
「おう、早かったな」
「あのあと、すぐにOKを貰えたので」
「そっか」
「おじさんは、見つからないのですか?」
「それらしい人が、いないんだよ」
由美も見渡してみたが、見つからない。
ベンチで腹ばいになってる、おっさん以外は。
「もしかして・・・」
由美は、おっさんのそばまで行くと、おっさんに声をかけてみた。
「おじさん?」
由美の声を聴いたおっさんは、腹ばいのまま由美のほうを向いた。
「遅いぞ由美。まあいい。元気でやっとるか」
「おじさん、ベンチでなんてかっこしてんのよ」
「人も少ないし、まあいいかなと」
「いいかな、じゃないわよ。もう、仕方のない人だな~おじさんは」
「ごめん」
あのおっさんが、大吉さんだったのか。
挨拶でもするかな。
「それで、おじさんはなにしてたの?」
「ああ、原稿を書いてた」
原稿?
この人、どんな仕事してるんだ?
「由美。その人が大吉さんか」
「はいそうです。叔父の本井大吉です」
「よろしくおねがいします」
「おじさん、この方は、事務所の先輩の杉本大輔さん」
「なに、この人が杉本さんだと」
どうしたんだ、大吉さん。
俺、何か悪い事でもしたのか?
いや、それはない。
会ったばかりなんだし。
「サインおねがいします」
「へっ」
「ファンです。これにサインをください。こんなおっさんじゃ、ダメですか?」
「すみません先輩。おじさん、声優さん好きなんです」
「そうなんだ。ファンに年齢なんて関係ありませんよ」
そう言って、俺はサインをしようとした。
差し出された、さきほど原稿といっていたものには、「魔剣の勇者と聖剣の魔王」と書かれてあった。
「魔剣の勇者と聖剣の魔王」。
おれは、この作者の大ファンだ。
処女作も全部持っている。
大井 本吉先生。(おおい もときち)
ちょっと待て。
字を入れ替えたら、本井大吉じゃないのか?
「すみません。もしかして、大井本吉先生ですか?」
ぎくっ!
「せ、せんせい。いったいなんのことですか」
間違いない。
大井本吉先生だ。
「先生。サインおねがいします」
「な、なんでおれが。人違いです」
「サインくれないなら、自分のサインも渡せません」
「そ、そんな」
そんなやり取りを見ていた由美が、口をはさんできた。
「もういいよ、おじさん」
「いいのか?」
「うん、おじさん、先輩にサインしてあげてくれるかな。先輩も、おじさんにサインをお願いします」
「わかった」
そのあと、カフェに入り事の次第を先輩に説明した。
おじさんは、アニメ化もされたことのある作家で、そのおかげで、仕事を貰えてるなんて思われるのが嫌だったので、おじさんのことは、隠しておくことにしたというのを、先輩に話した。
「そういうことか。そんなことはなくても、そう思うやつはいるかもな」
「はい。」
「で、俺のほかに知ってる人はいるのか?」
「はい。担当の片桐さんが知ってます」
「あの、片桐さんか?」
「そうです。あの片桐さんです」
片桐さんと言うのは、編集社の方で、担当の作家さんたち、いえ、作家の皆さんに恐れられている存在です。
その噂は、声優の間でも有名です。
作家さんを、引きずってでも缶詰にするということで。
いまでは、缶詰専用の部屋が、都内の何処かにあるという噂です。
私は見かけただけですが、声優さんたちなんかには、腰も低くとてもいいひとです。
「か、かたぎりさんのはなしは、やめてくれ」
おじさんは、田舎で原稿を仕上げていたのですが、よく遅れるので、今度遅れたら上京してもらう約束を片桐さんとしていたという事みたいです。
「おじさんが悪いんでしょ。締め切りを守らないから」
「そんなことはない。締め切りなんかを気にしていたら、いいものなんか書くことは出来ない。
おれは、読者に面白いものを読んでもらいたいだけだ」
「さすが先生。その通りですよ」
「そうかな」
「そうです。これからも、その姿勢で小説を書いてください」
「そんな風に、杉本さんに言ってもらえると、勇気が出ます。片桐の奴なんて、くしゃくしゃにして、ごみ箱に捨ててやりますよ」
「その意気です。先生」
そのとき、私たちに近づいてくる、一つの影がありました。
「そうなんだ。私、ごみになって、捨てられちゃうんだ」
その姿は、まるで仁王様のようでした。
「か、かたぎりさん!?」
「こんばんは、由美ちゃん」
「杉本さんも、いらしたんですね」
「はい、偶然ですが、こういうことになりました」
片桐さんは、私の住んでいるアパートに、おじさんを訪ねたということでした。
私に連絡が取れず、駅まで来たということでした。
「電池が切れていました。すみません」
「いいのよ、これからこいつがお世話になるんだから」
こいつ?
作家先生で、年上の人間をそんな風に呼ぶなんて。
噂通りの人みたいだな。
「せんせい、もう締め切りが迫ってますよ」
「わかってる」
「ほんとですか。さきほど、締め切りなんて気にしないようなこと、言ってた気がしますが」
「言ってない、言ってない」
「じゃっ、締め切り守ってくださいね」
「わかってましよ」
あっ、噛んだ。
よっぽど怖いんだな~ぁ、片桐さんのこと。
おじさんはこれから、片桐さんにお尻を叩かれながら、仕事をする羽目になるでしょう。
担当さんは、作家さんにとって天敵?