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ウンディーネは暁に祈る  作者: 咲佐きさ


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第四話

 カシャカシャカシャ、とカメラを連射する音が、静かな室内に響きます。

 汚れた夜会服を脱いでシャワーを浴びたわたくしと、同じくへべれけになったセデュイールは、このグリッティ・ホテルの一室で仲良く休憩中です。

 ぐったりしたセデュイールを連れ込むのは苦労しましたけれど(主に執事のエンリコが)、意識のない彼の服を脱がせて一緒にシャワーを浴び、バスローブに身を包んで今はベッドに共に横たわっているのです。どうでしょう、どこからどう見ても、新婚夫婦の夜のいとなみ! そのものではないでしょうか!!

 うふふ、意識のない彼はとっても無防備で、長いまつ毛は伏せられ前髪が眉を隠してまるで少年のようにも見えて、愛らしくってたまりません! 全世界の女たちの垂涎の的の美男子を、わたくしがおいしく、いただいちゃいますわ♡ ごめんあそばせ♡

 ひとまず、横たわった彼に馬乗りになって、その素肌に口づけを落とすわたくしです。証拠写真もばっちりカメラに収めれば、もう言い逃れはできません。わたくしたちは今夜、結ばれるのです――

 …。

 ……。

 ちょっと、酔わせすぎて、本人に意識がないのが、玉に瑕というか、そういうアレなんですけれど。

 …。

 やっぱり起こそうかしら。ひとりで盛り上がっていても空しいだけですし。わたくしは彼に愛されたいのであって、意識のない彼を弄ぶのは、それはそれで興奮しますけれど! そういうのは初夜には相応しくない気も致しますし!

「どう思うエンリコ?」

「ここまで来たら最後までやっちゃいましょう。この方、あまり婚約には乗り気じゃなさそうでしたし」

「…」

「どうしましたお嬢様?」

「いや、いやいや! 初夜が花嫁からの逆レイプなんて、このひとのプライドが傷つくわ! わたくしはこのひとと円満な家庭を築きたいの! 決して、無理矢理手に入れるような真似はしたくないのよ!」

「えー薬盛って連れ込んどいてそれを言いますかー」

「いいわね、あくまで証拠写真は保険よ、保険。このひとが目覚めたら、きちんとした手順で抱いてもらうわ。それまであなたはクローゼットに潜んでなさい!」

「あーはいはい、そういうあれですねー…わたしの人権は完全無視的な…」

「何か言ったエンリコ?」

「なんでもございませんです、はい…」

 わたくしはぴたりと彼の隣に寄り添って、シーツに横たわります。

 シャワーを浴びてさっぱりした彼からは甘い香りがして、わたくしの頭をぼうっとさせます。

 愛おしいお方、朝目が醒めたら、まずなんと仰るかしら? ふふ、とっても楽しみ。もし貴方がわたくしを棄てようとなさるなら、その時こそ、証拠写真の出番ですわ。まあ、そんなことは万が一にも、起こりっこないのですけれど…。


 眠る彼をじっと見つめていたら、いつの間にか日が昇っていました。時間が経つのは早いものです。美人は3日で飽きるなんて申しますけれど、セデュイールの顔なら、何日見ていたって飽きるわけがありません。

 愛しい、可愛い、わたくしのセデュイール。早く目を覚ましてくださいな、わたくしを見て、そうして愛してくださいな…。

 彼のむき出しになった喉仏、長い首、鎖骨に、キスを落とします。小鳥が戯れるような軽いキスです。眠りの淵から彼を誘うような、そんなキスですわ。

 彼は微睡みながら、ふふ、と軽く笑って、ぼんやりと手を上げて――

「くすぐったい、…いけない子だな、ルー…」

 ふわりとわたくしの頬を包んだ彼が、夢の中のように微笑みます。

 春の日差しのような、やわらかな笑顔は、スクリーンでも、観たことのないようなもので――

 がばりと身を起こした彼が、わたくしを放り出して部屋を出るのを、わたくしは茫然と見送りました。

 なんだか胸が苦しいです。心臓が、かつてないほどに早鐘を打って、わたくしは死んでしまいそうです。

「今の、撮った? エンリコ」

「ばっちりですお嬢様」

 クローゼットから顔を出したエンリコに頷いて、わたくしは決意するのです。

 セデュイールを、どんなことをしても必ず、わたくしが、手に入れるのだと。




 ――結局一晩、セデュは帰ってこなかった。

 いや、話し合うにしても、時間かかりすぎだろ!? 一体どこで何をやってやがるんだあいつはーほんとにまったくもー!

 朝ごはんもそこそこに、ヨランダに見送られ、僕は朝の街に繰り出す。

 路地裏では狭い空間に窓同士綱を渡して洗濯ものを干している。道端の物乞いはまだ出てきていない。静かな朝に、キイキイと繋がれたゴンドラが運河に揺れて軋む音を立てている。

 ヴェネツィアの日常風景に、ここに住む人たちの営みを感じる。

 ぶらぶらとサンマルコ広場まで歩いて行ってみる。観光客の姿はなく、カフェもまだ開いていない。朝の7時を告げる鐘が鳴り響いて、バサバサと鳩たちが飛び立つ。涼しい朝だ。すこし肌寒い。

 ふるりと震える僕に、新聞売りの少年が明るく笑いかける。

「号外、号外だよ。ヴェネツィアで撮影中の人気俳優と、ミラノ出身のオペラ歌手の婚約発表だ。お兄さん、おひとつどうだい?」

 僕はそこで、セデュが昨夜婚約したことを、初めて知る。




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