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風の中で  作者: 正和
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騙風

 フランスのほぼ中央に位置するリヨン、この街は昔よりシルクの織物の産業で栄えた街である。時代の流れにより街は近代化しつつあるが昔の街並みを残す旧市街がありここは世界遺産にも登録されている。

 そんなリヨンの近代化の象徴であるパールデュー駅の近くに円筒形の先のとがった鉛筆のような形のホテルがある。そのホテルの最上階にあるスイートルームにニコラスはいた。このホテルに着いてまだ2時間程度だが、組織の情報力によりチャイニーズタウンに一人のアジア人が数か月前から住んでいることが分かった。

 しかし、彼の力をもってしてもチャイニーズタウンに無暗に手を出すことはできない。このチャイニーズタウンを取り仕切る男がヤン・スーウェンだからである。

 なぜ、ニコラスはそこまでチャイニーズタウン、ヤン・スーウェンの事を恐れているのか、それは、チャイニーズタウンを取り仕切る中国マフィア、華僑と呼ばれる者たちである。そして、またプリスカ一族の源流となっているのが中国の暗殺術であり、一族の有能な者たちは必ずと言っていいほど中国に修行に出る。

 ニコラスもまたしかりで、若かりし頃二年半程中国で修行をしており、その時に首座に冠していたのがヤン・スーウェンであった。

 その日の夜、チャイニーズタウンの中国料理店でその二人は約40年ぶりに再会することとなった。

「ヤン大人ご無沙汰しております」

 礼儀正しく出迎えたのはニコラスであった。

 ヤンは何も言わず、目礼でそれに応え、上座の席に座った。ヤンは黙ったまま席に着き、ニコラスの言葉を待った。

 もと弟子とはいえ、今ではあのプリスカ一族の長老である、下手な発言をするわけにはいかない。

 今は、相手の目的を知ることが最善である。

 ニコラスも席に着くと、二人の視線が絡み合う。

 ニコラスはニコリと笑っていった。

「我が師よ、久々の出会いに杯を受けていただけますか」

 恭しくヤンのグラスに紹興酒を注ぐ。

 二人は再会の杯を交わす。

 ニコラスはヤンの瞳を見つめる。

「我が師よ、あなたに隠し立てしても仕方がありません、素直に申し上げるとショウと呼ばれる日本人を探しています」

 ヤンはじっくりとニコラスの瞳を見つめる。

「その日本人を探し出してどうするつもりなのだ」

 二人に老人の心の読みあいが始まる。

 ニコラスは間違いなくヤンがショウの事を知っていると確信し、下手に小細工をするべきではないと判断した。

「すべてを話しましょう」

 そう言うと、しばらく思いつめたように瞳を閉じた。

「実は半年ほど前、コレットが殺されました。そして、その犯人として浮かび上がったのがヴェントと呼ばれる暗殺者です」

「そのヴェントという暗殺者が本当にコレットを殺したと・・・」

「現場に一本のナイフが残されていました」

 そう言って、写真を一枚取り出した。

 それを見て、ヤンはそのナイフの持ち主が誰なのか一目でわかった。

「このナイフの持ち主は、サヴァラン社の闇の組織であるノアールの暗殺者であるヴェントが以前の暗殺にも使用していたことが分かりました」

 ヤンは軽く頷いて言った。

「それで、そのヴェントという暗殺者とショウと呼ばれる日本人が同一人物だと・・」

 ニコラスがじっとヤンを見つめる。

「そうです、これは全くの偶然でありました。私どもはある可能性、ほんのわずかな可能性をたよりにある街を見張っていました。そして、ある日その街で起きた事件その中心人物こそがショウと呼ばれる日本人で、そのショウを襲撃したのがノアールの特選部隊でした。そして、その部隊長がショウのことをヴェントと呼んでいたことが確認された、ということです」

「うーーむ」

 ヤンは腕組みをして難しそうな顔をしている。

 あのショウがコレットを殺した、そう考えるとヤンの頭の中には疑問が浮かび上がる。

「そして、そのショウという男と共に消えたものがありまして・・・」

 ニコラスはそう言うとヤンを見つめる。

 ヤンは俯いたままつぶやくように言った。

「契約の指輪」

「そうです」

 ニコラスのテーブルの上で組まれた両手に力が入る。

 ヤンの表情が微かに曇る。

 ニコラスは決意の表情で言う。

「掟は守ります」

 ヤンはその言葉をかみしめた。掟を守るということは、ショウが本当にコレットを殺して契約の指輪を手に入れたとするのなら、ショウかプリスカ一族の長となる、ということである。これは有史以来初めての出来事である。一族以外の人間が長となることは今まで考えられたこともない、これはプリスカ一族の崩壊を意味するものだ。

 まっすぐにヤンの瞳がニコラスの瞳を見つめる。

 強い意志でニコラスが受け止める。

 見つめあったままヤンが言いかける。

「もし・・・ショウという男が・・・」

 ニコラスの眼が光る。

「いや・・・なんでもない」

 ヤンは一息ついた。

「ショウという男はおそらくこの街にはもういないだろう。何処へ行ったかは知らない。信じるかどうかはお前次第だが・・」

 そう言うと、疲れた表情を見せる。

 ニコラスは慇懃にヤンに礼を言うと、気難しい表情のまま部屋を出て行ってしまった。

 一人残されたヤンはグラスの酒を一気に飲み干し、一つため息をついた。

「ショウ・・・・」

 小さな呟きだけが部屋に漂っていた。


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