マ島急襲作戦
十二月十八日。
パルミリア王國の首都カリザ上空に、一機の海鷲が飛来した。
それは、海軍第八〇一航空隊所属の川西九七式飛行艇だった。高度3000メートル上空を飛ぶ九七式飛行艇はカリザ上空に入ると、写真機のシャッターを切って眼下に広がる首都全体の様子を写真に収めてゆく。
「進路そのままー。そのままー。」
「ヨーソロー。」
そして写真機のカメラはマリヴ城の全体も捉える。
順調に首都の様子を写真に収めていると、城のほうから何かが飛び立ってくるのが窺え、搭乗員らに緊張が走った。
「後方ヨリ不明飛行物体ノ接近ヲ確認!」
「振り切るぞ!高度4000まで上昇!」
追撃してきたのは、オスロニア帝国軍の竜騎兵である。翼竜の背には騎士が跨り、その手には長い槍が掲げられていた。
しかし、こちらのほうが速度も速かったのか、飛行艇が高度を上げると竜騎兵は追撃を諦めて引き返した。
「なんて速さだ・・・・あれが異界の鉄の翼竜か!」
瞬く間に距離を離されていく竜騎兵の騎士はそう呟き、城へと戻った。
翌日。十二月十九日。
聯合艦隊旗艦、戦艦長門の長官公室にて天皇陛下の御真影が見守る中、各部隊の首脳が集まり、戦況報告と説明が行われた。そしてその中心には聯合艦隊司令長官、山本五十六の姿があった。
「報告します。上陸部隊は辺寅敵司令部を攻略。尚、捕虜544名は順次、輸送船にて本国の収容施設へと移送中です。」
「第四水雷戦隊は現在、タハラ海にて警戒任務中。第二駆逐隊、及び第四駆逐隊に索敵に当たらせていますが敵艦隊の姿は今のところ確認できておりません。」
「ザリオ海では第六戦隊が追撃戦の末に敵艦4隻を撃沈、第十七駆逐隊は一隻を拿捕しており、鹵獲した艦艇に関しましては現在呉へ回航中であります。」
「第一、第二航空隊は現在ザリオ沖300海里地点にて待機中。尚、第五航空艦隊はリヴ島を急襲し、現在同海域リマダ島沖230海里地点にて待機中であります。」
「パルミリア本土の様子はどうなっている?」
「現在、投降した捕虜と現地人の証言に基づき、我が第八〇一航空隊の九七式飛行艇を西部方面へ長距離偵察に向かわせており、間もなく帰等するものと思われます。」
会議中、一人の少佐が資料を携えて長官公室の戸をノックする。
コンコン。
「失礼します。」
「来たか。待っていたぞ。」
「偵察隊からの空撮写真とパルミリア全土の資料になります。」
副長が少佐から資料を受け取ると、それを山本長官や首脳らの前に広げて見せた。
「これがパルミリアか、国土は九州とさほど変わらぬな・・・・。」
テーブルの上に広げられた空撮写真に、各首脳らは興味津々に見入る。
「コチラがカリザの空撮写真になります。」
提出された白黒の空撮写真にははっきりと街の様子が捉えられており、街の中心部には堀に囲まれた城のような建物が写っていた。
「これは城か?」
「ヨーロッパによくある城みたいですね。面積は皇居とあまり変わりませんな・・・・。」
「政治体制に関しての調査はどうなっている?」
「は。現地人に確認したところ、3年ほど前にオスロニアがパルミリアに攻め入ってきてそれ以降はオスロニアに植民地支配されていると言っておりました。」
「となると・・・・この城がパルミリア王國の中枢か。」
「尚、報告によれば城は現在オスロニア軍が駐留しており、実際に偵察機がオスロニア軍の竜騎兵とカリザ上空で遭遇したとの通報が入っています。」
「竜騎兵に関してはさほど心配はないだろう、まずはここを急襲し、次にオスロニア本土を攻めましょう。」
「まずは航空基地の設営だ。そのために我々がやるべきことは一つ。マロン島を落とす!」
