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#4 魔導獣のミゼルとサラネ

 夜が白んでいく。東の空が、墨色から薄青へと溶けていく頃。私は裏門へ向かって歩いていた。

 廊下はしんと静まり返り、足音だけが乾いた木を叩いて響く。

 裏門の前に立つと、冷たい朝風がかすかに流れ込んだ。


「……お嬢様」


 振り返ると、ハンナとマリアがそこにいた。

 ハンナは今にも泣きそうな顔。マリアは——いつも通り、淡々としていた。

 ただ、その手がいつもより少しだけ強く握られていた。


「これ、持っていってください!」

 ハンナが慌てて、小さな布袋を差し出す。

 焦げ茶色のパンと干し果物の匂いがした。


「……粗末ですが、道中の糧にはなるはずです」

 マリアは視線を合わせずに言った。

 声は冷静で、無駄がなく、でもその端に、わずかに滲む“別れの色”を私は感じた。


「マリア……来てくれたんだ」


 そう言うと、彼女はほんの少し眉を動かしただけだった。


「呼ばれなくても来ますよ。

 こちらの屋敷の者として、最後の務めですから」


 一見そっけない。でも、それは感情を押し殺した声だった。

 ハンナは鼻をすすりながら言う。


「お嬢様……行っちゃうなんて……っ」


「ハンナ、泣かないの」

 マリアが静かに言う。けれどその指先はかすかに震えていた。

 私は二人を見つめ、胸がきゅっと掴まれるような感覚に耐えるように、深呼吸した。


「……ありがとう。

 こんな時間まで起きててくれて」


 ハンナは首を振って、涙をこぼしながら言った。


「お嬢様……どうか、どうか元気で……!私たち、ずっと——」


「ハンナ」

マリアが短く制した。


 そのあと、マリアは私の方を向き直る。目はいつもより少しだけ柔らかかった。


「……お気をつけて、エルマお嬢様。道中、無理はなさらずに」


それだけ言って、少し目を伏せた。


 それがマリアにとって、最大の“情”なのだとわかった。

 ハンナが泣きながら抱きついてきて、マリアはほんの少しだけ距離を詰め、乱れた私の肩布を無言で整  えてくれた。

 その手つきは、いつもの几帳面さの中に、確かな優しさがあった。


 裏門がゆっくり開く。


 外の空気は冷たく澄み、世界が朝一番の光に染まりはじめていた。


「……行きます」


 そう告げると、ハンナは泣き声を上げ、マリアは黙って一礼した。

 私は一歩踏み出す。門が背後で静かに閉じる音がした。


——屋敷との、完全な別れの音。


 涙は出なかった。

 マリアの冷静な声と、ハンナの泣き声が背中を押してくれたから。


 新しい人生へ向かう足取りは、朝の光の中で少しだけ軽かった。




 馬車に揺られながら、

 私は鞄の中に入れてきた魔道具(※領地の物置に何故かあった)を確認した。


・しつこい虫を燃やすだけの炎石

・魔獣よけの半壊結界球

・用途不明のキラキラした棒(多分壊れてる)


「……まあ、これで生きていくしかないか」



 城下町の朝は、まだ空気がひんやりとしていて、石畳に落ちる私の足音が響いた。

 転生したばかりで、しかも家から追放された直後の私には、どこか浮遊感のある現実だった。


 そんなとき、路地の外れに置かれた古い木箱が、ぽこん、と小さく揺れた。


「……ん?」


 覗き込むと、藁の隙間からふたつの小さな影が顔を出した。


 ひとつは銀色のもふもふした体に、きらきらした瑠璃色の瞳の子――ミゼルと書かれた札。


 小さく丸い体で、まだ大人には育っていないらしい。指先に鼻先を寄せてくる姿が、まるで私に甘えたがっている小動物のようだ。


 もうひとつは、淡い桃色の羽が背中で小さく揺れる子――サラネと書かれた板。

 羽を震わせながら「りん」と小さく鳴くその声は、まるで風鈴の音のようで、思わず微笑んでしまう。


「……なにこれ、めっちゃかわいいんだけど!」


 思わず声を出すと、ミゼルは指に軽く鼻をこすりつけ、サラネは私の肩にしがみつくように羽をかけてきた。

 その仕草だけで、まだ言葉は話さないけれど、この子たちの性格や気持ちがまるで伝わってくる。


 さらに木箱の底に刻まれた紋章がふっと光ると、二匹は私の胸にすっと寄り添った。

 ――小さな体の魔力の揺らぎは、ほんの少し温かくて、優しい。

 説明する必要もない。ただ、ここに私を選んでくれた、っていうのがわかる。


「……ふふ、仕方ないわね。君たち、私に付いてくる気なのね?」


 ミゼルはちゅっと鼻を鳴らして喉を震わせ、

 サラネは肩の上で小さく羽を震わせ、嬉しそうに「りん」と鳴いた。


 思わず抱きしめると、ミゼルは体をぴったりくっつけ、サラネは羽を広げて小さく丸まった。


 この瞬間――

 転生直後の混乱も、婚約破棄の悲しみも、少しだけ遠くに消えた気がした。

 小さな命のぬくもりに触れると、胸の奥がじんわり温かくなる。


「……はいはい、わかったわよ。もう、二人とも、私が守るからね」


 小さな手足をじたばたさせるミゼルと、ふわりと羽を震わせるサラネを抱きながら、私は微笑む。

 この出会いが、これからの私の自由で、騒がしくて、でも楽しい毎日の始まり――なんて思うと、自然に心が弾んだ。


 ……ああ、転生って、こういう楽しみもあるのね。



 小さな手足をじたばたさせるミゼルと、ふわりと羽を震わせるサラネを抱きながら、私は微笑む。

 転生直後の混乱も、婚約破棄の悲しみも、ほんの少しだけ遠くに消えた気がした。


「……はいはい、わかったわよ。二人とも、私が守るからね」


 そのとき、まだ知らなかった――この小さな出会いが、のちに国中を騒がせる事件の元凶になることを。

 私が自由に生きるための第一歩が、思わぬ波乱を巻き起こす引き金になるなんて、この時点では、誰も想像できなかった。

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