表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
<R15>15歳未満の方は移動してください。
この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

竜魂

貴女を縛る時の枷

作者: 灰月


 諸々病んでます。

 お気をつけ下さいませ。


 他の短編の裏話です。



*****


 「私はお前と結婚して、幸せだったよ・・・ありがとう」


 万感の想いをこめたかすれた声が響く。病におかされ失われたはりのある声ではなくなったが、含まれた熱は奪われはしなかった。


 「旦那様・・・私も幸せでしたわ」


 こたえたのは柔らかな甘い声。一瞬つまり、溜め息と共に絞り出された感情を伝えてくる。掌を握り力をこめられた指の先が熱い。


 「・・・アリシア」


 彼女の心底嬉しいと微かに震える唇から紡がれる言葉を待ち望んだ私は、呟いた声音が今生のどの時より甘いと頭の隅で考えた。

 死を間際に横たわる者の声ではないと叱咤しながら、心を引き締める。




 さあ、君は何を私に差し出す。

 この時をずっと待っていただろう?

 




 「ふふ・・・なんて、私が本当に言うと思っていたの・・・・・・可愛い人」 


 恍惚と頬を染め、『夫』に真実(・・)を告げた『妻』は、私の想像をはるかに超えた美しさだった。

 そんな表情を今見せてくれるなんて、本当に君は私をどこまでも振り回してくれる。

 思わず声が上擦ってしまう。


 「・・・・・・アリ、シア?」


 「コレでようやく、私は解放されるのですね」


 黄泉へと旅立とうとしている私への土産があの日見た娘の無邪気な笑顔より麗しい嘲笑だとは、神とやらは粋な真似をしてくれるものだ。



*****



 私が初めて妻となる娘と出会ったのは、私が18歳となったばかりの冬。彼女の5歳の誕生日。

 年の離れた兄が誕生日プレゼントを買う為に幼い妹を連れて出向いた雑貨屋の連なる通りから、はしゃいで飛び出してきて目の前で転びそうになったのを反射的に受け止めた。


 あまりの驚きに眼を見開いて固まる小さな娘を抱き上げると、私は衝撃のあまりその身体をうっかり落としそうになった。


 一目見て気付いた。

 これが我が身の対であると。

 私の中で叫ぶ古き竜の血が、伴侶を見付けたと騒ぎたてたからだ。


 目があったまま互いを凝視していたが、先に我にかえったのは腕の中の娘だった。


 「わぁ!おにいちゃんおめめキレイねぇ~」


 小さな手をのばし頬にふれながら満面の笑みを振り撒き、軽やかな笑い声をたてる。小刻みに揺れるたびに砂糖菓子のような甘い香りが漂う。

 ぼんやりと浸りながらされるがままになっていたが、頬をさすっていた指が耳の付け根をかすめると、優しい痺れが全身を支配した。

 そこにあるのは涙型の小さな(あざ)。普段は髪で隠れているごく親しい者しか知らない特別な者である証。物心ついて以降、誰にも触らせなかった場所でも、この娘ならば甘美な刺激となると知る。