翌、二十日。オスロニア帝国の海洋的に重要な軍事拠点があるマロン島に、遂に攻撃の手が加えられる。マロンにはオスロニア帝国軍の兵士、竜騎兵合わせて12万人ほどが駐留していた。
そして深夜2時30分。暗がりの海の中から静かにそれは島へと近づく。しかし、このとき島に残るオスロニア軍の将兵たちは島へ近づいているその存在にまだ気がつくことはなかった。
「おーい、交代だ。」
「ハラ減ったぜ・・・。」
見張り台の兵士が当直の兵士と見張りを交代し、兵舎のほうへと戻っていく。
交代の兵士が一人、見張り台に残ってしばらくしていると、突然暗がりの空に一筋の光が輝いて見えた。
「なんだこの光は?」
その光は輝きながらゆっくりと落ちていく。さらにその直後、複数の光の玉が夜空に現れ、夜の島を照らし出した。その光の玉の正体とは、零式水偵が投下した照明弾である。
「なにか様子が変だぞ・・・・・!?」
異変を感じた当直の兵は急いで見張り台から下りようとしたその時、突如ヒュルヒュルと風を切るような音が聞こえた直後に、背後に建っていた兵舎がバラバラに吹っ飛んだ。
突然のことに隣の兵舎で仮眠を取っていた兵士はたちは飛び起き、慌てて外に飛び出すと周辺は炎に包まれ、仲間の兵士たちが逃げ惑っていたのだ。
当直の兵はいそいで状況を確認すべく松明を手に海岸へ走っていると、彼らは暗がりの海の中にそれを見つける。
それは高雄、愛宕、麻耶の重巡三隻と軽巡長良一隻、駆逐艦浜風、浦風の二隻を従えた第四戦隊である。マストに戦闘旗を掲げた艦隊は夜の闇に紛れ、単縦陣になって沿岸沿いに接近すると砲塔を島に向けた。
「両弦前進微速!」
「ヨーソロー!両弦前進微速~!」
「戦闘用意~!」
「全砲塔旋回完了!」
「探照灯照射始め!」
合図と共に全艦艇の探照灯が海岸線沿いの敵軍事施設を照らし出し、島はまるで真昼時のように明るくなる。
「距離、3700!」
「主砲斉射!撃てェ!」
砲雷長の指示が下り、高雄、愛宕、麻耶が一斉に主砲を斉射。続く長良、浜風、浦風も砲撃を開始した。
「なんだこれは!!」
「敵だ!敵の攻撃だ!!」
相次ぐ巡洋艦、戦闘艦からの艦砲射撃にオスロニア軍将兵は驚いて島内を逃げ惑う。
島には90発以上もの砲弾が撃ち込まれた。この攻撃により敵軍事施設は壊滅敵な打撃を受け、ほぼ一部を残してそれらは破壊された。夜が開けると島には海軍陸戦隊が上陸。島に上陸した日本軍にオスロニア軍将兵はこれ以上交戦することはなくあっさりと降伏の意を示し、此処にマロン島は陥落。島には旭日旗と日の丸が翻ったのである。
そしてマロン島陥落のニュースは後日、一日送れで新聞やラジオで報じられ、本土の映画館ではニュース映画で第一報として報じられた。
マロン島陥落から翌日、二十一日。島に航空基地設営の為、海軍設営隊が上陸。工事が開始された。
今作戦が実施された最大の要因がこの航空基地である。先ず設営隊はブルドーザー(コマツG40)を陸揚げし、それらを使って滑走路の設営を開始。工事はわずか2日という短期間で完了し、翌日にはマロンに滑走路が出来上がっていた。
劃して、マ島急襲作戦は我が海軍の大勝利に終ったのである。
マロン島陥落の知らせはパルミリア本土にいる陸軍本隊にも届き、そして現地住民を経て、やがてオスロニア本国の皇帝宮殿に達した。
「何!?マロン島が!?」
知らせを聞き、皇帝モラリス唖然とする。
「その情報は確かなものなのか?」
「はッ・・・・パルミリア総司令部からの情報ですので間違いないかと・・・・。」
「なんたることだ・・・・。」
力が抜け、モラリスは玉座に腰を下ろす。
「ですが皇帝陛下、まだ北ザリオには我が軍の艦隊がおります!直ちにそちらの艦隊をマロン島に向かわせましょう!」
「よろしい。直ちに艦隊を送り、マロン島を奪還するのだ!海軍司令官には余からの厳命として伝えよ。」
