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#10 ハンナの戦う理由

 塔へ続く道を歩いていたはずの私の視界が、ふっと飽和した。

 光素が濃すぎる。空気が震える。

 それは観測でも予兆でもなく――宣戦布告がすでに存在側から入力された世界。


 「——やっと気付いたのね」

 声が降る。高い位置からじゃない。空間の奥から直接転送されたみたいな響き。

 見なくてもわかる。


 ハンナは、私が伸ばした糸の先に、ずっと座標指定して待っていた。

 風も足音も必要としない速度で、彼女は前に現れる。

 黒髪は律儀に結ばれてるのにぜんぜん律儀な生き物じゃない。灰じゃない黒じゃない、観測不能の濁色の瞳がこっちを見る。


 (え…ガチのボスエンカウントだよね。BGMなくても始まってるタイプのやつ)


 でも逃げない。というか逃走コマンド削除済みのフィールドぽいし。

 

 「私ね——あなたの才能が欲しかったの」

 「欲しいならゆっくりスカウトして欲しいの!!ね!」


 反射でツッコんだ私の声と同時。


 ズンッ。


 ハンナの魔力が地面じゃなくて世界そのものを下に押し潰すみたいに脈打った。

 戦闘開始の合図なんかない。ないけどある。


 ハンナが瞬きしないで距離をゼロにした。

 短刀でも魔法でもない。あれはたぶん——彼女自身がコマンドの塊。


 振り下ろされたのはただの掌底。

 なのに暴風みたいな衝撃。


 (いや魔法使えよ!?なんでまずフィジカル系で来んの!?)


 私は避けるより先に光素を握っていた。


 選択。発動。

 今この瞬間いちばん”斬れる”光を選べと、世界がショートカット提案してくる。


 「《光刃・初択ライトエッジ ファーストセレクト》!」


 名前は叫んだけど実は自動提案からの即同意。この世界のUX最高なんだが?

 光が薄く伸び、刃の形をなぞる。


 私はそれを鉛筆みたいに振るった。


 キンッ!


 衝突は金属じゃなくて存在と存在がぶつかったエラー音みたいだった。


 「反応速度は十分。でも選択が遅い」

 「うるっせぇ初回起動なんだよこっちは!」


 私はここで理解する。

 ハンナは私の心を折りに来たんじゃない。

 能力の選択ルートを誘導して書き換えるために乱戦を仕掛けてる。


 つまり逆に言えば——私が選択さえ握っていれば書き換えられない。


 「だったら、早いもの勝ちなのか」


 私は光素を広げた。今度は握るんじゃない。


 **一覧表示リストアップ**して、選ぶ側に回る。


 彼女の魔力が重い? 速い? 規格外?

 なら相殺できる光を選べばいいだけだろ。


 「《光盾・適択ライトシールド ベストセレクト》」


 防御じゃなくて選んだ結果としての防御。

 展開された光の防壁は柔らかく見えるのに強度は鋼よりシステム寄り。


 再びハンナが距離ゼロ。

 今度は殴りじゃない。踏み込みそのものが刃みたいな動き。


 私は盾をぶつける。


 ——ドゴンッ!


 衝撃は走らない。拡散した。

 この光は”弾く”んじゃなくて、適切に散らす光だった。


 「へぇ…そう使うの」

 「ちょっと、集中してるから黙っててほしい」


 ハンナは初めて、口角だけで笑った。


 それはAIでもログでもなく——

 攻略し甲斐のある敵に出会った時の、本物の人間の笑い方だった。


 「上出来。じゃあ第二フェーズよ、リシア」

 「フェーズとかいらないから!普通に来て!?」





 その瞬間だった。空気が変わった。


 戦況は私とハンナだけのログのぶつかり合いから、一瞬で高難度レイドボス戦みたいな密度になっていた。

 アストラの指先に編まれているのは光素でも糸でもない——空間そのものの演算式。


 (あ、これ……ガチのチート管理者エルフだ。さっきノリ良かったの撤回してよくね?)


 「私を値踏みしてる暇なんてないわよ、リシア」

 アストラはフードの影を払うように顔を上げ、淡く笑う。けれど目は笑ってない。

 システムより獣より魔術体系の深層APIそのものみたいな視線。少女の姿なのに、存在感が上位プロトコル。


 「開くわ。《空間回廊》」

 彼女がただ歩くだけで空間が左右に裂け、道じゃない通路ショートカットが生成された。


空間回廊スペースコリドー

 でも使い道は逃走じゃない。即接敵エンゲージ


 通路の先はハンナの背後。空間魔法で位置を奪い取るタイプの踏み込み。


 「っ!?」

 初めてハンナが本気の反応を漏らす。アストラはすでにそこにいた。

 刃を持ってないのに“斬撃がある”。武器じゃない。空間のエッジで切る。


 「《魔導断壁》——開いて、斬る」

魔導断壁アルカナブレイクウォール


 壁は防御じゃなくて生成即破壊で敵を分断する攻撃魔法の応用混合。


 (バリアって防ぐだけじゃないんだ……生成して壊してぶつけて斬るの!?)


