空の神兵
マロン航空隊によるカリザ空襲と同じくして、同時進行である作戦が実施されていた。
それは早朝のルガッツ城に静かに迫った。森の中から朝靄に紛れて数台の戦車が歩兵を率いて姿を現すのだ。
その戦車は、戦車第三連隊の新砲塔型の九七式中戦車チハと、九五式軽戦車ハ号であった。戦車の後ろからは小銃を持った将兵たちが朝靄をかき分けて参上し、ルガッツ城に捕らえられている要人を解放すべく愈々行動を開始する。
「なッなんだ貴様ら!?」
ルガッツ城の周囲を見張っていた槍を持った兵士が突然の敵襲に急いで館に駆け込もうとするも、背後から歩兵の小銃弾が背中を貫き、敵兵はその場に崩れ去る。
そしてこの銃声を皮切りに戦闘が勃発。異変に気がついた敵オスロニア軍兵士が槍や剣を持って館の外にゾロゾロと姿を現し、敵兵は各々武器を持って日本兵たちのほうへと突っ込んでいく。しかし、その後の結果は歴然。歩兵の小銃射撃の一斉射が炸裂し、敵兵は目前でバタバタと崩れていく。
「くそッ!!引け!!」
敵兵たちは慌てて館の中へと引き返す。その後を追うように館の敷地内へと侵入を果す我が皇軍将兵。更に九七式中戦車も煉瓦の塀をガラガラと破壊して館の中庭に進入、その後に続けとばかりに歩兵も前進を開始した。
「小隊続け!」
将校は軍刀を抜き、戦車と歩兵を先導して突っ込んでいく。
その後に続けとばかりに銃剣を取り付けた三八式小銃を手に歩兵も館内に突っ込む。内側から鍵の閉められたドアや窓を小銃の銃床で破壊して押し入り、抵抗する敵勢力を問答無用に斬り捨て、撃ち殺してゆく。
「閣下!敵の攻撃です!」
「何だと!?この前の侵入者か!?」
「違います!敵の大部隊です!!」
その瞬間、大きな爆発音が轟き、天井から埃が床や机の上に落ちてきた。
「!?」
「何だ今のは?」
爆発音の正体は戦車砲の砲撃音であった。一輌の九七式中戦車が威嚇砲撃のつもりで館に向かって榴弾を一発撃ち込んできたのだ。
石造りの壁に穴が開き、土煙が舞い上がる。中から敵の魔道師が光魔法の空気を圧縮した魔力弾を撃ち飛ばすが、魔力弾は戦車を外れて後ろのほうに着弾し、土が舞い上がった。
「くそゥ!!ハズレた!!」
再び魔力弾を放つが、威力が弱かったのか、九七式中戦車の装甲版は魔力弾を跳ね返し、そのお返しとばかりに車載機銃が撃ち込まれた。
とっさに魔道師は防御魔法を張るも、飛んでくる弾丸の威力や速度が分からなかったようで機銃弾は防御魔法を貫通し、魔道師の肉体を貫く。
「ぎゃああッ!!」
魔道師は即死したものの、二階に潜んでいた弓兵が館の二階窓から弓を戦車のキューポラから身を乗り出していた戦車兵に矢を放った。
「ぐわッ!!クソッ!」
キューポラから上半身を出していた車長は左肩に矢を受け、車内に逃げ込み慌ててハッチを閉めた。
「車長被弾!衛生兵!」
「~梅津車!援護してくれ!~」
「~了解~」
直ちに背後に控えていたもう一輌の新砲塔型九七式中戦車が前に出ると、砲塔を旋回させて館の二階窓めがけて戦車砲を撃ち込んだ。
砲弾の直撃により大きな穴が開き、有無を言わさずキューポラから身を乗り出した車長は車載機関銃を穴の空いた窓辺めがけて撃ち込んだ。さらに歩兵も小銃を撃ちこみ、援護した。
続けて歩兵は館の中に九七式手榴弾を放り込み、館内に突入する。中に入ると、機銃掃射を受けて死んだ敵兵が何人も倒れており、壁には機銃弾や小銃弾によって出来た弾痕が夥しく残っていた。
