幸福者
書いてしまった瞬間からもう逃げている気がしているのに、
それでも書くほかなくて、重い話になるとか前置きする余裕もなくて、
でも、これ以上、きれいに始める余裕がない。
私は死ぬのが怖い。どうしても死にたくない。
この世に未練があるとか、やりのこしたことがあるとか、
そういう、前向きな言葉に言い換えられるような話でもない。
生きるのが好きかと聞かれたら、わからない。
楽しいことが多いかと聞かれても、答えに詰まる。
だからもう少し正確な言葉を探してしまう。
怖い、と言葉にするとあまりにも軽い。
死にたくない、という言葉も正確じゃない気がする。
生き続けたい、というより、終わりたくない。
終わりが来ること自体を、理解できないまま、
そこへ運ばれていく感じが耐えられない。
死ぬことをどうしても受け入れられない。
いつか必ず来る、という事実だけが、異様に具体的で、
いつか、という言葉が、距離を持ってくれなくて、
未来が時間として機能しなくて、
ただ、確定しているという一点だけが、胸の奥に残る。
夜になるともっとひどくなって、
横になっても目を閉じても、
呼吸を意識した瞬間に止まることを考えてしまう。
止まったら終わる。終わったら何もない。
何もないって何なのかわからない。
わからないのに呼吸は続いて眠れない。
心臓だけが現実に取り残されて、
生きていることが安心じゃなくて不安になる。
人は言う、みんな死ぬ、自然なことだって、
その言葉を聞くたびに逃げ道が一つずつ塞がれて、
自然だから受け入れろと言われても受け入れられない。
そういう種類の話じゃないんだし、死んだら全部なくなるっていうのは、私だけじゃなくて、
これまで生きてきた時間、覚えている匂い、好きだった声、触れてきた世界、全部まとめて切り取られる。
大切な人の顔も風景もほんの一秒後にはもう触れない。見えない。思い出せない。
誰かが覚えてくれていても、私は覚えられない。
愛も記憶も世界も私の視点ごと消える。
完全に不可逆で、
取り消せない、やり直せない。
死は決して戻れない境界なんて言い方も安全すぎて、
本当はただ突然なくなるだけで、無になるっていうけれど、
何も感じない状態を想像しても、考えている私が邪魔になって、
途中で言葉が落ちて、思考がほつれて、
残るのは理由のない恐怖だけで、
どうしてみんな平気そうなんだろう、
どうして考えずに生きられるんだろう、
それが人生だ、という言葉を、
どうしてそんなに簡単に口にできるのだろう。
私には無理だ。
考えれば考えるほど怖さがはっきりして、
薄れなくて、慣れなくて、受け入れようとしてもできないままここにいる。
だから書いているし、整理したいわけでも、伝えたいわけでもなくて、
この恐怖を外に出さないと内側で膨らみ続けて、
息の通り道がふさがってしまう気がしたからで、
このまま黙っていたら、ちゃんと生きているはずの時間まで、
全部まとめて押し潰されてしまいそうで、
書いている今も、余命という言葉が頭のどこかに貼りついたまま剥がれない。
あとどれくらい残っているのかはわからないのに、
残りがあるという感覚だけが、ずっと胸の奥で騒いでいる。
たぶん、わたしは死を理解し、受け入れられたら、
明かりの届かない病室の奥でも、余命を待たずに死ねると思う。
死におびえることなく、ここで首を吊れたなら、私はどれだけ幸福者か。




