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風の中で  作者: 正和
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集風

 高層階のスイートルームから見る夜景は、美しいものである。

 ジャージにTシャツ姿のショウは、キングサイズのベッドに腰かけてなかなか寝付けずに時間を持て余している。

 何とか寝ようと何度かチャレンジしては見たが、うっすらと眠気が来て瞳を閉じフッと意識がなくなりかけるとその瞬間にパチリと目が開いてしまう。

 何も前進していないようで、不安な気持ちだけが湧き上がり落ちつがないせいだろうか?と想像はしてみるが、なんともならない。

 何度チャレンジしても同じ結果なので、ボンヤリと夜景を眺めている。

 何か飲むか、そう思いベッドルームをでてリビングに向かう。

 リビングには、食卓と豪華なリビングセットその奥にバーカウンターが備え付けられている。その向こうにある扉が、サユキのベッドルームになっている。

「もう寝てしまったのだろうか」

 そう思いながら、冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出して一気に半分まで飲む。

 何気なく、夜景を眺めているとサユキに呼ばれたように感じた。気のせいかな?とも思ったが、サユキのベッドルームの扉をノックすると、入ってきて、と声がする。

 サユキの部屋に入ると、彼女はこちらに背を向けて鏡台の前に座っていた。

 部屋の薄明かりの中、鏡越しに見る彼女の表情はなぜか虚ろであった。

「大丈夫か?調子が悪いんじゃないのか?」

 ショウの声など聞こえなかったように、サユキは言った。

「あなたは、行かなければなりません。すべてを終わらせて、あなたの望む場所へと向かうためには、行かなければなりません。」

 声は、いつもの彼女の者ではなかった。そして、鏡越しに見る彼女の口は全く動いていなかった。しかし、彼女に関して不思議なことは今に始まったことではない。

 振り替えた彼女はいつものサユキに戻っていた。

 そして、いまから1時間後にこの場所に行ってみてください、行けばわかると彼女は言っています。そう言って、一枚のメモを手渡された。




 そんなことがあって、今ここにいる。ここは懐かしいことに初めてイゴールとであった公園であった。

 公園の所々には街灯がありほんのりと明るく、優しい光が公園の木々や敷き詰められた小さな砂利を照らしていた。

 ゆっくりと公園の中へと歩を進めると、中ほどにあるベンチに一人の男が座っている。

 サユキが言っていたのは、あの男のなのだ。そう、直感した。

 しかし、うつむいた男の顔はこの距離では確認することができなかった。

 そのまま歩を進めた。

 男は顔を上げ、こっちを見た。

 視線がぶつかる。

 ショウはそのまま、その男の正面にあるベンチに腰かけた。視線はその男を見つめたまま、男もショウの事をずっと見ている。

 ショウにはその男の正体が分かった。

 あの夜、イゴールの館に襲撃してきた男たちの中にいたリーダー格の男である。たしか、ローランと呼ばれていた。

 しかし、彼は自分の事は分かっていないだろう。

 ローランは確かにショウが何者なのかは、はっきりと分かってはいなかった。しかしながら、こんな時間に公園にひとり、それも自分の目の前に座り俺の事を見つめてくる東洋人。

 疑問が確信に変わり思わず笑みがこぼれてしまった。

 お互いの視線がぶつかったまま、沈黙の時間が流れた。

 先にその沈黙を破ったのはショウであった。

「人はなぜ生きていると思う。」

 あまりに唐突な言葉にローランは答えに詰まった。自分を見つめてくる男の視線はあまりにも澄んで真っ直ぐなものだった。

「己の存在を証明するため。」

「それじゃあ、私の存在意義とは何になるんだろう。」

「いま、ここで俺の手で死を迎える。」

 ローランは、ニヤリと陰湿な笑みを浮かべる。

「運命からは逃れられないのか。」

 そう言ってショウは立ち上がった。

 それに同調するように、ローランも立ち上がろうとするふりをして右足の甲に小石を乗せて足首でショウの顔面に向けて放った。

 石の礫がショウの顔面に向かって銃に放たれた弾丸のように襲い掛かる。

 ショウの視線はローランを捕えたまま動かない。そのまま石の礫はショウの顔面に吸い込まれ、すり抜けた。

 ショウのすがたは消えてしまった。

 ザッザッザッ、砂利を踏みしめ蹴りつける音だけが響く。

 地面すれすれの前傾姿勢のままショウの体がローランに向かって突き進む。

 ローランは握りしめた砂利を親指でショウに向かって立て続けに弾き出す。

 すり抜けて後方の樹の幹に礫がタンタンと音を立ててめり込む。

 ローランの蹴りが、ショウの顔面をしたから掬うように放たれる。ショウはその足を抱えるように止め、そのまま体をひねりローランの体を投げ放つ。ローランはショウの肩を蹴りつけてもう一方の足を強引に引き抜く。

 二人の体が砂利の上に転がり、お互いにその勢いのまま立ち上がり同調するように埃を払う。お互いにニヤリと笑い、鋭い視線がぶつかり合う。

 小手慣らしはもう終わりのようだ。

 争い事は好きではないが、この男との戦いは血がたぎってくる。なかなか、面白い。ショウはそう思いながら、ゆっくりとローランのほうに向かって無造作に歩いていく。

 あと一歩で間合いに入るその時にローランから素早く間合いに入ると、立て続けに左ジャブを繰り出す。ショウはダッキングでギリギリでよける。避け切ったと思ったその時に、右ストーレートが飛んできた。ある程度予測済みだったショウは、それをよける。いや、避けたはずの左ほおが裂け血がしたたり落ちる。