「地下牢はどっちだ?」
「小隊長!見つけました!こっちです!」
一人の軍曹が地下牢へと続く階段を見つけ、小隊長に知らせる。
物の数分で館は日本軍に制圧され、地下牢に捕らえられていた捕虜は全て解放された。その捕虜の殆どがパルミリア軍の兵士であった。日本軍の力に恐れをなした将軍は館から逃走を図るも、日本軍の情報を聞きつけていたレジスタンス(パルミリア軍騎士団)の待ち伏せを受け、将軍は頭をクロスボーの矢で射られて殺害された。
ルガッツ城に続き、日本軍は近隣のオスロニア軍駐留施設を次々と制圧。瞬く間にオスロニア軍の勢力は低下した。更にこの頃、首都カリザでは市民たちが暴動を起し、祖国を解放するために一斉決起。市街地で蜂起を起したのだ。
カリザに駐留していたオスロニア軍の兵士の殆どは最前線に送られて戦力は殆ど無く、突然の市民たちの反乱に抵抗するも市民のほうが人数が多く、瞬く間にオスロニア軍は武装した市民にマリヴ城まで追いやられ、総司令部は更に慌しさを増した。
「また敵襲か?」
「市民たちが暴れている!早く城門を閉じろ!このままだと城に攻め込まれるぞ!」
すぐに将軍の指示で兵士たちは城の城門を閉じ、将軍以下200名あまりの兵士たちは立て篭もった。
城門を隔てて市民たちはオスロニア兵たちと対峙し、にらみ合いは日が落ちた後も続いた。
松明を手に持った市民たちは夜通し城を取り囲んで立て篭もるオスロニア兵をにらみつけていたが、翌朝になって事態が急変する。
パルミリア義勇軍の一人の騎士が、大慌てで仲間の市民たちのところへと駆けつけた。
「おーい!大変だ!!」
「どうしたミハイル?」
「帝国軍だ!街の外から迫ってくるぞ!?」
「なんだと!?」
彼らは再び窮地に立たされる。本国からオスロニア軍の増援部隊が事態を聞きつけ、市民たちを鎮圧するためにカリザに迫りつつあったのだ。
その数、およそ2万人にも及び、その中にはゴブリンや大きな斧のような武器を持ったオークの兵士もおり、その背後には投石器も窺えた。
街の城壁の上からも夜の暗がりの中に迫る松明の明りがははっきりと見えていた。追い詰めたはずが追い詰められてしまい、市民たちや義勇軍の兵士たちは追い詰められた。
「グレゴリー!どうするんだ!?このままじゃ・・・・・。」
「わかっている!今は信じるしかないんだ!ミーナたちを・・・・・。」
城壁を隔てて街に立てこもる義勇軍を指揮する騎士団団長のグレゴリー・モイスはそう答える。
そして草原の向こうからオスロニア軍の3万の軍勢がカリザへと迫りつつあり、彼らを率いる派遣軍の若き総大将、ラインラックはカリザの街の様子を窺うことができる小高い丘の上に陣を築き、そこで指示を出していた。
「報告!レヴィル騎士団全員準備完了しました!」
「よし、夜明けより進撃開始だ!カリザを火の海にしてやる・・・・我が帝国を甘く見たことを奴らに後悔させてやるのだ!」
「御意!」
進撃の支持が下り、剣を持った騎馬兵を先陣に、盾と槍を持った兵隊が草原を突き進む。さらに空を見上げると、竜騎兵の姿もあった。
敵が迫る中、グレゴリーはただただ祈ることしか出来なかった。武装した市民たちは市内や門にバリケードを築き、ある市民は家の床下などに身を潜めるなどして最悪の事態に備えるのであった。
