第一話 -6
「…………」
みんなと別れ、巧は季里湖へと来ていた。
「…………」
双と二人きりで。
「……誰もいませんね」
「ああ……」
「…………」
「…………」
会話が続かない。
「…………二手に別れるぞ。おまえはそっちに行け」
「わかりました」
湖はかなり広い。歩いて一周するとなると八~九時間くらいはかかる。二手に別れて見回っても、終わる頃には明るくなってきている時間だ。早朝には散歩やランニングでちらほら人が見受けられるようになってくる。そんななかで相手が行動するとは考えにくい。何かをしてくるなら暗いうちだろう。急がなくてはならない。
決して二人きりが気まずいから別行動にしたわけではないということをここで強調しておく。
周囲に注意を払いながら歩を進める巧。
敵はあのオロチの女性だけではない。野放しになったケイム・エラーがどこかに潜んでいてもおかしくはないのだ。ほとんどが何かの動物に似た化け物の姿で、容赦なく人間に襲いかかってくる。ハクシラ達のように自我を保っているケイム・エラーは珍しいのだ。
巧の左手には、かなめが作り出した『土』の勾玉。それをつよく握りしめる。
「こんばんは。こちらの世界のスサノオさん」
そのとき、唐突に背後から声をかけられた。
巧がとっさに振り返る。と、そこにはオロチの女性が立っていた。
「たった一人で来るなんて……相当腕に自信があるのかな?」
かつてオロチの精神体を宿していた双は、勝てたことが奇跡なんじゃないかと思えるほどに強かった。もし同等の力を持っているとすれば、一瞬で殺されてもおかしくはない。
緊張が走る。
「……ふふ、なんてね。戦う気はないわ。それとも、無抵抗のか弱い女の子を容赦なく襲っちゃう?」
「…………」
女性から殺気等は感じない。異世界の武器「刃機」も今は持っていないようだ。
それを確認し、巧が腕をおろす。
「名前は?」
「……巧……です」
「巧くんか。わたしはサラ。こっちの世界のこと、ちょっと勉強したわ。こっちのオロチも人間に憑依してたんだってね。ああ、わたしはオロチって名乗る気はないから、サラって呼んでね」
にこやかな表情や話す感じからすると、普通の明るい女性に見える。
「ん?きょとんとしてるけど、何?わたしに惚れたとか?」
「いや……思ったより人間らしいから……」
双は身体を乗っ取られないよう強い精神力と意志でオロチを押さえつけていた。アマテラスの助けがあったおかげもあるが、そんなこと誰でもできるわけではない。目の前の女性――サラは完全に乗っ取られ、双以上にとんでもないことをしてくるんじゃないかと思っていた巧は拍子抜けしてしまった。
「ああ、こっちのオロチはかなり超人的だったらしいね。残念ながらわたしにはそんな力はないわ。そもそも、わたし達の方のオロチは憑依した身体を乗っ取るわけじゃないの。オロチのそれまでの知識が一気に入ってきて、考え方に影響をおよぼす程度ね」
さて……と、サラが伸びをする。
「そろそろ眠くなってきたし、本題に入ろうか」
「本題?」
「そ。交渉しにきたの。わたしはこちらの世界のオロチを復活させ、その力を手に入れたい。そしたらおとなしく元の世界に帰るわ。あなた達は弱くなったオロチを倒せばいい。どう?利害は一致してるわけだし、協力しあわない?」
前回の戦いでは、オロチの本体を倒すには至らなかった。サラがオロチの力を奪えば、弱体化したオロチなら倒せる可能性も出てくる。
「お断りします」
が、巧は即答した。
「もしそれであなたが約束を守ったとしても、ソージュさんにこちらのオロチを押しつける感じになってしまう」
ソージュ。
その名前を聞いたとたん、サラから笑顔が消えた。
「ああ、もうあの女につばつけられてたのか……」
そう言うとサラは踵を返す。
「交渉は決裂だ」
「ちょっと待って!」
「わたしを引き止めるくらいなら、仲間のところに行った方がいいんじゃない?」
「え……?」
「わたしが一人だと思った?協力者ならすでにいるわ。『木』の封印は解けた。となると、『火』の封印の力が弱まって解けやすくなるのよね」
にやりと笑いながら、サラは闇へと姿を消した。
「『火』の封印…………っ!?」
巧が勾玉を握る。五行発現。
巧は朱伽がいるであろう『火』の祠へと走った。