そよ風
春のそよ風が心地よく鳥たちの会話も賑やかになり、待ちゆく人々の心まで華やいだ気持ちにさせてくれる。緑の多い街、パリだからこそあり得る光景であった。
そんな日いつも通りに父のレストランに向かう。
その日はなぜかすでに父親であるクルベールが来ていた。いつもなら買い出しに行っている時間帯であるはずである。
「どうしたの今日は?」
そう言いながらマフラーを取るリシェール。
「まぁ、まだ時間があるんだ、ちょっと座ろう」
そう言って、客席に二人は向かい合って座った。客のいない店内は殺風景としていてどこか寂しい感じがする。
いざ娘とこうして向かい合うと、クルベールは何と言って切り出したらいいか分からず困っていた。
「なんなのわざわざ、お父さん」
不信そうな目で見る。
「うーん、なんだ、最近はどうなんだ?」
「何?それ・・・」
「いや、もう立ち直ったのかと心配で・・・」
「もう子供じゃないのよ、お父さん!!」
いらだった口調でそう言うリシェール。
「まぁまぁ、落ち着けリシェール、その、なんだ、ここ最近忙しかったし色々あってゆっくりとしていないだろ。つまり、そのこれは、俺からのプレゼントだ」
そう言って、封筒をリシェールの目の前に差し出す。
リシェールが封筒の中を見ると飛行機のチケットが入っていた。
「なに?これ??」
「ん、気分転換に旅行にでも行って来い」
「何勝手に決めてんのよ、いつ私がそんなことしたいって言ったのよ」
明らかにリシェールは怒っている。
クルベールは俯いたまま聞いているが明らかに目がスゥーッと細くなった。
そんなクルベールの様子に気づかず、リシェールはまだ一人でブツブツと言っている。
「誰に・・・」
クルベールがつぶやくように言う。
「えっ??」
とクルベールを見るリシェール。しまった・・と思った時にはもう遅い。
「誰に言っているんだ」
鋭い目つきでリシェールを睨み付ける。
久々に父を怒らせてしまった。
サーーと血の気が引いてゆくリシェール。(やっばぁーい)
本気で怒ったときのクルベールは半端じゃなく恐ろしい。
「おい、くそ娘!いつからそんなに偉くなったんだ」
怒鳴るわけではないが、腹の底から絞り出すようなドスの効いた声で言われるとリシェールは身が縮こまってしまう。幼い頃から父を怒らせてしまうと言いつも後悔していた。いつも怒らない父が怒るとき必ず自分が間違っていたのだ。
今日も例外ではない。
「えっと・・・お父さん!?」
「あーっ?」
「ありがとう、気が変ったわ、ありがたく行かせてもらうわね」
と引きつった笑顔でリシェールは言った。
「最初っからそう言ってろ」
「ありがとう」
そう言って、クルベールのほっぺにキスをして立ち去っていく。
残されたクルベールは一人照れていた。