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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

ライナスの毛布

作者: 機島永介

 剣はペンよりも強いというが、ペンで剣に向かって行ったら殺される。

 しかしペンはより多くの人の心を動かし世界を変える力を持っている。

 知識はペンによって拡散され我々は教育を施され長寿になりテレビを見てネットも見れる。

 ペンは偉大だ。

 偉大だった。

 剣はどんなに頑張っても100人くらいしか殺せない。これではとても世界は変えられないが、それでも100人の人生を奪うことができる。

 銃とペンならどっちが強いか考えたことがあるだろうか?

 核爆弾とペンならとっちが強いか考えたことがあるだろうか?

 ペンの力は次第に弱まっていくばかりだ。

 ペンは昔は強かったが、今は大して強くない。

 もうはっきり言おう。ペンは弱いよ。

 ペンはクソ弱いよ。

 なにやってんだってくらいの武器だ。

 こいつで戦おうとしている人間には出会ったことがない。

 どうして誰もペンで人を殺そうとしないんだろう。

 残念じゃないか。

 昔はとても有効な武器だったのに。

 ペンごときで死ぬ人間が何人もいたのに。

 もう20年も前の話だ。

 とある小説が発表された。

 それはとても他愛ない恋愛小説だった。

 今の時代からすれば、もう鼻で笑ってしまうくらいの、ほんのちょっとだけ絶望が込められた小説だった。

 その小説は売れた。

 実際に何部売れたかは覚えてない。俺も小さかったからな。

 だがその小説は、とてつもない力を秘めていた。

 なんだか分からないが、人の精神に異常なほど影響を与える本だった。

 その小説を読んだ何人かの読者が集団自殺した。

 それはテレビニュースになってお茶の間を爆笑の渦に巻き込んだ。

「小説くらいで死んでんじゃねーよ」とみんな思った。

 俺も思った。

 けれどそれは確かにペンの力だった。

 その本は売れまくったが絶版した。

 人殺しの本として、文学界の闇に葬られた。

 俺はそういう本が書きたいんだ。

 実際に力のある本だ。

 まるで剣のような。

 まるで銃のような。

 まるで原爆のような。

 そんな小説が書きたいんだ。

 読んだ人が「死にたくなる」なんてもんじゃなくて。

 読んだ人が「死ぬ」小説が書きたいんだ。

 そうするにはどうすればいいのかを考えた。

 考えて考えて考えた。

 どうしてそんなことを考えるのかって言えば、簡単に言うと俺が人間が大嫌いだからだ。

 人間ってやつは汚い。見てていらいらする。猫は可愛い。犬のぺろぺろだ。けど人間、お前らからは嫌な臭いがすんだよ。いらいらするんだよ。俺をそんな目で見るな。

 俺をそんな目で見てんじゃねえ。


「0点」

 と藤崎先輩は俺が書いた小説の原稿の一枚目をテーブルに置き、眼鏡を外してピンク色の布で拭きながら言った。

「ばおおおおお」

 と俺は象のように吠えた。いや別に象が好きなわけじゃない。魂から湧き上がる衝動を声に出したら象っぽくなっただけだ。いや別に象が嫌いなわけじゃない。むしろ人間の100倍好きだ。俺は傷だらけの長テーブルを両手でガボンヌと殴打して立ち上がった瞬間に勢いでパイプ椅子がギロロローヌと音を立てて壁に激突して倒れた。

「この小説のどこが悪いっていうんですか! この、くそ、ブス女! 死ねよ! なんなんだよあんたなんなんだよ何様だよ! 先輩だからってなめんじゃねえぞこら犯してぶち殺して犬に食わせんぞボケ!」

「い、言ったわねえこのぼんくらブサイク童貞ワキガハゲ包茎! おめーが死ねよクソつまらない小説をわざわざ読んであげただけでも私に感謝して欲しいくらいだっつーのこのデブ! ニート!」