 よくみると娘の首にも三日月型の特別な痣を見つけ、歓喜に震えた。


 「・・・ありがとう。君の瞳もとても綺麗な色だね」


 金緑の瞳をのどをならす猫のように細めた娘は、照れたように笑う。

 この子がどこの誰かを聞かなければ。


 「お嬢さん、君の名はーー「アリシア?」」


 「あっ!シフルにいさま」


 背後から被さるようにかけられた声に反応した娘は私の腕を振り払ってとび降り、声の主に駆け寄った。

 12・3歳程の容姿の整った金髪の少年は慣れた様子で娘を抱き上げ笑いかける。


 「何してるんだいこんなところで。この人誰?」


 「んーとね、おにいさまとフィンとおかいものしてて、えと、おみせでてね、アリシアころびそうだったの。おにいちゃんだっこしてくれたのよ」


 「え?アルガンはどこにいるの!?フィンさんは!?」


 「おにいさまおみせのなか。フィンしらない」


 「きっと二人とも探してるよ!はやく行こうっ!・・・あの、アリシアを助けてくれてありがとうございました。失礼します」


 礼儀正しく挨拶をしたあと慌ただしく去っていった少年に抱かれた娘は、私のことなど最早眼中になく少年だけを見ていた。


 ようやく出逢えた唯一をひき止める間もなく目の前から奪われた。そう錯覚する程の喪失感を味わわされた一幕。

 私にとっては最愛との出逢いでも、幼き娘にとっては何程のものでもない通りすがりの小さな出来事でしかなく。


 その後、娘の『おにいさま』『シフル』『フィン』と少年の『アリシア』『アルガン』という言葉から、実家とも多少付き合いのある子爵家の娘であると調べがつく。

 度々様子を見に行ったが、必ず娘がシフルと共にいる姿を見ることになる。


 『おにいさま』の親友であるというその金髪の少年ーーいや、青年を見る娘の瞳は、出逢った日から変わらず一途に見つめ続けている。

 そこは私の場所だという想いを無理矢理抑え込む。

 ざわり、ざわりと、忍び寄り凝り固まっていく不快感の正体を正確に理解しているが、解すすべなどなくより強固になっていった。


 転機が訪れたのは彼女が14歳になる手前の秋。

 子爵に彼女との婚約を申し込んだ数週間後。

 子爵夫妻が揃って事故で亡くなり弔問を兼ね様子を見に行くと、金髪の青年に抱き締められて涙を流す娘を見た。

 それは嘆き哀しみすがり泣く彼女と、優しく包み込むその恋人の姿。


 ざわりと背に悪寒がはしり目の奥に火花が散った。


 触るな。

 その魂は私のモノだ。

 貴様ごときに誰が渡すものか。




 アリシアはまだ若いと自身に言い聞かせ、彼女のデビューを待ち正式な場で出逢い愛を乞うつもりで見逃してきたが、どうやらそこから既に間違いだったらしい。



 彼女が己の運命に気付かぬならば、気付かせてやれば良い。

 今現在彼女の最愛でないならば、愛を得るのは最期で良い。

 私以外の全てのものを削ぎ落とし、欠片も残さず奪い盗る。


 紛い物に成り代わられた過去を塗り潰し、始まりからやり直そう。

 そう、同じだけの時間をかけて。

 君には私以外など必要ない。




 憐れな娘。

 愛しく憎らしい私の(つがい)


 私以外を選ぼうとさえしなければ、もっと別の道もあったかもしれないのに。



 まずは彼から攻めようか。



*****



 シフルは真面目な見た目とは少々異なり、色事ではそれなりに奔放な男だ。来るもの拒まずの博愛主義者を気取りながら、きっちりと打算的な考えも持ち合わせていた。

 だが一方で、彼女の事だけは心から大事にしていたのはずっと見てきたので知っている。

 ーーーただし妹として。


 故に、侯爵である私が一目惚れしたアリシアとの婚姻を望むとある夜会で(ほの)めかし、事前に調べたシフルに恋慕の情を抱く伯爵令嬢との縁組みを取り持つと確約するとあっさり身を引いた。

