帝都空襲
異世界、パルミリア王国。
その国では今まさに、大国オスロニアと異世界との戦争が行われようとしていた・・・・。
帝暦693年。火食い鳥の月。
日本時間、1941年、昭和十六年12月8日未明。
三つの月と無数の星星が輝く夜空の下、短剣を腰に挿し、弓を背負った一人のエルフの少女が森の中を駆けていた。
そのエルフの名はクロエ。現在パルミリアを支配しているオスロニア帝国に敵対しているパルミリアの民である。彼らはオスロニア帝国に奪われた村を取り戻すために抵抗軍に加わって帝国軍と戦っていた。
だが多勢に無勢、勇敢に戦うも、残っていたエルフ族の仲間は帝国軍に捕らえられ、残ったのは彼女を含めたった5人であった。クロエは捕らえられた仲間たちを助け出そうと単身、敵地に乗り込んだ。しかし途中で見つかってしまい、帝国軍の追っ手から逃れようと森の中に逃げ込んでいた。
「はぁはぁはぁ・・・・ここまで来れば。」
森を抜け、湖の畔まで来ると走りつかれた様子で少しその場に立ち止まった。
静かな湖の湖面には、三つの月が反射して映り込んでいた。クロエは側に生える大きな木の根元に膝を抱えて背中を合わせ、弓を傍らに置いて座り込む。
ずっと走りっぱなしで逃げてきた彼女は一眠りしようと目を閉じかけたとき、聞いたこともない鳴き声が聞こえると同時に、大きな鳥のような陰が彼女の上を過ぎった。
「!?」
すぐに起き上がると、クロエは弓を持って空を見上げる。しかしそこには既に鳥の姿はなく、気のせいかと思ったその刹那、再び同じ鳴き声を響かせながら陰が頭上を通過していった。
そしてその姿を目にしたクロエは驚く。それは次から次へと姿を現し、彼女の頭上を通過して同じ方向へと飛んでいくのだ。それらの鳥は翼を羽ばたくことはせず、鳴き声を轟かせながら何十匹という数の大きな鳥が飛んでいった。
それらの鳥の翼には、皆おなじ赤い丸が描かれていた。
「鉄の翼竜・・・・。」
クロエはそう呟くと、追っ手が迫ってきていることに気がつき、すぐにその場を離脱した。
その国は大日本帝國と呼ばれている。
開国以来、日清、日露戦争、そして第一次世界大戦に勝利した日本は、アジアの大国としてその名を知られていた。そして時代は明治、大正の時代を経て激動の昭和という時代が始まった。
1939年、昭和十四年。欧州においてはドイツ軍がポーランドに侵攻し、第二次世界大戦が勃発していた頃、三国同盟に加わっておらず、日中戦争が起こらなかったこの世界の日本は平和であった。しかし、東京オリンピック、そして萬國博覧會などの紀元二千六百年記念行事開催から一年後のその年の夏、帝都東京に戦慄が走った。
1941年、昭和十六年。夏。
昼下がりの下町。火の見櫓に上った法被姿の消防団員が半鐘を打ち鳴らす。
カン!カン!カン! カン!カン!カン!