 今まで通り、ギリギリで避けていれば顔面がパックリと真っ二つになっていたことであろう。

 ローランの右手にいつの間にかサバイバルナイフが握られていた、口元は怪しい笑みを浮かべ釣り上がり、瞳には獣の鈍い光を湛えている。

 ショウの右手にもナイフが握られている、瞳も細く伸び、全身から力が抜ける。彼なりの戦闘態勢である。

 再戦闘は静かに始まる。

 ローランの唇が子供がキスをする時のように尖り、そこから一筋の光のようにショウの右目に向かって細く鋭い針が飛ぶ。常人には見ることの出来ない物である。

 ショウはそれをナイフで叩き落す。その時、腹部に2発鈍い音を立てて衝撃が走る。小ぶりのハンマーで殴られたような痛みに口元が歪む。

 ローランは口から針を放つと同時に、指弾で礫をはじき出していたのだ。

 しかし、そのくらいの衝撃でショウの動きを止めることはできなかった。何事もなかったように右足が弧を描きローランのこめかみに吸い込まれてゆく。

 しかし、ローランは口元に笑みを浮かべたまま微動だにしない。

 蹴りの衝撃でローランが吹き飛ぶと思われた刹那、鈍い爆発音と共にショウの体がくの字にネジ曲がる、なんとか踏みとどまり倒れることはなかったが、彼の腹部は焼け焦げ火傷を負った素肌が露出している。

 ショウの腹部に放たれた礫は粘着力で腹部にとどまり、時間差で爆発したのだ。小さな礫のため命を奪うほどのダメージを与えることはできないが、戦闘力を奪うには十分な爆発力である。

 ローランはこの好機を傍観するほどお人好しではなかった、数々の極限の戦闘を強いられてきた男である。殺気が一気に膨らみ爆発する。

 ショウの腹部に捻り込むようにローランの右足の踵が突き刺さる。腕をクロスさせてなんとか耐え凌ぐと共に足首を固めてアキレス腱をナイフで掻き切ろうとするが、ローランは素早く引き抜きそれよりも早く左足が鞭のように放つ。

 ショウはしゃがみながら体をひねりそれを避けて、そのままローランの足を払う。ローランの体はそのまま宙を舞い旋回して丁度空中で逆立ち状態になったとき。ショウのローキックが頭部に一閃する。すかさずローランは、腕で頭部をかばいショウに蹴られた衝撃でそのまま再び宙を舞い空中で旋回するが体勢を立て直しなんとか足から着地する。

 ほんの一瞬の攻防には、僅かにローランに軍配が上がる。ダメージを考えると、断然ショウの方が不利な状況である。




「ヴェントと呼ばれる男も大したことはありなせんね」

 話しかけられた老人は何も言わず、その戦闘の様子を熱心に見つめている。




 対峙する二人の間に、秋の香りを含んだそよ風が流れた。風と共にショウの姿が消える。

 砂利を蹴る音だけがあたりの静寂のなか響く。

 風が集まり、そして散ってゆく。

 ローランの瞳にはショウの後ろ姿が映る。しかし、脳の命令にその体は答えてくれなかった糸の切れたマリオネットの様に砂利の上に崩れ落ちる。

 勝負は一瞬に終わった。



 老人の顔に歓喜の表情が浮かぶ。

 そのとなりに立ちつ男の顔には驚愕の表情が張り付いている。

 老人はその男の表情を見て、さもあらんと軽く頷き、姿を消す。

 それを追って、男の姿が消えた。



 ショウの目の前には、2人の男が頭を垂れ下肢づいている。老人と屈強な肉体を持った40過ぎに見える男であった。

 男たちからは殺気を感じることはなかった。

 老人が顔を上げる。その老人の顔は見覚えがあった。彼もまたあの夜にイゴールの館にいたのだ。

 老人が隣に下肢づいた男に目配せすると、男はローランを軽々と抱き上げるとその場を去っていった。

 公園には、ショウと老人が残った。

 ショウは何も言わず、ただ立ち尽くしていた。

「ヴェント様とお見受けいたしますが、間違いないですか」

 老人は決死の表情である。

「あなた様は我がプリスカ最強の首領であるコレットを倒し、今ローランをもいとも簡単に倒してなさいました。他の者が何を言おうとあなた様にプリスカ一族の首領となっていただく他ないと私は確信しております。」

「興味がない」

 そう言ってショウがその場を去ろうとした。

 老人、ニコラスは立ち上がりショウの背中を睨みつけ言った。

「漆黒の指輪を持っておいでですな、興味がないのであれば返していただこう。」

 ゆっくりとショウは振り向き、首元の鎖を引っ張り出し外すと無造作にニコラスに向かって放り投げた。

 ニコラスは、しっかりと両手で受け止めた。その手の中には鎖に通された漆黒の指輪が鈍い光を放っていた。

 ギュッと握り締める。この時まで六十余ねん生まれて初めて本当の権力の象徴を手に入れたのだ。

 老人の皺がれた顔に歓喜の表情に包まれる。

 音もなくニコラスの背後に人影が立つ、小柄な老人である。

「思いの他喜ばに包まれておるの」

 その聞き覚えのある声に、驚きの表情で振り返る。

 ニコラスの目の前にいるのは、ヴェントに暗殺されたはずのコレットであった。

 優しい表情であった。何十年も自分のためだけに従順に従い続けた男を感謝の瞳で見つめている。

「お主が持つにはその指輪重いだろう。」

 そう言って右手を差し出した。

 ニコラスは驚きの表情を張り付かせたまま、じっとコレットを見つめていた。

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