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3/10

#3 追放ってこんな感じなんだ…。

舞台の幕が下り、緊張の余韻で足がまだ震えていた。


 朗読を終えた私は、深呼吸しながら広間へ戻る。さっきまで自分へ向けられていた拍手の音が、まだ耳の奥に残っていた。


(……とりあえず、倒れずに済んだ。

 拍手ももらえたし、最低ラインは越えたよね……?)


 そんな淡い期待を抱いた、その瞬間。


 広間へ戻ったとき、いちばん最初に目に入ったのは――エイミーが、濃紺のドレスの女性を腕に抱いて歩いている姿だった。

 舞台照明より眩しいくらいの笑顔。まるで「わざわざ、ここで待ってました」と言わんばかりだ。


「まあ、エルマさん。舞台、お疲れさま~?まだ戻ってきてたのね?」


 エイミーは、聞こえるように声を張って言った。

 さっき袖で私に嫌味をぶつけてきたときの笑顔と同じ、“勝ち誇りの形”をしている。

 隣には女性。琥珀の髪に、夜の海のような瞳。落ち着いた顔なのに、目の奥だけが鋭く笑っている。


(うわ……これ絶対、舞台成功した私にぶつけに来たやつ……!

 なにこの露骨な見せつけ、なろうテンプレすぎない?!)


「紹介するわ。私の“今の婚約者”よ」


 “今の”の部分だけ妙に強調するの、ホント性格悪い。

 周囲の貴族たちも、事前に打ち合わせしてたのかってくらい、一斉にこちらへ視線を向けてくる。

 さっきまで「エルマは滑る」って笑ってた貴族も、今はエイミーの後押しに回って薄く嘲笑っている。


 その女性――ルチア嬢は、小さく会釈した。

 けれど、その動作が“私は選ばれた側なの”と静かに主張していた。


 エイミーは、私のドレスの裂け目へ視線を落とす。


「舞台、大変だったみたいね?

 ……婚約破棄ばかりで必死なのはわかるけど。ねえ?」


 優しさを装った声ほど、刺さるものはない。


(うわぁ……今日だけで何回恥かかせに来る気?

 そんなに私つつくの楽しい?)


 私は深く息を吸い、心のざわつきを押しつぶした。負けた顔をしたら、本当に“過去の女”扱いになる。

 舞台で震えながらも立ってきたんだ。ここで折れるわけにはいかない。


 ――だから。


「おめでとうございます。

 ……お似合いですよ、本当に」


 静かに微笑んで返した。

 その一言だけで、エイミーの笑顔がピキッと崩れた。


「な、なにその……含みのある言い方……」


 私が平然と踵を返すと、背後でざわめきが生まれた。

 ――恥をかかせに来たのに、逆に“動揺するのは自分のほう”。


 この世界の貴族は、

 強く出るより“揺るがない態度”が一番効くらしい。


(……はぁ。

 まさか舞台よりも、広間のほうが修羅場とはね)


 私はそのまま、群衆を抜けて歩き出した。緊張で汗ばんだ手のひらを握りしめながら。








 控室で震えていた指先に、冷たい声がかかった。


「……あなたの部屋は、もう使わせられません。身の程をおわきまえください」


 まるで汚れ物に触れるように、侍女が告げた。主人公は呑み込むしかなかった。

「部屋に戻れ」ではなく、**「部屋から出ろ」**という意味だとすぐに悟った。


 廊下に出た瞬間、空気が変わった。


先ほどまでいた宴会場の翡翠色の大理石は消え、足元にはところどころ色の抜けた絨毯が敷かれ、踏むたびにわずかな埃が舞い上がった。

天井のランプは金の装飾こそ残っているものの、灯りは弱く、ふっと息をかければ消えそうなほど脆い光だった。


歩けば歩くほど、“自分の身分がどんなふうに扱われていたか”を突きつけられる。


——私の部屋って、こんなに奥だった?


