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「えーと…ジャマ、したとか…?」

「はぁ?」

「いやごめんなんでもない」


 機嫌が悪いとほんとガラが悪くなるな。逸可は。

 なんとなくこの部屋で逸可がソファー以外の場所に居るのが珍しいような気がした。


「お前とふたりにしてもらったんだよ」

「え、ああ…そうなんだ」


 突然言われてびっくりする。

 砂月はどうやら気を利かせてくれたらしい。

 もしくは僕が来たらそれとなく席を外す段取りでもしていたんだろう。

 それを隠しきれていないあたりが砂月らしい。

 だけど逸可とふたりで話せることは、僕にとっても都合が良かった。

 渡さなければいけないものがあったから。


「…お前さ。これから訊くことに正直に答えろよ」

「……うん」


 その空気でなんとなく、質問の内容は予測できた。

 多分一番訊かれたくなかったことを、逸可は訊こうとしている。

 流石にこの空気ははぐらかせない。

 いずれ訊かれるだろうとは思っていた。

 なんとなくそんな予感はしていたんだ。


「今回は結局、お前がどういう選択をして誰を救ったのか、お前の口からはっきりとは聞かなかったし、聞く気もない。現状がある程度の答えだと思ってる。俺も、あいつも。だけどもし、お前の彼女の本当の死因を知ったとして…もしそれが、自殺だったら。お前も、死のうとしてただろ。自ら」

「……うん」


 吐き出す息に乗せ、小さく答える。

 やっぱり逸可は僕の未来も視ていたんだろうか、階段から落ちたあの時。

 それとも相変わらずの勘の良さなのか、鋭さか。

 このタイミングで言われるあたり、おそらく後者だろう。

 そっと閉じた瞼の裏。

 ここまで来てふたりに誤魔化す気はなかった。

 砂月も、気付いていたのだろうか。

 席を外してくれたのはやっぱり砂月の気遣いだったんだ。

 砂月には、聞かれたくなかったし見せたくない。

 こんな弱い部分。

 くだらない男の意地だけど。


 砂月の力を知ったとき、僕は心の底から嬉しかったんだ。

 佳音の死の真相が分かるかもしれない。

 決して叶わないと思っていた僕の望み。

 ようやく、死んでも良い理由が見つかる。

 僕自身が誰よりも、佳音の死を自殺だと思って疑っていなかった。

 その確証がないだけで、認められなかっただけで…認めたら僕も、ようやく楽になれる。

 その為にふたりに近づいた。

 さいしょから僕は、死ぬ為にふたりを利用したんだ。


「佳音が本当に自ら死を選んだのだとしたら…その原因は紛れもなく僕に起因するものだし、何より佳音を救えなかった僕自身を、僕は決して許せない。きっと、一生」


 今回の事件…犯人の川津と僕は、ある意味同じ立場だった。

 だから、わかる。

 生きていることが罪のように感じていたこと。

 最後に自らの死を選ぶ、その気持ちを。


「そう、思っていたんだけど…砂月が川津に言っていた言葉を聞いて、気付いちゃったんだよね。そんなのやっぱり僕の、ひとりよがりだったんだなぁ、って。…それで報われるのは、僕ひとりだ」


