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ウンディーネは暁に祈る  作者: 咲佐きさ


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プロローグ

 ぽたりぽたりと、水滴の落ちる音がしている。

 たぶん、シャワーのノズルを締め切っていなかったせいだ。

 僕は浴槽のなかでぼんやりして、お湯に遣った貧弱な腹を見下ろしている。

 僕は男なので、それだけセデュと致そうが、この腹が膨らむことはない。

 異性愛者同士のカップルみたいに、愛の結果が形を成すことはない。

 わかってたことだけど、セデュの血筋? はそこでストップしてしまって、子孫を残すとか、そういうことはないんだって考えると、ちょっともったいないんじゃないか? って気分にもなる。セデュの子供は、きっと可愛いだろうし。子供は愛玩動物じゃあないから、気軽に、どっかほかの女の子に産ませて来いよ! なんて、口が裂けても言えないけど。女の子もかわいそうだし。

 でも、ほんとうにいいのかなあ、って、思うことはしょっちゅうだ。

 セデュが愛を捧げるのが、僕でいいのかな。彼の愛情を、溺れそうなくらいに感じるほど、その思いは強くなる。

 セデュには絶対、言えないけどね。


 立ち上がってバスタオルを手に取り、垂れる雫を拭いながら浴室を出る。ぺたぺたと裸足で歩く大理石の床はつめたい。洗面所の鏡に映った僕の顔は、湯上りだって言うのにひどく青褪めて見えた。


「…母さん、何度も言った通り、俺はルーと別れるつもりはない。相続権も放棄する。気に入らないなら、家族の縁を切ってくれてかまわない」

 セデュは客間の電話越しに響いてくる叱責に対し、いつになく硬い表情で応答している。ここのところ毎日だ。僕とセデュが、秘密裏に結婚して、まあ非合法だから内輪だけのことなんだけど、法的になんとか僕らが結びつくためにって、養子縁組の手続きを執ろうとした矢先のことだった。

 どこかから漏れたのか、あるいは先方が、探偵でも雇って探らせてたのか。

 わからないけど、セデュのご両親――主に母親――から、猛烈な抗議電話が鳴り響くようになったのだ。

 

「お疲れ様あ、今日はまた一段と長かったねえ」

 受話器を置いて、はああと深いため息を吐くセデュを、へらへらした笑顔で労ってやる。

 彼の母親の懸念もわかる、大事な一人息子が、5年も一緒に生活していた奥さんと離婚して、薄汚い過去――派手な女遊び、ギャンブル、薬物使用等々――持ちの男娼まがいを囲いだしたなんて聞いたら、そりゃあもう発狂モンだろう。認めてくれるわけがないよなー、当然のことだ。セデュの屋敷の使用人たちがあんまり優しいので忘れそうになるが、僕は日陰の身なんだ。表立って堂々と伴侶だなんて、名乗れない身分なんだった。はあ、なんだか鬱々するね。

「まあ君のお母さんもさ、君のことを心配してくれてるんだろうから、そんな、縁を切るなんてことまでしなくていいんじゃない? あんまり大事にするのも、気が引けるっていうかさ…」

「…母は何もわかっていないんだ。お前の素晴らしさも、お前の才能も…」

「おう、遅れてきた反抗期かい? 君もう31だろう? 家族とは仲良くやりなよー」

「仲良くできないこともある。譲れないものも…たとえ家族だろうが、わかりあえないということはあるんだ」

「ふーん。そういうもん? 僕はもう家族いないから、よくわからないけど…」

 だらしないバスローブ姿でセデュの前のソファに掛け、立て膝する僕の裾をさりげなく直しながら、セデュは痛ましそうに目を伏せる。

「…無神経だった。すまない。お前の前で家族の話など…」

「え、いーよべつに。今更だしね! 君のお母さんって僕会ったことなかったよねえ。どんなひとなの?」

「…父にぞっこん惚れこんでいて、子供を置いて父の仕事に付き添い共に渡航するような親だ。子供に対して、大した関心があるとも思えないのだが…なぜ今頃、連絡など寄越すようになったのか…」

「それはさあ、やっぱり心配にもなるだろ? 売れっ子俳優になった君が、スキャンダルの種をむざむざ抱え込んで生活してるなんて知ったら…」

「…また自分を卑下したな。悪い癖だ、ルー」

「えーだって、それはもうしょうがないよ、事実だしね! 僕が今更キレイでかわいい、君の隣に立つべく生まれたプリンセスに生まれ変われるなんてことはないわけだし。僕は別に女の子になりたいわけじゃあないからそれは全然いいんだけど。世間の目はきびしいものだよ。君が僕みたいな男を隣に置く限り、そういうことは言われ続ける。あたりまえだよ」

「…お前は十分、綺麗で可愛いが」

「いやそこで引っかかるなよ! 僕の話ちゃんと聞いてた!?」

「綺麗で可愛い私のプリンス、あまり自分を貶めるようなことばかり言うのはやめなさい」

「やっぱり碌に聞いてなかったなこいつ…!」

 すぐに暗闇のほうばかり向いてしまう僕は、セデュのこういう、案外楽天的なところに救われてる。それは確かだ。たまに大ボケで、はっ倒したくなることもあるけど。

「ねーそれよりさ、電話終わったんならもう1回しない? 明日は昼までオフなんでしょう? ゆっくり休んだから、またできそうな気がする!」

「…シャワーを浴びてくるから、寝室で待っていてくれ」

「ふふ、いーよお、はやく来てね!」

 ちゅ、と僕の額にキスを落として、ぎこちない動きのセデュが客間を出ていく。ドアの桟に思いきり肩をぶつけながら。もう何回もしてるってのに、相変わらず初々しいことだ。



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