 友アルガンやシフルの両親がアリシアとの婚姻を望んでいた為、その事に不満は無く何事も無ければ結婚していただろうと笑いながら言う。

 アリシアは可愛いから問題なかったと。


 その程度で彼女を得ようとしていた事は許しがたいが、この男にはまだ使い道がある。

 形ばかりの礼を言えば検討違いな応援をして、ニヤニヤと送り出してきた。


 アルガンにアリシアとの婚約を申し出ると、妹の気持ちを思うとと多少の難色は示したが、侯爵家と繋がりを持てるチャンスと捉え受けた。

 表向きはアリシアも喜んで受けた事になるだろう。



 結婚式当日に初めて(・・・)顔をあわせたアリシアは、青ざめながらも美しかった。


 風竜王の血を継ぐ者が統治者であることを誇る我が国の男達は、総じて女性の意思を優先する気質を持っている。

 竜族の雄は雌の許可なく番になれず、また1度つがえばその者以外目端にすらいれない。

 竜の血を引く者、とりわけ高い魔力を持つ者は特にその傾向が出やすい。

 だが私の魂は、雄の理性の自制心よりも、本能である独占欲の高さが勝る性情だったようだ。

 手を震わせながら誓いの言葉を口にする彼女を見ても、罪悪感など微塵も感じなかったのだから。



*****



 妻となったアリシアは、『夫にとっての理想の妻』を演じながら少しずつ精神を疲弊していった。

 初夜をあえて行わず、街で暮らす庶子の弟の妻を侍女として雇い入れ、愛人のふりをさせていたから。


 正妻以外の女に溺れる平凡で不義理な男を演じていると、そんな夫にかえりみられない妻という立ち位置に、アリシアは次第に私への執着を見せ始めた。

 多少の傲慢さを滲ませる夫へ表面上は気のないふりをし、時折激情を訴える眼でみつめてくる。

 その変化を見逃さなかった古くから仕える使用人達は、主人の意をよくくみ余計な事は言わず積極的に彼女を檻へと囲いこむ。


 少しして弟の妻が風竜王の血筋を現す私と同じ碧眼の男児を産んだ時は、偶然とは恐ろしいものだとほくそ笑んだ。

 『侯爵家の跡取り』として彼女に育てさせると、私への執着がより深くなっていく。


 怒りと哀しみの感情を心の底に沈めながら、無視出来ない私の存在に染まっていく妻が愛しい。


 だがまだ足りない。

 私と同じだけの時間をかけて、もっと奥底まで。



 

 ざわりと溜まった汚泥が少しずつ溶け出して、代わりの何かに満たされていく。

 





 結婚して10年、そろそろ頃合いだろう。


 愛人とその子どもには出掛け先で事故にでもあい、この世を去ってもらうとするか。



*****



 『最愛』を喪った哀れな『夫』を優しく赦し慰め、真に『妻』となったアリシアは今、私の腕の中で疲れ果て深く眠っている。

 彼女の首に浮かぶ三日月型の痣をゆっくりと撫でながら、寝顔を眺め続けた。


 出逢って10年。

 出逢い直して更に10年。


 かけた時間は決して短くはないが、それだけの価値はあった。


 だがまだ充分ではない。

 彼女は未だ私に抗おうとしている。


 侍女が彼女の部屋でみつけた避妊薬の瓶を玩びながら、思考をめぐらせる。



 面白い。

 本当に君は私を何処までも愚かにさせる。

 



