②
僕の彼女は負けず嫌いで子供っぽい。
「ただいま!」
勢いよく開いたドアの音とともに、彼女の溌溂とした声が響いた。
「おかえりー、テンション高いね。どうしたの」
「ゲームしよ! 新しいの買ってきた! ゲームゲーム!」
「おーいいね! やろやろ」
彼女が買ってきたゲームは格闘ゲームだった。早速ゲーム機にセットする。
「よっしゃボコボコにしたる! 泣いたってやめてやらないからな! 顔中腫れまくって誰だかわからなくなるまでやるからな!」
「野蛮な女だ」
「うるせえ! やるぞ!」
10分後
「おい! なんでお前そんなつえーんだよ!」
僕が強いというより、彼女が弱いのだが――。
「いやーなんていうか……」
「なんていうか?」
「センス、ってやつかな」
――彼女に勝てることなんてあまりない。存分に調子に乗らせてもらおう。
「は? うざ! 絶対ボコす!」
「かかってきな!」
「ちぐしょう!! もっがい!」
1時間後
「勝てねえええ!」
「ハンデでも付けようか?」
僕はドヤ顔で彼女を煽る。
「いるわけねーだろ! 今のうちに調子乗ってろよ! もっがい!」
2時間後
「まだやる?」
「もっがい!」
5時間後
「あの、そろそろ寝ないと……」
あれから五時間、彼女は大分強くなった。けれど、同じだけやれば僕だって上手くなっていく。差はあまり縮まらず、常に僕が勝ち続けていた。
「うるせえ! もっがい!」
彼女はこうなってからが、長い。勝つまで絶対にやめようとしないし、かといって、手を抜くのもハンデも絶対にNGなのだ。
「明日やろ! 続き! な!?」
「ダメ! お前に負けっぱなしで寝るなんて耐えられない!」
「負けず嫌いだなこの野郎!」
「お前にだけだ馬鹿野郎!」
「えっ」
「お前とは対等でありたいんだ!」
「そうなのか」
「うん」
「でもゲームぐらいいいんじゃ……」
「うるせえ! 遊びだって全力でやるから楽しいんだ! だから私は全力でお前をボコす! もっがい!」
「わかったよ」
8時間後
「よっしゃああああああああああああああああああああ!!」
コントローラーを持ったまま彼女は立ち上がる。
「ついに勝っだあああああああああああああああああああ!!」
既に早朝となり、鳥の鳴き声が聞こえる中、彼女は勝利の雄たけびをあげた。
「おめでとう! クソがッ!」
悔しがりながら賛辞を贈ると、彼女は満足したのか「寝るううううううううううう!」と呻き、ベッドに後ろ向きで倒れこんだ。
「切り替えはえーなおい!」
そうツッコんでみるが、彼女からの反応はない。代わりに、静かな寝息が聞こえてきた。
「もう寝たのかよ……。すげーな」
呟きながらも彼女に掛け布団をかけてやり、ふと、時計を見てみる。午前6時。後1時間ほどで仕事に行かなければならない時間帯だ。ゲームをやり続けた気怠い頭で仕事に行くと考えると憂鬱だったが、休むわけにもいかない。
風呂にでも入って支度をすることにした。
そうして通勤の準備を終え、まさに家を出ようかというとき、目が覚めたのか彼女の声がする。
「あれ、どこいくの?」
「仕事だよ」
「え? 今日仕事あったの」
「うん」
「マジか……言ってくれればよかったのに! ゲーム付き合わせちゃってごめんね……」
「いいよ、僕も楽しかったし!」
「そっか」
「うん」
「洗濯してご飯作ってお風呂沸かして待ってるから、気を付けて行って来いよ!」
「おう!」
「頑張って!」
「おうよ!」
彼女の激励で、憂鬱だった気持ちが吹き飛んだ。そうだ。僕は頑張らなければいけないのだ。彼女の、ためにも。




