EP2.Welcome to BLOODY MATES
「ん…」
マリアは、脳の奥が痺れるような感覚を覚えながら、ゆっくりと上体を起こした。
視界に飛び込んできたのは、無機質を通り越して不気味なほどの純白に包まれた部屋。
その隅にはガンラックとナイフやアックスが置かれたケース。
中央には、無骨な軍事用リュックサックが鎮座していた。
「ここはどこ…?」
困惑するマリアだったが、網膜の端に、まるでデジタルノイズのような違和感を覚える。
「…」
おもむろにマリアがリュックに手を伸ばそうとした時だった。
「やぁ!BLOODY MATES-ブレイク・サージ-にようこそ!」
虚空から鮮やかな光の粒子が溢れ出し、ピエロのようなホログラムが現れて陽気な声を上げた。
「びっくりした」
マリアは反射的に伸ばしていた手を戻し、とっさに戦闘態勢をとる。
「いやぁ、ごめんごめん!…僕は『リュラ』!このゲームの案内人さ!よろしくね!!」
ピエロは軽い口調で謝ると、空間を跳ねるような動作で自己紹介をした。
「じゃあ聞くけど…案内人さん。ここはどこなの?」
マリアがリュラに尋ねる。
「よくぞ聞いてくれた!君は今、ゲームを構成する仮想現実の中にいるんだ!」
リュラが陽気に語ると同時に、フロアマップが空中に浮かび上がる。
「今はまだ控室。これからガンラックから好きな銃器を2つ、近接武器を1つ選んで、そのリュックを背負って部屋を出る。今ここで君がするべきことさ!」
赤い点が、マップ上の現在地を示して点滅する。
「……部屋を出た先は? 早速、殺し合いが始まるの?」
「ノンノンノン! このゲームはチーム戦。戦場に行く前に、チームメイトの顔を拝んでおきたいだろ? 扉の先には、運営からの『ちょっとしたもてなし』を用意してある。準備ができたら扉を開けるんだ。いいね?」
「なんだか唐突ね…」
マリアは警戒を解かないまま、バッグの中身を確認した。
「水が1本と乾パンが1缶……なるほど。仮想現実と言えど、生理現象は無視できないってわけね」
「そういうこと!! 空腹と水分ゲージには常に気を配ることだ。マップに落ちている物資を確保しないと、たちまち干からびてゲームオーバーだよ! それと……!」
リュラが指をパチンと鳴らす。
「パサッ」
虚空から物質化するように、机の上に黒いジャケットが出現した。
「何の真似?」
マリアはジャケットを受け取りつつ、リュラに尋ねる。
「カリームさんからの差し入れだよ。『期待している』だってさ!」
「…どうにも怪しいけど。ま、ありがたく貰っておくわ」
マリアはジャケットを羽織り、リュックを背負うと武器が陳列されたラックへ向かった。
武器は多数あった。
ハンドガン、ショットガン、サブマシンガン、アサルトライフル、スナイパーライフル、ライトマシンガン、鈍い光を放つ武器が並んでいた。
弾薬は最低限だが、その重みは本物と遜色なかった。
そして、隣には軍用ナイフ、ミリタリーアックス、マチェットが並んでいた。
「なるほど。武器は現実世界と同じようなものね…」
マリアは一つずつ手に取り、体の一部のように馴染む感触を確かめる。
「ここに並んでいるのはほんの一部! マップにはさらに強力な武器が眠っているよ。おっと、大事なことを言い忘れていた!」
「今度は…何かしら?」
マリアはアサルトライフルの照準を合わせ、獲物を狙う鷹のような鋭い眼差しを見せる。
「このゲームでは、プレイヤーごとに固有のアビリティ2つとムーブメント1つが与えられる! 君の力はこれだ!!」
空中に表示されたUIには、彼女に眠る「異能」が記されていた。
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『サンダーバード』
雷と風に関する能力を使用可能
『アビリティ』
・サンダースネア
雷型の手裏剣を放つことが可能
『サブアビリティ』
・エアロダッシュ
風を足に纏い空中を駆けることが可能
『ムーブメント』
・テンペスト
一定範囲を雷雨と暴風で包み込み、味方を強化し敵を弱体化させる