 まるで結婚式の日からやり直す様に。

 とどめていた堰が決壊したかの如く。

 望む唯一の存在をやっと得たのだと。


 とめどなく際限なく溢れ出る愛を囁きながら、次なる一手を打とう。



*****



 「久々に呼び出されたと思ったら、これってどういう状況?」


 妻が眠る寝台に腰掛けながら客をもてなす男を前に、有り得ない麗しい顔を傾げながらも笑って問うのは、昔馴染みの破天荒な魔術師。

 竜の番に選ばれ、年をとることを止めた肉体を持つ青年の正確な年齢は知らない。

 しかし自分が知る限り最も強大な魔力を持ち、尚且つ倫理観を蹴倒す彼なら、私の望みを確実に叶えてくれるだろう。


 「手に入れる手段の無いどうしても欲しいモノを前にしたら、お前ならどうする?」


 問いには答えず問を返す私を見て瞬きを一つした魔術師は、眼を細め嗤う。


 「手段をつくって手に入れる」


 「では作ってくれ」


 「ふふっ、良いよー。何が欲しいの?」


 「幻惑と記憶操作の魔術薬。お前ならこのての類いはお手の物だろう」


 「まぁね。他には?」


 「次の機会で」


 「了~解っ、奥方いじめは程々にねぇ」


 「お前にだけは言われる筋合いないな」


 笑いながら転移魔術で去った青年から後日頼んだ薬が届き、それを片手に妻を伴いとある夜会へと赴く。


 件の伯爵令嬢の夫となったシフルと挨拶を終えた直後、妻に薬を飲ませ連れ帰り偽りの一夜の戯れを演出し、避妊薬をすりかえその日より夜毎励んだ結果、彼女は2ヶ月後に医師から懐妊を告げられる。


 (はかりごと)通りにシフル(・・・)の子を宿した妻の、ほの暗い悦びを孕んだ金緑の瞳の輝きに、私は今一度魅了された。



*****



 「アリシア・・・君は今、幸せかい?」


 「あら、変なお兄様。跡取りも産めて、今はほらっ、春には二人目も産まれる私が幸せなのは当たり前でしょう?」


 「・・・・・・アイツとは、会っているのか?」


 「・・・ふふ、以前夜会でお逢いしたわ。相変わらずお優しかった」


 「アリシア・・・侯爵とは、その・・・・・・」


 「心配性ね。それなりに仲良くやっていてよ。・・・色々(・・)あったけれど、今はとっても優しくして下さるの。私の『旦那様』は」


 「・・・・・・・・・・」



*****



 「侯爵・・・妹に、その、一体何が・・・フィンが様子がおかしいと言っていて・・・」


 「それで?」


 「子が、貴方の子ではないと思い込んでる様だ、と。どうやらシフルの子だと信じているらしいと」


 「・・・・・・・・ほう」


 青ざめながらも眼をそらさないアルガンに、結婚式のアリシアを思い出し苦笑する。

 第二子出産の祝いに来た義兄は、積み重なった疑問にたえきれず口を開いたはいいが恐ろしいらしく、どうも尻尾を丸めて怯える猫を虐めている気になる。


 「そんな事は有り得ません。シフルは年々嫉妬深くなる妻に束縛されて、最近では夜会はおろか我が家にすら滅多に顔を出さないのに。・・・・・・まるで白昼夢でも見ているようだと」


 「そちらの使用人も、中々に優秀だな」


 「・・・・・・・」


 「よく出来てると思わないか?」


 「・・・え」


 「確実に私の子だ。しかし長男に受け継がれたのは私の金髪で、瞳は妻の色だ。先日産まれた長女は母方の茶髪と青眼を受け継いだ。二人とも顔立ちですら私の血筋を全く感じさせない。これでは金髪の男なら誰でも父親だと(うそぶ)ける」


 「・・・・・・・」


 「神は残酷だが、同時に洒落た趣味をお持ちであるらしい」

 


 心底愉しいと思い笑いがこみ上げる。

 本当に、彼女と出逢ってから退屈などしたことがない。



*****





 「コレでようやく、私は解放されるのですね」


 「アリシア・・・・・・」


 もう一度名を呼べば、返してくる呼び名は何時もの通り。


 「はい、旦那様」


 穏やかに返事をしながら瞼を閉じて私の反応を探っている。

 きっと彼女は、私が絶望し苦しんで死んでいくと思っているのだろう。

 彼女の言葉で一喜一憂し、彼女に赦しを乞いながら失意の内に投げ出し、堕ちる様を見たかったのだ。


 君の望みは何だって出来る事なら叶えてやりたいが、今ここでその姿を見せては全てが台無し。

  




