第二話 -6
「ん…………っ!」
胸に何かが触れる感覚に、朱伽が身を強張らせる。
が、それは明らかに人の手ではない。動く様子もない。
「…………?」
そっと目を開けると、
「ごめん、朱伽。ほんとごめん」
胸元にはバスタオルがかけられ、目を閉じて真っ赤な顔をした静春が謝っていた。
「…………うん…………あの…………どいてくれる…………?」
「あ、あぁそうだな」
そのとき、突然ドアが蹴破られた。
一人の男が顔を覗かせる。
「……阿坂っ!?」
「朱伽っ!やっと見つけ…………」
裸同然の姿で拘束されている朱伽。そして、朱伽に馬乗り状態の静春。
一瞬、時間が止まった気がした。
「あ、これは――」
「何しとんじゃごるあああああっ!!」
弁明の余地なく静春は阿坂に蹴り飛ばされ、再度顔面を壁に打ちつけることとなった。
「大丈夫か朱伽!何かされたのか!?」
「ん…………大丈夫………」
「咲さんと三森が陽動で暴れてる!二人に連絡いれてさっさと帰ろう!」
自分の着ていたシャツを朱伽にかけ、鎖を引っ張る阿坂。
「何だこれ…………普通じゃねぇな…………」
「ああ……」
返事をしたのは、静春だった。
「対五行使いのための鎖だそうだ。力ずくではもちろん、五行でもそう簡単には壊せない」
「ちっ、ここまできてどうすれば…………三森なら何かいい案を…………」
チャリンッと、阿坂の足元で金属音がした。
見ると、そこには鍵が。静春が投げてよこしたのだ。
「その鎖の鍵。もしものときのためにこっそり合鍵作っておいた」
阿坂がそれを拾い、朱伽の手首あたりにある鍵穴に差し込む。
ガチャリという重々しい音を立てると、あれだけ頑丈だった鎖はあっけなく朱伽を解放した。
「よしっ!」
阿坂は朱伽を抱き上げると、壁際に座りこんだままの静春を一瞥。
「おまえ、どっちの味方だ?」
「…………」
「……まぁどっちでもいい。とりあえず今回のことは、鍵の件と朱伽が無事だったことでこれで許してやる。だが、次やったときは…………覚悟しておけ」
静春からの返事を待つこともなく、阿坂は朱伽をつれて足早に部屋を出ていった。
外に出る。ここがかなりの山奥であることを朱伽は初めて知った。
敵に見つからないよう森に入り、阿坂が電話をする。相手は咲と三森だろう。
朱伽は、地面にへたりこみながらも阿坂に借りたシャツにそでを通す。
「…………ん…………ふ……うう…………」
「ん?」
阿坂が朱伽の方に目線をやると、朱伽は声を押し殺しながら泣いていた。
「どうした?どこか痛いのか?それともやっぱ何かされたのか?」
朱伽が首を振る。
「……怖かった…………怖かったよぉ…………」
「そうか……もう大丈夫だからな」
阿坂は膝をつき、朱伽を抱きしめた。
「我慢するな。おもいっきり泣けば少しはすっきりする」
「ん……うぁあああああ――」
静かな森の中、朱伽の泣き声だけが響いていた。
「……………………ごめん」
朱伽が流した涙は、阿坂の胸部から腹部にかけてかなり濡らしていた。ちなみにシャツを朱伽に貸しているため、阿坂は上半身裸である。
朱伽が謝りながら袖口で涙を拭き取る。
「別に構わねぇよ」
つーか涙を拭き取ってるそれ、俺のシャツだからな…………という言葉は飲み込み、阿坂は朱伽に笑顔を向ける。
「…………阿坂のくせに……」
「あ?」
「阿坂のくせに、かっこいいとこ持っていきすぎなんじゃないの?」
「なんだそりゃ?俺はいつでも格好いいだろ」
「はいはい」
そのとき、足音が聞こえた。こちらに近づいてくる。
警戒する二人。
草むらをかきわけ現れたのは、
「…………朱伽っ!!」
「咲さんっ!三森っ!」
咲は朱伽に駆けより、強く抱きしめ…………と思いきや、阿坂へと拳を振るった。
ぎりぎりで避ける阿坂。
「あぶねっ!ちょっ、いきなり何っ!?」
「阿坂…………」
話しかけたのは三森。
「普段から朱伽さんにセクハラじみた言動がありましたが、まさか本当に行動に移すとは…………」
「…………は?」
「朱伽、怖かったでしょ?大丈夫。あのバカは私と三森がしっかり制裁するから」
咲が朱伽を優しく抱きしめる。
阿坂は状況を整理。
上半身裸の自分。
シャツ一枚だけの裸同然な朱伽。
さっきまで二人きり。
朱伽には泣いた形跡。
「…………違う違うっ!何もしてねぇって!朱伽も何か言ってくれ!」
朱伽が誤解を解くまえに、阿坂の身体は宙を舞った。