悠風
イブ・ジュリー、現在国土監視局(DST)に所属するエリートである。一時パラシュート・コマンド部隊に所属していたが、突如姿を消して今のポジションにいる。現在、彼は単独で特別な捜査をしていた。
彼が追っているのは「ノアール」という闇の詩組織である。その存在を国が知ることとなったのは、フランス最強の部隊である第二落下傘部隊がアルジェリア戦線でたった一人の男によって壊滅的なダメージを負った時からである。
奇しくも、その部隊を率いていたのがイブが信愛するデュプロフ大佐であった。大佐という地位にありながら、常に危険な前線に身を置く彼に多くの隊員たちが心を寄せていた。
イブは元落下傘部隊に所属していたためこの調査をすることとなり、大佐の口から直接その時の様子を聞いたのだ。
砂漠の真ん中に突然現れた黒い影、隊員たちがその存在に気づいた時にはすでに、ヤツの一斉射撃によって5人の隊員が命を失ていた。百戦錬磨の彼らでも、相手がたった一人だったので混乱した。全く持って初めての体験である。
一度浮足立った部隊ではあったが、デュプロフ大佐の的確な指示で何の問題はなかっったかのようにあっという間に彼らに戦闘開始準備万端であった。
しかし、戦闘はものの20分ほどで終わってしまった。
一個中隊がたった一人の男によって壊滅された。
その男には、アサルトライフルの銃撃さえ効かない。男の手には見たことのない大型の重機関銃が握られている。常人では一人で持ち運ぶのがやっとのヘビーウェイトを軽々と片手で振り回す。その威力は計り知れない。一秒間に何十発もの銃弾を弾き出すその重火器によって部隊はなぎ倒され、最強といわれる部隊の攻撃をものともせずその男は襲撃してき、ついに白兵戦となり、男の持つナタのような巨大なナイフと素手によって、エリートと呼ばれる隊員の多くが命を失った。
デュプロフ大佐はその男の手によって殺された方がましだ、というほどの傷を負っていた。その男は、致命傷にならない程度にデュプロフの体を切り刻んだのだ。
その行為は明らかに意図的であり、フランス国家に対する挑戦状であった。
イブが会ったその数日後、デュプロフ大佐は死んでしまった。
この戦闘は極秘裏に処理されることとなったのだが、一個中隊を一人で殲滅したその男の正体は全くわからなかった。
ただ、デュプロフ大佐が命を賭して残してくれた情報のみがすべてであった。
体に受けた多数の傷によって薄れゆく意識の中で、その男の声を聴いた。
「俺はヴェルデ、ノアールの一員だ」
男は真っ黒のアーマードスーツに全身を包み、バイクのハーフフェイスのようなヘルメットをかぶっていた。そのために顔を見ることはできなかったのだが、身長は180センチほどでデュプロフ大佐より一回り小柄であった。
男はその体で、片手で20キロ以上ある重機関銃を軽々と操り、レスラーのような体を持つ戦闘員を子供のように扱ったのだ。そして、男が来ていたアーマードスーツはアサルトライフルの銃弾も跳ね返すのだ。
その時の様子をデュプロフ大佐こう表現した。
「まるで出来の悪い映画をみているようだった」
と、それは普通の人間の想像できる域をはるかに超えていた。
軍の特殊病院のベッドに横たわるデュプロフ大佐を見た時、我が目を疑った。人はこんな状態になっても生きていることができるのか、耳、鼻という顔の突起物はすべて削られ、右手は肩から先はなく左手も申し訳程度に残るのみだ。両足も、主要な筋は断ち切られ、原型を失うほど両膝は砕かれていた。
そして今、イブはあのバケモノの正体をつかもうと単独で調査しているところである。そのためにイブはサヴァラン本社ビルに張り込んで2週間になる。何とか生きつないでいた、デュプロフ大佐が死んで一か月が過ぎようとしている。ここまで来るために、イブはありとあらゆる手を使い体を酷使してでもデュプフ大佐が薄れゆく意識の中で言った、クルジェールというバケモノの正体をつかむために必死だったのだ。
車の窓を開けてサヴァラン本社ビルを見上げる、あまりもの高さでてっぺんまでよく見ることができない。全面鏡張りのそのビルはパリ郊外にある商業都市のシンボルタワーのようなものである。
それを見ていると本当にこの会社があのようなバケモノ生み出したのか、と不安になってくる。
サヴァラン社とはこの20年で急速に成長した企業で、フランスでは勿論今ではヨーロッパを基盤とした世界規模の大企業である。
設立当初は通信設備会社としてスタートしたのだが、約20年前から他業種の会社をM&Aを繰り返し、今では世界各国に子会社を抱える巨大な合弁会社となった。
どこからそんな巨額の資金を調達することができたのか、未だに不明である。そして、創業者であるイゴール・サヴァランは全く表舞台に出てくることなく、二代目であるケインへと社長の座を譲り完全に姿を消してしまった。
よって、彼の顔を知る者はほんの一握りの人たちだけで、その社に勤める者たちですら会ったこともないのである。
しかし、何ゆえにこんな大企業でありながらグルジェールというバケモノを作り出したのか?イブの思想では理解することができず、自分の考えにも自信を持つことができずにいた。
その反面、ノアールという裏組織との関係が確実視されている現実。なんとも理解しがたい現状だが、未だに裏が取れていないため積極的に上部に進言し捜査強化するのは時期尚早であるが、このままでは埒が明かないのが現状である。
助手席には二代目のケインが表紙となっている経済紙があるが、こんな男が闇の世界にまで手を染めているのか?と自問自答してみるが、どうしても繋がらなかった。それは長年培った人を見る目とか感のようなものであるがそれなりに自分自身で自信を持った判断なのである。
やがて陽が沈み、闇が広がり本社ビルの明かりも消えてしまったのでイブはイグニッションを回して家路へとついた。