第一話 -8
『火』の祠の近くで周囲を警戒していた朱伽は、一人の男が近づいてきていることに気がついた。
「よう、朱伽」
「あれ?静春!どうしたの、こんなとこで?」
現れたのは最宮静春。青龍として巧に協力している仲間だ。
「パトロールだよ。そしたら偶然見知った顔を見かけたからさ」
「こんな遠くまで見回るんだ。ご苦労様で~す」
朱伽がふざけて敬礼する。
「まあ仕事だからな。あ、飲むか?」
静春が差し出したのはペットボトルの炭酸飲料。一口飲んだのか、少し減っている。
「冷えてる?」
「さっき買ったばかりだし、冷えてるよ」
「飲む飲む!眠気覚ましにもなるしね」
朱伽は静春からペットボトルを受け取ると、ごくごくと飲んだ。
「ぷはぁ~!あ、ところでこんなとこでパトロールさぼってていいの?」
「ああ、別にいいんだ……」
静春が何か気まずそうに目線をそらす。
「それ、嘘だから」
「え……?」
直後、朱伽がひざから崩れ落ちた。
「あ……れ…………?」
「大丈夫、ただの睡眠薬だから」
「しず……は………………」
「本当にごめん、朱伽――」
朱伽の意識はそこで途切れた。
巧が『火』の祠へと到着した。
「はぁ……はぁ……」
五行でかなり強化したとはいえ、全力で長距離走ると息が切れる。
が、へばっている余裕はない。目の前の祠はすでに破壊された後なのだ。
「……朱伽さんは……?」
姿が見当たらない。
どこかで戦っているのか、連れ去られたのか……
「まだ壊されてからそんなに時間は経ってない……ならまだ近くにいるはず」
精神統一。気持ちを落ち着かせる。
「『朱伽さんのところへ』」
言霊。
スサノオである巧だけが使える特別な力。現実を歪め、不可能を可能にすることもできる。朱伽の居場所まで移動するくらい何てことはない。
言葉を発した直後、巧の身体は勝手にある方向へと飛んだ。
「…………」
静春が歩を進める。
「……やっときたか」
「おかえり」
進んだ先には二人の姿があった。オロチを名乗った少女と、サラ。
「……誰、それ?」
サラが指差したのは、静春の肩に担がれている少女。朱伽だ。
「そのままあの場所に寝かしておくわけにもいかないから……何か犯罪に巻き込まれるかもしれないし……」
「寝かすとか……さっさと殺した方が楽なのに」
「ふざけんなっ!そんなつもりはないっ!」
不敵に笑うサラと、彼女を睨む静春。
「まぁまぁ。利害が一致した者同士、せめて目的達成までは仲良くやろうよ。ね?」
間に割って入ったのは、オロチを名乗った少女。それをきっかけに、サラが静春から目線をそらす。
それと巧が姿を現したのは同時だった。
「なっ……!」
「ちっ……」
驚く静春と、巧を睨む少女。
サラは余裕を見せるかのように表情を崩さない。
高速で飛んできた巧は砂ぼこりを上げながら着地し、周囲を確認。
さっき会った女性サラと見知らぬ少女。そして――
「朱伽さ…………静春君っ!?」
「…………」
静春は気まずそうに顔をそらす。
「朱伽さんは?あの女の子にやられたの?だとしたら、あの子相当強い――」
静春に話しかける巧。
返事のかわりに、サラの笑い声が響いた。
「いやぁ、おめでたいね~。仲間が裏切るとかまったく考えていない」
「え?」
「さっきいった協力者……彼もその一人よ」
「……っ!?…………嘘……だよね?」
驚愕の顔で静春を見る巧。サラはそれを見ながらにやついている。
「……さっさと行くぞ」
「静春君っ!!」
静春は一度も巧を見ることなく、オロチを名乗った少女が発生させた黒い霧の中へと消えていった。
「……なあ」
「ん?」
静春が少女に話しかける。
「何回も聞くけど……オロチを復活させることが、本当におまえを助けることになるんだな?」
「うん、そうだよ。……ごめんね。本来なら封印する立場なのに、あたしのせいで……」
「……いや、別にいい。おれにとってはこっちの方が大切だ」
「ありがとう、静春」
少女が静春に抱きつく。
「ちょっ……な、なんだよ突然!」
「あれ?顔赤いぞ?もしかして、異性として意識しちゃった?」
「ば、馬鹿なこと言ってんじゃねーよ!」
静春が真剣なまなざしで少女を見つめる。
「あいつらを敵にまわすことになっても、絶対におまえを助けてみせる」
「ありがと……感謝してもしきれないよ」
「みずくさいこと言うなよ。おれ達――」
静春は少女に腕をまわし、抱きしめた。
「双子の姉弟なんだから。なぁ、りんね」
静春の肩に顔をうずめる少女――りんね。その口角が上がっているのを見た者は誰もいなかった。