第二話 -2
その頃――
「おはよう朱伽。朝ご飯もってきた」
扉をあけて入ってきたのは、静春。持っているトレーにはパンと目玉焼き。飲み物は牛乳。
「…………」
しかし、ベッドに横たわったままの朱伽は目を合わせることもなく黙っていた。
「…………怒ってんのか…… ?」
「……………………当たり前でしょ」
「悪いとは思ってるよ。ただ、おれにも事情が……」
朱伽が静春を睨みつけた。
「どんな事情か知らないけどっ!仲間より優先させなきゃいけないものかもしれないけどっ!」
朱伽が腕を動かす。が、鎖がその自由を奪う。両腕を拘束されているのだ。体勢を変えればなんとかベッドの上に座るくらいはできるのだが…………
「とりあえずっ!何であたし裸にバスタオル一枚なのっ!?関係なくないっ!?」
朱伽が目を覚ましたときにはすでに、お風呂上がりのような格好でベッドに横たわっていたのだ。そのため下手に動くとバスタオルがはずれ、あられもないことになりかねない。
「それはおれにもわからな――」
「まさか、寝てるうちにあたしの身体を大勢で……」
「それはないからっ!おれは何もしてないし、あとは女二人だけだし!」
こころなしかお互いに顔が赤い。
静春がトレーをベッド横の小さなテーブルに置き、パンを手に取る。
「口開けて」
「…………は?」
きょとんとする朱伽。その口に静春がパンを突っ込む。
「むぐっ!んんっ………んむっ…………!」
「次、牛乳な」
「んんっ!んあっ……ごぶっ…………ぶはっ!」
朱伽がパンを吐き出す。もちろん牛乳も口には入れられたが飲みこんではいない。
「何やってんだよ。ちゃんと食えって」
「何入ってるかわかんないし!第一、乱暴すぎっ!」
牛乳で苦しかったのか、はぁはぁいいながら抗議する朱伽。口からは牛乳が垂れていて……
「…………なんかいけないことしてる気分になるな……」
「はぁっ!?十分いけないことしてるわよっ!早く鎖外してよっ!」
「それは無理だって。大丈夫、食べ物に毒とかは入ってないよ。おれが準備したんだし」
「そんなことより鎖っ!」
「そこは我慢してくれよ……」
「……………………ぃたいの……」
「え?」
「トイレに行きたいのっ!!はやく外してっ!!」
「あ、そういうことか……」
静春が牛乳を置き、ベッドの下から取り出したのは、
「え…………冗談でしょ…………?」
尿瓶だった。
「静春、おかえり」
朱伽を監禁している部屋から戻った静春を迎えたのは、 りんねとサラだった。
「どうだった?」
サラが聞く。
「とりあえずおとなしくはしてるけど、その気になればあんなのすぐ破壊して逃げれるんじゃないか?」
「そういうことじゃなくてさ~。したんでしょ?」
「…………?」
「あの女を襲ったんだろ?って聞いてんの」
「んなことしねぇよっ!」
静春の顔が一気に赤くなった。
「マジで!?せっかく服脱がせてバスタオル一枚にしといたのに」
「おまえのしわざかっ!」
「ダメ押しに尿瓶も置いといたのになぁ。鎖外れないし、使ったんでしょ?」
「……いや……どうしても嫌だって言って…………」
「マジか!そっちもそっちで恥ずかしいだろ!」
サラが楽しそうに笑う。
「なぁ、いくらなんでもトイレくらいは――っ!?」
食ってかかる静春。だが、言い終える前にサラが嫌な笑みを浮かべながら静春に顔を近づけた。
「おいおい、客を招いたわけじゃねぇんだよ。あいつは捕虜だ。扱い方間違えんなよ。そもそも人質なんていらないのに連れてきやがって。今すぐ殺したっていいんだぜ?」
「ぐっ…………」
静春が言い返さないのを見て、サラが満足そうに離れる。
「それに、尿瓶を当てるのはあたしやりんねでも良かったんだよ?部屋を出ていくという選択肢もあった。それを君は、あの子がもらすところをばっちり見てたわけだ。鎖がどうこうより、君の行動の方が彼女を傷つけてるんじゃない?」
「…………」
言い返すことができなかった。
なぜあのとき、何とかしようとばかり考えて部屋を出ていくことを考えなかったのか…………
「ふふ、いいんだよ。だってあの子は捕虜なんだから。何をしたっていいんだ。君の好きなようにすればいい」
「そういうわけには…………」
「彼女は今、君がいなければ生きていけないんだ。君だけが頼りなんだよ。だから、君は彼女のお世話をしなければならない。なら、その報酬として彼女は身体も心も君のものになるべきじゃないかい?」
「そんな……ことは………………そう……なのか……?」
「そうだよ。お世話をしていくって大変なんだ。君にそれくらいの見返りがあったっていいじゃないか。彼女に愛してもらったっていいじゃないか。彼女を自分の好きにしたっていいじゃないか。自分の欲望をすべて彼女にぶつけたっていいじゃないか」
「朱伽に…………欲望を…………」
「はいはいっ!」
りんねが手をパンパンッと叩く。
その音で静春の身体がビクッと跳ね、虚ろだった目にも光が戻った。
「あの女をどう扱おうと勝手だけど、人の弟に変な暗示かけないでくれる?」
言葉はやわらかいが、サラを見るりんねの目は笑っていない。
「…………残念、楽しいことになるかと思ったのに」
サラはおとなしく静春から離れた。
「大丈夫、静春?」
「あ、ああ…………」
うなずきながら、静春は自分の両手を見る。
もしりんねが声をかけなかったら、おれはきっと朱伽を強引に…………
自分の欲望に顔を青くする静春。その両手はふるえていた。
「それがあんたの力?」
一方、りんねはサラに話しかけていた。
「力ってほどのもんじゃないよ。かからないやつもいるし、戦闘ではほとんど役に立たない」
「あっそう。…………あ、そうだ」
りんねは何を思いついたのかサラに耳打ちすると、サラは楽しそうに笑った。