軽風
吹き抜ける春風の中、ショウは一人セーヌ川のほとりを歩いている。彼の手には小さな紙袋が一つ握られていた。
お気に入りのブーランジェリーで買ったパンとコーヒーが入っている。
彼は、ぶらぶらと歩きながら朝食をとるにふさわしい場所を探していた。
あのベンチでセーヌ川を眺めながら朝食をとろうかと思っていたら、ジャケットの内ポケットの携帯電話が音と共に振動する。
「もしもし」
「やっぱり、ショウさんですね」
と明るい聞きなれた声がする。しかし、その声は不思議なことに両耳から聞こえてくるのだ。
「サユキです。ちょっと振り返ってもらえますか。」
言われたとおりに振り返り見上げると、そこに満面の笑顔の彼女がいた。
「今日は、ひさびさのオフで何しようかとぶらぶらしてたんです。」
「仕事は忙しいの?」
「社長が、率先してプッシュしてくれるので、結構忙しくしてますね。」
などと話しながら、二人でクロワッサンを頬張る。
「ショウさんは、今日は・・」
「ああ、僕もオフだから、ぶらぶらと市場でものぞいて時間を潰そうかなと思ってね」
「ご一緒させてもらってかまわない?」
かわいい笑顔で言われると、断りようがない。また、断る理由もないわけだが。
朝の市場は人が賑わい、活気に満ち溢れている。
新鮮な果物、野菜、海産物、キノコ、チーズ、ハムやベーコン、様々な肉が並んでいる。
二人は、ひとはごみを縫うように立ち並ぶ露店を隅々まで見て回る。
サユキは、わからないこと何から何までショウに質問し、ショウは嫌な顔一つせずに親切に説明している。
はたから見ると恋人同士に見えるのだが、会話を聞いているとまるで親子のようであった。
二人は一緒にランチを食べ、パリの街を観光よろしく、とばかりに歩き回った。
エッフェル塔に登り、チュイリニー公園を散歩して、そのままサユキの買い物に付き合うこととなり、楽しい時間はあっという間に過ぎ、夕闇が空を覆い始めていた。
夕食をおごるほどお金を持っていないショウは、サユキを彼女の住むアパートメントのまえまでおくって行った。
そして、その数日後、彼女は姿を消した。