#9 観測者との心理戦
膝を抱えてうずくまる。
前世の失敗三部作――不登校で布団と結婚、オンラインに逃げ、フリースクールで魂レベルで爆散――の記憶が、石畳の冷たさと混ざって胸を締めつける。
「……ああ、またやっちゃったのかな、私……」
視界の端に、かすかな黒髪の残像が揺れた。
「……ハンナ?」
でも、姿ははっきり見えない。
ハンナは人混みに紛れ、広場の端や屋根の上、建物の陰の奥からこちらをじっと見ている。
遠く、そして近く。まるで街全体に散らばった情報のように、私の意識にまとわりつく。
――膝を抱えてうずくまっている間も、彼女は待っている。
なんでだろう。普通なら、ここで飛び込んでくるはずじゃないか。
いや……まさか。心理戦?
丁寧すぎる……待つのも戦略の一部、ってこと?
胸の奥に熱が走る。
前世の私なら、ここで諦めて布団に戻っていた。
今の私は、違う。立ち上がる――光素を、今の自分を握りしめて。
私はゆっくり膝を伸ばした。
「……なんであの子、私がこんな風に膝を抱えてうずくまってるところから、じっくり待っててくれるんだろうね」
苦笑が漏れる。
心理戦……いや、これは丁寧すぎる。
指先に光素の感覚が流れ込む。胸の奥で螺旋を描き、自然に体内の流れと繋がる。
立ち上がった瞬間、街の空気がわずかに揺れる。
「来るなら来なさい……いや、来られないんだろうね、私が完全に立ち上がるまでは」
ハンナの影は微動だにせず、屋根の上や路地の陰から私の立ち上がるタイミングを測っている。
心理戦――相手の心を読む駆け引き――が始まる前から、すでに舞台は整っている。
私は胸の中で光素を感じ、指先で微かに流れを操る。
「さあ、誰が先に心を折るか、試してみようじゃない」
膝をついていた私が完全に立ち上がる。
光素が体内で螺旋を描き、手のひらから微かに滲み出る。
「……変身ってほど大げさじゃないけど、私の世界の基準ではこれが“本気モード”ね」
ハンナは影の奥で動かず、私の動きに合わせて心理を測る。
「面白い。なるほど、待つ理由がわかった。私が動くまで見守るのは――どこまで読めるか、試しているんだね」
街の空気が少しざわめく。
膝を抱えていた情けなさも、前世の孤独も、全部笑い飛ばせる。
「ここからは、私のターンだ。光素初期理解者として、心理戦も世界の更新も……全部見せてやる!」
――そして、ハンナはここにいる理由も、はっきりしてきた。
彼女はただの観察者じゃない。
情報操作のプロで、この街の“秩序の裏側”にアクセスできる存在。
膝を抱えてうずくまっている私の状態を、街全体の情報のように取り込み、最適な行動を測っている。
心理戦の相手として――ラスボスではなく、試す存在として、ここにいるのだ。
私の立ち上がりは、ただの自己復活じゃない。
戦略を読み、相手の出方を待つ――そんな駆け引きの始まりでもある。
立ち上がった私の周囲に、空気の微細な震えが広がる。
膝を抱えていたときよりも、視界が鮮明になった気がした。
ハンナは、まだ動かない。だが確かに存在する。
屋根の上、影の中、路地の奥――あらゆる場所から、私の動きを測っている。
「……さて、始めようか、ハンナ」
声に力を込める。言葉は軽く、だが内心は緊張で震えていた。
光素が指先から体全体に回る。螺旋を描き、胸の奥で共鳴する感覚――これが私の本気。
手のひらから微かに滲み出す光素は、私の存在を街に宣告する信号のようだった。
ハンナの影が、ほんのわずかだけ揺れた。
――読まれている。完全に、読まれている。
「ふふ、やっと立ったか」
ハンナの声は聞こえないのに、影から伝わる“空気”がそう囁いた。
心理戦……彼女は動かず、私の出方を誘う。
まるでチェスの駒を見守るように。
私は目線を泳がせ、肩の角度を変え、息づかいをわざと意識させるように調整する。
これも全部、相手の心理を誘導するため。
「……なるほど、あの子は私の反応を全部見てるんだ」
内心で苦笑する。
膝を抱えていた情けなさを、前世の孤独を、全部笑い飛ばすつもりで。
光素の流れを胸に集中させ、意識的に微かに漏らす。
これも心理戦。漏らす光素の量や動きで、相手に“読ませる情報”を操作する――私の小さな反撃。
ハンナの影がまた微かに動いた。
たった一歩の距離の変化、それだけで彼女の心理状態が透けて見える。
――焦ってる、少しだけ。
「ふふ、面白いわね」
声に出さなくても、思わず口角が上がる。
ここで焦ったら負け。心理戦では、冷静であることが武器になる。
私は軽く構え、胸の光素を螺旋状に練り上げる。
手のひらから微かに飛び出る光の粒が、私の存在を誇示する。
「……さあ、ハンナ。あなたの心理戦、受けて立つ!」
胸を張る。立ち上がる自分を信じる。
膝を抱えていたときよりも、自分が世界の中心にいる感覚――それを楽しむ。
影の向こうで、ハンナがどんな顔をしているかは見えない。
でも確かにわかる。
――この戦いは、今から始まる。←なに?この打ち切り寸前の漫画みたいな終わり方。。。




