第二話 -4
そのころ、咲のマンションでは――
「ただいま~」
「ただいま帰りました」
二人の男が声をかける。
三森と阿坂。朱伽の同居人だ。
そして、
「おかえり!どうだった?」
帰りを待っていたかのように二人のもとへかけつけたのは、大神 咲。彼女も朱伽の同居人であり、ラインファイトの前チャンピオン兼朱伽の師匠でもある。今ではラインファイトを引退し、近所でバーを経営している。
「いや、ダメだ」
「手がかりがまったくありません」
「そう…………やっぱ私も……!」
「咲さん。お気持ちはわかりますが、朱伽さんが帰ってくる可能性もありますので」
「なら阿坂、留守番してて!」
「いや、外回りは俺達がやるって。第一、咲さん外出てまともに捜索できないだろ?」
「う…………」
引退したとはいえ、いまだに人気のあるレーヌ・ド・ルージュ「KISA」。……いや、引退したからこそ「伝説の紅き女王」として朱伽以上にもてはやされているのだ。おかげでバーは大繁盛。かわりに一歩外に出れば人だかりが出来て大変なことになる。
咲が留守番させられている理由はそれだった。
そのとき、玄関がガチャリと音を立てた。
「朱伽っ!?」
三人とも玄関へ走る。
「あら、出迎えてくれるなんて珍しいわね」
しかし、そこにいたのは鈴音だった。
「ああ、鈴音ちゃんか…………ごめん、朱伽は今留守にしていて――」
「知っているわ」
咲の言葉を遮り、鈴音が話し出す。
「矢面に立って刃を交えることだけが戦いじゃない。その裏では取引や協力、その他さまざまな要素があり、戦いはそれらを巻き起こし、同時にそれらは戦いを巻き起こす要因となる。本当の戦争を知らない……まして、ラインファイトというルールの中で戦ってきた朱伽にはその考えが欠如している。その裏を実際に経験することで戦いから一歩でも退いてくれることを期待していたんだけど……そろそろ限界ね」
「…………何の話?」
怪訝な顔をしている咲達に、一枚の紙を渡す鈴音。そこには地図が描いてあった。
「その印がついている場所。朱伽はそこにいるわ」
「えっ!?」
「マジかっ!」
「本当ですか!?」
「ええ、本当よ」
用事は済んだとばかりに帰ろうとする鈴音。
「待って!」
それを止めたのは咲だった。
「さっき独り言のようにつぶやいてた言葉…………もしかしてあなた、朱伽の居場所を知っていながら黙ってたんじゃない?」
空気が一気に張りつめる。
誰もが無言の中、
「ええ、知っていたわ」
鈴音は当然といった感じに返事をした。
「どうして…………っ!!」
詰め寄ろうとする咲を止めるかのように、三森と阿坂が一歩前に出た。
「ちょっ、二人とも!」
「朱伽の居場所、どんなに探してもわからなかった。情報がなかった。なのに、鈴音ちゃんは知っていた。何故か?…………もしかして、君もグルなんじゃ……?」
咲を無視し、阿坂が鈴音に詰め寄る。
「…………だとしたら、どうする?」
「…………」
「…………」
沈黙を破ったのは、三森。
「そのときは、あなたを排除させていただきます。ですが……」
三森が続ける。
「この情報を我々に伝えにきたということは、その可能性は低いと考えています」
「罠という可能性もあるけど?」
「たとえ罠でもっ!」
後ろから咲が声を張りあげる。
「朱伽がいる可能性があるなら、躊躇しないわ!」
「…………」
無言のままドアを開け、外へと歩を進める。
「…………安心して。すべてを敵に回しても、私はあの子を裏切らない」
そう言い残し、鈴音はドアを閉めた。