 どこに、罰が。だれに、罪が。

 あるのかはわからない。あるのかもわからない。

 だけど人生における選択はふたつだけだ。

 生きていくか、死んでいくか。

 けっきょくはそのふたつだけなんだ。

 僕は、選んだ。

 時を越えたあの世界で。


「だからもう二度と、そんなことは考えないよ」

「…ならいい。死にたがりのヤツと一緒に居るのは、バカバカしいと思っただけだ」

「じゃあ、まだしばらくは付き合ってくれるんだ? 僕らの〝友達〟関係」

「まぁ一番の死にたがりは砂月だけどな。あいつどーにかしねぇと俺らの命がいくつあっても足んねぇぞ。相変わらず白瀬の捜査協力は続けるんだとよ」

「そうなんだ、いつの間にそんな話してたの。僕も居る時にしてよそういう大事な話は」

「別にしたくてしたんじゃねぇ」


 相変わらず素直じゃないな。

 心配してるって、言えばいいのに。

 本人にだけはそんなこと、絶対逸可は言わないんだろうけど。


「でも結局、僕はまだ砂月を救えてないから…砂月から離れるつもりはないよ」

「……」


 僕の言葉に逸可は口を閉ざした。

 気付いているだろう、逸可なら。

 逸可の視た砂月の未来の死因と今回の事件は、無関係だった。

 砂月の死の未来はまだ回避されていない。

 僕たちの未来はまだ誰にもわからないんだ。

 未来とは僕ら自身であり、そして変わっていく生き物だから。


「…未来を知って…変えたいと望んだんなら、変えられるはずだ。それを本当に望むなら」


 逸可の言葉に、頷く代わりに僕は笑った。

 だけど逸可は別のことを考えているようで、少し遠いところに心があるようだった。

 逸可も変えたい未来があるのだろうか。

 自分の未来は視ることができないと言っていた。

 自分と関わるものを経て、それを知ろうとしている逸可。

 僕らがこうして関わり合うことは、決して無意味なんかじゃない。


「いつの間にか逸可も、砂月って呼ぶようになったんだね」

「…うるせぇ」

「僕も逸可に、用があったんだよね」

「…なんだよ」


 不機嫌な顔のまま半ば僕を睨む逸可に苦笑いを漏らす。

 僕は制服の内ポケットからそれを取り出して、目の前の逸可に差し出した。


「未来の逸可から、預かった」


 僕の言葉に逸可の目が見開かれる。

 一瞬怪訝そうに顔をしかめ、だけど逸可は僕を疑うことはしなかった。


「タイムリープ実験で、未来にいった時…未来の逸可に頼まれたんだ。事件が解決したら、〝今の逸可〟に渡してくれって」


 やっと約束を守れる。

 〝未来の逸可〟との。


「……」


 逸可は僕の手から水色の封筒を受け取ると、あまりしっかりとは留まっていなかった封を開け中の手紙を取り出した。

 逸可の表情は変わらない。

 その中身が気になったのは事実だけれど、逸可や砂月が僕にそうしてくれたように、自分から話してくれるまで待つことにした。

 逸可は読み終わったらしい便箋を封筒に戻し、そして目の前で音をたてて封筒ごと破り出した。


「ちょっ…! なにやってんの!?」

「なんだよ。俺が受け取ったんだ、どうしようが俺の勝手だろ」

「そ、そうだけど…」


 あまりにも平然と言ってのけるので、僕も浮いた腰を下ろし水色の残骸を見つめる。

 確かに中身を読んだのなら、とっておく必要はないのかもしれない。

 逸可にそれが、届いたのなら。


「あのさ、訊いていい?」

「手紙の内容なら教えねーぞ」

「訊かないよそれは。…前にさ、逸可自身の未来も、長くないって言ってたけど…それってやっぱり、今も変わらないの? 逸可の未来は…視えないの?」

「……ニアピンってとこだな」

「は?」

「いやなんでもねぇ」


 逸可が意味ありげに苦笑いを零して、それからその視線を目の前の金魚鉢に向けた。

 水面がゆらゆら、揺れ動く。

 橙色の金魚をその目が追う。


「…未来の俺は…」


 答えを待つ僕に、逸可らしくない間を空けてようやく返ってきた言葉。

 それはやっぱり逸可らしくない小さなもので、僕は耳を澄ませた。


「未来の俺は、メガネかけてたか?」

「……メガネ?」


 言われて疑問に思いながらも記憶を探る。

 未来の逸可に会った時の、あの違和感。

 逸可のトレードマーク。


「…そういえば、かけてなかった…けど…」

「じゃあそれが答えだ」

「え、なに、どういうこと?」


 逸可がふ、と笑みを漏らす。

 初めてこの場所で笑った時と比べると、随分毒気は抜けたと思うけど。



「お前ホントこういう事は鈍いよな」



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