新風
すがすがしい日差しの中、リシェールとミリアンの二人はテラスでマリーが煎れてくれたハーブティーを飲みながら焼き菓子を頬張っていた。ハーブティの優しい香りと焼き菓子の糖分で、少し落ち着きを取り戻したリシェールを見てミリアンは口を開いた。
「さっきは何を慌てていたの?」
さっきまでのことなど全く忘れてしまったかのように、幸せそうに焼き菓子を頬張っている。
「そうそう、実はね・・・」と説明をし始める。
「要するに、ミッシェルがサヴァランとつぶやいて慌てて外出することになったわけね」
「ずばり要約するとそういうことなんだけど、ミリアンも何か知っているんでしょ」
ミリアンはリシェールを見つめたまま黙り込んでしまった。
「あなたは、この件に関して関わってしまっているから話しても構わないんだけど、それなりの覚悟をしてもらわないといけないわね。」
リシェールの表情が変わる。
「覚悟って・・・?」
「要するに、これからの話は一般的な生活をしている人がまず耳にはしない話だという事、それとこの件はあなたの彼が深く関係している。関係しているどころか、彼を中心にしてすべてが動いていると言えるわ。」
ある程度予想はしていたが、リシェールが考えていたよりも深刻な状態のようである。ショウが何かしら事件に巻き込まれているのはわかってはいたが、事態はそれにとどまらないようだ。リシェールの心が揺れる。
「ショウがどこにいるのか分かったの・・・」
「えっ!?」
「でも、今もまだその待ちにいるかどうかは分からない。」
「なにかあったの?」
「ノアールのリヨン支部が壊滅したの。」
「・・・・。それをショウがやったと・・・」
「あなたを助けるために、彼が何をやったが覚えているでしょ。リヨン支部といっても、あの前線基地に比べれば大したものではないはずよ、支部といっても連中の隠れ家程度のものでしょうから。」
「でも、何のために・・・」
「喧嘩を売っているのよ。これからノアールの追撃は一層激しくなるはずよ」
「じゃあ、ショウは・・・?」
「そうとう危険な状態よね。普通なら、屍がソーヌ川あたりに浮かんでいるはずだわ。それにしてもあなたの彼、大胆というか怖いもの知らずというか、なかなかいないわよノアールに真っ向から戦いを挑むなんて、自分もノアールの一員のはずなのに・・・。」
「ああ、彼、記憶を失っているから・・・。」
何気なくリシェールが呟いた。
「えっ?彼、記憶がないの?何も覚えちゃいないの・・・」
「あら、ミリアンに言っていなかったっけ、ショウは記憶を失った状態で家にやってきたの」
「本当に記憶がないの?演技とかじゃなくて。」
少し考えこんで、今までのことを思い出してみる。
「間違いないわ」
「ふーん、まっ何が原因で記憶を失ったのかは分からないけど、それで彼が姿を消した理由が分かったわね。」
ミリアンは一人納得しているが、リシェールはいまいちよく分からない。
「ショウはもともとノアールの一員だったの?」
「そうみたいね。ショウとヴェントが同一人物だとしたらの話だけど。ヴェントという暗殺者の名は聞いたことがあるわ、ここ最近登場したルーキーだけど・・・この一件で彼、暗殺者のトップ5には確実に入ったわよ。」
リシェールは眉間にしわを寄せて、ミリアンを睨みつけている。
「ねぇ、ミリアン。そろそろ私にも分かるように話してくれない。頭の中がグチャグチャして落ち着かないんだけど」
「いいわよ」
いつもの魅力的な笑顔がそこにある。
「覚悟はできたの?」
一変して、真剣なまなざしでリシェールを見つめてくる。
「ええ、ショウが重要なキーマンだという事は分かったわ」
ミリアンは何もわかっていないわね、という表情で首を横に振る。
「あなたは、ショウの事を忘れることができるのか、ということよ。彼は闇の世界の住人よ、あなたが好きだの愛しているだのという感情を向けるべき人ではないという事。」
リシェールはウーーンと唸って考え込む。
「じゃあ、覚悟しました、彼のことは忘れます。・・・・と私が言ったら?」
「彼のことを忘れるのなら、彼のことを知る必要はないでしょ。」
「やっぱりね」
ため息をつくリシェール。・・・はっと思い出す。
「サヴァランとミッシェルは、どういった関係なの?」
「それは私の口から話すことではないし、詳しいことまでは分からないわね。」
「じゃあ、ミッシェルは何の仕事をしているの?毎日忙しそうにしているけど。」
「本人から聞けばいいんじゃない。」
そう言って、マカロンを口に放り込む。
「じゃあ、ミリアンはどうやってショウがノアールのリヨン支部を壊滅させたってことを知ったの。」
「それは内緒、企業秘密てとこかしらね。」
「ケチ、結局何も教えてくれないじゃないの」
「そんなことないわよ、それなりの覚悟をしてくれさえすれば何もかも話してあげるわ」
「ショウの事を忘れろと言うんでしょ、それはできない。彼を見捨てるなんて・・・彼は私を命がけで助けてくれたのに、知らないふりなんてできない」
「へーー、一応考えているんだ、彼の事。それなりの覚悟があると思っていいのかな」
「ショウの事を忘れるつもりは全くないわ」
「じゃあ、どうしたいの?」
「少しでも彼の手助けをしたいの、私はどうしたらいいの?」
「やっと本心を見せてくれたのね。あなたが何をしたいのかはっきり言わないから」
そう言って、ミリアンはいつもの魅力的な笑顔を見せた。
「それじゃあ、ミッシェルが帰ってくるのを待って三人で話しましょ」
「えっ、今話してくれるんじゃないの」
「この先いろいろとミッシェルの力が必要になる。彼女なしでこの話を続けることは無理だわ」
しぶしぶよく分からないままに、了承させられるリシェール。
「あなたのお父様にも、力を借りないとね。フフッ楽しくなってきた。」
とミリアンは一人ほくそ笑んでいる。
「私のお父様???」ますます訳が分からなくなって混乱するリシェールを置き去りに、スキップでもはじめるのではないかと思わせるほど楽しそうにミリアンは一人テラスから館の中へと行ってしまった。
初夏の緑の薫り高き風を浴びながら、リシェールはひとりテラスで頭を抱え考え込んでいた。