夜明けを待って街に攻め込もうと、オスロニア軍は草原にテントを張り、兵士たちは踊りを踊ったり娼婦と戯れたりして進撃前の士気を高めていた。
そんな中、日本軍の偵察部隊の斥候兵が闇夜に紛れ、敵のキャンプ地に近づいて敵のおよその数や敵陣の位置を確認し、その情報を海軍から調達したTM式軽便無線電信機を用いて本隊に敵情を打電した。
「偵察隊ヨリ入電!敵増援部隊ハ、カリザ東ノ森付近ノ草原地ニテ確認。敵数凡ソ三万六千ト認ム。」
待機していた戦車第一師団は直ちにエルマンを出撃。車輌を連ねて一路カリザを目指した。そして時を同じくし、霧矢陸軍航空隊飛行場では陸軍の精鋭落下傘部隊。第一挺進団の飛行第一戦隊の一〇〇式輸送機20機が滑走路で離陸を待って待機していた。輸送機の前では落下傘を抱いた挺進兵が整列し、出撃前の杯を交わすのである。
「今回の作戦はこれまでにない大規模かつ壮大なものとなることが想定される。我々は一番乗りで敵陣に降下し、友軍部隊が到着するまでの間に敵勢力を食い止める!我々にとっては初の戦場だ。この作戦には今後の我が國と異界國との運命を分ける戦いとなる!総員、基より生きて帰らぬものと覚悟せよ!諸君らの武運を祈る!」
「総員!直ちに搭乗!発動機回せー!」
「直掩機、離陸急げ!」
エンジンに火が入り、発動機が唸り声を上げる。
挺進連隊が搭乗した一〇〇式輸送機は次々と離陸を開始。続いて一式戦闘機隼の直掩機隊も離陸し、帽子や日の丸の旗を振るう整備兵たちに見送られながら挺進部隊は朝焼けが登り始める空へと飛び立っていった。
夜明けが近づく頃、マリヴ城の塔に幽閉されていた王女セルシアはその激しい衝撃音に目を覚ます。
「何!?」
窓を開けて外の様子を見てみると、城下町のほうから黒煙が一筋立ち上る様子が見え、セルシアは困惑する。
その煙の正体とは、オスロニア軍の投石器による投石攻撃であった。オスロニア軍はカタパルトで威嚇攻撃を行い、この攻撃を受けカリザ市民たちは皆パニックに陥った。
「進めェーッ!!」
夜が開け、対峙するオスロニア軍の軍勢に愈々進撃命令が下る。総大将ラインラックの号令と共に投石器から焼けた岩が放たれ、城壁の手前に落下し、また城壁の一部を破壊した。
ラインラックは白馬に跨ると、剣を抜いて騎士団を先導するように進撃を開始した。
そしてその様子を、離れた森の木陰の側で偵察隊の斥候兵は双眼鏡越しにくろがね四起の車上から確認する。
「動き出した!すぐに打電しろ!」
「はッ」
斥候兵は直ちにこの一報を合流中の戦車第一師団に打電。同時に接近中の飛行第一戦隊にも知らせた。
「偵察隊ヨリ入電!マルナナサンヒトヨリ敵部隊ガ行動ヲ開始セリ!」
「予想時刻より早いな。カリザまであとどのくらいだ?」
「あと十五分ほどです!」
しかし、既に戦闘は始まっていた。平原を進撃するオスロニア軍に対し、パルミリア騎士団は弓兵を総動員し、火矢を放って進軍の足止めを測っていた。あらかじめ油が敷かれていた場所に火矢が当たると、そこから一気に燃え上がり、炎の壁でオスロニア軍の足は一旦は止まるものの、魔道師の消火魔法によりあえなく火は鎮火された。
「愚か者め、こっちには魔道師がいるのだ!そのような小細工は我が軍には通用せん!!」
不敵な微笑みを浮かべながらラインラックはそう言い、お返しとばかりにゴーレム兵は投石攻撃を行った。
