第一話 -2
家へと戻った巧。
今日は客が多い。
「あ、おかえり」
「おかえりなさ……」
「……っ!」
玄関を開けた巧に、いつも通り返すかなめの妹、なつめ。
客の多さに固まる瑞穂。ちなみに、いまだ半記憶喪失中だ。
『麒麟』として巧と一緒に戦ったかなめはすでに戦闘体勢に入っている。無理もない。巧の背後に見えるのはかつて敵として戦った相手、オロチとその一行なのだから。
「ほほう!ここが巧達の家か!お、かなめ!久しぶりじゃのう!」
しかし、その声にかなめの表情が明るくなった。
最初に入ってきた女がかなめに手を振る。
「なずなっ!」
山田なずな。
オロチの一部となって遠い昔から生きてきた、スサノオの補佐役『ツクヨミ』の称号をもつ少女。
学校を辞め、旅をすると言って姿を消して以来の再会だった。服装が制服から巫女のような着物に変わったが、相変わらず着くずされていて胸元の露出度が高い。
かなめに抱きつくなずな。顔を胸にうずめられ、息ができずにわたわたするかなめ。懐かしい光景である。
「お邪魔します」
「おー、新築」
「ここで女の子三人と同居……ねぇ。うふふ」
「暑いー!ジュースないの?」
次々と入ってくるハクシラ、パルティネ、ナミクーチカ、テマリアの四人。
全員が「ケイム・エラー」と呼ばれる人体実験された者達だ。
そして、
「おい、近すぎるだろ……歩きにくい……」
「あ、すみません」
謝りながらも双から離れようとしない女性。
明らかに不機嫌な表情になるオロチ陣の女達。家の中の空気が一瞬にして凍りついた気がした。
「いや、ほんとに知らねぇんだって」
双は尋問を受けていた。
内容はもちろん、突然現れた女性といったいどんな関係なのか。
「知らない女性がそんなべったりなはずないですよね……」
双に向けるハクシラの視線は、今までないほどに冷たい。
「いや、でも本当に……ちょっ、おまえくっつきすぎだって」
「でも人数多いですし、つめた方が良いかと」
女性は気にしてない様子だ。
「つめるって言っても、そこまでくっつく必要ないでしょ」
パルティネがつっこむ。
「……それもそうですね」
返す女性。言葉とは裏腹に双からは離れない。
双に対して特別な感情はないパルティネでも、こめかみに血管がうかぶ。
「でも、結局はあたしが一番でしょ?体の相性も……ね」
ナミクーチカが双に抱きつく。その妖艶さは巧、瑞穂、かなめ、パルティネが顔を赤くして目をそらすほどだ。
「私との相性も悪くないですよね、双さん」
女性も双にさらにくっつく。
「……さっさとやっちまうか」
爪を伸ばすテマリア。
「双っ!いいかげんに白状せいっ!」
「いや、マジで…………え?オレも記憶喪失?違うよな?」
わいわいがやがやと口論というか痴話喧嘩というか、いつまでも終わる気配がない。
「……巧ちゃん、収拾がつきそうにないですね……」
「わたし、邪魔そうだから遊びにいってくるわ~」
「なつめいってらっしゃい。で、どうする巧?」
「……正直、みんな早くまた旅に出ていってほしい……」
結局、巧の『落ち着いて』という言霊でとりあえず一時的にその場を治めることに成功した。
「自己紹介が遅れました。私はソージュ・シラキといいます」
女性が話す。真面目そうな印象。
さっきまでの喧騒時とは大違いだ。
「外人さん?」
名前を聞き、かなめが質問する。
「いえ、日本人ですよ」
女性――ソージュの話では、彼女の住んでいた世界では『名前・名字』の順が一般的なんだそうだ。
ちなみに漢字表記では『白木 双樹』と書くらしい。
「わしらの世界、巧達の世界に次いで、第三の世界か」
なずながつぶやく。
「会ったときから感じていたが、おぬし『スサノオ』じゃな?」
ソージュの表情が少しこわばる。
「……はい」
「なに……?」
「え、そうなの?」
巧達も驚いている。
「ふむ。女性のスサノオは初めて見るのぅ。『スサノメ』とでも言うんじゃろうか」
「あの……追い出さないんですか……?」
「へ?」
ソージュの質問にみんなきょとんとする。
