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第2話 『漆黒の世界』

「んっ……,ん? え? うおっ,なっ……,えぇぇ……何なんだよ……」


 俺は狼狽しつつも,必死に現状の把握に努めた。


 暗闇に眼が馴れるということは,網膜の桿体細胞が僅かな光を感知し始めたということである。

 則ち,ここは完全な密室とか,閉鎖空間というわけではないらしい。

 ビタミンAを摂っておいて良かった!

 日頃の菜食に感謝しつつ,俺は学ランに纏わり付いた砂を払い落としながら立ち上がり,辺りを見回した。


 街灯のない,まるでローマ街道のような煉瓦づくりの馬車道に,俺だけが立っていた。

 この暗闇の中で道沿いの巨大な黒い空間が湖面であるということに辛うじて気づくことができたのは,揺れる星明りのお陰であった。


 まわりに建物や植物らしきものは一切ない。延々とひらけた街道と湖。

 とは言え,この暗さのせいで,二,三十メートルほどの半径の様子がようやく分かる程度である。


「マジかよ……」


 何故こんな処にいるのか?

 ここは何処なんだ?

 まさか北朝鮮に拉致でもされたんじゃあ無いだろうな。


 どれだけ記憶を辿っても,学校からの帰路だった。

 そこから先の記憶は一切ない。


 今の俺は,まるで親を密猟者に殺され,

 動物保護施設から野生へ還すためにトラックで運ばれた子狼のような気分だった。


……


 不安は焦りへと変化していく。


「やべぇ,明日迄の課題,終わってねぇ……」


 頭が冱えるごとに焦りは増していく。


 晩飯はどうすればいいのか,

 そもそもどうやって帰ればいいのか,

 親や学校にはなんて説明すればいいのか,

 今頃相当怒っているのではないか……。


 背負っていた通学用のザックが無いことにようやく気がついた。

 まさかひったくりにやられて,それで頭を打って昏倒していたんじゃないだろうな。

 クソ! なんてこった。

 財布は? 家の鍵は?


 俺はハッとして右ポケットのガラケーを取り出す。

 どうやら衣類に身に付けていたものは,そっくりそのまま大丈夫だったらしい。

 俺の記憶通りの日付を表示するその液晶画面の左上には,はっきりと圏外と映し出されていた。

 午後11時51分。まもなく日付が変わろうとしていた。


「交番……!」


 とにかく誰か人に会わなければ。


 灯りひとつ無い闇の中。

 周辺に人の気配は一切無い。

 昔,田舎のばあちゃん家に行ったときに,夜に街灯のない田んぼ道を散歩したことがあった。

 驚くほどの暗さで,どこまでが道でどこまでが田んぼか,

 そもそも自分がどっちの方角へ進んでいるのかすら判らなかった。

 まさに今の状況がソレである。


−−遭難,だよなぁ。


 山で登頂ルートから外れたとき,最も危険なことは下山を試みることである。

 無闇に歩き回れば歩き回るほど,発見が難しくなるのだそうだ。


「人を待つか。」


 少なくとも、この暗がりの中で当てもなくウロウロするのは悪手であろう。

 朝,すなわち日の出を待って行動することにした。腹は減るが,いつのまにか道から外れて荒野の真っ只中,なんてのよりはずっとましさ。


 ちょっとしたサバイバル気分で状況に反して高揚する気持ちを抑えつつ,

 俺は漆黒の湖畔に腰を下ろした。


 人の視界とはなんと狭いものか。

 仰向けに寝転んではじめて,満天の星空に俺は気づいた。


 季節は夏。

 天の川が見事に夜空を分かちていた。


 まるでこの世とあの世を隔てるように。



……


 おかしい。

 夏の大三角を探す俺は,それが眼前の天球に見つからないことに,

 まるでおもちゃ箱にお気に入りのおもちゃをしまっておいたにも関わらずそれが見つからない子供のように,

 若干の狼狽を見せていた。


 「デネブ,ベガ,アルタイル……」


 指を指しながら本来あるべき宙の三辺形をなぞってみる。


 そもそも星座やアステリズムといったものは,決して近くにある星々なんかではなく,

 地球から近くに見えるもの同士を勝手に結んだものである。

 だから,こと座のベガはわし座のアルタイルよりも2倍近く遠くにあったりする。

 それが地球上からは同じ大きさに見えるのだから,織姫は彦星の倍くらいの大きさがあるってことになる。

 だから七夕伝説は,さしずめ歴史改編前ののび太とジャイ子みたいな夫婦のはなしということだ。


 そして,その3つの一等星たちは,その指先には存在しなかったのだ。

 それだけではない。赤い心臓を持つさそり座も,北斗七星さえも見当たらなかった。

 夜のとばりに輝く星々は,今までに見たこともない星座をかたち作っていた。


「地球以外の星から見た星座は全く違う形に見えるというが,まさかな……ハハ」


 思い出したかのように深い深呼吸で十分な酸素濃度を確認しつつ,非常事態故の興奮は疲れと眠気にその勢力を譲りつつあった。


 季節のわりには涼しい風が優しく頬を撫でる。

 目の前の恒星たちに勝手に「うま座」とか「しか座」とか名前をつけつつ,

 俺は眠りに落ちた。


 もう,どうにでもなれだ。



−−


 翌朝,世界は闇のままだった。

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