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「能力……? 魔法みたいなことが使えるわけないでしょ。私は普通の人間よ」
「やってみるといい! 的を用意したから、『サンダースネア』の感触を試してみなよ!」
リュラが指を鳴らすと、前方に木人が出現した。
「意識を集中して、引き金を引くようにイメージするんだ。ただ、アビリティもムーブメントもクールタイムがあるから、使い所は慎重にね!」
「…こうかしら?」
マリアがイメージを具現化させる。
「バチチチチ!!」
すると、空気を引き裂く放電の音と共に、電撃を纏った手裏剣が木人に突き刺さる。
手裏剣は電撃を放ち続け、しばらくすると消えていった。
「……できた。けど、一体どんな原理なの?」
「言ったでしょ? これはゲームだって。理屈じゃない、楽しんだもん勝ちだよ!」 リュアが茶目っ気たっぷりにウィンクする。
「なんでもありね」
マリアは呆れたように呟き、再び武器選定に集中した。
10分後。
選んだのはアサルトライフルとハンドガン、そして軍用ナイフ。
軍人として、最も信頼の置けるセットだ。
「さあ、顔合わせだ! 試合開始まで、談笑でも楽しんで!」
扉のロックが解除される重厚な音が響く。
「(行くしかないわね…)」
マリアが扉を開ける。
静寂の中に、自分の心音だけが速く、高く響いていた。
扉の先もまた白い部屋だったが、そこには豪華なソファ、お菓子とティーセットが用意されていた。
戦場へ向かう死刑囚への、最後の手向けと言わんばかりの贅沢。
だが、そこには誰もいなかった。
「私が一番乗り……?」
マリアがソファへ歩を進めようとした、その時。
「カチリ……」
冷たい鋼の感触が、マリアの首筋に突きつけられた。
「…チームメイト…よね?」
マリアは動きを止め、鏡のような平穏さを保った声で尋ねた。
「そうだ」
背後から、獲物を見つけた獣のような男の声が返る。
「女がワンチャン参加しているかもしれないと思って、ドアの影で出待ちしていたら…」
男の手が、マリアの身体をなぞるように這う。
「いい女だ。匂い、肉つき、肌のツヤ…全てが極上だぁ」
男の指が、マリアの胸元に下卑た感触で触れた。
「私に手を出したら…高くつくわよ?」
マリアの瞳が冷酷な温度にまで下がる。
「いいねぇ!!強気な女も嫌いじゃない…さ、抱いてやるから大人しく…」
男の手が、タンクトップの隙間から深く侵入しようとした、その瞬間。
「はっ!!」
マリアの肘が、男の顔面へ向けて音速で叩き込まれた。
「おっと!」
男は紙一重で回避するが、マリアの追撃は止まらない。
「アホね」
逃げ場を塞ぐように、男の足を渾身の力で踏みつける。
「っ!」
男がわずかに怯む。
「言ったでしょ?」
男が怯んだ刹那、マリアの身体が弾け、既にその腕を絡め取っていた。
「おっと、これはヤバイね!」
それでも男は余裕の笑みを崩さない。
だが、マリアは一切の慈悲なくナイフを弾き飛ばすと、洗練されたCQCで男を床に叩き伏せ、その喉元に自らのナイフを突き立てた。
「高くつくって」
完全にマウントを取り、男の生殺与奪を握っている。
殺そうと思えば、あと数ミリ指を動かすだけで済む。
しかし…
「いいねぇ!!余計好きになっちまいそうだ!」
男の興奮は収まるどころか、狂気の色を帯びて滾っていた。
「…まだ分からないなら、物理的に分からせてあげる」
マリアが拳を振り上げた、その時。
男が潔く手を地面に叩きつけた。
「降参だ。俺の負けだ」
「…どういう風の吹き回し?」
マリアは警戒を解かない。
「お姉さんが何者かは知らねぇが、この世界じゃ強い奴が正義だ。そして今、俺はあんたに負けた。だから従う。もう手は出さねぇよ」
男は呆れたように、しかし清々しげに溜息をついた。
「信じられないわ。あんたのような獣の言う事なんて…」
マリアがその不遜な面に一撃を見舞おうとしたその時、近くに人影が現れる。
「あー…お取り込み中でしたか?」
そこには、グレーのスーツを着た男が、場違いなほど間の抜けた顔で、こちらを見つめていたのだ。




