③
彼女は僕のことをお前と呼ぶ。だから僕も彼女のことをお前と呼ぶ。最初からそれが普通だったし、それに対して違和感を持ったことはない。けれど、一度だけ彼女に聞いたことがある。お前って、僕のこと名前で呼んだことないよね、と。
彼女の答えはこうだ。「私、お前の名前呼ぶと蕁麻疹出るんだよね!」
それを聞いたときは、そんなに僕の名前が嫌いなのかとショックを受けたものだ。
「僕、改名しようかな」
「なんで!」
「だって、蕁麻疹出るほど嫌いな名前って……」
「嫌いなわけじゃないよ! なんていうか、むず痒いんだよ!」
「そうなんだ。――でも、あれ? 名前なんか呼ばれたことない気がするんだけど、いつ蕁麻疹なんか出てたんだ?」
「んー。付き合いたてのときさ、一人で練習してたんだよ。お前の名前呼ぶの。私もかわいいとこあるだろ!?」
「なんだよお前それ」
「えっ」
「かわいすぎだろ!!」
「そうだろ!? もっと褒めろ!」
「かわいい!」
「もっと!」
「超かわいい!」
「もっともっと!」
「ウルトラかわいい!」
「もっともっともっと!」
「スペシャルかわいい!」
「語彙力ねーなてめえ!」
そんなこんなで、僕らはお互いをお前と呼び合っているのだ。




