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彼はまるで宛もなく彷徨う旅人のよう

街を渡り歩く 移ろい続ける風のよう


陽の移ろいと景色が 心を留めた場所に

彼は風呂敷を広げ 作品を並べ佇む


その時の その場所の何が

彼の足を止めて 心に引っかかったのかを 探すために


この前の場所が―足音が飛び交う狭い通りであったのに比べて

ここは広く―そして人の足はリズミカルで疎らだった


話し声 通り過ぎる車 鳥の囀り 木の囁き 風の音

それらの全てが 広がる空に 飛び立ち 吸い込まれ 消えてしまうかのようだった


彼は太陽の光に

通り過ぎた人の横顔に

涙が地面に落ちた瞬間に

得体の知れないものを見ることがある


それが何であったのかを知りたくて

彼は無我夢中で木を手にして削り上げる


そこに宿るのは報われない悔しさ 伸ばした手が届かない失望

あるいは愛しい人の笑顔に見た救い 何気ない花に降り注ぐ勇気

愛する人との惜別 そして夢に触れた歓喜だった


―――ごほっ…


彼は突然何度か咳き込んだ

彫刻刀が手から零れる

口元を押さえた掌に血の跡が残っていた


一体いつまでこうして生きていくことができるのか…

この作品は誰かの傍で残り続けるのだろうか…


――ふと…子犬を買っていった女性を思い出す

―浮き上がっては沈んでいく記憶の断片の中に何かが引っかかる―


それは…掴もうとしても届かない まるで―靄がかかっているかのように

一瞬見えたように思えたそれは 朧に…淡く…霞み…消えていってしまう…


―彼はおもむろに木片を取って削り出した

今のが―何であったのかを―知るために


ぽっかりと空いたような時間に取り残される中で

何かを掴もうとするかのように


いつの間にか太陽の移ろいも意識から消えていく……


「――あの…」

投げかけられた言葉は木々がざわめくように

水面に波紋を広げて―彼の意識を呼び戻す


―そこにいたのは

犬の像を買ったあの―女性だった


作品を手にして―興味深そうに見ていく

その口が その手が 目が―止まった


その姿はまるで―彼女の時そのものが止まったかのようだった

あるいは心を捕まれて 凪いだ海になったかのようだった


「…これは―」

それは先日の夢で見た中で象った一枚の絵


夕日が差し込む

辺りは朗らかに淡い光に包まれる


客足は彼方の雲のように疎らで

喧噪は夜空の星のように静かだった


彼女の声はとても小さくても聞き取ることができた

流れる風が―その言葉を届けてくれたからだろうか


そして―作品をもう一度見る


太陽の光は彼女の涙を真珠のように照らす

その涙はまるで祈りのようだった


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