下町中に響き渡る半鐘の音に、市民たちは騒然とした。
その日、帝都の空に突如として表れたそれは、まるで神話に出てくるような龍、ドラゴンの姿をした怪物の群れであった。
この出来事は即座にラジオで報道され、後に新聞やニュース映画でも大々的に報道された。
後にこの出来事は「帝都怪物事件」と呼ばれ、昭和の4大事件の一つとして国民の間で知られることとなった。
「な、なんだれは!?」
「龍だ!!人が乗ってる!!」
「竜神様じゃ!」
帝都の空に舞い降りし龍に、誰もが驚き逃げ惑う。
偶然その場に居合わせていた新聞社の二人のカメラマンは慌ててカメラを取り出すとシャッターを切り、空飛ぶ龍の姿をフィルムに納めていった。
「これは凄いぞ!おい動画も撮れ!」
「すげぇ!映画みたいだ!」
もう一人のカメラマンは8ミリカメラを取り出し、動画でもその様子をしっかりと捉えた。
同時刻、太平洋沖を演習航海中の駆逐艦「舞風」が、水平線の向こうから何かを目撃する。
始めに異変に気がついたのは、後部甲板艦橋で観測を行っていた三等水兵であった。
「何か見えるぞ・・・・あれは・・・?」
三等水兵は望遠鏡越しにはっきりとその様子を目撃し、副長を呼ぶ。
「副長!向こうに船が見えます!大船団です!」
「何?」
声を掛けられた副長は首に提げていた双眼鏡で水兵が指し示すその方角を覗き込む。
「本当だ・・・今時帆船とは珍しいな。」
副長は目を凝らして双眼鏡越しにその船団を見ていると、それらの船団が全て軍艦であることがわかった。
「あれは民間船じゃない、軍艦だ!」
初めて船団を軍艦と認識したその刹那、一筋の光が輝くと同時に舞風の至近で水柱が高く上がり、後部甲板艦橋にいた水兵と副長は海水を浴びた。
突然の事態に艦長は直ちに総員戦闘配置を指示し、艦上に鐘の音が鳴り響く。
「総員戦闘配置!!」
「総員戦闘配置!!総員戦闘配置!!これは演習にあらず!繰り返す!これは演習にあらず!!」
艦上に鐘の音が鳴り渡る中、水兵たちが慌しく甲板上を駆け回る。
着弾で舞い上がる水柱の海水が甲板をぬらす。
「機関全速!」
「ヨーソロー!機関全速!」
即座に艦橋では水兵がエンジンテレグラフを最大船速に合わせると、艦長は伝声管で即座に指示を送る。
攻撃を受け、水柱が舞い上がる中を駆逐艦舞風は最大船速で駆け抜けた。12.7㎝連装砲三基が一斉射するも、敵軍艦の手前に着弾して小さな水柱を6本舞い上げるのみであった。
「距離修正急げ!次弾装填!」
「通信手!直ちに横須賀へ打電しろ!」
舞風の通報を受け、重巡洋艦高雄、愛宕、麻耶、鳥海の第二艦隊第四戦隊はただちに通報のあった海域にむけて出撃した。海域付近に近づくと旗艦高雄から発艦した零式水上偵察機が高度2500メートル上空から眼下に通報のあった不明艦隊の姿を認める。
「あれだ!」
「敵不明艦隊見ゆ!編成は戦艦と思しき大型艦六、小型帆船艦三。敵不明艦隊は南方方面に進路を変え南下中!」
その後、不明艦隊は霧の中へと姿を暗まし、追撃を試みるも天候が悪化する恐れがあったため偵察機は引き返した。その後舞風は横須賀へと回航されるが、攻撃を受け浸水し斜めに傾斜した状態で港にタグボートに引かれて戻ってくると、その姿を目の当たりにした群集たちはざわめいた。
後の報告で、舞風乗組員のうち48名が重軽傷を負い、内7名が殉職した。
前代未聞のこの事態に帝国政府は急遽議会を召集し、参謀本部において対策が話し合われた。
その会議の席には、政府閣僚の他にも杉山、東條ら陸軍大臣の姿もあった。
「問題の怪物は何処から来たのか!何故今まで気がつかなかった!」
「事は緊急を要する。陛下も早急なる事態の解決を望まれておられる。」
「それで捕虜の調査はどのぐらい進んでいる?そもそもあれは何者なのだ?情報によれば西洋の中世の騎士のような姿をしていたらしいではないか?」
「敵はソ連か?米国か?」
「いえ、尋問では言葉がまったく通じないので。英語でもドイツ語でもロシア語でもない言葉で話しているので、今はなんとも・・・。」
「それではイカンだろう?言葉が通じないのであれば、調べようがないではないか!」
閣僚や将軍たちは皆、表情を曇らせた。
その時、会議室の扉にノックの音が響く。
コンコン
「失礼します。」
