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風の中で  作者: 正和
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鷹風2

 パリはいつものように朝日を浴びてすがすがしい朝を迎えていた。

 ショウとリシェールは、店の前で待ち合わせしていた。

 今日から数日、何日になるかわからないがショウの記憶を探す旅になる。

 リシェールにとっていいことなのか、悪いことなのかは今ではまだわからない。

 しかし、誰もが彼女が何かしらの傷を負うことになるであろうと思っていた。

 そして誰もが愛するリシェールが今のままずっと悩み苦しむ姿をみていたくなかったのだ。

 それは父であるクルベールの思いであり、ベアールの望みであった。

 今のままではリシェールはおろか、ショウまでもダメになってしまうのである。

 そして、もう一つクルベールには問題があったのだ。

 今まではなんとか隠し通してて来たのだが、記憶を失ったとはいえショウは現在不法労働者なのだ。

 当局に発見されれば、ショウは強制送還、クルベールも巨額の罰則金が課せられるのだ。

 あらゆる面で、この旅は必要なものであった。

 クルベールの愛車ルノーのハンドルを握るのはリシェールである。ショウはもちろん免許など持っていない。

 彼は、助手席に乗っている。

 やわらかな日の光がフロントガラス越しに二人を照らし出す。

 このところ暗く落ち込んでいたショウも、今日は少しばかり明るい表情をしている。やっと自分の行先が分かって気が落ち着いたのであろう。

 そんなショウを見て少しばかりリシェールは気が楽になった。

 実は昨夜はあまり寝ることができなかった。彼にどう接してこの旅を続けていくべきなのか、彼の記憶に何があるのか、悶々と考えているうちに朝方になり、疲れ果てて眠りについたのは外が明るくなり始めたころだったのだ。

 ショウに疲れた表情を見せて心配などさせたくない、リシェールはいつもの明るい笑顔で言った。

「おはよう、ショウ、今朝は旅の出発にもってこいのすがすがしい朝だわ」

 と声を弾ませた。

 そんな彼女の明るさにつられて近頃見せなかったショウのはにかんだ笑顔を見せていた。

 いつしか車は街中の雑踏を通り抜けて、のどかな緑の大地の中を走っていた。

 広大なフランスの豊かな大地に伸びる一本の黒い道、その道の傍に車を止めて軽めのブランチを取っていた。

 あったかなカフェオレにバゲットのサンドウィッチのカスケードを頬張りながら地図を広げていた。

 大自然の中で食べれば、そんな日常的なものもごちそうであった。

 出発前にある程度決めていた予定ではあるが、このまままっすぐ東に向かうべきか少し北に進路を取るべきか話し合っていた。

「ショウはどう思うの?」

 バゲットにかぶりつくショウに言った。

 口をモグモグさせながら、じっと地図を見る。特に何も考えている様子もないのにショウは迷うことなく一つの街を指差した。

 それは有名なモンサンミッシェルから西に50キロほどにあるカンカル、牡蠣で有名なこの街。

「どうしてここなの」

 不思議に思って尋ねてみる。

「ん?だだなんとなく・・・それに有名なレストランがあるからね。今日はここに泊まらない」

 全く気まぐれな答えにリシェールは少しあきれてしまった。

 今でもそうであるが、仕事中のショウは動きもすばやく躍動的で引き締まった表情で仕事を叩き込むようにこなしていく。そんなショウに惚れてしまったリシェールなのだが、いったん仕事を離れてしまうと緊張の糸が切れてしまうのか、いつも何を考えているのか分からない表情でボーっとしていて、30分に一度はあくびをして眠そうにしている。