 「アリシア」



 しばし無音に支配された空間を打ち破り、私が呟いたのはやはり長年連れ添った妻の名。



 呼び声に目をあけ、微笑みながら視線を向けてきた先にあった夫の顔は、彼女にとっては予想外だったらしく、何だか肩透かしを食らったように拗ねた表情を浮かべている。

 無意識だろうが、やはり初めてみるその表情にこちらの表情筋もゆるみ、誤魔化す為に頬に触れ首の痣を撫でる。

 いつも通り意識的に魔力を送り込み私の力にすっかり馴染んだと確認し、最後の準備が整ったことを確信した。




 「それでも私は、幸せだった」


 「・・・・・・・・・左様ですか」


 ーーー思惑が外れて不貞腐(ふてくさ)れた雰囲気の君も可愛らしい。


 「お前は、私の妻だ」


 「はい」


 「あの子達は、お前が産んだ。妻の子は、夫の子だ」


 ーーー君にとっては残念な事にな。


 「まあ・・・」


 「私の子だ」


 ーーー私が他者に触れさせる訳ないだろう?


 「えぇ、そうですわね」


 間男との子と信じている妻の表情は笑っているつもりなのだろうが、生来の良心が咎めるのか口元が震えている。

 目尻に滲んだモノを指でそっと撫で取り魔力で包み保存する。



 「アリシア」


 「はい、旦那様」


 「愛している」


 「ええ」


 「愛しているよ」


 「存じております」


 「お前は迷惑だろうが、私はまた、来世でアリシアと廻り逢いたい」


 「・・・・・・・・・・・」


 「アリシア」


 「・・・はい、旦那様」


 「お休み」


 「はい。・・・お休みなさいませ」



 眼を閉じ動かなくなった私の痩せた指をゆっくり確めるように撫で、別れの挨拶を呟き寝室を出ていく妻。


 「良い旅路を。ーーーーーーデューク様」



 扉を閉める音の後、去る足音も聴こえなくなり静寂に包まれた。



*****













 「・・・くっ」


 「くっ、く・・・はっ、はははははっ!!!!!」



 聴こえては不味いと抑えても抑えても、笑いがこみ上げ止まらない。衰えた腹筋には耐え難い苦痛だが、気分は人生で最高だ。

 ひとしきり笑い疲れやっとおさまってきた時、枕元の空間が歪み人の気配が現れた。


 「本当に楽しそうだねぇ、デュークくん。その様子だと手に入ったね?」


 「これで良いんだろ?」


 「真名も呼んでもらったかい?」


 「ああ」


 指先に着いた水滴を差し出し、魔術師が手にする小瓶に落とす。中の液体と混ざりあった直後強く発光し、薬の完成を知らせてきた。


 「なんて言うか、こう、粘着質だよねー。僕が治療さえすれば治る死病まで利用するとか。ホント僕、奥方に同情しそう」


 「その言葉そっくり返す。自分の不憫(ふびん)な水竜様をかえりみてから言え。ーーーー面倒な材料を呈示したのはお前だろうに」


 『欲しいモノを手に入れる薬』の作成を依頼すれば、「対象者の体液を一滴・・・出来れば君を想って君の為だけに流された涙が好ましいかなぁ」などと難題をふっかけられたのには流石に参った。

 自慢して言うが、アリシアが私を想って涙を流したのも名を呼ばれたのも先程が最初で最後だ。この機会を逃すことなく確実に手に入れた私を誉めてやりたい。


 思考が漏れていたのか、魔術師は生温い笑みを向けてくる。


 「はい、じゃあコレ飲めば縛魂の術は完成。君の家の御先祖様が作った欠陥品の僕的改良版だから、死んでも離れられないよ。安心してっ、来世も確実に掴まえられる」


 「恩に着る」


 「良いよぅ、僕もデュークくんが世を去る前にこの術の成就(じょうじゅ)を見れて嬉しい。・・・僕は間に合わなかったからね」


 凪いだ瞳は瞬き一つで普段の不遜な光を取り戻す。

 魔術師はたおやか過ぎる指で私の金髪を雑にかき回しながら撫で、無神経なほど明るい声で妻と同じ言葉を贈ってくれた。


 「それではまた逢おう、デュークくん。良い旅路をっ」


 瓶を傾け一気に飲み干す。

 その味は甘く濃く、アリシアが纏う砂糖菓子の香りがのどを焼く。

 彼女を縛り付ける筈だった薬は、私の魂を縛り捕らえて離さない。

 