転生したばかりの身体は覚えているらしく、足は迷わない。だが記憶のない主人公には、その距離がやけに長い。

豪華な廊下は、数歩進むごとに質素へ、そして貧相へと変わっていった。


壁紙は途中から剥がれ落ち、木目がむき出しのまま湿気で黒ずんでいる箇所すらある。

すれ違う侍女たちは目線をそらし、誰も彼女を“ここで暮らす者”とは思っていないようだった。


角をひとつ曲がったところで、天井からぽたり、と水滴が落ちる音がした。


まさかと思って見上げると、飴色の梁の間から雫が落ちている。

雨が降っているわけでもないのに——屋根はおそらくずっと前から壊れたままだ。


さらに奥へ進むにつれ、廊下は昼の光すら届かぬ薄闇に沈んだ。外壁に近いせいか、風が隙間から吹き込み、

古びた木戸をカタカタと震わせている。ここは、侍女部屋よりも扱いが悪い。城の“不要物”を押し込む場所。


その最奥、突き当たりの右側に、エルマの名前が貼られた粗末な扉があった。

扉の表面には古い傷やシミが散り、取っ手は冷たく、握るときしむ音がした。


「……ここ、なの?」


転生前の自分が想像していた“貴族令嬢の部屋”とはまるで別物。家具は最小限、窓の立て付けは悪く、

風が吹けば隙間から“ヒュウ……”と音がする。


雨漏りの染みが天井にいくつも広がっていて、昨夜降った雨がまだ乾ききっていないのか、部屋の隅はわずかに湿っていた。

その匂いは、自分の“扱い”を誰より雄弁に語っていた。



夜は、驚くほど静かだった。


屋敷の奥――誰も通らないこの一角は、昼間以上に“孤独の音”がよく響く。

外の風が古い窓枠を揺らし、ガラスの隙間から、かすかな笛のような音が漏れた。


私は灯したばかりの蝋燭の火を見つめる。細く揺れる光が、古い部屋の陰影をさらに深くしていた。

机の上に置かれたのは、わずかな手荷物だけだった。


――全部、これしかないの?


革の鞄は、底が擦り切れ、貴族の持ち物とは到底思えないものだった。

引き出しを開けても、誇れる装飾品ひとつない。ドレスの替えは一着だけで、その裾にも小さなほつれがある。


「……笑える」


思わず口元がゆるんだ。転生してすぐに婚約破棄され、宴では恥をかかされ、そして今は、屋敷の最も端で静かに追い出される準備。


まるで、なろうの“没落ヒロイン”の最速ルートだ。


鞄に布を畳んで詰めるたび、どこかで トン…… と屋敷が軋んだ。古い骨が鳴るような、重い響き。

それがまるで、“ここに長く置いておけない”“もうあなたの場所じゃない”と告げているようだった。


蝋燭の火が一度、ふっと揺れた。


誰か来たのかと振り返ったが、廊下に人の影はない。


あるのは、遠くから聞こえる食器を片づける控えめな音。宴の残り香が、まだほんのわずか漂っている。

その明るさが、この暗い一室の現実をさらに浮かび上がらせた。


しばらくして、

戸を軽く叩く音がした。


「……失礼します」


侍女が、小さな布袋を差し出した。中には少額の銅貨が数枚。追放者への“手切れ金”だ。


「明日の朝までに、屋敷を……」


言いにくそうに言葉を切る侍女の背後から、冷えた廊下の空気が流れ込んでくる。


「……わかっています」


そう答えるしかなかった。

扉が閉じたあと、部屋は再び、湿った静寂に沈んだ。

私は最後の荷物を鞄に入れ、革紐をぎゅっと結んだ。


“追放”という言葉は誰も口にしない。でも、この状況を見れば明らかだった。


――ああ、本当に始まったんだ。


蝋燭の小さな火が、その瞬間だけ不思議なほど強く揺れた。

まるで、ここを出る私を祝福するでも、嘲笑うでもなく、ただ淡々と照らしているようだった。


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― 新着の感想 ―
 皆冷たいですね。ここからどうなるのか・・・。
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