 そんなギャップに最初は戸惑っていたのだが、今ではそんなショウがかわいいと思ってしまう。何か彼女の母性本能をくすぐるのであろう。

 また、そんなショウを知っているのは私だけだという特別感も彼女の心を浮き立たせる。

 確かにそこまで心を許しているのはリシェールだけだったのである。

 パリの街の中では味わえない安らぎがここにはあった。

「そろそろ出発しようか」

 そう言ってショウが立ち上がる。

 予定よりかなりゆっくりしてしまったようだ。

 そそくさと片づけをして二人は車に乗り込み走り出した。

 緑の大地が陽の光をいっぱい浴びて光り輝いていた。

 それからは、何度か休憩しながらも夕暮れ前までには何とか目的地であるカンカルの街につくことができた。

 二人が今日泊まるオーベルジュは簡単に見つかった。

 町の中心にある教会のすぐ西側にそれはあった。

 とりあえず、チェックインを済まし部屋に入った。

 清潔で簡素ではあるが、ゆったりとした造りでバルコニーがついていた。バルコニーに出るとそこからはよく手入れされた庭園が広がり、目を楽しませてくれる。

 海からの風が、髪をなで潮の香りが鼻腔をくすぐる。

 ショウの思いつきできたこの街、ここに来れてよかったと思った。

 食事までの時間、二人は街中へと出かけることにした。

 たそがれ時に、パリから遠く離れた小さな町の古びた街道をショウと歩いている。

 初めての街を愛する人と散策するのがこんなにも楽しいことだったとは、人生最大の発見をした思いである。

 夕日に照らされた教会が幻想的で映画のワンシーンのようでため息が出る。

 うっとりとしながら、ショウの腕に抱きつく。

 しかし、うっとりとした表情のリシェールとは裏腹にショウは厳しい表情をしていた。

「どうしたの?」

「いや、べつに・・・」

 と答えるショウではあるが、どこか様子がおかしい。

「そろそろ食事の時間だ。帰ろうか」



 夕日が沈み、闇に包まれキャンドルがともる。

 緩やかな時の流れが二人を包み、ゆったりとした耳に心地よい音楽が流れ、二人はアペリティフをかたむける。

 アミューズは鳥肝のパテが入った小さなショーソンであった。

 ほのかにコニャックの香りをまとったパテに、バターの香り豊かなサクサクのパイ生地がよく合う。

 桃のリキュールのシャンパン割を飲みながらリシェールはにっこりと笑う。

 ショウもつられて笑みを浮かべる。

 人はおいしいものを食べているとき、最高の笑顔を見せる。

 至福の時を二人は楽しんだ。

 オードブルはブルターニュ産のオマールと牡蠣のサラダ仕立て天然塩添え

 魚料理はドーバー産舌平目とラングスティーヌのカネロニ仕立て香草風味、ソースアルモニック

 メインディッシュの、仔羊のロースト、ブリック包みトリュフの香り、カリカリのゴマのクレープ添え

 どれも素晴らしい出来栄えで、何より地産地消、この土地の食材が遺憾なく実力を発揮していた。

 二人は、今までの思い出、初めて会った時のことなど語り合い、おいしい時間を楽しんだ。

 そして、フロマージュ、デセールとワゴンサービスで思い思いの種類のものを心行くまで楽しんだ。

「うーん、もう入らなーい」

 これまで暗く悩みこんでいたリシェールは何処へ行ってしまったのか、と思えるぐらい透き通った笑顔で言う。

 ショウもまた、今朝までのショウが別人であったかのように明るい表情を見せている。

 リシェールはこの旅に来てよかったと思い、心の底からこの旅を進めてくれたベアールと、笑顔で見送ってくれたクルベールに感謝した。

 食後の二人は、別室のリビングで食後のコーヒーを楽しんでいた。

 ゆったりとした食事のその雰囲気と満腹感に一気に気がゆるみ、今日一日の疲れがリシェールを襲う。

 そんなリシェールを、ショウは優しく抱きかかえ部屋へと連れてゆく。

 すでにリシェールの意識はなくなりかけていた。

 ゆっくりとベッドに体を横たえると、唇にショウの唇が重なるのを感じた。

 幸せな気持ちの中、眠りという闇の中に彼女の意識は落ちてしまった。




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