カリザ制圧まであとわずか。全てが順調に進んでいるように思われていたその時、遂に山の向こうからそれは姿を現すのである・・・。
「まもなく目標上空だ!総員降下用意!」
山の向こうから現れたそれは、陸軍挺進連隊の一〇〇式輸送機の編隊であった。
輸送機の編隊は敵を眼下に見下ろしながら上空に参上すると、愈々遂にその時は訪れた。
「進路このままー、このままー。」
機体側面のドアが開き、挺進部隊長が身を乗り出す。
「よし、行くぞー!みんな付いて来いよッ!!」
「はッ!!」
「降下ーッ!!」
その瞬間輸送機からは挺進兵が次々と飛び出し、白き花を朝空に咲かせる。
輸送機が通過した後には幾千もの落下傘が花開き、青雲を背に空の神兵の威容を見せ付けた。
落下傘降下の様子はマリヴ城からも窺え、塔に幽閉されていたセルシアも空を漂う無数の落下傘を目の当たりにし、またも驚いた。
「あれは!?」
そして、王女セルシア以上に一番驚いていたのはオスロニア軍であった。
突如空からゆっくりと振ってくる幾千ものそれは、よく見ると人間がぶら下がっているのが分かり、オスロニア軍の兵士たちは目を丸くした。
「人だ!人が空から振ってくるぞ!!」
「閣下!あれは一体!?」
挺進兵の空挺降下を目の当たりにし、ラインラックも驚いていたが兵の数はこちらが圧倒していたので臆することは無く即座に攻撃を命じた。
草原地に着地した挺進兵たちは落下傘を離すと、足に巻きつけていた銃袋から一〇〇式機関短銃や四四式騎兵銃を取り出して素早く弾を装填し、その場ですぐに交戦が始まった。
最初の攻撃は兵員とは別に落下傘で投下された九二式歩兵砲による榴弾攻撃であった。さらに九二式重機関銃や九九式軽機関銃の一斉射が猛威を奮い、その正確無比な射撃により突撃してきた敵兵は忽ち蜂の巣にされた。
「弾をくれ!」
保弾版の弾がなくなり、射撃手が叫ぶ。
すかさず隣にいた兵は甲弾と書かれた弾薬箱から三十発の実包が纏められた保弾板を取り出し、素早く機関銃にそれを装填する。
「撃て撃てェ!!」
ダダダダッと、再び発砲を開始する九二式重機。突撃してくる敵兵は盾で防ぐも、盾は意味を成さず敵兵はバタバタと倒れてゆく。
機関銃に驚いた敵兵は魔術攻撃だと勘違いし、すぐに後退を始めた。
「なんなんだアレは!?」
「逃げろ!!魔道師がいるぞーッ!!」
「怯むな!!進めェー!!」
さらに敵兵を直掩機の機銃掃射が襲う。加藤隊長率いる隼戦闘機隊が戦場上空にはせ参じ、空より敵兵に迫り、両翼に抱えていた30kg爆弾二発を急降下で叩きつけた後、混乱する敵兵に有無を言わさず12.7mm機関砲の機銃掃射を与えた。この攻撃により、敵の戦死者は増大。彼らは忽ちパニックに陥った。
一番驚いていたのは総大将ラインラックであった。彼は完全に日本軍を甘く見ていたのだ。
「なんと・・・・あれが鉄の翼竜!?」
「閣下!このままでは兵が総崩れを起こします!いかがなされまするか!?」
「カタパルト(投石器)だ!カタパルトを放て!」
一斉にカタパルトから焼け石が放たれる。焼け石は草原地に砲弾の如く降注ぎ、挺進兵が数名負傷した。
しかし尚も挺進部隊は怯まず、重機関銃と歩兵砲で応射。突撃する敵兵を遠距離から食い止めた。
草原地に機関銃の銃声と砲声が轟き、黒煙がいたるところで立ち上っている。そして空の上では直掩機隼隊が敵龍騎兵と熾烈を極めた空中戦を展開していた。




