第一課「大災厄」
人々が『古代末期』と呼ぶ繁栄の時代は、世界規模の災害によって突如崩壊した。
古代末期の記録媒体の多くが散佚してしまったこともあり、いつそれが起こったのか、またどの程度続いたのかについては不明の点が多い。しかし定説では、それは2040年代から2070年代末期にかけてこの破局は進行した、とされる。
現存する日記や新聞記事では、まず世界の広い範囲で通信障害が起こり、インターネットや電子機器が使用不可となった。また大都市において人間の大量失踪や、市街地が突如として廃墟と化す、という異常現象が幾度となく起きたらしい。
一連の災害が始まる直前、地球の人口は70億を越えていたそうだ。これは事実驚異的な数値であり、はるかに年月を経た我々の時代でさえこの域には達していない。しかし同時に、貧富の差や食料争いなどにおいても非常に大きな問題を抱えていた。
当時の諸国はこの異常事態を前に協議を行った。しかし首脳が失踪したり、通信障害によって外国との連絡がとれなかったりと交渉がそもそもできない状況にある国も少なくなく、足並みはほとんどそろわない。
中にはこれを敵の陰謀として糾弾し、戦争を準備する国さえ。
古代末期以前に存在していた各国のその後については状況が錯綜している。2050年代初頭はまだ世界秩序が保たれていた。しかし人間の失踪が次第に数千万人単位に拡大し、都市の荒廃が活発になると、中には政府機能を失って社会が崩壊した国家も現れ、人類文明にできたほころびは明確となってゆく。
秩序の解体はまず民衆から。
大量失踪によって人手をおびただしく失った都市では窃盗や殺人などの犯罪が激増。事態の改善する気配が全く見えない不満が高まった結果、暴動が頻発。国家権力が及ばなくなったために、アウトローが暴力的手段によって実効支配してしまう街もあった。
無人の街が復興されないまま、朽ち果ててしまった例も数知れない。
逆にそこまで近代化されていない地域ではそこまで災害のあおりを受けず、ほぼ以前の安定を続けることもあったらしい。古代末期以後の世界ではそのような所にできた国が覇権をにぎる。
2070年代に災害は終わりを告げたと見られる。しかし、このころの記録と言えば幸いに見つかった紙片の残骸、遺跡の落書き程度であり、とても古代末期の繁栄ぶりから想像できない落ちぶれようだった。その時代においてはほとんどの国家組織はとうに消滅していたらしい。
以後百年ほど、文字記録がほとんどない完全な暗黒時代に突入する。それ以前の知識を所有しているのは山奥に隠れ住んだ科学者くらいしかいない。
それでも人々の記憶にこの史上最大の破局は生々しく残った。人類の黄金時代を殺したあの『大災厄』を、誰もがその口で伝え続けた。
現在では、『大災厄』そのものより、『大災厄』の後に生じた人類社会の混乱が文明の消滅を促進したという意見の方が優勢だ。事実、二十二世紀初頭における人口は古代末期の一割にも満たないものだったろうと推測されている。すなわち、生き残った人間による生存闘争、衛生状態の急激な悪化からの疫病の流行。何より高度な科学技術の支えをなくした人間たちにとって、ありのままの自然がもたらす試練は耐え難いものであった。
この喪失によって人間の淘汰はさらに加速していく。この過酷な時代を生き抜いた人間だけが、以後の地球社会を構成していくことになる。