 心臓に絡みつく鎖を知覚した瞬間、人としての終焉をむかえた。



*****

















 ??年後 某森の入り口




 ホギャア、フギャアと赤子のけたたましい泣き声が響き渡る。

産まれて数週間で森に捨てられ、大人の庇護を受けられず放置されていた。

 栗色の柔らかい髪は風に煽られ、開かれた金緑の瞳は涙を流しつくし、顔色は真っ赤を通り越して最早赤黒い。

 ひきつけを起こす寸前で泣きつかれ、荒い息遣いはやがて悲しい寝息に変わった。


 声につられて遠巻きに観ていた森に住み生きる高い知能の小さな獣の内一匹が、何を思ったか森の奥へと駆けていく。

 その場に残ったものたちは近づくでなし遠ざかるでなし、一定の距離を保ちながら見守っていた。


 暫くして、風が変わる。

 周辺の木の枝がしなり葉をならし、空の王者を迎えた。


 その巨体からは想像しづらい静かさで舞い降り羽をたたむ。

 背に乗せていた小さな獣が降りるのを横目で確認し、森に馴染んでいない人族の波動に視線をうつした。


 陽を反射する鱗は森に馴染む濃い緑色。頭に生える角の先のみ黄金で、打ち捨てられた憐れな赤子をうつす瞳は碧玉よりなお澄み輝かしい。

 風竜は暫くその赤子を見つめ一息つくと光を放ち、おさまった時には所々金の筋が混じる緑髪の繊細な美を体現する青年に変化していた。


 青年は踏みしめるように一歩一歩ゆっくりと近付き、瞼をはらしながら眠っている小さな存在を抱上げる。

 壊さないように、喪わないように慎重に。


 動く事も声を発する事も出来ず、ただ見つめ続ける。

 懐かしい甘い香りに酔いしれながら、前世との違いを見つけ改めて今腕の中にいる新たな命を認識した。



 視線を察したのか、不意に赤子が眼を見開く。


 前触れなく開かれた金緑の瞳と至近距離で見つめあった青年は、その瞳の奥を覗きこみ魂の色を確めると、糖蜜の甘さを超えるほどに破顔した。


 「今度こそ、始まりからずっと一緒だ」


 宣誓に応えるように伸ばされた小さな掌には、青年の為の目印だと主張する涙型の痣が刻まれている。

 そっと握り返すと、高い声で嬉しそうに笑った。




 