「え?あれ?スサノオって忌み嫌われているものでは……?」
「おぬしの世界ではそんな存在なのか……」
オロチを呼び、戦乱を巻き起こす者――ソージュの世界ではスサノオはそういう存在として畏れられ、嫌われていた。
「存在を忘れられていなかった点は良いんじゃがのぅ……」
「で、おまえはオロチを追ってこちらの世界にきた……ってことか?」
双が質問する。
「はい。私のいた世界では――」
ソージュが話す。
第二次世界大戦中、日本にオロチが現れたこと。
一時休戦し、全世界がひとつとなってオロチと戦ったこと。
原子爆弾を大量投下しオロチを倒したが、かわりに長い間日本や中国あたりは人が住めなくなっていたこと。
倒したと思っていたオロチが精神体のみとなって生きており、人に取り憑いて世の中を混乱に陥れ、その結果いまだに戦争が続いていること。
古い文献からスサノオやその仲間のことを知り、少数精鋭のオロチ討伐部隊が作られたこと。
「そして、その部隊のみ使用が許された武器が私の持っていた剣です。銃としての機能もついており、小さいですが盾もついています。我々はこれを刃機と呼んでいます」
「かなり大きいけど、あんたの細腕で使いこなせるの?それともハクシラみたいに怪力なの?」
テマリアが疑問を投げかける。
「大丈夫です。技術的な話になるんで詳しいことはわからないんですが、五行という技術を使っていて、ちゃんと刃機と適合すれば重さをほとんど感じません。なので、討伐部隊に選ばれるにはまず刃機に適合することが第一条件ですね」
「ほほう、こちらの五行とはまた違った形のようじゃな」
なずなが興味深そうにソージュの刃機を見ている。
「その部隊で、私の前にスサノオをしていたのが双さんでした」
「そっちでもオレがスサノオかよ……」
うんざりした顔で双がつぶやく。
が、ソージュの顔は嬉々としている。
「はい!とても強くて、優しくて、素晴らしい方でした!」
「……でした?」
過去形に気づいた巧。
ソージュの顔が曇る。
「……双さんは、オロチと相討ちで命を落とされたんです……」
「…………」
「…………」
「…………別世界のオレとはいえ、気分のいいもんじゃねぇな……」
「こちらに来て久しぶりに双さんの顔が見れてテンション上がっちゃって……取り乱してすみませんでした!」
ソージュが立ち上がり、勢いよく頭を下げた。
「ちょっと聞いていい?」
話しかけたのはナミクーチカ。
「そっちの世界の双って、どんな感じだったの?」
その話題に、テマリア、ハクシラ、なずなが食いつく。
「そうですね……こちらの双さんより年齢が高そうです。三十代前半って言ってましたから。あと黒髪でした」
「ああ、そりゃこっちは十年ほど人間やめてたからな」
オロチという神に近い存在を宿していたせいで、双の成長は止まっていた。見た目も身体能力も二十歳くらいだが、実年齢は三十歳を越えている。白髪もその影響だ。
「……?」
ソージュにはちゃんと伝わってはいないようだ。
「でも、若々しくて気さくな方でしたよ!」
「気さく…………ぷぷっ」
「あいつが……くくっ」
「リア、ティネ、聞こえてんぞ。チカ、シラ、笑いこらえてんのバレバレだからな」
「大丈夫じゃ。わしは好青年だったおぬしを覚えておる」
「やめろ。恥ずかしい」
「で、そっちの双とはどんな関係だったの?」
ナミクーチカの質問に、ソージュの顔が真っ赤になる。
「あの……お付き合いさせてもらってました……」
途端に殺気立つ数名。話の内容がまたふりだしに戻った感じがした。
双達のやりとりを見て、かなめが巧にこっそり話しかける。
「……だいぶ印象が違う……」
「そうだね……」
「まえからあんな感じですよ。ただ、こうして人前であんなやりとりをすることはありませんでしたけど」
瑞穂が補足する。
「おいクソガキ!もう一回言霊でなんとかしろ!」
「絶対回避でうまくかわしたらいいじゃないですか」
「言葉には効かねぇよ馬鹿野郎!」
この人と仲良くなれそうな気がする。
ふと心のすみっこの方でそんなことを思う巧であった。