部屋に入ってきたのは一人の女性将校であった。
その女性将校の名は野上さくら少佐。長い黒髪を一本のおさげ髪にし、腰には軍刀を提げていた。
野上少佐は上司である杉山大将にある知らせを持ってきたのだ。
「会議中失礼します、将軍。」
「野上少佐か、どうした?」
「将軍、実は捕虜の件なのですが・・・言語がどこの国の言葉でもないので苦戦しましたが、どうにか話を聞きだすことが出来ました。」
「本当か!」
野上少佐のその言葉に、閣僚や他の将軍たちは反応を示した。
「それで敵はどこの国からやってきたと言ってる!?」
「彼らは聖地オスロニアなる国より異界出兵の命を受けて来たと申しております。」
「オスロニア?」
「知っているのか?」
「いえ、私も始めて聞く国ですな。」
「それでそのオスロニアという国は何処にあると言ってる?欧州にそのような名前の国は聞いたことがないぞ?」
「やはり米国かソ連の仕業か?」
「いや、それでは帝都を襲ったあの龍のような怪物の説明がつかん!少佐、その捕虜の話だと彼らは異界より来たと言っていたな?」
「はい、私もにわかには信じがたいことなのですが、彼らは我々の住むこの世界とはまったく違う別の次元の世界から来たと申しておりました。もしそれらの話が本当なら、あの怪物や彼らの話す言語も全てつじつまが合います。」
「別の次元の世界・・・だと!?」
「はい、異世界であります。」
「バカバカしい!昔話じゃあるまいし、そんな話が信じられるか!やはり米国かソ連の策略に違いない!」
東條はテーブルを叩いて立ち上がり、ソ連やアメリカの仕業であること疑わなかった。
そんな東條を嗜めるように杉山は言った。
「まぁまぁ東條さん、全ての可能性を想定するのも一つの考え方ですぞ。仮に米国やソ連の仕業だとしても、予告なしに空襲などしないでしょう。」
「・・・・・・・。」
杉山の言葉に東條は納得できない顔で椅子に座ると、灰皿の上に乗せていたタバコを取って一服した。
その刹那、再び会議室にノックの音が響く。
コンコン
「失礼しますッ!」
会議室に一人の将校が慌てた様子で入ってくる。
「何事かッ!!」
「今は会議中だぞ!」
その様子に出席者の誰かが声を荒らげてそう答える。
「て・・・敵襲であります!!」
「何だと!?」
閣僚や将軍たちはどよめく。
その頃、帝都から遠く離れた東京西部、丘陵地帯において戦闘が勃発した。相手は帝都怪物事件の時と同じ中世の騎士や兵隊の格好をした者たちであった。その数、およそ6万人にも及んだ。
彼らは時空に穴を開け、こちら側の世界へと軍勢を送り込んできていたのだ。
軍部は直ちに東京西部全域に戒厳令を敷き、第一師団歩兵第一連隊、及び第二連隊を出撃させ、異世界侵略を狙う異界の軍勢を撃滅すべく戦いを始めた。戦線には野砲隊の他、八九式中戦車を中核とする戦車部隊も導入された。
戦いは夜明けまで続き、結果は帝国陸軍の一方的な勝利に終わった。敵異界の軍勢はほぼ壊滅し、敵の戦死者は半数を数え、一方で帝国陸軍の戦死者はほぼゼロであった。
戦闘終結の後、陸軍は多摩丘陵の森の中に異界への入り口を発見し、調査が行われた。
「信じられん・・・・・なんじゃこりゃ」
「ワシゃ、生まれてこのかた、こんなもの今まで見たことがないぞ!?」
「ここが、アイツらが出てきた異界の入り口か・・・・」
「まるで夢でも見てるみたいだぜ・・・・。」
丘陵の森を捜索中、空間に現れた異界の入り口を見た将兵たちは驚いた。
前代未聞の異世界からの脅威に国内世論は騒然となった。そして数日の後、皇居宮殿において外務大臣、陸海軍大臣が出席し、開戦決定の御前会議が開かれた。そして陸海軍双方共に異界の未知なる脅威に開戦やむなしとの結論に至った。
「では陛下、よろしゅうございますね。」
近衛文麿大臣がそう答えると、天皇陛下は玉座からその御腰を上げ、静かにうなづかれる。
劃して、対異世界戦争が幕を開けたのであった。
「昭和十六年十二月八日、帝國ハ異界國ニ対シ開戰スルニ決ス。」
異界出兵の日、一億総国民は奮い立った。帝都では出陣の行進が行われ、陸軍の将兵は速歩行進のラッパに合わせて三八式歩兵銃を肩に担ぎながら市街地を行進した。一億国民は日の丸の旗を振るいながら歓呼の声でそれを見送った。