 そして追撃。アストラの掌に魔法陣が浮かぶ。青白い応用構築式。

 「属性攻撃? なら純度で押し返すわ」

 詠唱じゃない。属性体系のルート選択宣言。


 「行くわ。《星焼光撃アストラル・フレア》」

星焼光撃アストラル・フレア


 空気が焼けるんじゃない、世界の属性タグが一瞬オーバーフローする。

 光の爆発は派手なのに熱くも煙くもなくただの“攻撃判定”。

 信じてOK、グロくないしゲーム演出寄り。


 ゴォンッ!!


 塔すら震える重音。存在そのものにダメージを刻むタイプ。

 「惜しいわね」


 ハンナは弾き飛ばされながらも着地。ブーツで止めたのに滑って削れるのは石畳じゃない。座標情報が削れてるみたいな跡。

 (うっわ……ダメージの与え方までシステム寄りすぎんだろこのエルフ)


 ところがアストラはもう追撃準備完了。

 今度は白い光が肩から流れる。属性が“切り替わる”。


 「じゃあ次はケア側」

 「《再生結界》、展開」


再生結界リジェネ・サンクチュアリ


 回復魔法だけど味方の体型や理想とかには触れないよ安心してね。HPリジェネ(回復)効果のみ。

 そしてさらに術式付与。


 「《武装強化・適択付与》」


《武装強化・適択付与セレクトエンチャント

 (いや武器持ってないのに強化かけるの!?)


 無いならあるところに付与するだけよ、と言わんばかりの柔軟体系。


 最後に、風が動いた。


 アストラの背後に魔法陣が横向きに展開。浮遊術式。


 「これはあなたが選んだんじゃなく——私が応用しただけの魔法よ」


 ブワッ——!

 彼女は地面を蹴らず、空間を蹴ったみたいに浮き上がる。

 そのまま上昇。空へ。フードは落ちない。重力関係ない展開。


 (いやいや空飛ぶとかこのフェーズで追加とか聞いてないって!)


 「え、それ飛行魔法!?」 

 思わず私が漏らす。


 「ええ。《空域跳躍スカイリープ》よ。まだ新しすぎて、知ってる人は少ない」


空域跳躍スカイリープ

 比較的新しい魔法でレア。空を自由に飛べるわけじゃないけど跳躍と加速を組み合わせる応用系で、目撃したやつの脳裏に焼き付くレア度。


 空中でアストラは右手を広げた。

 (また一覧表示かよこの世界…!)


 「ここからは空域支配の取り合いじゃない——空域を選べる者が勝つ戦いよ」

 ハンナも見上げる。


 人々は動揺している。空を飛ぶ魔法は新しくてレア。常識じゃないからこそ“異常じゃなくて“未来の魔法(応用)”。

 (あーーーこれ…私ら“最新魔法ニュース”みたいな存在になっちゃってんじゃん!?)



 私は手を開く。

 今この瞬間に使うべき光を——今度は空域から選ぶために。



――戦闘から数時間。


 青白く光っていた空は、いつの間にか夕暮れの色調へ溶けていた。

 不自然だった魔力場も、今はゆっくりと輪郭を失い、ただ「戦闘があった」という事実だけが空間の端に残っている。


 アストラは塔の前に立ち、片手で空間を撫でる。

 そこに術式はもうない。だがアクセス権の気配だけがある。


空域跳躍スカイリープ


 彼女が使ったあの飛行応用魔法は、まだこの世界では新しくてレア。

 見た者の多くは「何かすごいものが飛んでいた」くらいしか理解できていないが、それでも知らないからこそ伝説になるタイプの魔法だった。


 (いや、ほんと…飛行魔法ってだけで古参魔術師もびっくりすんのかよ。インフレ前夜みたい。)


 私は壁にもたれて息を整える。怪我の説明じゃない。疲労と気持ちのリセットだ。

 心は折れてない。むしろ変わる準備完了。


 地面には戦闘の痕跡——焼け焦げでも血でもなく、魔力と光素の”判定衝突ログ”みたいな不思議な光のかすれ跡。


《レイス中央塔前広場》


 そして今、最大のログはそこじゃない。ハンナの気配が、きれいに消えている。

 逃げた。それは敗北だからじゃない。


 回収不能ルートを悟って自分で撤退を選んだから。


 「追う?」

 アストラが聞く。

 「追わない」

 即答だった。


 (だってあの子——なにか、隠してるみたいだったから)




 「だったら、出発の準備ね」


 アストラはローブの裾を払い、いつもの表情に戻る。

 本気モードは切れても、芯は切れてない。これが強者。


 私は立ち上がる。

 光素を握るでも、広げるでもなく——自然に指先に乗せる。


《光刃・初択ライトエッジ ファーストセレクト


 「私の才能が欲しいって言ってたけどさ、嘘だよあれ」

 誰もいない方角を見ながらぼそり。

 「……逆に欲しくなるくらい雪辱しがいのある敵でいてくれよ、ハンナ」


 返答はない。返答はいらない。


 だってフィールドはもう私の手の中にある。

 奪うでも、支配でもなく——選んで使う側に今いるから。

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