「学生なんで俺はニ~~~~~~~~~トじゃありません~~~~~~~~~~」

「じゃあなんなんですか~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~」

「学生で~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~す」

「どうでもい~~~~~~~~~~~で~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~す」


 そして俺と藤崎先輩はキスをした。


 俺は倒れた椅子を元の位置に戻してテーブルの上に倒れていたダイエットペプシの蓋を開けて炭酸がちょっと抜けてあま~くなった黒いそいつを飲んだ。

 藤崎先輩は眼鏡をかけてちょっと後頭部の髪をなでて足を組んでスカートのホコリをぱんぱしぱんぱし叩き落として文芸部室の宙空に漂うホコリの舞いを眺めていた。

「キミはひとつ誤解しているようだけどね、剣はペンよりも強し、という言葉のホントの解釈は非武装の強さなんだよ。つまりガンジーの思想。ペンっていうのはつまり小説やエッセイや知識を伝える教材すべてのことでしょ。誰かによって書かれた、伝えるべき事柄を伝えるためのもの。剣は人を殺すためだけに作られたもの。ホントはね、どっちも弱い。どっちも人間にいらないものなんだよ。戦わなくて済むなら、剣なんて必要ないんだ。伝えたいことがなければ本なんて必要ないんだ。たとえばネアンデルタール人のことを考えてみてよ。彼らは本を読んでいた? 読んでない。けど彼らは生きていた。犬や、猫だって同じ。彼らには剣もペンも必要ない。どっちもいらないもの。非武装。キミはペンを武器のように思いたがっているけれど、そうじゃないの。私は剣もペンも無くていい。どっちがなくてもね、生きていけるもの。だからね、非武装の象徴として、私はペンのことをライナスの毛布みたいなものだったらいいなって考えるの。スヌーピーに出てくるライナスって子はいつも毛布を持って歩いてる。彼にとって、それは命にも代えがたい大事なものなの。けどね、ライナスだってきっといつかは毛布を手放すよ。大人になったら、それが必要なくなったら、どこか見えないところにやっちゃうと思うよ。剣が必要ないように、ペンもまた必要ないの。けどね、毛布は温かいよ。私は毛布に包まってると幸せ。安心する。ねえ、キミもそういう風に考えられないかな。剣は人を殺す道具だけれど、それはきっと人を助ける道具にもなるはずなんだよ。毛布も、ペンも、そして私もね」

 と言って藤崎先輩は俺の顔を見てヒナゲシの花のように笑うのだった。笑うと先輩からは黄色いオーラが発光しているようで慈母。俺は結構心がやさぐれのささくれなのでそのオーラにニフラムされそうになって思わず両手で顔を隠し、手の隙間から先輩を見ざるを得ない。

「そんな……そんな澄んだ笑顔で俺を見ないでくれ……!」

「そう言われるともっと見せたくなるから見なさい私を」

「溶ける……! あまりの聖性に闇に慣れた体が溶けてしまう……!」

「ふふふははは、馬鹿言ってないで、今日はもう帰ろうか」

「そっすね」

 俺と先輩は部室を出た。

 帰り道を歩いている時に先輩は言った。

「ねえ、キミはさあ、ホントに小説で人を殺せると思ってるの?」

 俺は口をむっつりへの字にして横にいる先輩を睨んでやる。

「悪いですか? 男ってのは武器とか好きなんですよ。ガキっぽいけど、俺は小説で誰かを殺せるくらいの力があったらいいなって、割とマジで思ったりするんですよね」

 先輩は何も言わずに微笑んで、進行方向を見たままだ。

 何か反論されるかと思ったが、彼女は何も言わなかった。

 その代わりなのか、隣を歩く俺の手を握ってきた。

 手は暖かった。

 そして恥ずかしかった。

 が、悪い気持ちではなかった。

「なんすか急に、手なんかつないで、気持ちが悪い」

 俺は真っ赤になりながら言う。

 照れ隠しにぶっきらぼう。

 まるで小学生みたいだな。

「さっき私が部室で言ったこと、忘れないでよね。きっとキミもいつか分かってくれると思うからさ」

「へっ、んなもん、わかりたくもないですね。俺はペンでやっつけますよ!」

 先輩はニヤニヤ笑いながら、隣を歩いていた。

 分かれ道になったので、俺と先輩は「またね」と言って別れた。


 藤崎先輩が自殺したのは、その晩のことだった。

 彼女は自室のドアノブに頑丈な縄を結わえて首に巻き、長座体前屈をするような格好で顔を紫色にふくらませて舌を長く伸ばして死んでいたそうだ。

 彼女の机の上には遺書めいた紙切れが一枚乗っていたと聞いた。

 そこにはたった一行、こう書かれていたのだとか。


「死にたくなるくらい童貞のキミが好き」


 ということで俺は泣きながら小説を書いている。

 涙でモニターが見えないが、知ったことではない。

 文章になっていなくてもいい。

 ただ無性に何か小説めいたものを作っていたい。

 そうせずにいられない。

 小説で人を殺した俺は、今度は何を目指して書けばいいのだろうか。

 もう教えてくれる先輩はいない。

 俺は書くのをやめられないのだ。

 でも、いつかきっとやめるんだろう。

 そして書いた小説は全部、見えないところにやっちゃうんだろう。

 まるでライナスの毛布みたいに。










最後までお読み下さりありがとうございます。

ご意見ご感想、つつしんで拝聴いたします。

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