少女風
パリの街のど真ん中を貫くように流れるセーヌ川、そのほとりにぼんやりとたたずむ小さな影が一つ。
悲しみと自分の非力さに打ち負かされて背を丸め、ぼんやりと滔々と流れるセーヌの流れに自らの瞳を映し出してみる。
はち切れんばかりの思いが頭の中、体中を駆け巡り、若いリシェールの心を破裂させんばかりである。
知らず知らずのうちにリシェールの頬は涙に濡れていた。
「いつからなんだろう」
自分に自分で問いかける。
初めて会った時のことを思い浮かべる。すでにあの時から彼に興味を持っていたことは、分かっていた。本当に好きになったのは・・・・
いつも強気で自信にあふれ、誰からも頼りにされる本来のリシェールの姿はそこにはなかった。
美しいまでも儚く脆い、乙女の心を持った少女のような女性がそこにいた。
まだ肌寒い風が、リシェールの体をさらに縮こまらせ、余計に惨めな気持ちにさせる。
リシェールが自分の本当に気持ちに気づいたのは、つい最近のことである。
サユキが現れてショウと仲良くなるにつれて、イラつく自分に気づき、なぜなのか不思議に思っていた。
それが恋だとは、思っていなかった。
今までもいろいろ恋をしてきたつもりだったが、いつも自分から積極的にアタックしていくリシェールが初めて感じた感情であった。
そしてサユキが突然姿を消し、それを知ったショウの表情を見て、その日からのショウの力ない日々の生活を見て、心から締め付けられるように痛くて辛かった。
そして、はっきりと分かったのだ。
自分の正直な気持ちに。
一片の曇りもない私の気持ちは、ショウだけに注がれている。
「私はショウを愛している」 と。
愛している人が、苦しみ悩んでいるのを見ているだけは辛い、自分の無力さに気が狂いそうになる。
そのうえ、彼をそのようにさせたのが、自分の後輩であり友人であった事が、さらにリシェールを苦しめた。
リシェールもサユキのことが好きだった。心の美しい素直な子供のような心を持つ女の子であった。
サユキとショウが付き合うのであれば、私は手放しで喜べる、祝福できると思っていたはずなのに・・・。
頬を濡らした涙が、ポツリポツリと石畳に落ちてはにじむ。
小さく丸まったリシェールの体を覆うように、大きな影が伸びる。
男は黙ったまま立ち尽くす。
リシェールの父親であるクルベールである。
愛する娘が心傷つき泣いているのを見るのは居た堪れない。
しかし、男である彼は何と言ってやればいいのか全くわからず、ただ震える小さな背中を見つめている。
ため息を一つついて、空を見上げると青白く暗い空に星々たちが煌めいているのが見える。
「こんな時、どうすれはいいんだ!おい!」
星に向かって大声で叫びたかった。
グッと拳を握ると、一歩踏み出して優しく娘の肩を抱いた。
リシェールの体が、ビクッと反応するが、すぐに父親だと知って体の力が抜けた。
クルベールは優しく語りかけた。
「もう泣くな・・・俺まで辛くなる。なぁ、リシェール、こんな時に泣いてばかりいてどうするんだ、お前らしくもない。お前までそんなことじゃ、ヤツはもっと落ちて行ってしまうぞ」
クルベールはリシェールの隣に座りこむ。
「よくお前の母さんが言っていたよ、女は鉄だってね・・・・。叩かれて叩かれて強くなるんだ。そして、研がれて磨かれて剣となる。そんな女の心が、女のたった一つの武器となるんだって」
二人は並んでセーヌを眺めている。二人の視線が交わることなく時間は流れる。
「私も、母さんのように強い剣を持てるかな」
涙を拭いながらリシェールが言った。
「ああ、リシェールはクラウドの娘だからな、強くなれるよ!それに俺の血も引き継いでいるんだ。間違いないよ」
リシェールは黙ってうなづいた。
セーヌの川面に街明かりが揺れる。
パリの街にゆっくりと春の時が流れ込んでいた。