 やっと全てを手に入れた、私の半身。運命の番。

 滅びの時まで共に。






 君が成長した暁には、優しく(うなじ)を咬むとしよう。



*****




 *登場人物とその他のアレコレ*


 夫:デューク 金髪 碧眼

 派手な色合いとは裏腹に、容姿は整っているが全体的な雰囲気は中の上。

 前世は風竜。竜の魂を持って生まれた転生者で耳の付け根に涙型の聖痕(せいこん)(竜の逆鱗)を持つ。場所が目立たないのをコレ幸いと普通の人を装う。

 竜だった頃の記憶をバッチリ保持しているが、人に転生してから魔力の制御が苦手で魔術師にはならず。

 王族の血を継いでいる侯爵。人間としての肉体も風竜の血脈。

 うっかり運命の出逢いを果たしたがばっかりに、人当たりの良い優秀な好青年からゲスいヤンデレストーカーにクラスチェンジした残念な人。

 既存の状況を上手く取り入れ、自分に有利な状況をつくりだすすべに長けているだけに、無駄に有能で逐一厄介。

 禁術とされる縛魂の術(改)を使い妻を魂ごと縛り来世を誓う。

 死後、風竜に転生し直し、念願の運命の番を手に入れ片時も離さず溺愛。

 魔術師のもとへノロケ話をしにちょくちょく押しかけては水竜の心労を倍増させている。

 成長後は項を咬み寿命をも共有しご満悦。

 我が竜生に悔い無し。


 妻:アリシア 茶金髪 金緑眼

 華奢で儚げ美人な子爵令嬢。でも地味。

 前世は光竜。こちらも竜の魂を持つ転生者で三日月型の聖痕を持つが、記憶もなければ魔力もあまり無く限りなく普通の人。人としての肉体にも竜の血は流れていない。

 デュークに見付からなければ兄の親友と結婚し地味に人生を終えていたやっぱり普通の人。その場合は夫の浮気癖を結婚直後に知ることとなり泣き暮らす日々。

 デュークに幼少よりストーキングされ思い通りに動かされていた事は終生知らず、夫の死後は子どもと孫に囲まれ穏やかに過ごした。が、束の間の自由は短かった。

 自身の死後、不義の子として産まれ若過ぎる母親がもてあまし、竜が住まう異界への扉があるとされる森の入り口に捨てられる。

 竜に拾われ新たな名を与えられ、獣達に囲まれ天真爛漫に育ち、育ての親の番になる。

 重すぎる愛を重すぎると知らないで育つのは、本人にとっては幸いであった。


 兄:アルガン 茶髪 茶眼

 苦労人。妹は大事だが自分の身も可愛いので、長いものに巻かれまくって妹を売った人。

 侯爵の支援で傾きかけていた子爵家をたて直し、デュークに頭が上がらない。

 侯爵の歪な熱意は感じていたが、妹は超愛されているのだから大丈夫だろうと言い聞かせて自分を誤魔化す。

 デュークの死後、子にまつわる話を妹に告げるか悩み過ぎて慢性的な胃炎になった。

 甥・姪やその子らの性情を目の当たりにする度、ひきつけを起こすのはご愛敬。


 元彼:シフル 金髪 茶眼

 見た目だけは真面目で超美形な成金男爵家の長男。来るもの拒まずの女好き。

 友アルガンと共にアリシアを妹として可愛がり、成長後は好意を受け入れ恋人になる。同時進行な恋人が複数人いたがアリシアは知らずに終わった。

 男爵家は弟に任せ、デュークに打診された一人娘の伯爵令嬢の元に婿入りし次期伯爵となる。モロ好みな肉感的超絶美人の妻にベタ惚れ。

 順風満帆だったが生来の浮気癖が嫉妬深い妻の逆鱗に触れ、束縛軟禁されるもMに目覚め新しい扉を開いてなんだかんだと幸せな人。


 魔術師 黒髪 赤紫眼

 闇竜の血脈の魔術師。傾国と呼ばれる美貌の持ち主。性格の破綻ぶりに定評がある。

 水竜の番として長命。伴侶の不憫っぷりにも定評有り。

幼少期のデュークと出逢い意気投合。気紛れに訪ねて交遊を重ねていた。

 道徳心ゼロな魔術薬を作らせると右に出るもの無し。禁術(半端な出来損ないの術)も改良し絶好調。

 昔大事な存在を亡くしているので、デュークの来世まで共に居たいという願いに激しく同調し、率先してアリシアの囲いこみに手を貸しまくった外道。