「御意。」
こうしてオスロニア軍のマロン島奪還の為の反攻作戦が開始された。
北ザリオ軍港からはオスロニア海軍の艦艇約30隻あまりが出撃し、マロン島に向かった。
マロン島を目指し軍港を出向したオスロニア艦隊であったが、彼らはまだこのとき、自分たちに待ち受ける運命に知る由も無かった。
鋼鉄の装甲に覆われた木造帆船の軍艦の大きなマストに、ドラゴンと鷲が描かれたオスロニアの軍旗が高く翻り、水兵たちは意気揚々と北ザリオを出てラグナロク海沖を進んでいた。
その時、マストの見張り台に上っていた水兵の一人が、水平線の彼方から迫るそれを観とめる。
水平線の彼方から現れたそれは、まるでこっちのほうに向かってきているようであった
「あれは何だ・・・・?」
気になった水兵は細長い望遠鏡を取り出し、それを伸ばして飛んでくる飛翔物体を確認する。
始めは援軍の竜騎兵の翼竜か何かと思ったが、水兵の男は一目でそれが援軍でないことを悟った。
「あれは・・・・・鉄の翼竜!!?」
それは、マロン島航空基地から飛び立った九六式陸攻の編隊であった。
突如現れた陸攻隊に見張り台にいた男は仲間に叫んだ。
「敵だーッ!!鉄の翼竜がくるぞーッ!!」
彼らの頭上を日の丸の描かれた翼を広げながら攻撃機が通過していく。次の瞬間、何かが船に当たり、爆発が起こった。
甲板は爆発の衝撃でバラバラに吹っ飛び、水兵たちは海に放り出された。
「何だ!!何が起こっている!?」
「大変です司令官!敵の攻撃です!鉄の翼竜が現れました!!」
「何ィ!?うわぁッ!!」
司令官が甲板に出た瞬間、船は衝撃で激しく揺れ、船体は真っ二つに裂けた。
炎に包まれる船からは、次々と水兵たちが海へと飛び込んでいく。
「な・・・なんてことだ・・・・・神よ・・・・。」
自分たちの頭上を悠々と通過していく攻撃機の編隊を目の当たりにした司令官は、気が動転してしまい、兵士たちに指示を出せずに思わず一歩後退りをしてしまう。
「そんな・・・・バカな・・・!!」
次の瞬間、後続機から投下された250キロ爆弾が命中し、司令官は即死。彼らは船と運命を共にした。
時系列は4時間前に遡る・・・・・。
「特務艦報國丸ヨリ入電!敵艦隊見ユ、ラグナロク海沖245地点!」
哨戒中の仮装巡洋艦、報國丸がマロン島方面に向かう敵艦隊を発見し、マロン島の海軍航空隊司令部に通報していた。この通報を受け、マロン島飛行場の滑走路からは爆弾と魚雷を抱いた九六式陸上攻撃機の陸攻隊が直ちに離陸を始めた。
そして午前9時39分。遂に我が海鷲は眼下に敵艦隊の姿を観止める。
「~優先攻撃目標!敵艦隊先頭旗艦!頭から沈めるぞ!~」
「~了解~」
陸攻隊は高度を下げ、海面スレスレを飛びながら敵艦隊先頭を行く旗艦に突っ込んでいく。
「魚雷投下!」
「投下!」
一番機が魚雷を投下し、続けて二番機も先頭艦艇めがけて魚雷を投下。
その瞬間、艦艇の横腹に二本の水柱が上がり、内部は木で出来ていた敵艦はたった二発の魚雷を受けてバラバラに吹っ飛んだ。
「~命中!~」
敵旗艦の撃沈を確認した後、後続の編隊は残る敵艦艇にむけて次々と襲い掛かり、これらに必中弾を命中させる。相次ぐ我が海鷲の強襲に、敵艦隊はたちまち大混乱に陥り、旗艦をはじめその他の艦艇は炎と煙に包まれた。敵艦隊の壊滅までには時間はかからなかった。
陸攻隊は敵艦隊の撃沈を確認した後、全機悠々銀翼を連ねマロン島基地へと無事帰等したのである。
大本営海軍部発表。
来タル敵影、特務艦報國丸ヨリ敵艦隊見ユトノ通報在リ!直チニ我マロン島航空隊ハ此レヲ撃滅セント行動ヲ開始。遂ニ我海鷲ハ眼下ニ敵ノ艦隊ヲ発見!此レニ必殺ノ必中弾ヲ浴セ、早クモ敵ノ野望ヲ粉砕シ去タノデアリマス!