強風
リシェール、ミッシェル、ミリアンの三人は、サヴランの巨大な敷地を見下ろす山頂にいた。
木陰に入ると、木々の隙間から流れてくる風が冷たく感じるほどである。
彼女たちは連絡が来るまで何もすることがないので、のんびりとティタイムを楽しんでいた。芳しい紅茶の香りと、マカロンなどのプティフールを並べて談笑している。
戦闘の前だというのに呑気なものだが、初めて実戦に参加するリシェールにとってはありがたい時間であった。
しかし、そんな三人を尻目にミシェルの部下たちは忙しそうにしている。
偵察部隊との連絡役は、ひっきりなしに入ってくる連絡に休みなく答え、整備班は組み立てたばかりの秘密の機体の最終調整に緊張の面持ちで挑んでいる。まさにこれが彼女たちがサヴァラン社の敷地内に侵入するため秘密道具である。
わざわざ日本から取り寄せたものだが、本当はミリアン個人が欲しくなって買う予定だったのを、都合がいいことに今回の作戦に使ってみることにしたのだ。
これは、ミリアンにとってはおもちゃなのだ。
二杯目の紅茶を煎れようとした時に、ミッシェルの直通の携帯電話が着信を告げる。携帯電話に出て「わかったわ。」それだけ言って彼女は電話を切った。
「あと10分ほどで到着するそうよ。」
「リシェール、初めての実戦だけどそんなに緊張しなくていいから、今から緊張していたら最後まで持たないから」
ミリアンは心配そうに言った。
実の母より、義理の伯母の方が心配しているようである。
「やることはやったからね、大丈夫だよ。」
少しぎこちない笑い顔だが、浮ついた感じではなさそうなので年長の二人はひとまず安心した。
新兵は、緊張のあまりとんでもない失態を犯すものなので心配してはいたが、それも取り越し苦労になりそうである。
程なくして、黒塗りのリムジンが正面玄関にやってくる。
「ねぇ、正面からどうどうと入っているけど、一体サユキという女性は何者なのよ。」
双眼鏡を覗きながら、ミッシェルが言った。
「その謎だけは解けないのよね。」
のんきにミリアンは、お菓子をつまみながら言っている。
「彼女はアルベルトのお気に入りの女性だよ。」
いつの間に現れたのか、森の中からイブが姿を現した。
「全く、神出鬼没とはあんたのことを言うのよ。」
相変わらず双眼鏡を覗いたまま吐き捨てる、ミシェル。
「しかし、彼女がいつアルベルトと出会って、今の立場になったのか一切情報はない。」
「でも、少なからず今まで疑問に思っていたことが理解できた。」
呆れたような表情でリシェールが言った。
「で、彼女とあの男の関係は?」
「私にもよく分からないのだけど親友以上恋人未満かな・・・もっと言うなら、家族と言ったほうがしっくりくるかもね。」
「へー家族ねー、やはり同一種族の連帯感みたいなものかね。」
「それよりはきっと深い絆だと思うわ。」
リシェールは複雑な気持ちで言った。
「それで、作戦行動の開始はいつになるんだい。」
「なんともスムーズに関門突破。お見事と言うよりしょうがないわね。」
そう言って、ようやく双眼鏡を覗くのをやめて振り向いた。
「そのタイミングは、私が決めさせてもらうわ。」
テーブルに双眼鏡を置き、マカロンを頬張る。
「ミッシェル、あなたの判断を疑うわけじゃないけど、何を基準にそのタイミングを決めるの。」
ミリアンの率直な質問である。
それは、誰もが聞きたかったが聞きずらい質問であった。
「んーー、わかんない。まぁ、直感よ直感。」
ミッシェルはそう言うと、また一つマカロンを頬張る。
イブはやれやれと後頭部を掻き。
ミリアンはため息をつき。
リシェールは、目を丸くしていた。
そんな3人のことなど気に求めていないのか、ミッシェルは長い髪を可愛いシュシュでまとめている。
晩夏のフランスの片田舎の空は高く青く澄み渡り、嵐の前の静けさのようであった。