 趣味で作った薬や改良版禁術を、無闇に世に広めないだけ良心的だと思う他無い。


 魔術師の番:水竜(雄) 蒼鱗 瑠璃眼

 本能により強制的に番にされた哀れな竜。運命の番。

 史上類を見ない竜×人の雄同士の規格外な番として竜都で話題にされ、日々心労と戦う。新薬の一番の実験体であり被害者でもある。

 目下の悩みが当の番本人である事は言うまでも無い。


 子爵家使用人:フィン

 子爵家の兄妹の護衛兼業使用人。

 アリシアの異変にいち早く気付くも、病気と勘違いし打つ手無しで号泣していた優しい常識人。

 原因が子爵家の恩人でお嬢様の旦那様と慕うデュークだとは気付かず。

 たまに会えるアリシアの子ども達を溺愛。


 愛人もどき:弟の妻

 庶子である侯爵の弟の庶民な美少女妻。

 デュークの願いを叶える代わりに侍女として雇われ愛人のふりをする。夜は屋敷に泊まる日をつくり普段は旦那との家に帰る二重生活。

 産んだ子が王族を連想させる碧眼だった為、貴族の教育も受けられて万々歳。

 息子が10歳になった時に侯爵から契約終了を告げられ、侯爵家所有の遠方の土地に一家で移り住み優雅な暮らしを手に入れた。

 アリシアの事はお気の毒様と思いつつ、まぁそんな事もあるよねと楽観視。自分達には被害が無いので無関心。


 異母弟:侯爵家庶子

 愛する妻に兄の愛人のフリをさせるデュークの弟。

 兄の拗らせた恋の理解者であり、子爵令嬢囲いこみ計画を一緒に練った人。母は違えど仲は非常に良い。

 兄の共犯者として充分な報酬を得て遠方で家族仲良く幸せに暮らす。


 弟の息子

 10歳まで侯爵家の跡取りとしての英才教育を受けた為、田舎ではあり得ない品のある所作を会得。風竜の血脈によくある色彩と母譲りの美貌を持つ容姿のおかげで将来モッテモテに。

 大商人に弟子入りしその教養と容姿を最大限生かしやり手の商人になる。方々で浮き名を流すが、最終的には師匠の一人娘と結婚。嫁に尻に敷かれながら暮らす。


 侯爵令息:金髪 金緑眼

 父と母から色彩の特徴を受け継ぎ、何不自由なく育つ次期侯爵。母の不思議な言動にも惑わされず、デュークを慕い目標とする侯爵家の期待の星。

 夜会の庭で休んでいた母に似た雰囲気の男爵令嬢に一目惚れして、犯罪スレスレで口説き落とし高位貴族の養女に据え結婚。

 強引に迫った時に畏れ多いと怯え泣き、全力で逃げようとした姿に惚れたと後に暴露し、伯父を戦慄させる。


 侯爵令嬢:茶髪 青眼

 母方の血筋のみの容姿を持つが、性格はアリシアに出逢う前までのデュークに似ていると使用人が太鼓判を押す侯爵家のアイドル。

 普段はおっとり穏やかで優しい淑女だが、恋愛話が絡むと途端に(駄目な方向に)生き生きとする乙女。

 幼馴染みの曰く付きの公爵令息を溺愛していて、彼に近付こうとする輩は老若男女問わず、彼女の意を事前にくみ取った侯爵家の使用人達に遠ざけられ排除される。

 令嬢の暗躍に(多分)気付かなかった令息と予定調和な結婚をしご満悦。確実にデュークの性情を継ぐ彼女の血は、孫達にしっかり受け継がれた。


 侯爵家古参使用人:複数 

 幼い頃から非凡さを感じさせるデューク坊っちゃん命。主人の為なら喜んで人の道を踏み外す危ない連中。

 デュークの拗らせ過ぎた初恋を叶える為、日々暗躍している忠実なるイヌ。

 子どもは二人とも容姿は似てなくても中身はデュークのレプリカだった為、我等が坊っちゃん化計画をたて侯爵家流英才教育に全力を注ぐ。

 彼等のせいで第二のアリシア(犠牲者)が誕生しかけたが、相手の令嬢・令息とギリギリの綱渡りで相思相愛になり、犯罪は未然に防がれた。ーーー事には誰も気付かない。






*****


 ・・・ほぼゲスしか居ません。


 お読みくださりありがとうございました。


*****

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